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ココノツバナシ  作者: 高岡やなせ
百鬼夜行の来襲 日の沈む後 
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第六十三話  『私に、お任せを』

 ──モア、今、町にいるのか。


 電話越しに聞こえる光森の声が、相当焦っているだろうことがよくわかる。そうだろうな、と一人でモアは納得していた。


 なぜなら彼、モア・ダイパスの目の前で起こっていることが、まるでB級ホラー映画のような事態だからだ。町中のゴミ箱が独りでに動いたり、ちょろちょろと動き回る小人のような者がいたり、気性の争うな猫や犬などの小動物のようなものたちが空を飛んでいる、そんなところだ。


 こんなものを目の当たりにして、これ(・・)が現実だと理解した瞬間、大抵の人間は取り乱すことが可能だろう。


 そしてモアが納得へと繋げたのは、こんなことになっな原因をおそらく光森は知っているだろう。そんなことが容易に想像できたからだ。超能力を使う原動力者エンジニアである自分も大概色んな経験をしてきたつもりだが、町をあげてとはと、深刻そうな顔を作ってこの事態を観察していた。最近は研究職が長かったせいか、そんな顔が上手くなった。


 が、だんだんと口元には微笑が浮かんでいく。


 モアのもう一つの顔、戦闘狂としての表情が出てきたのだ。こんなに面白そうなことはないだろう、と。


「おう、いるぞ。チケットは貰ったがここまで派手なパーティーだとは聞いてなかったがな」


 モアは茶化すように答えた。皮肉ではなく本当に、ここまでの、とは思っていなかったからだ。それに、そんな冗談を語る彼がここに来た理由は他でもない。光森から先日、連絡をもらっていたからだった。


 少し面倒なことになりそうだ。力を借りるかもしれない。そう告げられたときはなんのことだかわからなかった。むしろ連絡してきた光森だってそのはずだ。あの時は、自分でもどこまで説明できるかわかっていなかったのだろう。なにせ、妖怪が襲って来るなどと。


 そして、そんな光森が唯一、増援として考えられたのが自分たち(・・)だったのは仕方がないというところだと思う。戦力として、彼の所属する組織「人類進化学研究所」を。


 だが、


 ──あー、悪い。あのときは説明が上手く出来なかったんだ。…しかし。


 光森の声が小さくなる。これも納得だ。


 ──来て…くれたんだな。


 ポツリと呟いた。


 そう。実は一度、モアたちは断っていたからだ。光森の要望を、個人的な戦闘による組織の運用は出来ないと。


 モアたちのような原動力者エンジニアと称される超能力者たちは、そうそう表舞台には立てないのだ。などという建前だけではなく、最近はもっぱら増え始めた研究成果に追われ過ぎて忙しかったことも原因だ。その原因を作ったのも、光森たちだ。


 進化し続ける原動力者エンジニアである光森を始め、霊力と超能力の関係性を提示した少年、現代に生きる魔術師と呪術師の少女たち、さらには自称「半妖」を名乗る人物の登場という途方もない状況と情報の整理に追われていことになってしまったのだから。


 だから、少しだけ意地を悪くした。無理だと、言葉足らずに断るという形で。


 自分も原動力者エンジニアである光森は、それらの事情を察し簡単に引いてくれた。モアは一瞬、その事を忘れてたようにポカンとした。しかし、すぐに口の端を持ち上げて笑った。


 あの時は足らなかった言葉を、今こそ付け足すために、だ。


「くっ、はっはっはっ。当たり前だコーシン。組織として力を貸すことは難しい。俺たちは大人だからな。…だがなっ、俺が個人的に力を貸すことは、簡単なんだよ。俺たちは仲間だからな」


 通話する向こう側で光森の喉が詰まる音を聞いたような気がした。それだけでもモアは来た甲斐があったものだと思った。そんなモアの背後から、光森あてに言葉を送る者がいる。


「すみません、すみません。大変遅くなってしまったようで。いやはや、何やら大変なことになっていますね。実に…興味深い舞台に呼ばれたものです」


 彼の仲間である長身の年配者、蜂峰統喜だ。統喜は町の状態を眺めながらそう言った。大変と興味深いを同時に使うあたり、統喜らしい。


「ふむふむ、また新しい研究対象の確認とその研究班を作って…忙しくなりそうです」

「 と、トーノキが言ってるぞ。すでにこの状況を楽しんでるみたいだが、一言あるか?」


 ──はは、あの人らしいな。一言か…そうだな、あえて言うなら…あんたらがそっちにいてくれるってだけで、かなり助かる。


「おいおい、どうした、コーシン。弱気じゃねぇか。俺たちんところに乗り込んできた時の威勢はどこへいっちまったんだ」


 モアの軽口。光森が若干だが雰囲気が柔らかくなった気がした。


 ──そうか…そうだな。来てもらってんのに辛気臭いお出迎えで悪かったな。あんたらが来てくれてんだ、こっちも仕切り直すさ。


 声がだんだんと覇気を含む。普段の少し小生意気そうな彼の素が出てきたようだ。


 モアと統喜は視線を絡ませて頷いた。と、モアは突然、長い髪を結った女に電話を奪われた。モアの仲間の一人、ホォ・シャオシンだ。


「……コーシン、ツツメ、そこに、いる?」


 ──え、ああ、いる。変わってやれる状況じゃねぇけどな。


「……いい。けど、伝えて。こっちは、私たちがなんとかする。…だから、ツツメたちは、ツツメたちで、頑張ってって」


 ホォの言葉使いは年齢に不相応なたどたどしさが残る。彼女の生い立ちなどの事情を知っていればなんの不思議もないが、一般的には思考能力を疑われそうになるほど幼く聞こえる。


 だがそのぶん、真っ直ぐ聴こえる。彼女が光森たちを心配し、力付けてくれているのだと言うことが、十分に伝わる。


 光森は短く、必ず伝える、と返した。


 ホォは満足したのか電話をモアに返した。


「そういうこった。こっちはこっちで楽しませてもらうぞ。ココノッにも言っておけよ…パーティーを楽しもう」


 ──ああ、サンキュー。


「あなたから頂いたデータを参考に、ご期待に添えるよう私たちなりにどうにかこうにかさせて頂きます。どうぞそちらも、御武運を」


 ──あんたたちもな。


 その言葉を最後に互いに通話を切った。モアは切り替えるように大きく大きく柏手を打った。一瞬だが、目の前の景色、妖精たちが踊り出している風景の時を止めた。


 現れた新たな参加者を値踏みしているのだ。


「よぉよぉよぉ、これが妖精ってやつか。目に見えるやつ、見えねぇやつ、色々いらぁな。いいじゃねぇか、ファンタスティックで、クレイジーで、エキサイティングじゃねぇか…それじゃぁよ、俺を楽しませろよ」


 タイプA、物質操作テレキネシスと喧嘩を得意とする原動力者エンジニアであるモアは、似合いすぎる好戦的な笑みを浮かべて嬉しそうに拳を鳴らした。


「ふむふむ。なるほど、なるほど。鯨井さんのおっしゃる通り、原動力エンジンの微調整が鍵にもなっていますね。いい実験が出来そうです」


 タイプC、浸透干渉テレパシーに通じる原動力者エンジニアであり、超能力の起源を探求する研究者な統喜は、ここにある全てを観察するように顎に手を当てた。


「…ツツメ、ツツネ、私、頑張るよ。…二人も、頑張れ」


 タイプB、次元転移テレポートの申し子である原動力者エンジニア、包女と筒音が大好きなシャオシンは、大好きな二人の敵とも言える妖精たちを睨み付けた。彼女には見えているのだ。純粋な妖力生命体ようせいも、次元の歪みの一つとして。


 そして、宣言する。


「…二人のことを、困らせるのなら、私は、戦うよ」





 ─────





『何々、なーにぃ、わ、た、し、を、目の前にしてお喋りなんかしちゃってるわけ?』

「ん?ああ、気にすんな。今、終わったとこだ」


 いつの間にかルシファーはニヤニヤと光森を見ていた。攻撃をしてこないのは、完全に光森を格下したにみている証拠だ。構わない。光森は、さっきまでの気負いが嘘のようになくなった顔で答えることが出来た。勝機を見つけたわけではない。それでもだ、伝えないといけないことがある。


 肺一杯に空気を溜め込んだ。瞬間、


「おぉぉい、よく聞けぇ、九津、皆ぁっ」


 全員に聴こえるように力の限り叫んだ。


「今、モアたちから連絡があったっ。町の方はっ、モアたちが何とかしてくれるっ」


 光森の声は全員に届いたはずだ。その意味を理解する頃には、焦りの色が消え始めている者もいるだろう。


「モアさんたちが?」

「そうだ。来てくれたんだ。シャオシンが言ってたぜ、頑張れって、町の方は任せとけって」


 包女が安堵したように綻んだ。光森も同じ気持ちだ。さらにここに来て束都たちの行動は早かった。


「何よ、あんたたち、町の方が気になってたんなら早く言いなさいよ。こっちだって向こう側で待機させてる連中もいるんだから」


 看垂がそう言うと、


「今、連絡した。避難は無理でも被害を抑えられるよう指示は伝えた。あとは向こうの連中で共闘出来るようにこちらから整えればいい」


 唯螺が返す刀でそう言った。さっすがぁ仕事が早ぁい、と看垂も身をくねらせながら言っているが、本当にそうだった。九津はもはや言葉もなく、この流れるような場面展開に対応しきれていなかった。


 彼らが、束都の者たちが現れてからと言うもの、こちら側が好転してきているのは理解しているのに。


 町の妖精たちは束都の精霊魔術師たちと原動力者エンジニアに任せていれば大丈夫だろう。操流人たちや光森の態度を見ていればわかる。精霊の力を通してはっきりと見えていた操流人がそう判断し、光森たちと同じほど自分の言葉に耳を傾けてくれた大人たち。その二組が協力してくれるというのだ。間違いなく、被害を食い止めることに一役かってくれるだろう。


 あとは唯螺の言う通り、それらをどうやって繋げるかだ。


 通話を通してでは端的になる。精霊を使えば術師たちだけになる。もっとこう、大きいネットワークが欲しい。


 そんな目まぐるしく状況が一転する中、さらに極めつけるように少女の声が響いた。


 瑪瑙だ。


「束都の方々、ならばその連絡役、私たち(・・・)にお任せくださいなのです」


 先ほどまでの泣きそうだった彼女の顔は、嘘のように自身に溢れていた。






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