1-4 邂逅
その日まで、少年は健康な一般人だった。
その日から、少年は剣を取って戦い初めた。
その日まで、少年は喧嘩が少し出来るだけだった。
その日から、少年は研磨すべく騎士に教えを乞うた。
戦いを強制され得た物は、不義。
眠りの果てにあった物は、廃墟。
全ての終わりに得た物は、虚無。
その剣は何のために。
その旅は何のために。
その心は何のために。
その光は何のために。
元より、何となく予感はしていた。
もし魔王を倒す事が出来たら、きっと世界中は大喜びするだろう。例え一時でもこの世に平和が齎された事に違いは無く、それを喜ばぬ者はきっと居やしない。実際にそれを成し遂げた者には惜しみない称賛が、絶える事の無い褒賞が与えられる事は想像に難くない。
だからこそか、ある日琥珀はふとこんな事を考えてしまった事があった。『もしかしたらあいつらは魔王を倒して得た宝が目当てで手を貸してくれているのではないか』と。
「良いかぁ? この世界が10年前に救われたってのは知ってるよなぁ田舎者?」
「無論だ」
「なら話は早い。その立役者である勇者は無事に生還して世界を統一して一個の国にしたんだよ。それがこの平和至上帝国、『アンバー帝国』だ!!」
無事に生還。
世界統一。
それだけで裏切った仲間5人がこの状況を欲するがために琥珀に刃を向けた事は明白だ。
実は彼らと琥珀の間にはたった1つだけ、どうしても相容れない事があった。それは『自分の不利益を許せるか』という点である。
琥珀は時と場合によっては自分が不利益を被っても仕方ないし、そうすべき時もあると考えている。平和な日本で過ごし、他人を思いやる心を育んだが故の価値観だ。
一方で彼らにはそれが無い。何が何でも自分が受けるのがデメリットのみならば世界の危機でも放置し、放蕩や豪遊に耽るタイプだ。是が非でも献身等と言う単語とは相容れないタイプである。
一見すると他種族からの侵略に晒されているこの世界なら当然のように感じるが、それは違う。常日頃から命の危機に晒されているからこそ、助け合う事が大切なのだ。
大海原を生きる小魚の群れを思い出して欲しい。彼らは言葉に出さずとも助け合い、群れを作る事で互いに食われるリスクを負いつつ種族全体を生かそうとしている。これは即ち生存本能であり、また同時に自分が死んでも相手を生かすという献身に他ならない。
彼らにはこれが無かった。つまり奴らにあったのは『自分さえ良ければ他人なんてどうでも良い』という極めて自己中心的な考えしか無かったのである。
自己中心的が悪いとは言わない。だがそれだけでは駄目だ。誰も彼もが自分の事しか考えなくなってしまえば生物のコロニーは崩壊してしまう。それを避けるために皆が少しずつのデメリットを被ってでも手を取り合っているのだ。
「そうか、山奥で修業をしていた身でな。俗世間には疎いのだ」
取り敢えず適当な嘘を吐いて誤魔化す。
「フン、道理で鎧も粗野で下品な物の筈だ。大方、捨てられていた雑兵の鎧を着て粋がっている下民だろうよ」
「何とでも言え。この鎧に特段の思い入れは無い」
だが、そうなると解せない点が1つだけある。
仮に世界が平和になったとしよう。その過程で裏世界にいる亜人が討伐されるような事があったとしよう。それはそれで仕方ない。そういう時代の流れだ、地球の人間だって何種類もの生物を絶滅させてきた。あれと同じようなものだ。
だが平和になったとして、だ。
「それで、その平和至上の国にいる貴様らは何故、俺の荷物に手をかける。わざわざ火種を作る事もあるまい?」
平和というのは戦争と戦争の間にある場繋ぎ、という考えがある。
その考えの通り、平和というものは酷く脆い薄氷だ。ひょんな事から砕け散り、殺し合いという名の冷たい底無し沼に落ちてしまう。だからこそ人々は氷を割らないよう気を付けているのだ。
それなのに、この5人の騎士は盗賊紛いの事をしている。現代日本に置き換えて考えれば、警察が裏で強盗に精を出しているようなもの。新しい国家への疑いの元を、自作しているも同然である。
だがそれを訊ねた途端、騎士達は再び大声を上げて笑い出した。
「ヒャハハハハハハハハ! お前、そんな事も知らないのかよ! この辺はなぁ、魔族と暮らしてた薄汚い人非人が住んでた土地なんだよ。そしてその所為で起きた、天下泰平の後の混乱を治めたのが俺らだ!」
「薄汚い亜人の連中からは全財産搾り尽くして良し! 亜人に加担するゴミは殺して良し! それが認められるのだ、我々はな! 何せ反乱して来た亜人を鎮圧したのだから!」
「だから?」
「だからその功績によりぃ……、私達は上納金を納めれば、あらゆる奴からあらゆる物を徴収できるんだよぉ!!」
ヒャア我慢できねぇ!と言わんばかりに、いよいよ剣を手に襲い掛かって来た騎士達。
大体予想通りだ、と立ち上がりながら琥珀は、今度は誰の耳にも聞こえるような大きな溜息を吐いた。
(剣を抜くまでも無い)
状況から推定できる現状は、要するにこうだ。
琥珀を後ろから刺して殺し、偽物の琥珀を仕立てて5人は凱旋。
→世界中の人気を掌中にした。すると人間不思議な物で欲に負けて次から次へと物が欲しくなる。
→今度は魔界とされる裏世界の亜人達を迫害し、豪遊できるだけの財を集めた。
→まだ足りない。湯水のように使うには足りな過ぎる。そうだ今度は人間からも刈り取ろう。
→10年前の功績を考えればそれも許される筈だ、騎士に賄賂送って手足にしよう(今ここ)。
要するに一言で言えば『暴君のための搾取帝国』である。
勿論これは想像でしか無い。シャーロック・ホームズも『証拠の無い推理は妄想と同じ』と発言しており、一笑に付される程度の予測でしか無い。
だが例え真実がこの想像から180度真逆にあるとしても、最低限この下品な騎士に負けてやろう等という考えは微塵も浮かばなかった。
「オラァッ!」
「遅い」
それにまだ訊きたい事がある。
囲まれた状況でも落ち着いてその結論に達した黒鎧少年は、まず最初に斬りかかって来た騎士の剣を持つ腕を掴む。切れ味があるのは刃の部分だけだ、なら太くて狙いやすい腕を抑えた方が防ぎやすい。
「ぃよいしょっと!」
そのまま他の角度から斬り込んで来た騎士に掴んだ騎士を背負い投げの要領で放る。鎧を付けた大の男ともなれば下手をすれば100キロを超える相当な重量があるが、円を描くように相手の勢いを使えば、後は鍛え方次第で然して難しい話では無くなる。
残った剣3本は両端の2人の腕を外側から押してぶつけ合う事でガード。丁度3本が交差する形で剣がぶつかる事で金属音が甲高く周囲に響くも、それ以上は何も起きずに終わった。
敵が一対一を仕掛けて来る事等そうそうありはしない。複数に囲まれた時の対処法を熟知し骨に染み込ませるべきだ、とは彼に戦い方を教えてくれた、今は亡き王国の騎士の言葉である。
さて5人の攻撃を物ともせずに捌いた琥珀に対し、騎士達は認識を改めたようだ。2度目は中々踏み込んで来ない。
「どうした、踏み込んで来ないのか? そのお遊びのような剣術でも、5対1なら俺を仕留められるかも知れんぞ?」
ちょいちょいと琥珀は指で騎士達を挑発する。
実際彼らの戦い方はなってなかった。これなら剣を賢明に習う見習い騎士の方がまだマシだ。
琥珀自身には、別に剣道の有段者とか空手の黒帯とかそういう武道の華やかな成績を収めた事は無い。が、戦い方を叩き込んでくれた師匠の艶やかな太刀筋と戦いの為に必要な体捌きは全て骨肉に染み込ませている。付け焼刃だが、無いよりマシ程度にはあるという事だ。
そういった点を加味しても、平和な現代日本から来た琥珀は彼らをこう評価する。
「ここで貴様らが襲って来た事は無かった事にしてやる。今すぐ去れば見逃してやろうという事だ」
これが騎士か。今の時代、諸国の警邏を任される騎士がこの程度か。10年前の基準では、こんな程度では鉄剣を握る事さえ許されないような雑魚だ。
その琥珀の態度が癇に障ったのか、5人の騎士は改めて剣を構え直す。
「俺が言った事が聞こえなかったのか? 品性だけで無く聴覚までどこかに落としてきてしまったようだな、騎士の名が泣くというものだ」
「ザけんなコラァアアアアア!」
「いや、鍛錬への心もか」
安い挑発に乗りやすい騎士が突っ込んで来るのを見て、琥珀は大きく嘆息する。
別に肉体を破壊寸前まで追い詰めて特訓しろとは言わない。だがこいつらは日々の鍛練すら怠っているように思える。こんなでは例え10年のブランクがあるとは言え、真っ当な騎士に稽古をつけて貰った上に実戦の場で叩き上げ続けた少年を倒せるワケも無い。
「ふんっ!」
大上段から振り下ろされた剣は眼中に無い。素直にドストレートの鉄拳を相手の顔にお見舞いしてやる。こういうのを防ぐために、蒸れるのを我慢してフェイスガードは着けておくものなのだ、外していては顔を狙ってくれと言っているようなものである。
「いい加減にしろ。貴様らでは俺には――」
「うるせぇ下手人が!」
「叩きのめしてやらぁ!」
「アンバー帝国に楯突いた事を後悔させてやる!」
「出来もしない事を」
妄想乙、とネットでもあれば書き込んでいた所だ。
剣で斬る以外に頭に無いのか、馬鹿正直にまた剣を構えて突撃して来る3人。バラバラの方向から掛かって来るのは褒めてやるが、子供のような太刀筋では後ろから斬りかかられても怖くも何とも無い。
「<コモンアクセル>」
重ね掛けする必要も無い。1.5倍速で動けるようになる術で身体能力を強化すると、上半身の動きだけで軽々と攻撃を全て避けた。
(師匠、感謝してますよ)
そのまま最初に体勢を立て直した騎士の剣に別の騎士の肩の内側を突き刺すと、2人纏めて回し蹴りを頭にお見舞いしてやる。軽くで丈夫な魔王の鎧ならではの芸当に感謝しつつ、残った1人に向けて腕を引き絞った。そして。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ、オラァ!」
「あ、ごがぁああああああああああああああ!?」
そのまま無数の拳のラッシュを叩き込む。速度と硬さがあれば、そこに重さの入った威力が生まれる。1.5倍という琥珀としては優しい速度でありながらも、鎧をベコベコに凹まされながら3人目の騎兵は最後の一発で殴り飛ばされて崩れ落ちるのであった。
「やれやれだ、趣味の悪い模様の鎧だと思っていたが、安物のせいで余計に悪趣味になったな」
「<ファイア・エンチャント>!」
敵の装備のレベルの低さに嘆息したと同時、最後の1人が剣に炎を纏わせた。どうやら彼は多少は出来るようである。装飾に違いは全く見られないが、隊長か何かだろうか。
「黒鎧の男よ、中々の腕である事は認めよう。しかし所詮はコモンマジックの使い手、我が聖なる炎の前には無力も同然!」
「よく言う。この4人と同じように手応えの無い敵では無い事を祈ろう」
「抜かせ! コモンでは到達出来ない領域にある魔術で貴様の鼻っ柱を叩き折ってやろう!」
基本的にコモンマジックは大衆に向けて開かれている術だ。それ故に全体的に見てコモンマジックは威力に乏しい。寧ろ生活等で役立つ物の方が多いくらいだ。
それ故にあの騎士の言っている事はある意味正しい。何らかの属性を得た魔術は破壊力がコモンのそれとは格段に違い、まず文字通り勝負にならない。
ただし、そこには注釈が付く。
「成程、確かにコモンマジックの戦闘力は各属性の戦闘用魔術には劣る。これは自明の理だ。ましてや俺は、自分の属性の魔術を満足に操るだけの知識と技量が無い」
元々リチムの町には旅の物資と闇属性魔術の資料を探しに来ただけに、猶更である。
「だが、名も知らぬ騎士よ、貴様は思い違いをしている」
「何?」
「この世のどこに、刃物を持った赤ん坊を恐れる大人がいる」
そう、魔術とは結局は科学と同じ、使い手が全てなのだ。
例え世界を破壊出来るエネルギーがあっても、それが善人の手にあれば使われる事は無い。一瞬で何万人も殺せる洪水の魔術も、使い手が水を不得手としていれば意味は無い。
それと同じだ。炎の剣を操る敵であろうと、琥珀の方がずっと強く、埋められる程の小さな差では無い。然らばどこに恐れる要素があろうか。否、断じて否である。武器に振り回される程度の敵に屈する程、琥珀は勇者をやめていたとしても戦士はやめていない。
「この匹夫めが! 先程から聞いていれば何だその態度は! もう許さん、不敬の罪で四肢を削ぎ落として裁判にかけてくれる!!」
「やってみろ」
無詠唱で肘から先を強化する<ハードアーム>を自分に付与すると、少年は軽く腰を落とした。
魔術の無詠唱発動は威力のダウン等の弊害を起こすが、この程度相手に多少の弱体化は痛手に等なりはしない。
コモンマジックをこの場に於いて尚も使う事に相手が顔を歪ませた事を、琥珀は見逃さない。4人を叩きのめした琥珀が自分をナメていると思ったのか、それとも相手が倒せる弱い奴と思ったのかは不明だが、指を軽く動かして挑発してやる。
「来い。格の差を教えてやろう」
「貴様ァ! なます切りにしてミンチ肉にしてくれるわ!!」
突撃しながら振るわれた太刀筋は、先の連中に比べれば多少はマシ程度か。充分に捌ける。
琥珀は半歩だけ動いて回避すると、素早く顔面に向けて鉄拳を振るう。が、最後の騎士はこれを上半身を捻って受け流すと、剣で伸びきった腕を狙って来た。
(む)
その刃と熱は幸いにも頑丈な鎧が受け止めてくれた。腐っても魔王の鎧、ちょっとやそっとではビクともしないようだ。
だが琥珀はその結果を良しとしない。伸びきった腕がもし素肌なら、今ので己の腕は無くなっていたからである。
(修業不足か。いやしかしこの男、多少はやるな)
攻防ワンセットが終了し、互いに距離を取り合う。
(さて、剣を抜くか? いやいやそれは俺の矜持が許さない)
琥珀の中ではまだ敵は格下も格下という扱いであったが、徒手空拳で勝てるような敵では無い事は何となく理解していた。
しかしだからと言って剣を抜くべきとも思えなかった。少年にとって剣とは師から教わった戦いの全てであり、そして強敵を排するための最大の武器であり、何より自分がこの世界に呼び込まれた理由であったからである。
何より彼の剣は大いなる加護を受けた剣、雑兵にぶつけるべきでは無いし、何かの拍子で露見した際の影響が怖い。
となると、最後の手段は魔術を使う事だが、大得意だった光属性は軒並み使えず、他の属性はあまり習得していないのが現状だ、出来て精々中級魔術か。もっと炎や水もバッチリ学ぶべきだったと悔やんでも、もう遅い。
「……仕方ないか」
「ほう、何が仕方ないか? 死ぬ事かぁ!?」
先程の攻防で気を良くしたのか、再び騎士が剣を構えて突撃して来る。
太刀筋をよく見極め、これを鎧の手甲で受け流すと、指鉄砲の構えを取って腹に押し付けた。
「貴様相手に、もう少し本気を出す事に決まっているだろう」
瞬間、男の腹を漆黒の閃光が貫いた。
無詠唱で唱えられたその魔術の名は<ダークアロー>、闇属性最下級魔術の1つである。
「あ、が……? な、にが……!?」
「ふむ、この属性は3つしか知らないのだが……成程、これは強力だ。試し撃ちした時よりも威力がハッキリ理解できる」
闇属性魔術はその最大の特徴として非常に低速である事が挙げられる。中には赤ん坊がハイハイする速度より遅いとされる程の物すらある。
だがその代わり、数々の他の属性に無い利点を持つ。この<ダークアロー>は貫通力、手前にある鎧等の障害物を無視して貫き、的確に敵に攻撃が命中するというもの。こうした強力な魔術を操る事もまた、魔王やその配下が人間達の脅威として長年蔓延った理由の1つなのだ。
「ぐ、ば、何だこの魔術、は……っ! 炎でも水でも、無い……! 貴様、一体……っ!!」
「語るべき事は無い」
騎士としての矜持か、それとも<ダークアロー>1発では仕留め切れなかったのか、辛うじて立っている騎士から剣を琥珀は奪うと、更に蹴りでトドメを刺してやる。
そのまま抜身の剣を突き付けると、声を張り上げた。
「これで分かっただろう、貴様らは所詮騎士ごっこだ! 荷物と金を置いてさっさと去るが良い、次は首を貰うぞ!」
敵わないと知ったのか、騎士達は悪態を吐きながら逃げ去り始めた。馬に繋いでいた荷物も捨て去り、有り金が入っていると思しき革袋も地面に捨て去る。大の大人が敗残兵のように無様に慌てて逃げて行くその様は、勇者を自称した時期のある琥珀でも気分の良いものだ。
願わくば、背中から刺した連中にも同じ目に遭って貰いたい。そんな感想を抱く。
その心の有り様が、琥珀が既に勇者として有り得ないという事を突き付けているのだが、それを少年はまだ知らないのであった。
☆
チンピラ騎士5人が完全に立ち去った事を確認した琥珀は、戦利品である騎士の所持品を回収すべく歩き始める。そんな彼の元に、隠れていた瑠璃が戻って来た。
「すっごいねぇ。琥珀マジでこんなに強かったんだ」
「何だよ、瑠璃だってこの鎧越しに俺と戦ってたじゃねーの」
コンコン、と今は自分が着用している黒い鎧を叩いて茶化す琥珀。
そんな彼に少女はクスリと苦笑した。
「そうなんだけど、鎧の中って半分微睡んでるような感じだったからサ。だからこうして自分の目でしっかり君の戦いを見るのは初めてなんだよね」
「そうなのか?」
「そうなの」
えへん、と何が誇らしいのか胸を張る瑠璃。その胸で平均より実は大きいと嘗て笑いながら話してくれた、豊かな胸部が揺れる。
幽霊になっても柔らかさとか残っているのかな、そんな益体も無い事を考えながら戦利品の1つに手を伸ばした時、ある事に気が付いた。
「瑠璃、この袋の中身、物じゃないぞ」
「え?」
「ヒトだ。多分、俺達と同じくらいの年の」
騎士達が落としたのは金の入った革袋や安物の鉄剣、遠征用の非常食等々。
だがその中には妙に大きなズタ袋が混ざっていたのである。触ってみれば複雑な凹凸を持ち、仄かにだが人肌の温かさが伝わって来る。人攫い稼業をしていた賊を討った時の経験から、琥珀はこの中に誰かが入っている事を理解したのである。
「う、動かないけど大丈夫なの中の人……!?」
「さぁな。あいつらの中に死体愛好家的な奴がいなければ、頭打って気絶してるだけと思いたいね」
言いながら袋の口を解き、中身を出す。出て来たのは十代半ば程の少女だった。
質素な麻の貫頭衣にも似た服を着ており、美しい白亜の長い頭髪が目を引く。だがそれより目を引くのは少女の頭と腰の辺りにある“それ”だろう。頭には三角形の髪と同じ色の猫の耳が、腰には同じカラーリングの尻尾が生えている。
獣人、或いはキャットピープルやワーキャットと呼ばれる猫人の種族だ。
この世界ではポピュラー、とは言わないが比較的人間と友好的な関係を築いている種族であり、特に夜目の良さや身のこなしの軽さは探索や調査隊には必ず1人はいる重要な存在である。
「目立った外傷は……無さそうだね、良かった」
瑠璃の言う通り、この猫人族に負傷は見られない。
が、それよりもっと重症な事態であると、琥珀は見抜いていた。
「瑠璃、手分けしてこの周りにある炊事に使えそうなモンを探すぞ。騎士連中の兵糧より温かいモンを用意すべきだ」
「え?」
「爪に白い斑点、ガサついて荒れた肌、袋の中にはこの子の抜け毛が尋常じゃない数あった。……この子が倒れている原因は栄養失調だ」
取り敢えずさっきの銀コップを洗える水場を探すべく、琥珀は立ち上がる。
胸中に、1つの苛立ちを起こしながら。
――剣を抜いたのは、こんな小さな女の子を飢えさせる為じゃない!
――命を削ったのは、あんな連中に好き勝手させるためじゃない!!
――何だこの現状は!
――俺は一体、何のために戦っていたんだ!!
現状に対するドス黒い怒りを必死に隠しながら、早速黒鎧の少年は井戸の中に備え付けの桶を放り投げるのであった。
To be continued