第十話 「はじめてのバトル、VSゴブリン&コカトリス(1)」
城塞都市たる、町のレンガ造りの城壁を抜けると、そこは、森や大地の緑と、空の青が支配する、さあっと開けた空間であった。これがフィールド、か。
遠くに木や林、森が見える。そして池とかもある。大地は、踏みしめるとしっかりとした反応が返ってくる。石畳のそれとは違う、土の感触だ。
そんなフィールドを、私とゼファーとトルゼという即席パーティは歩く。……リアルではそれこそ何年も死線を潜り抜けた仲間なんだけど、このゲームでは即席の組み合わせにすぎない。
とりあえず、この二人が先導して、フィールド、及びフィールドバトルのなんたるかを教えてくれるらしい。自動車教習所ライクな(ちなみに私は免許を持っていない)。
「いい天気だねー」
私はそうこぼす。するとゼファーが、
「ゲームだからな。基本的にリアルよりも天候はいい。が、雨が降らないわけでもない。それもそれで、イベントになる」
「天候がイベントかいな」
トルゼがそれを引き継ぐ。
「うーん、雨のときは危険度が増すんだよね。モンスターの攻撃力があがったり、こっちの調子が悪くなったり」
「戦争じゃないんだからさ」
「いや、戦争だぜ。このゲームの主軸のひとつは、あくまでバトルにあるんだから」
「そか」
「んで、お前さんのバトル初体験をこれから、というところなんだが」
「お手柔らかに」
「まあ、私たちが守るから、お姉ちゃんは万にひとつも死に戻ることはないよっ」
「……死に戻り?」
耳慣れない単語がでてきた。
「死に戻りっていうのはね、バトル中にHPがなくなったら、そのひとはもう何もできないの。炎鳥粉っていう復活アイテムとか、蘇生魔法使わない限り、戦闘には参加できないの。それは、クエスト終わりまで続く。それで、クエストが終わって、その人は、最後に休んだ休憩施設に戻される。それで、復活後、やってたクエストによっては、クエスト中に取得したアイテムとかを没収されたり、クエスト中のステータス上昇がナシにされたり、っていうのなんだ」
「すべての努力が灰燼に帰す、と」
「まあデータ上だけのことだったらね」
「でも、その冒険は、なかったことではない、だろ?」
ニヤっとした笑いで、ゼファーはかっこいいことを放つ。うーん、冒険か。心躍るね。
「で、私の最初の冒険なのだけど……っていうか、この世界ってなんていう名前なんだったっけ、そういえば。唐突なんだけど」
「説明書くらい読みなさい」
たしなめるように、いつもと口調が違う感じでゼファーがいう。こいつが丁寧語喋ると、なんかゾワっとするのは気のせいだろうか。
「まあ私は基本、説明書読まずに機械いじるタイプだからね」
「お姉ちゃん、アナログな機械には強いもんね。すぐに楽器の不調とか直しちゃうし。でも……」
「あんまデジタルには強くないけどね」
「そうだお前、いい加減DTMに移行しろよ」
「今のMTRの環境に慣れきっちゃってるからねー」
私はPCを使って作曲とかアレンジをしないタイプのミュージシャンなんである。非常に今頃は珍しい。そういうのが必要に迫られたら、ゼファーや、あともう一人のバンドメンバーに頼む。彼らはデジタルに強い。っていうか……トルゼ(十子)もゲームにこうして強いんだから、デジタルに弱いのって、私だけ? おいおいそんな……今更気づくのもなんだけど。
「……って、話がずれとるっちゅうの。この世界の名前は?」
「幻想世界【アーヴリィ】、という」
「……どういう意味だろう」
「ユーザの憶測では、【Believer】、を後ろ側からもじったものらしい」
「安直といえば安直だよね」
ゼファーとトルゼは、臆面もなく正直なところを口に出す。
「まあ、そのアーヴリィ世界の、初めての冒険、は、私は何をするんかいな?」
「あそこにゴブリンと、コカトリスがいるだろう」
「んー?」
とにかく果てがない感じで広がるフィールドの先に、こちらを向いているモンスター三匹がいる。ずんぐりした緑色の小柄な亜人……ゴブリン二匹と、その上空を旋回している、青い大きい鳥、コカトリスだ。
ん? こちらを向いている?
ってことは……
「あのモンスター、こっちを策敵、認識しとるんじゃないの?」
「おお、よく気づいたな。そう、こっちがモンスターに接近したら、あっちは自動的にこっちを襲いかかるって寸法だ」
「会話とか対話の是非は?」
「これはバトルだよ、お姉ちゃん」
この世から戦争は無くならないのね……って、ネタはさておき、向こうの三匹は、こちらに向かって、急速移動! 急接近!
なるほど……
「バトル開始ってこと!?」
さすがにこうなってきたら、焦る私である。だって初めてなんだもの。
「そうだぜ、お楽しみの始まりだ」
ゼファーは背負った長剣と、腰に挿した剣を両手で持って、向かってくるモンスターをギロリと睨む。口元はそれに反して緩んでいる。バーサーカーか。
「きたねきたね、いくよいくよ!」
トルゼはどこからか大きな……彼女の小柄な身長をも超す大きな斧を取り出した。たぶんアイテムボックスからだろう。それをブンブンと振り回す。真っ黒な斧。まがまがしく湾曲している斧は、赤い不吉な筋がいくつも入っている。言動も相まって、こいつもバーサーカーか。
「とりあえず、ルルィは適当に見てろ!」
「がんばろうね、お姉ちゃんっ!」
二人は駆けだしていく。まさに歴戦の戦士だ。たのしそう。
……って、おい。
……私、何してればいいのさ。
まあ、私という素人ゲーマーであろうと、経験値ってものが必要なのはわかる。データの内実はわからんが、とりあえず、バトルで何らかの行動をして、「経験」を積まんことには、レベルも何もあったもんじゃない。
と同時に、「実際のプレイ経験」という意味でも、「経験」を積まなければならない。何しろ私はRPG、ゲーム、VRMMOの初心者であるからして。
しかし。
「ヒャッハー!」
「せーのっ!」
そう言いながら、二人はあっという間にゴブリンを、それぞれの一撃で屠る。一瞬であった。一瞬で相手の範囲まで接近、そして斬撃一閃、いや二閃。あとに残ったのは、サァッ……というエフェクトでもって、ゴブリンが砂埃のように消え去ったのみだった。
しかしだな。
私は、足下にある石を二つ拾って、あいつらの頭におもっきし投げつけた。
「痛ぇ!」
「何するの、お姉ちゃん!」
「どやかましいわ! 私のバトル経験はどうすんのさ!」
そう。
あいつらが強いのはわかった。さすがレベル90超のゼファーに、それ以上の廃人ゲーマーたるトルゼ。それはわかったよ。すごいよ。
だが。
強ければいいってもんじゃないだろう。今回の目的は何だと問いつめたい。
ゼファーとトルゼ、お互いに顔を向き合い、
「「……あ!」」
と、思い出したかのように気づく。ことのバカさ加減に。
「そうだよな、俺らが全部屠ったら、ルルィは何にもならないんだもんな……」
「お姉ちゃん、経験値も、バトル経験も、何一つ得ないよね……」
「バカかおめーさんたちは」
二人は自分たちのノリに今更ながら悔恨、私はこんなバカどもに教えを請うのか、という意味で悔恨だった。
すると、ゴブリンとコカトリス、こちらからあからさまにわかるくらいの狼狽を見せる。そして、後ろを振り向く。駆け出す。
「あ、逃げた」
私はぽつりと呟かざるを得なかった。モンスターって逃げるんだ……ここまで恐ろしい奴ら相手だと……。
だが、それに対して、もっと恐ろしいことをしでかす少女バーサーカーがいた。
「ふっふっふ……逃がさないよ、【レオンズ・フィアネス】!!」
トルゼはそう叫んで、斧を思い切り地面に振りかぶって、叩きつけた。すると、目に見えない衝撃派があたり一面を覆う。まるで風が吹き抜けるかのように。私ですらそれを感じるのだ、モンスターが感じないわけがない。
すると、残ったゴブリン1匹と、コカトリス一匹が、逃げるのを唐突にやめて、こちらに向いた。いや、向かざるを得ないようになった、といったほうが正しい。
「何やったの、トルゼ」
「【レオンズ・フィアネス】は、戦士職の特技なんだよ。効果は、【逃げようとする敵を逃げられなくする】っていうの」
「つまり、哀れな弱小モンスターの逃げ道を塞いで、いたぶりまくる、ってわけだ、今回は」
「うん!」
いい笑顔で残酷なこと言うなぁこの子は。
「まぁ、お前の初心者教導のためなんだがな。俺らがいちいち攻撃してたら、すぐにあんなザコは逃げちまう」
「私のことを忘れて攻撃開始したのはどこのバカだろうね」
「とにかく、お前、あいつらに適当に攻撃してみろよ」
あ、都合の悪いことは流したな。まあ、でも、私もなんか攻撃しないと、何にもバトルのイロハを覚えられないので、やってみることにする。
で、ナイフを構えて、私はまず、ゴブリンに向かい合う。