第十一話 「はじめてのバトル、VSゴブリン&コカトリス(2)」
VSゴブリン。私の最初のバトルだ。
ちょいとそこ行くお前さんには、渡世の義理も父母の恨みもないが、私の経験値のために死んでもらおう……すごいこと言ってるが、ゲームなんてこんなものだろう。たぶん。きっと。
ゴブリンはこっちに向かってくる。手に持った、トゲ付きの粗末な棍棒を振りかぶる。
……え?
私がそう思うくらい、そのゴブリンは「早かった」。
「なにボケっとしてるルルィ!」
ゼファーにそう叱責されるのも仕方ないくらい、私は惚けていたらしい。
早い。相当早い。
昔、近所をうろついていた野犬が私に飛びかかってきたのを思い出す。その咄嗟感、急激感は、とても似たものがある。
ゴブリンの見かけは、それなりに鈍重そうに見える。なんといっても、背丈は低いし、なんかメタボっぽい感じだし。表情といったものもなく、ただこちらを攻撃してくるだけ。
でも、このゴブリンの動きは、確かに「戦闘に特化」してる。早い。動きの一々に、キレがあるのだ。
私はある程度の距離を保ちながら、その攻撃を避ける。でもそれはつまるところ、こっちからの攻撃ができていない、ということに等しい。
ひゅんひゅんひゅん! と棍棒がこっちに向かって振りおろされる。私はそれを、少しずつバックステップを踏みながら、避ける。
まいったな……初手から、これは、結構ムズい。
しかし。
やられっぱなし、というのは、私の矜持にもとるのだ。一方的にいたぶられて、黙っている私ではない。
そう、私は根本的に弱いわけではない。
ただ、経験が足りないだけなんだ。それを思えば、心が軽くなる。傷つくことを恐れてどうする。これはゲームなんだ……それに、傷の痛みなら……たかがちょっと切られたくらいのもの、屁みたいなもんじゃんか。昔の……足の、「アレ」に比べたらっ!
ひゅんひゅうん! 棍棒が振りおろされる。ゴブリンは、「ハハッ」みたいな嘲笑を浮かべているように見えるのは気のせいか。
そしてゴブリンが一度思いっきり振りかぶって、私にクリティカルな一撃を放とうとするとき。私はそこで、はじめての攻撃を仕掛ける!
ナイフをぐっと握りしめ、ゴブリンのどてっ腹めがけて、突く!
「おお、思い切った攻撃にでたぞ、ルルィの奴!」
「さすがお姉ちゃん!」
うまくいったか……? だが、ことはそううまくはいかなかった。
どてっ腹をこっちがクリティカル、まではいかなかった。相手の腕を裂いたくらいで終わった。なんで腕か、っっていうと、ゴブリンが腕で防御をしたからだ。なるほど、攻撃が早かったら、防御も早いか。
しかし、この時を逃していては、また劣勢なので、私は少しでも攻撃をする。ゴブリンを切りつける。
……が。
「HP減らないっつうの……」
私が何度も攻撃して、やっとゴブリンのHPの3割が減る、といったところ。ゼファーとトルゼは一撃でやったというのに……。ということは、あの二人の攻撃、よほどオーバーキルなんだな。
あまり攻撃が効いていない。そのことは、ゴブリンにいささかの余裕を与えたらしい。こちらの攻撃をそのままに、再びクリティカル攻撃のための、モーションに入る。振りかぶる!……ヤバい?
「ええい、しょうがない、サンダー!」
ゼファーはそう言って、剣をゴブリンの方に向ける。そして、雷撃がゴブリンを走る。
ビリビリビリ! とゴブリンは、棍棒を振りあげた状態のまま、雷撃により、シビれて行動を停止した。そして、HPがさらに3割以上減る。つまり、ゴブリンの残りHPは3割以下である。
私は、しょうがなしに、ゴブリンと距離をとることにした。
「助かった」
「まあ、バトルも、こうやって巧くいかないこともある、てことだ」
「あのゴブリン、強いの弱いの?」
「ゴブリンは一般的に弱いんだが、まあ、このフィールドに出るゴブリンの中では、まだレベルがちょいとは高い。初心者も簡単にキルできるようなモンスターではない、か」
「そういうのを初心者に相手させるかね」
「でもお姉ちゃん、まったくのザコばっかりやってても、経験はないよ」
「正論のようだけど、私はバトるのはじめてなんだからね」
「とはいっても……今更逃げてもどうするよ」
「そこなぁ」
とりあえず、私のナイフ攻撃というのは、すっげー弱いらしい。そのことはわかった。
じゃあ、どうするか。……どうするか。私の武器っていったら、ナイフしかないじゃんか……
悩む。ていうか、このゲーム、初手から詰んでない?
そんな私に、トルゼが言った。
「お姉ちゃん、そういえば、さっきの投石、よくあんなにうまく投げれたよね」
「ん?」
二人のアホさ加減にあきれて、石を投げたことだ。あの投石は、ずいぶんと巧く、二人にクリーンヒットした。
「そうだな、あの投石、ずいぶんと巧かった。ちょうど頭っていう、急所にヒットしたし」
「……もしかして」
私は、また足下から、石を拾って、今度はさっきよりも勢いをつけて、ゴブリンに当てる。しかも目元を狙って。
「ギィアッ!」
目を押さえて、うずくまるゴブリン。あ、HP1割減った。
「えげつねー」
ジト目で私を見るゼファー。
「でもこれでわかったね、お姉ちゃん、ただナイフで切るより、なんでだか、投げ攻撃の方が向いてる……あ、そうか、花屋って、そういうことか!」
「どういうこと? 一人で納得してないで、教えなさいってば」
「えとね、生産職っていうのは、武器そのもので攻撃するより、アイテムを投擲したり、アイテムの効果を底上げすることで、だいたい戦闘に参加するのね」
「ふむ」
「お姉ちゃんで言えば、ナイフで切りかかるよりも、今投石のほうが効果があったように」
「つまり……私は、武器攻撃よりも、アイテム攻撃のほうが、強い、と」
なるほどねー。
いくら攻撃力の高いナイフがあったところで、たぶん今の私には無意味。それよりは、痛そうな石をガンガン投げたほうが意味ある、ってことか。
……地味な攻撃スタイルだなー。
……ん、だったら……
「ねえトルゼ、武器っていうのは、アイテムじゃないのかな?」
「ううん、武器として装備したら、戦闘中は装備品になるけど、それでもアイテムとして使えることもあるよ。でも、ふつうの武器は、特殊効果がないから、アイテムとして使うのはほとんど……」
「いや、こうすればいいんじゃね、って話」
私は、これまでノケ者だった、上空を旋回するコカトリスに向けて、手首のスナップを利かせ、手持ちのナイフを投擲した。
ドスッ! と、いかにも効果ありそうな音をたてて、コカトリスのHPが半分以上減った。一度コカトリスは地上に落下する。
「やった!」
「なるほど! ナイフをそもそもアイテム投擲で使用するってっことか、生産職的やり方で!」
「ふつう、こういうとき、投擲用ナイフを使うからね。その発想はなかったよ」
「ゲーマーだったら、投げスキルとか、投擲用ナイフっていう発想になるからな。でも、花屋……生産職の、そもそものアイテム使用力を使えば、こういうふうに戦闘に参加できるのか、戦闘職でなくても。初心者の発想ってすげえな」
「ねえゼファー、トルゼ、それって誉めてるの?」
「そりゃそうだよ」
「まあなぁ。ゴブリン相手ではアレだったが。でもコカトリスって、結構初心者キラーなんだぜ、飛行系モンスターって、当たり前だが、【飛んでる】から、相手しにくいんだ。普通の戦士系とか、魔法使い系とかでも、あのトリッキーな飛行アタックには手こずる」
「そうなんだ……まあ、考えてみれば、道理かもね」
「しかしよく当たったよね……あんな命中率低そうなモンスター相手に。ゴブリンにしたって、あんな狙いにくいところ、よく当たったよね」
まだステータス画面の見方をよく分かってないんだけど、今度二人のそれと比べてみようか。たぶん命中率とか、手先の器用さとかが高いんだろう、私は。
んで。
ゴブリンは、頭を抱えながらも、こちらに向かって敵意を向けて、今にも襲いかかろうとしている。コカトリスにしてもしかり。
だが、こちらはHP完全に満タンで、あっちはHPほぼ半分以下。戦いの機運はもう明らかだった。しかも、トルゼの【レオンズ・フィアネス】によって、相手の逃げ道はふさがれている。イジメだな……。
「じゃあ、どうしようか」
私は二人に振る。
「とりあえず、お前の戦闘スタイルがわかったから、儲けもんだな。この戦闘はこれくらいでいいだろ」
「じゃ、サクっと片づけちゃうね」
ゼファーとトルゼはそういった。なんかもう掃討戦だ。
「お姉ちゃん、今から【コンボ】放つから、よく見ててね、ダメージ量と、私たちのモーションを」
「コンボ……?」
そして、二人はゴブリンとコカトリスに向かって駆け出していく。