第六話 『下級生・承』
微かだが確かに「気配」を感じた。今までに感じたことのない力の気配だった。
と言ったところで自身が知っている力はただ一つだ。森林によく似た香りを連想する「呪力」。これであった。
感じる気配との違い。例えるならなんだろう。考えた。
大事なのは発想する事。大切なのは連想する事。
鵜崎瑪瑙は二つに結んだ長い髪をまるで翼のようにはためかせ緩やかな坂道を気配について考えながら走っていた。
小さな体に背負われた大きめの黒いリュックはそれに倣うかのように激しく左右に揺れ、向かう場所はこの町でちょっとした有名処だ。
だけど詳しい概要は地元民を含めほとんどの人は知らない場所。
おそらくは気配の源。
「廃病院のような所」である。
瑪瑙自身、よく考えてみれば何故自分はこんなにも不可思議な場所を調べた事が無かったのか疑念を抱くほどだった。
自身だけではない。瑪瑙の両親も詳しくは知らないとの事だった。町の大人達、特に瑪瑙は年配者にも話を聞いた経験があった。だが残念ながら詳しいことを知ってる者は居なかった。
そもそも人が行き来するような「気配」も無かった。
しかし、だ。
それこそ「何故か」ふとした拍子に「急に」その場所が不思議に「思った」のだ。
「違和感」を感じたのはいつだったか。あれは確か、瑪瑙は考えた。
そう、あれは「あの日」からだ。
四月の中頃を過ぎた頃、夕方近く、世に言う黄昏時にふと外が気になって家を出た。
家の玄関先から少し遠目に見える小高い山の上にはこの町の高校が見えた。が、瑪瑙が気になったのはその少し下。白塗りの建物、「廃病院の跡地」と呼ばれる建築物だった。
何があったのかはわからないが「違和感」を感じるような事があったのだ。だって「あの日」から「あの場所 」の「噂話」が進んでるのだから。
噂話には必ず原因がある。
ならばまず原因を「想像」する。次にそこから起こりうる危険を「連想」する。そしてどう解決するかを考えるのが自身の役目だ、と瑪瑙独自の「発想」があるからだ。
なぜなら原因に不可思議な怪異が潜んでいるのであれば、必ず自身の持つ不思議な力は役に立つはずだと信じていたからだ。
近づくとやはり自身の知っている力の「気配」とは違うことをより意識する。
想像する。「これ」は何だ。
答えは「知らない未知の力」。
連想する。「例えるなら」ば何だ。
似ているのは……「焦げ臭い」。
そうだ、自身の知る森林の木葉香る「呪力」とは違い、全てを焼き焦がすような炎を連想する臭いがするのだ。
そしてある程度その「気配」を強く感じる場所まで来たが、ここに来てまた一つの疑問が生まれる。
辿り着かない、である。
別に坂を上りきり高校に向かうことは出来るだろう。だが「気配」の元となる場所に向かっている気がしないのだ。
「おかしいのです。もう少しで上りきってしまうのです」
髪を左右に揺らしながらキョロキョロと辺りの様子を伺う。随分高校に近いところまで上って来ていたようで高校用に借りられたグランドが見える。
午前中、五月の連休だと言うのに運動部が精を出している姿があった。
「確かあの場所は中間でしたね……どこで通りすぎてしまったのでしょうか……仕方が無いのです、降りましょう」
一人言を呟き瑪瑙は今来た道を引き返した。今度は歩きだ。
どこで通り過ぎた。今度はより注意を払う。
下る坂道から山並の景観を見下ろしながら歩く。それなりに鬱蒼と木々が繁っているが全く見渡せないわけではなかった。と、なると考えられるのは何だ。
「まさか噂に名高い……〃結界〃と言うものでしょうか」
口元まで右手を持ち上げ目を細める。意識する。
自分の力ならもしかしたら。
そう考えながら視ることに集中する。しかし、視えない。
「違うのですかね……でも他に怪しい所はありませんでしたし……」
もう一度呟いてから「ならばっ」と辺りをキョロキョロと確認し、背負っていたリュックに手を突っ込んで何物か探し取り出す。
取り出したのは人を型どった三枚の紙切れだった。
人目が無いことを今一度確認し、左手の指でその三枚を挟み、自身の顔の前まで持ち上げた。そして、目を瞑り意識を集中し自身の内側から感じる「木の香り」を高める。
鼻孔を擽るような力の気配を自身から感じたら「呪力」の完成だ。
「我・宿・命・来 」
静かに呟く。そうする事で森の香りが紙切れへと移るのだ。それは同時に呪力が紙切れへと移った証拠だった。
三枚の紙切れは瑪瑙の呪力とその一語一句に反応するかのように背筋をピンッ、と伸ばした。
「上手くいったのです」
瑪瑙は紙切れの状態に満足し、宙に投げた。当然、紙切れはどれだけ背筋を伸ばそうが重力の支配を受ける。しかし。
「翔・行・為っ」
掛け声を一つ。するとその三枚の紙切れは落下することなく宙に浮いた。瑪瑙の少し頭上をふわふわと漂うように浮く姿は瑪瑙の言葉を待つ家臣のようだ。
「我・命・探。行くのです、式神くん二号達。探すのは〃気配〃、〃違和感〃なのです。ゴーゴーっ!」
腕をブンブン振りながらメノウは三枚の紙切れこと「式神くん二号」達に命令を下した。
自身もウロウロ散策して待った。しばらくして「式神くん二号」の内の一枚から報告が来たのは十分程経ってからだった。
言葉を発せないため、体を器用に動かした体言報告を瑪瑙が解読する。現在地より百メートルほど進んだところに僅かな「違和感」が有る事が知らされた。
となると何処か進める道があるはず、と「式神くん二号」達を標に探すと。
あった。
何故か見逃していた横道。気がついてみれば見逃すはずの無いような道程。
「やはりあったのですね」
疑問はたくさん有る。問題はこれから増えるかもしれない。だが今はそんな事はどうでも良かった。
目的地が定まったのだ。瑪瑙は足を進めた。そして「何か」があった事への確信を高めた瑪瑙の足は自然と速まった。
待っているのです。どんな怪異であろうとも私はこの力で解決してみせるのです、と意気込みながら。
「式神くん二号」達を頼りに進む道は、なんの変哲もない雑木林へと繋がっていた。どう視たところで瑪瑙自身にはなんの変哲もない雑木林にしか見えないのだ。
建物らしき物が見当たらない。
「おかしい。絶対におかしいのですっ」
瑪瑙は目の前を疑って「想像」した。焦げた臭いは確かに感じるのだ。「何か」ある。
次はどうすればいいのか「発想」を促し「連想」して考える。勿論、こういった事を解明する為の「呪力」であり、こういった事を解決する為の「呪術」である。
一度、瑪瑙は「式神くん二号」達を回収してスンスンと鼻を動かし辺りを伺う。
こう言うときは、
「焦げた香りの力なのですから…私の木葉の香りで包んでみましょうか」
両手を合わせ、瑪瑙独自の印を結ぶ。自身から森林を思わせる木葉の香りを身に纏わせる。
「では…」と一呼吸を深く行う。
「森から来ては森に帰り、森から帰りては森に来る。炎の香りはやがて木葉を焦がす香りとなる」
瑪瑙は唱えた。言葉の中に使われる「森」とは自身の「呪力」。それを物語りのように表現し口説く。最後に「焦げた香り」を「炎」に例え「結果」で締め括る。
これが瑪瑙の身に付けた「呪術」の一つだ。
実際、瑪瑙の感覚としては上手くいっていた。自身が操る呪力が焦げた香りを包んだのだ。
包み、包まれた二つの気配はやがて融け合うように一つの気配となった。
すると歪みが目に視えてきた。ぼやけた世界がやがてはっきりと姿を表してきた。
「ここがあの廃病院への道だったのです。この焦げた香りの気配が人の感覚を狂わせていたのですね」
遠くに見える建造物へ続く一本道に立ち瑪瑙は呟いた。そしてまた歩みを進めた。
一本道を進むと空けた場所に三人居た。念のため、気配を落として近づいたのが効をそうしたのか向こうは気がついていないようだ。そもそもここに誰か来るとは思ってなかったのかも知れない。
雑木の影に隠れ、しばらく様子を見ることにした。
「何を話してるの?」
黒髪の女の人が、その人と瓜二つの白髪の女の人と金髪の男の人に声をかけて近づいていた。
なんて言っているのか聞き取りづらいのです。瑪瑙は思わず身を乗り出しそうになる。
『とにかくじゃッ』
そう、それくらい大きな声なら聞こえるのです。固唾をのみ耳をすませる瑪瑙。
『妾が妖怪最強である古の皇の名〃妖帝〃を名乗るのじゃっ』
白髪の女の人がそう言っているのが聞こえた。
…………え?なんて……。妖怪最強。古の皇。ようてい。全ての単語の詳しい意味はわからないし、聞いたことの無い言葉もあった。
しかし、だ。
あの白髪の女の人は"この人間界を支配する為に最強の力を得ようとしている妖怪"なのだ…という事を瑪瑙は「発想」を展開して「連想」を繋ぎ合わせて「想像」した。してしまった。
決して支配までは言ってい無かったのだが、その事に関して瑪瑙は気にかける余裕はなかった。
そうだ…とすれば、それが災難に繋がる可能性があるのならば覚悟は決まっていたから。
おそらく側に居る二人も何か関わりあるのだろう。一緒に居るということはそういう事だ。
感覚を研ぎ澄ますと、怪しい気配は主にあの白髪の女の人からしている……気がしていた。としか思えなかった。
だから、瑪瑙は気合いを入れ、満を持して木の影から飛び出した。
地面に足を踏ん張らせ、威圧するような仁王立ちを決めた。相手を見定め、居竦めるような指差しを決めた。決まった。そう思った。
「不思議な気配を辿ってみたら……あなた、妖怪なのですね」
瑪瑙は堂々宣言した。
突然の自身の乱入に呆然とした様子の三人。
こうして人間三人と半妖一匹は出会う事となった。
────
小柄な体躯に長い束ね髪を二つ携えた少女の急な乱入は、それなりの実力者が集うこの場に沈黙をもたらした。
その実力者こと九津と包女、筒音は揃って乱入者に集中した。
「あ、あなたは一体どうやって結界内に…」
まず始めに言葉を発したのは包女だった。
「まさか魔力結界を破ったの?嘘っ」
可能性を推測し口にする。「どうして…」と、侵入を許してしまったであろう自身に立腹しているようだ。
「いくら瞑想の方に集中していたとはいえ……気づけなかったなんて」
驚愕じみた呟きを口にして拳を握っている。
九津は包女の言葉に耳を傾けながら少女を見る。とても友好的な表情とは思えない。しかもどうも物騒な予感がしてならない。九津自身も鷲都島家が施した結界が破られた事に気がつけなかった事態からも含め警戒の色を強めた。
良かろうと悪かろうと、よぎる予感を信じることは九津の大切な理念の一つでもあったからだ。
「お姉さん、お兄さん。警告しますっ。白髪の女の人から離れて欲しいのです。でなくては、あなた方も同様の類いと判断せざる得ないのですっ」
九津の予感を証明するように瑪瑙が叫び宣言する。強い意思と口調は小柄な体からは想像できないほどの力を感じた。
『騒々しい小娘だ』
九津が少女から感じる力に思考を巡らせていると包女より先に答えたのは筒音だった。立ち上がり腕を組んだ状態のまま煩わしそうに瑪瑙を睨んでいる。少女の乱入が面白くなかったのだ
『妾が妖怪だとしてそれが小娘っ、お主に何の問題がある?』
「オオアリクイもビックリなほど大有りなのですっ」
返す言葉と同時に自身が背負っていた黒い大きめのバックに手を突っ込む。目当ての物を掴んだのかその動きが止まった。
「聞こえていたのですよ、妖怪さんっ。あなたはヨーテーとか言う最強の妖怪になって………この人間界を支配しようと企んでるのですよねっ。そんな事、この私、鵜崎瑪瑙が許さないのですっ」
と、少女、瑪瑙は自己紹介と共に自身の考えを宣言した。
また沈黙が生まれる。
「…………そうなの?」
今度は座り込んだままの九津が見上げるように筒音に尋ねる。
筒音は九津に視線を合わせ、包女を見て、最後に瑪瑙を見た。何と言えばいいのか、と考えているかのように後頭部をポリポリかいた。
『フム。出来る、出来ないは別として面白そうじゃしやってみたい気がする』「って、何言ってるの、筒音っ!!」
冗談めかし答えると筒音は包女に怒られた。『冗談じゃよ……冗談』と荒立つ包女をたしなめると、また筒音は瑪瑙を見た。
『確かに妖帝になり、最強の古の皇の名は手に入れようと思ってはおるがのぉ……』
支配などというそんなつまらぬ事をするつもりなどない、そう続けようとした。妖怪にとって「自由」を妨げる支配などするのもされるのも度外視し難い禁忌だから、と。それに比べ筒音の行った「間堕」など可愛いものだった。
しかし、続ける事は出来なかった。
「やっぱりっ!象にはさせてもそうはさせないのです。あなたが最強になる前に私があなたを倒すのですっ」
ことさら瑪瑙が大きな声で叫んだために遮られたからだ。
言葉を掻き消された筒音は、面倒な者を見る目付きをして溜め息を混じえた。
「多分結界を越えたってことは実力者なんだろうけど…えらく思い込みが激しい子だね」
『変な言い回しの上、話を聞かぬ小娘じゃ……』
九津が瑪瑙に対する感想を告げると筒音もどうしたものか、と思案しているようだった。腕を組んで瑪瑙を見ている。
「っ!二人とも気をつけてっ。あの子、何かするつもりっ」
黙ってやり取りを見ていた包女が突然に声をかけた。
九津達も見逃していたわけではない。しかし今のやり取りで僅かに拍子抜けからの油断が生まれていたのは事実かもしれない。
瑪瑙は突っ込んでいた手をバックから抜き出した。
取り出したその手に握られていた物、それは小さな玩具の銃のような物だった。
「再度警告するのです。お話は後でお伺いしますので今は離れてて欲しいのです。危険なのです!」
そう言って構え、銃口を筒音に向けた。
銃自体はよく観ればプラスチック製の水鉄砲だった。九津を含め三人とも何を、と思いながら見ていた。
とにかく、いつでも動けるように視線は外さないようにしたい。だから九津は包女や筒音も精神的に臨戦状態をとりだしているのを横目で確認し、自身も瑪瑙に集中して注意を払う。
動く様子を見せない九津達に痺れを切らしたのか瑪瑙は、
「動いてもらえないのならば仕方がないのですっ」
と水鉄砲の構えは解かずに前に移動させていたバックからゴソゴソと「式神くん二号」二枚を取り出した。
「我・宿・命・来。翔・行・為。お願いするのです、式神くん二号達っ」
瑪瑙がそう唱えると「式神くん」達を宙に投げた。
「式神くん二号の一は黒髪のお姉さんを、二号の二は金髪のお兄さんをお願いするのです。では…行っ」
命じられるままに「式神くん二号」達は九津と包女を目掛けて飛んで来る。
「何、あれ。…魔術…じゃないよねね。…この力ってさっき悟月くんに教えてもらった感じの力の一つに似てる…」
「この感じは…かもね…。で、あれがあの子の言ってた通り〃式神〃だとしたら…」
包女は黒刀を出現させ、九津は万式紋に力を送る。互いに飛んでくる紙切れこと「式神くん二号」に狙いを定めながら言葉を合わせる。
「「呪術っ」」
それを開戦の合図にするかのように迫り来る「式神くん二号」。
「これが呪術の式神」
驚きながら黒刀を振り上げる包女。もう魔術による強化は整っている。紙が素材のような「式神くん二号」という式神程度なら力ずくで問題ないとばかりに振り下ろした。
しかしその一撃は、意思を持って動くような「式神くん二号」にとっては難無くかわされることとなった。
僅かだが包女の太刀筋よりも「式神くん二号」の飛翔速度の方が上のようだ。まとわりつくように飛び回る「式神くん二号 」を苦虫を噛んだような顔で包女は追う。
「……呪術師の式神なんて、初めて見た。使い魔や精霊とは根本的に全然違うんだ。なんだか機械的…」
顔をしかめ素直に告げ、「苦手かも」と愚痴をこぼした。
包女が知っている魔術の知識の中にある「使い魔」や「精霊」は、肉体の質に違いはあれどとりあえずは「生命体」、つまり有機的な動きをするのである。
しかし「呪力」により引き起こされる「呪術」を起源にした「式神」は完全な無機物である。対人戦、対獣戦に特化し訓練してきた包女にとってその動きは読みづらいものがあった。
一方、九津は。
「へぇ、凄いなぁ。立派な術式になってる。動きといい、操作性といい大したもんだね。何て言ったかな」
目を輝かせていた。
「そうだっ。創造系呪術だっ」
万式紋で飛びかう「式神くん二号」をいなしながら観察して、あまつさえか「術式名」を述べた。まるで遊んでいるような態度に「悟月くん、どうにか出来ないの?」と包女から呆れたように尋ねられた。
「鷲都さん、俺に使ったように魔法塵が残るほどの魔術を使ってみたら」
「この式神をいなしながらっ?んん、せめて数秒間時間がほしいなぁ。機械なみに絶妙なタイミングで仕掛けて来るんだもん」
「じゃあ、実戦練習だと思いなよ。この式神、足止め的な役目だけで直接攻撃する意思はなさそうだからさ」
「まぁ、ねぇ」
これ以上言っても仕方がないと諦めたのか、包女は口を一文字に結び再度自身に向かい来る「式神くん二号」を相手にした。小さな声で、
「……私と勝負した時みたいに楽しそう……」
と、嘆息して呟きながら。
『……して、あの様に二人を遊ばしておいて、妾とは遊んでくれぬのか?小娘』
腕を組んで不動不遜の態度で瑪瑙と対峙する筒音。
瑪瑙はプラスチック性の銃口を向けたまま言う。
「ふふふのふ。余裕ぶっていられるのも今のうちだけなのですよっ」
そして、したり顔で引き金に当たるプラスチック部品を引いた。
─と、視力だけでは捉えられない「何か」が弾ける音が感覚的に響いた。刹那、「緑色」をした光線が真っ直ぐに筒音目掛け伸びてくるのが視えた。
『むっ……』
時間にして一秒かからない判断をもって、右手を伸ばし妖力を込めた。包女の魔術と共に鍛えた筒音の妖術によって炎に「変化」した自身の右腕を光線とぶつける。
「山羊もやはりもやるのですね」
相殺されるのが想定通りだったのか瑪瑙は次の手をすかさず行う。一般的な短冊形の紙切れを取り出して銃口を塞ぎ、貫くように引き金を引いた。
今度は弾ける音の感覚と共に緑色の光線が三つでに別れて向かってきた。
「これならっ、どうですっ」
紙切れを貫いた光線を見て満足そうに言った。
『ふむ……』
筒音は眉を寄せて両手を回し、掴んでいた自身の髪の毛を数本投げ捨て炎に「変化」させて操る。そして三方向からの光線とぶつける。
が、面倒くさそうな筒音は光線にばかり気をとられて過ぎた。油断が生まれ、隙が出来、瑪瑙に間を詰められたのだ。
「本命はこれなのですっ」
駆け出した瑪瑙は筒音の一メートル手前。先ほどとは違う紙切れを出し狙う。格段に大きな輝きが視えた。
『く……』
油断があったのは事実だ、と筒音は認めていた。しかし、上手く妖力を生み出せないことも事実だった。おそらく特訓に使用した疲労が残っていたのが原因だろう。
本来ならもう少し強力な炎の塊を作り出せたはずだ。そう出来ていればあれほど間を詰められることは無かったはずだった。
それ以外にもどうも相性が悪いと思った。どうにも右腕がおかしい。あの緑色の光線を受けたところに違和感があった。
こんな事は初めてだった。
さて、どうしたものか……とか、当たればいたそうじゃな、等と刹那の間にもわりといろいろ考えながら目の前の少女が構えたプラスチック性とは思えないほど不気味に鈍く光る銃の輝きを筒音見ていた。
そして、
「その札を通して術式に変化を与えるんだね。それは独学?」
最近聞き慣れ始めた声に助けられるはめになりそうだった。
────
九津にとって瑪瑙との出逢いは胸が震えるほどの出来事だった。まさか、こんなに早く「呪術師」と出会えるとは思っていなかったからだ。
魔術師である自身の師匠が言うには、呪術師は魔術師に比べ一般的には多い。しかし、「本物」に会うのは魔術師に会うより難しい、と聞いていたからだった。
原因は魔術師は「血」と「誇り」を主張し、呪術師は「知」と「傲り」を強調するからだそうだ。
ようは本物しかいない魔術師に対して呪術師は偽物が多いのだ。
包女には何か呟かれたが気にする必要はないだろうと九津は判断した。少なくとも二、三と万式紋で払ってみたが向こうに攻撃する意志が無いのだから。
包女にもそれを伝えておいた。
多分時間稼ぎなのだろう、それに付き合っているとどうやら向こうでは筒音が苦戦しているようだった。
そりゃ、そうか
元々「呪力」と「妖力」とでは相性があまりよくない…いや、良すぎると教わったはずだからだ。
もしかしたら不味いかなと思えば一転、「式神くん二号」を引き離しにかかる。九津は少しだけ「力」を込めた。
「悟月くんっ」
包女が九津の異常な移動速度に驚いているようだったがかまわず一気に筒音と瑪瑙の間に割って入る。
「え?……お兄さん、なんで」
瑪瑙が小さく呟くが短冊形の紙切れを貫く光は止まらない。
距離も無いので輝いた瞬間、筒音をかばう九津に到達する。
そして。九津の構えた万式紋に触れた光は……あっという間に跡形もなく消え去った。
「その札を通して術式に変化を与えるんだね。それは独学?」
九津は好奇心にかまけた表情で瑪瑙に尋ねた。
「えっ?ええ?嘘!鶴っ、…では無くてウソなのですっ。かき消した…のですか、私の力を」
瑪瑙はあたふたと答えずに逆に質問を返した。
「そうなるかな」
「何故なのですかっ。そんな力があるのに何故、妖怪さんなんかと一緒にいるのですかっ…」
気負いもなく答えた九津に対して瑪瑙は信じられない、と言いた気に首を振った。
「友人の相方なんだ」
そんな瑪瑙にかまわず続ける九津。
「で、どうも相性悪いみたいだしさ、この勝負、俺が引き継がせてもらっていいかな」
瑪瑙に宣戦布告した。
「いざ尋常にお相手を、呪術師さん」




