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勇者ですが闇属性です  作者: ノウレッジ
第1章
2/14

1-1 魔王

過去話は琥珀色。

思い出は瑠璃色。


では未来の事は何色?

では現在の事は何色?

 暗闇。

 まず知覚できたのはそれだった。

 周囲一面を覆う黒、黒、黒。自分の体がハッキリと認識できるのは――


(死んでる、からなんだろうな)


 相原琥珀あいはらこはくは地球と定義できる世界から異世界へ訪れた者であるが、別段その時に死んではいない。ある日ふと、この世界の魔術師に召喚されて魔王退治を頼まれただけである。

 無論、断ろうと思った。多少ケンカやら何やらで腕に自信があったが、それでも魔王なんて大層な名前を付けられた何某相手に勝てると自惚れられる程、琥珀は自意識過剰でも自信過剰でも無かった。

 だが送り返す準備をするまで、と見せられたその世界の現状は酷かった。半年前に召喚された勇者が魔王討伐に失敗し、僅か半年足らずで世界中に悲鳴や断末魔が満ちていたのである。


(そうだ、俺は……。俺は……っ!)


 根は善人だった琥珀はそれを見過ごす事は出来なかった。魔術師は人の良い王に仕える宮仕えであり、王国は最大限のバックアップをしてくれた。

 自分が頼られていると感じた琥珀は、元の世界に戻れないリスクを知りながら討伐を請け負った。この世界で死ぬ事になろうと、今苦しんでいる人々を見捨ててはならないと思ったから。


(なのに……、なのに……!)


 結果から言えば、討伐は成った。

 そして、後ろから撃たれた。この世界のために骨を折って、なのに……!

 クソッタレと毒づいても遅い。命は一つきり、もう残っていないのだから。自分に何が足りなかったのか、どうして彼らは何も言ってくれなかったのか。

 そんな負け惜しみとも懺悔とも言える怨念を内に抱きながら、少年はただ只管に暗澹たる黒の中を揺蕩うのであった。


(永遠に、この闇の中なのか……? ハハッ、良いさ。モンスターに始まり盗賊に狂乱した兵士、暴走した魔術師に果ては寝返った奴。数え切れないくらい殺した。天国なんざ期待してねぇよ)


 でも、それでも。


(せめて……)


 せめて。


(あのクソ共を痛い目に遭わせなきゃ気が済まねぇっっっ!!)


 考えてみれば話して分かる奴らじゃなかった。ゴロツキ、妖婦、大罪人にジコチュー。勇者パーティとしてどうなんだという連中、正直言って厄介払いの的にされたような気すらする。戦力としては十分だったが素行は非常に悪く、毎度その後処理に自分は追われていた。今更ながら、よくあのパーティで戦えたと自分を褒めてやりたい。

 あの恩知らず共、と吐き捨てたくともそんな口は既に無い。一体何度代わりにが頭を下げた。何度彼らの代わりに自腹を切った。大して感謝も謝罪もされず、傍若無人な連中を纏め上げて来たのに。それなのにこの仕打ちは、あんまりだ!

 剣士が店の商品を壊せば欲しい物も我慢して弁償し、僧侶が医療行為を神に背くものと指差して罵倒すれば平身低頭謝罪しつつ僧侶を引き剥がし、戦士が町娘に無理矢理お酌をさせれば宿から叩き出されないよう戦士を叱責し。

 彼らからは戦力としてこそ頑張って貰っていたが、それ以外の面に於いては完全にダメダメの一言に尽き過ぎた。自分に、勇者に全ての尻拭いをさせておきながら、最後の最後まで「ありがとう」の一言すら……!


(ざっけんじゃ……!)

「ねぇええええええええええええええええええええええ!!」


 心の内から、ドス黒い炎が吹き上がった。



  ☆



 ガバッと少年は跳ね起きた。汗の滴が宙を舞い、やがて何処かへと消え行く。

 周囲は、依然変わらぬ闇。しかし分かる。これは今までとは違う闇だ。単に光源が無いだけの、暗闇だと。あの何も無い『無』と表現できるソレとは異なる、と。

 このくらいなら<ライト>の魔法で明るく照らせる。自力で消せないのが欠点の魔法だが、明るさに関しては夜でも昼間以上の光を得られる便利な魔法だ。


「<ライト>」


 魔法を使うには固有名詞を口から紡がなければならない。それ故に無詠唱という最高技術を修めていない限りは声を失う=魔法を失うという方程式があったりするのだが、それはそれとして。


「……?」


 はて、と琥珀は首を傾げる。光属性の中で最も初歩的な魔法の1つがこの<ライト>だ。消費するエネルギーはゲーム的に言うなら『必要MP:1』という簡素な物だし、これに失敗するなど光属性ならまず有り得ない。炎や水の属性を持つ魔力でも可能だ。


「何だ、魔力が無くなったか? そんな馬鹿な……」


 自分の体に気を張り巡らせれば、そこには慣れ親しんだエネルギーの循環を感じられる。血管を巡る血液のように清廉な白い魔力、を……?


「……!?」


 己の体を振り返り、琥珀は<ライト>が使えなかった理由に1つ思い至った。

 この世界に魔法の属性はどこにも所属していない“無”を除くと7つ。炎、水、風、地、雷、闇、そして光。光と闇は相反する属性であり、残る五つは五芒星を描くように相性が存在している。

 当然、相性が悪い属性は反発したり威力が大幅に落ちたり、()()()()()()使()()()()()()()


「いや……、そんな馬鹿な」


 祝福を受けた聖剣は光の戦士の証。邪悪な闇を祓う輝きの象徴。闇とは即ち邪悪なる存在の証拠。これを所持する事それ即ち世界に終焉を齎す悪夢の翼。

 有り得ない、と頭を振りつつ恐る恐る唱える。長旅の中で自然と覚えた、それを。


「……<ナイトヴィジョン>」


 闇属性の初歩的な魔法<ナイトヴィジョン>。相反属性たる闇属性が、<ライト>を使えない代わりに習得できるのがこの<ナイトヴィジョン>である。これは<ライト>が周囲を照らすのに対し、自分の目を暗闇の中でも見えるようにするための術。光が周囲の人々も照らすものなら、闇は自分だけが漆黒の中で動けるようにするための魔法だ。

 琥珀はそれを唱えた。


「は、はは……」


 果たして、視界に変化が訪れる。

 その昔テレビで見た、暗視スコープのような空間の把握。緑で無く紫主体で、まるで世界が黒と紫の二色で構成されているかのような光景。

 琥珀は、ショックだった。闇属性の魔法は人間には使えない。闇とは即ちこの世の悪性の塊であり、ただの人間が使えばその悪意の塊に心が耐えられない。才能がどれだけあっても無駄であり、故に人ならざる、かつ、邪悪な心を持つ魔物の類にしか操れない。興味本位で闇属性の魔力に近付いた際は数メートルの距離に近付いただけで強い吐き気がした程であった。

 それがどうだ。今自分が操っている闇属性の魔法は何も負荷をかけて来ない。これが“相原琥珀が闇に落ちた人外”の証拠で無くて何なのだろう。

 部屋の鏡に映る自分の姿は何も変わっていない。しかしこの事実は、光から闇に堕ちるという純然たる琥珀の異端性を突き付けていた。


「そりゃ、あんまりだ……。俺が、闇属性になった? 元であっても勇者の俺が?」


 光は善性、闇は悪性。ならば今の自分は少なくとも勇者では無い。

 勇者という立場に執着なんて無いけれど。裏切られた上に『お前はもう人間じゃない』『世界中の全ての人間の怨敵なんだ』なんて言われれば、泣き言の一つ二つ許されるべきだ。

 何のために自分は戦って来たのか。

 誰のために自分は剣を取って来たのか。

 その全ての前提条件が、音を立ててガラガラと崩れ去る。

 今ここに居るのは少年では無く、ましてや人間と定義すべき者でも無く。ただの1匹のモンスターと言われるべき存在だと、世界はそう告げたのであった。

 だが、嘆きと同時に湧き出したものがあった。


「俺が、魔物か……。ハ、そうだよな。仮にも魔王をブッ斃しておいてタダの人間だなんて言えねぇよなぁ? ハ、ハハハ……!」


 最初琥珀はそれを、己に対する嘲笑と受け取った。

 だが自嘲はすぐにグツグツと煮え滾るマグマへと、腹の奥底で姿を変えて行く。

 其れは誰もが持つ原始的な感情。ストレスを受けて攻撃的な性格を露わにする、その名も怒り。


「オイ、神様って奴がいるならよぉ、出て来いよ……! ザけんじゃねぇぞコラ、魔王を斬らせておいて用済みになったらポイ捨てか? ザけんな……、ふっっっっっっっっっっざけんじゃねぇぞコラァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 嗚呼、と僅かばかりだが理解する。この感情は確かに闇だ。清廉にして潔白の光では抱けない憎悪の感情だ。吹き上がる怨恨の心だ。

 怨嗟の怒号は終わらない。次は仲間への憤怒の声を吐き出す。


「クソ猿ゥ! テメェいっつも俺に奢らせて鐚一文払った事ネェよなぁ! テメェにどんだけ金突っ込んだと思ってやがんだ、財布か俺はぁ!!

 ゴロツキこの野郎! お前のセクハラ・パワハラ・マタハラの不始末誰がつけてやったと思ってやがる! お前のせいで一つの街に長居出来なくなったんだぞ、ア゛ァ!?」


 その後も琥珀は次から次へと、道中死んだ仲間や離脱したメンバーを含めた者達へ一頻り恨み言を叫んだ。

 それで何が変わるワケでは無い。強いて言えば琥珀のストレスが多少軽減されるだけである。

 だが、それでも声を張り上げずにはいられなかった。この怒りを発散させなければ、壁に立てかけてあるのを見つけた愛剣で所構わず斬り付け回ったであろうから。


「ゼー……、ゼー……、ゼェ……ッ!」


 どれくらい叫んでいただろうか。息が切れ、荒い呼吸をしていく内に、琥珀は多少の冷静さを取り戻していた。

 兎に角、現状必要なのは現状の把握だ。ベッドの上で上体を起こしたまま、ではカッコがつかない。一先ずは周囲を探す事から始めよう。


「落ち着いた?」


 まずは剣を、と思った瞬間、部屋に明かりが灯り少年に声がかけられた。<ナイト・ヴィジョン>は強制終了され、視覚も平常のそれに戻る。

 それはどこか透明感のある、琥珀と然程年齢の変わらなさそうな少女の声。琥珀にとって、この世界に来るより少し前まで聞きなれていた声。


「おいおい、今度は……何の冗談だよ」

「冗談なんかじゃ無い、って言ったら?」


 声の発生源は、部屋の扉。否、その前に立つ人影、否否、人の姿をした何か。

 年の頃は十代半ばが精々。されどその姿は記憶にある姿と偽りなく同じで。ボブカットの黒髪も、右の目尻にあるホクロも、強い意志を感じさせる瞳も、決して違わず。


「ク、クク……コイツは悪夢か? それとも魔王を倒した俺への褒美か? なぁ……、頭ン中ぐちゃぐちゃで素直に喜べねぇよ、瑠璃」

「うん、君の天使にして過去の遺物、黛瑠璃まゆずみるりさん只今参上ってね」


 そこにいたのは。音も無く自分が横臥するベッドに近寄って来たのは。


「2年前の割り切り返せコンニャロウ」


 琥珀が異世界に参る半年前に事故で他界した幼馴染の少女、黛瑠璃であった。



  ☆



 黛瑠璃。

 世間一般で言う幼馴染のカテゴリを、およそ網羅していた少女である。

 何せ家は隣同士で同い年、親同士知り合いで仲も良い、世話好きで家庭的とコテコテのテンプレを押し固めたような女の子。オマケに言えば琥珀が気になっていた少女でもあり、瑠璃もまた彼の事を気にかけていたのだった。

 だがある日、少女は交通事故で他界してしまう。道路に飛び出した子供を助けるため、大型トラックの前に飛び出して轢かれてしまった。「そんなトコまでテンプレやってんじゃねぇよ」と琥珀は通夜で嗚咽混じりで叫んだ程に、胸焼けする程のテンプレを盛り付けた少女。それが彼女、黛瑠璃なのである。

 全ては、琥珀が異世界に召喚される半年前の出来事だ。


「久しぶり、で良いのかな。元気そうで良かった」

「バカヤロウ、お前が死んで……どれだけ毎日が味気無かったと思って……、クソ、クソォ……ッ!」


 どれだけ泣き叫ぼうと、どれだけ気が狂おうと、死者と生者は交われないもの。その事を理解し、瑠璃のいない日々を納得して受け入れるまで半年はかかった。丁度異世界に来る半年前まで、琥珀は瑠璃のいない日々に押し潰されそうな、暗く苦しい毎日を送っていたのである。

 そうして立ち直れたのも、また生者と死者という明確な境目により二度と会えないと納得したため。悪く言えば彼女を過去の遺物として切り捨てたため。無情にもやって来る毎日と向き合い直したためだ。

 だから、もう居ないと思っていた人が目の前に現れれば。押し込めた筈の感情が湧き出るのも無理は無くて。


「クソが、瑠璃のバカ、バカヤロ……、お前の声がもう一度聞きたいなんて、俺ァ思ってなんて、あ、あぁ……っ!」

「うん……ゴメンね。寂しかったよね」

「クソバカ、誰が、ガキじゃ、あるめぇし……っ! 俺は、俺は、だ……、ぐすっ」

「うん」

「チクショウ、言いたい事が山程あったのに、全然出て来やしねぇ……! 畜生、ちく、しょう……!!」

「うん、私も琥珀と話せたら、何か色々吹っ飛んじゃった。あは、12年分の言いたい事があったのにな」

「……え?」


 歯を食い縛って堪えていた涙がスッと引いた。

 彼女は今、何と言った? 12年分?


「何だ、その12年分って……!?」


 悪い予感がする。

 眠り続け、起きたという事象に対する、よくあるシチュエーションが。


「眠ってたんだよ、琥珀は。ざっと10年も」

「なん、だと……!?」


 さらっと、それこそ今日の天気を応えるかの如く何でもないように言い放つ瑠璃。


「どういう事だよ、全く意味が分からんぞ!」

「……闇属性魔法<ハートレス・コフィン>」

「!」


 <ハートレス・コフィン>の名は琥珀にも聞き覚えがあった。残虐・残酷を旨とする闇属性魔法の中では珍しい事に『対象者の傷を癒す』魔法だったからだ。


「<ハートレス・コフィン>はね、相手を鉄壁の棺桶に入れて回復させる魔法。対象者を必ず復活させる絶対防御と完全治癒が売りなの。……ただその治癒速度は凄く遅くて」


 瑠璃が琥珀をその紫の棺に収容した際に、彼は肺と心臓を貫かれて殆ど死んでいた。<ハートレス・コフィン>でも生き返るか否かは非常に微妙なラインだったらしい。

 それでも琥珀が十年という歳月をかけた事を除けば生き返った事は、最早奇跡と称すべき事だと言う。


「そう、か……」

「感謝してよね、コフィンを使うのに私1人の魔力じゃ賄えないから維持にバカ高い触媒を使ったんだから」

「……すまない」


 あまり実感は湧かないものの、どうやら自分は相当彼女に恩があるらしい。素直に頭を下げて、ふとある違和感に思い至った。

 部屋の鏡に映った自分の姿が12年を経て変化していないのは、まあ良いだろう。死からの蘇生に力を費やして成長しなかったとか、どうとでも説明は出来る。

 では……どうして自分は瑠璃を一目見ただけで彼女本人だと認識できたのだろう。


「よろしい、ちゃんと払って貰うから……、どうしたの?」


 改めて彼女を見ると、12年前の自分のよく知る幼馴染と殆ど同じ姿だ。琥珀がこちらに来た年齢は16歳。つまり彼女も今の十代半ばの年齢が記憶にある最後の姿となる。

 しかし順当に考えて16歳と干支が一周して28歳になった人物の見た目が同じという事は有り得ない。大なり小なりの変化があって然るべきだ。なのに享年である14歳と全く変わらぬ見た目とはどういう事なのだろう。


「瑠璃、お前その体……?」


 そして今まで気付かなかったが、彼女の姿はうっすら透けている。これが服とか下着なら年頃(と言って良いのか微妙なラインだが)の少年たる琥珀には嬉しい限りなのだが、そうじゃない。瑠璃の全身が、まるで半透明になったかのように向こう側を映し出しているのだ。


「お前、一体……」

「ん、ああそっか。まだ言ってなかったね」


 ケロッと、それこそ何でもないように。明日もまた遊ぼうとでも言わんばかりに。

 再び瑠璃は、衝撃の事実を口にする。






「私、幽霊だよ」






To be continued

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