三話、朝
彼は毎朝始業前に図書館に来るのが日課だった。長い伝統だけが取り柄のこの学校の図書室は、味があるといえば聞こえはいいが全体的に古びている。新刊が入ることは少ないし、何より利用者が少ない。しかし、だからこそ彼は生徒が誰もいない朝のこの図書室の時間がいたく気に入っていた。
そんな彼の特等席は、東向きの大窓の日差しがカーテンのレース越しに差し込んでくる、そんな席だった。
「今日も勉強しに来たの?」
唐突に話しかけてきたのは司書の先生だった。
「僕が毎日寝ていることへの嫌味ですかそれ」
「いやはや、ばれたか」
「まったく」
実際、毎朝来るにもかかわらず大抵の日は朝日の温かさにつられて寝てしまっている。せっかく図書室に来たのなら読書なり勉強なりすればいいと思うかもしれないが、僕にとって朝日の下で朝の気怠い眠気に抗うことなく寝るのは何にも代えがたい至福の時間なのだ。
「まあ、授業には遅れないようにね」
「そこは弁えてますよ」
そんなことを言って司書の先生はカウンターの奥の司書室へ戻っていく。時計を見ると始業時間の15分前だった。
「何か本でも借りていこうかな」
ふとそう思い、近くの本棚を眺めると、パレードというタイトルの本が気になった。手に取り、パラパラと捲ってみる。文とテンポが良く、すらすらと読めるようなその文体が気に入った。そして、古き良き読書記録カードを取り出す。すると、借りたのは一人だけだったらしく、そこには
「立石湊 2年3組」
とだけ書いてあった。ふと、どこか憶えているような気がして、すぐに思い出した。あの不思議な声をしたクラスメイトだ。そう意識した瞬間、同じ本を借りようとしてたことに親近感や少し恥ずかしい気持ちを持ったが、結局彼は借りることにした。この程度のことで少し動揺してしまったことが恥ずかしかったのだ。
キーンコーンカーンコーン
そんなことを考えているうちに、予鈴が鳴ってしまった。
「借りるなら早くしなさいよ」
先生にそう急かされ、彼は急いで名前を書いて先生に出した。
「はい、返却は2週間後ね」
「ありがとうございます」
そうして彼は駆け足で教室へ戻っていった。