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ザマァに到る病

作者: 押根こむる

 夜もだいぶ更けてきた頃、○○市立総合病院に急患が運ばれてきた。

 高校生くらいだろうか、血走った目でスマートフォンを握りしめた少女が、拘束を取ろうともがいている。


 がらがらとストレッチャーの鳴る音、救急隊員や付き添っている両親の小走りの足音、それらをかき消すような少女の叫び声。


「離して!ザマァが、ザマァが足りないの!早く新着をチェックしなきゃ――」


 いあわせた人びとは、処置室に吸い込まれていく少女を痛ましげに見送った。






「ザマァ中毒――ですか?」


 いぶかしげな少女の両親に、主治医は重々しくうなずいた。


「はい、ザマァ中毒です。それも、最近若者の間に急速に広がっている新型のナロウ―アクヤクレイジョウ型に娘さんはかかっています」




 ザマァ中毒――この病名が知られるようになったのは、インターネットを感染源とするカテイ―クソウトメ型の流行がきっかけだった。


 理不尽無理難題を強いる舅姑に敢然と立ち向かい、みごとギャフンと言わせる嫁に喝采を送る人びと。

 そういった体験談をまとめたサイトのリンクをたどり、あとひとつ、あとひとつと時間を忘れて読みふけってしまう。


 こういった人びとのなかでも、特に依存の強い人につけられた病名がザマァ中毒なのである。ほかにも、カテイ―クソウトメ型の変異種であるカテイ―ドクオヤ型やカテイ―DQN型などいくつかタイプがある。



 一方ナロウ―アクヤクレイジョウ型はインターネットを媒介する点は共通しているのだが、カテイタイプが匿名の掲示板およびそのまとめサイトを経由するのに対し、小説投稿サイトを経由するまったくの新型である。


 自分の婚約者がほかの少女と想い合うのに嫉妬し仲を引き裂こうとした結果、その悪行を糾弾され身を滅ぼすという定められた運命に抗い、幸せを手に入れるという物語。


 一般に悪役令嬢ものと呼ばれるそれは、王道的なシンデレラストーリーに登場するライバル役の彼女は、本当に破滅するほどの罪を犯していたのか、そもそも婚約者がいる男性に横恋慕したヒロインが悪いのでは、との疑問に見事に答えてくれた。


 悲惨な運命を回避しようと努力した結果、婚約者がヒロインによそ見する暇もないくらいの魅力を手に入れていた。

 ヒロインはヒロインで勝手にやってくれと我が道を行った結果、真に愛し合う相手を見つけた。

 ヒロインが受けた嫌がらせは、実は男の気を引ひこうしたヒロインの自作自演であることが明らかになりライバル役の名誉は守られた。


 ――などなど、さまざまなバリエーションが存在し、サイト内で一大勢力を築いている。


 ではカテイタイプにしろナロウタイプにしろ、なぜこれらのサイトがザマァ中毒の温床になってしまったのか。

 それは、双方ともに勧善懲悪のバリエーションであるには違いないが、一般的なそれと比べて、悪を憎むべきものというよりは、嘲笑し見下すべきものとして描かれる傾向を持っているからではないかと考えられている。


 正義が燦然と輝くためには、強大な悪の存在が不可欠である。

 よりインパクトのある事件を、より強烈な悪を、より華々しい勝利を!

 そして、より相手の惨めな結末を、と――。


 主人公側の勝利による爽快感を求めていたはずなのに、気がつけば相手の敗北にざまぁみろと笑う瞬間を待ち望んでいる。


 その末路は惨めであればあるほどよい。

 さらし者になる、勘当される、一家で路頭に迷う、牢に入る、処刑される――ザマァ中毒が恐ろしいのは、求める「ザマァ」がどんどんエスカレートしていくというところにある。


 行き着くところまで行ってしまった「ザマァ」。もっと刺激的な「ザマァ」をと思ってもそうそうは見つからない。

 そこらに転がっている適当なものでお茶を濁そうとしても、生半可な「ザマァ」では欲求不満が溜まる一方。


 禁断症状に苦しみ、サイトをあさり、満足するレベルのものに出会えず症状は進み、いつ理想の「ザマァ」がアップされるかわからないから、パソコンやスマートフォンを手放せない。


 勉強や仕事の時間、さらには睡眠時間や食事時間まで削って画面にかじりつくため、精神的に不安定になるだけでなく身体のほうも衰え、痩せ細っていく。




 主治医の説明に、少女の両親の顔色はひどく悪い。


「先生、娘は――娘は治るんでしょうか」


 父親が訊いた。


「もちろんです」


 医師はうなずく。


「ただ時間はかかります。ザマァ中毒には特効薬というものは存在しません。急激な発作を防ぐために徐々にスマートフォンに触れる時間を減らす、必要に応じて薬も用い睡眠を促すことで体力の回復を図る、カウンセリングを受けて自己を見つめ直す――地道に治療していくしかないのです」


 言葉を切った医師は父親、それから母親の顔を見て続けた。


「全力を尽くします。ですが、この病気の治療に欠かせないのは何よりもご家族の理解と協力なのです。娘さんを信じてあげてください。一緒に頑張りましょう」


 力強く、また見るものを安心させるような笑み。


 両親は決意の表情を浮かべ、スマートフォン片手にベッドでつぶやいている少女を見やる。


「ふふ、やっぱり異世界転生ものよね。卒業パーティーの婚約解消ははずせないわ、あ、でも日本の学園ものも捨てがたい――やだ!○×さんの新連載!?気づかなかったわブックマークしとかなきゃ!○×さんのザマァに外れはないから安心よね、最近の悪役令嬢はいまいちザマァがぬるくてつまんないのよ――あは、あはははは」


 わっと母親は泣き崩れた。






 ――あれから半年がたち、われわれスタッフはあの家族の家を訪ねた。ザマァ中毒に苦しみ、泣き叫んでいた少女はどうなったのだろうか。


「どうぞ、あの子なら二階の自分の部屋にいるわ」


 母親の案内で少女の部屋に向かう。そこには、すっかり健康を取り戻し、明るく笑う少女の姿が!


「あの頃のわたしは、登場人物が幸せになることではなくて、不幸になることを求めていた――どこかおかしかったんです。そんなわたしを治療してくれた病院の皆さんには本当に感謝しています。もちろん、根気よく励ましてくれたお父さんとお母さんにも」


 彼女は大学受験に向けて勉強する息抜きに、今でも小説投稿サイトを利用しているという。


「悪役令嬢ものも前ほどじゃないけど読んでるの。やっぱり好きだから。ザマァ中毒が再発しないかって?大丈夫、楽しみ方さえ間違えなければ問題ないって病院の先生も言ってたもの。最近はまってるジャンル?そうね、戦国転生ものと人外転生かしら!」


こむるは、数年前にカテイ―クソウトメ型を発症しかけてザマァ絶ちしたことがあります。


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― 新着の感想 ―
[良い点] かの近代デンマーク人が危惧した「束の間の刺激を追い求め、主体性を失い続けている現代社会」への風刺も相まって、興味深い作品に仕上がっていると思います。 [一言] かくいう私も、レンアイ-ブキ…
[良い点] 着眼点が素晴らしい [一言] 私はウワキザマア系亜種みたいです
[一言] いやぁー笑い過ぎて腹筋が割れるかと思いました とても面白かったです!
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