第六十話 『その、罪の名は』
「ななにん」の「つみ」をもつ「ようかい」。のこるよにんのうちふたりはこの「せかい」のいちぶになりました。
ひとりは、このせかいにきた「ようかい」たちのなかま、「ようせい」がたくさんたくさんあつまってひとつになったものでした。
たくさんたくさんあつまってひとつになった「ようかい」は、とてもとてもおなかがすくのです。しかたなく、この「せかい」を少しずつたべてしまったのです。「にんげん」やそれいがいを、どんどんどんどんたべてしまったのです。
それが「てんし」たちの「おう」のいかりにふれてしまったのです。せっかくひとつになった「ようかい」は、またばらばらにされ、この「せかい」に「ようせい」としてちらばっていったのです。
その「ようかい」だった「ようせい」たちの「つみ」は、たべることでした。
罪名、暴食。
全部であり一部であるその存在理由と、皇たちの作り上げたものさえ口にした暴食の証からつけられたこの世界でのその妖怪の名は、──となった。
もうひとりは、もともと「ようかい」たちの「おう」をなのっていました。
しかしじぶんのかぞくといえる「ようかい」たちのしでかしたことと、「あくま」たちの「おう」をかなしませてしまったことにより、じぶんをゆるせなくなりました。
ふがいないじぶんを、みぬけなかったじぶんを、かなしいことがおこるまでたのしさにかまけてしまっていたじぶんじしんを、ゆるせなかったのです。
そして「ようかい」たちの「おう」である「ようかい」は、「てんし」たちの「おう」にたのんでそのかんじょうを「つみ」としてうけとったのです。
それは、その「つみ」は、おこることでした。ゆるせないといかりつづけるじぶんを「つみ」としたのです。
そしていかりをしずめるため、ふかくふかくねるむのでした。
罪名、憤怒。
皇を名乗りながらもま抜け具合と、自分たちの作り上げたものを自ら壊してしまった愚者の証としてこの世界でのその妖怪は自らを「愚皇の敵対者」と名乗った。
九津は光の刃、万式紋を、妖怪はどうやら血液のような自分の体内から噴出した液体を刃に変えたものを携え、互いにぶつけ合った。
「君の仲間、ずいぶんとヒートアップしてきてるんだけどさ、お互いに冷静になるために一旦ひかない?」
『なぜ?必要がない』
「…あ、そ」
その間、こうして何度か九津は停戦を求めるも、妖怪側としては取り付くしまもないようだ。彼らの中での決定事項については融通が効かないらしいな。九津がそう口を曲げていると、
「でさ、実際のところ百鬼夜行って…どこまでするつもり?」
ふと、疑問を直接ぶつけてみた。
百鬼夜行。その当事者が目の前にいるのだ。単純な破壊活動ではないのだろう。ここで彼らが待っていたということは。しかし話し合いはないらしい。
では、具体的にどんなことをどこまでするのか。かの魔女とまで言われた九津の師匠や、生まれて日の浅い部類に入る半妖は、どこか曖昧だった。
それをせっかくだから聞いてみたかったのだ。
『…忘れたのか、人間。それでよくこの戦場に立とうとおもったな』
「あんまりいい予感はしなかったんだけどねぇ」
忘れたのか。そして、この戦場に。
妖怪の台詞に思わず頬がひきつりそうになる。迷わず戦場という言葉を使ったからだ。もう一つ、忘れたのか、と言うのが気になったからだ。
本当に、戦うことだけは大前提らしい。さらに理由は、人間が持っているらしい。竜脈が関係しているのなら、当然と言えば当然なのだが。
まるで力試しのような剣劇的な繰り返し。ようやく変化が訪れたかと思えばこれだ。嫌になるな。九津が溜め息をつきたくなっていると、
『俺たちのすべきことはつまらんことだ…制裁を、与えること。ただそれだけだ』
妖怪から口を開いた。
「竜脈をむやみに使った相手に?」
返す九津。妖怪は頷いた。
『そうだ。竜脈とはこの間界に流れる大いなる力。それに触れることがどれほどのことなのかを知らしめる必要があるのだ』
「流れは綺麗に戻っていたはずだけど?」
『そうだな、綺麗に戻っていた。綺麗、過ぎたのだ』
「ん、んん、何て?」
聞き間違いかと思った。しっかりと元通りに直っていた。まさか、それが悪いと言いたいのか。
『あれほど見事に修復できる人間がいるのであれば、それは同時に竜脈を操ることができる人間だということだ』
どうやら聞こえた通りの意味だったらしい。
つまり、それだけの技術を持っている人間がいるならば、また竜脈を操るおそれがあるだろうという可能性そのものが、彼ら妖怪にとっての危惧すべく点だと言っているのだ。
「ん、ん…逆転の発想だね。その通りだ」
九津としても渋々だが納得せざる得ない。強すぎる力には制限がかかるものだ。それがこの世界の理だということはわかっているから。だとすれば、竜脈を操るという大きな力の代償は、彼らのような妖怪に目をつけられると言うことなのだろう。
九津が難色ながら理解を示していると、妖怪の手が止まった。しかし瞳は九津を捉えたままだ。九津も逸らさない。
『触れたこと、使ったことよりも、それこそ重く見なければならない』
「…正直、なんでって感じもするけどね。元に戻ったのなら、なんの問題もないはずだしさ、天使のことを気にしてるんだったらなおのことね」
こちらの言い分としては、正直見逃してほしい、この一点だ。綺麗に元通りに直っていたのなら、天使が動くとも思えない。なら、なおのこと無かった事として流してほしいのだが、
『そうだな。天使たちは現状この世に動く気配はないな。さすがのあいつらも気がつかなかったろう…だがな』
どうにもそうはいかないらしい。向こうも通すべく意地か筋があるらしい。語尾が強調された。
『それでもだ。繰り返されるのであれば、いずれは気がつく』
妖気がゆっくりと膨れ上がっていく。
ああ、かなり強いな。九津は目を細めた。意地か筋か、はたまたどちらもかわからないが、覚悟の強さが違う。
『竜脈は大いなる力だ。人間が扱うにはあまりに不釣り合いなほどにな。ましてやそこから生まれた歪みはいずれこの世界の調律を乱し、奴らを呼ぶ』
「…いずれ、いずれって、つまり現時点では大丈夫ってことじゃないの」
『…浅はかだな』
茶化したような物言いはその一言で一蹴された。はは、と渇いた笑いしか出てこない。
「悪かったね」
『その〃いずれ〃は必ず来るのだ』
確信じみて妖怪が言う。それは何かを背負うものの重みある言葉だった。過去、歴史、あるいは不可逆的な時間の背景。その中に掴みきれないほどのものがあるのを感じた。
感じた。しかし、それだけだ。
だからここで今、九津たちが退く理由にはとうていならない。確かめるように囁く。
「必ず?」
『そう、必ずだ』
妖怪は拳を握って宣言した。
『お前たちは忘れているだけなのだ。古という時の流れの中で幾度となく天使どもに介入されたことを』
「何度も…か」
いにしえのとき。
自分では想像しきれないほどの時間と空間の中で、あの妖怪は何を見てきたのだろう。
それを含めて本当は、ゆっくりと話がしてみたい。こんなことをせずに。
妖怪は語る。
『幾重に重なる人間の繁栄の日々。その中であの方も憂いていた。いついかなる時、また人間が天使どもを呼び出すのかと』
天使を呼び出す。お伽噺のような、神話のような台詞。ただし、その意味が差すのは神秘的なだけの事ではないのだけは察する。
ある意味、天使が舞い降りると言うのは、この人間の世界の終わりを意味するからだ。それをここ最近でとくに学んだ。
それを阻止しようとして、彼ら妖怪がここにきたことも。
それにしても、
「あの方…ね。まるでこの世界に天使が来ることを悩んでた人でもいるのみたいだ…妖怪以外にさ」
九津は尋ねた。妖怪は一拍の沈黙のあと、話し始めた。
『あの方の定めた唯一の法さえ蔑ろにして、言葉を隔てられ、大地を裂かれ、最後には術式と源力さえも体の中で断たれながらも、繰り返し奴らを呼ぶきっかけを与えたのだ』
答えになっていない。が、言いたいことはわかる。
彼はこれまでにも見てきたのだろう。竜脈を操るという人間たちを。そしてもしかしたら、妖怪である彼自身も、何かしらの関わりを持ったことがあったのかもしれないことを。
「そうか…昔は竜脈を狙う権力者なんかがいたんだね…でも、今はそんなことはないよ。一般的な人間は竜脈どころか術式なんかも使わないからさ」
考えるに、その力の存在が明るみになったところで現代の人間たちがそうそう扱えるものではないだろう。
そうだろうな。妖怪が小さく呟いた。納得ではない。あれは諦めに似ていた声だ。
感じる妖気が強くなった。妖怪は続ける。
『お前たちはお前たちであって、お前たちでない。人間は新しい自分を作り出し、過去に置き去りにし、未来だけを見る。だからこそ、また全てを忘れて繰り返すのだ。俺たち人とは違ってな』
「……君はずっと見てきたみたんだね」
なんというか、九津はそれしか返せなかった。妖怪は答える。
『あぁ、見てきたのだ。この目で、この意思で…あの方の側で』
その瞳に、妖怪らしからぬ『炎色』い意思を宿すように。
『そしてあの方は望んでいるのだ。この人間の世界の終末は、愚鈍だろうが賢明だろうが、あくまでも人間たち自身の力で迎えなければならないと』
そして語られた妖怪の真意。
『けっして天使という異物などに介入させてはならないと』
強くいい放つ。この時、そうだったのか、と九津はようやく理解した。この夜行という行為そのものの意味を。
百鬼夜行。それは、この妖怪たちが天使たちをこの地に降り立たせる事のないようにするためではなかった、と言うこと。
人間が、人間の行いによって、人間の世界を終わらせることが目的だと言うこと。
そのために竜脈という人間を超越した力を扱う人間を制し、この世界にとって異物な侵略者になりえる天使たちを阻もうとしていたのだ、と言うこと。
そしてそれは、彼ら自身ではなく、誰かの願いであることだ。
そうだったのか。頭の中で考えて、再びそう思った。
…しかし、しかしだ。やはりだからと言ってそれは退き下がる理由にはならない。ここで退いては、大切なものが奪われてしまうことは必至だったからだ。
家族も友人も、知人や関係者も、家も学校も景色も町も、全部、奪い取られかねないのだ。
彼は制裁だといった。制し、裁くと。そうしなければならない理由があり、それを行うのだと。
はは、冗談じゃない。また渇いた笑いが込み上げてきた。
そんなことをさせてたまるか。九津は妖怪を、話の通じる敵から、話の通じるだけの敵として認識を変えた。
「それで…?こっちは君たちと戦いたくはないんだ…けどさ、退く気がないなら話は別だよ」
万式紋を輝かせ、こちら側の覚悟を示す。今度は妖怪が目を細めた。
「どうしても君たちが退く気がないっていうのであれば、力ずくででも止めるだけさ」
『止める?俺を?いや、俺たちをか?』
妖怪が表情は乏しいまま鼻を鳴らした。
『そうだな、止めてみせろ、示してみせろ人間。あの方が望む終末を自分たちの力で迎えることが出来ると…ただただ、忘れるな』
妖怪の背から蝙蝠のような羽が生えた。
『今回はお前たちこそが対象だ。お前たちを倒すことが当然、一番の制裁となる。しかし…違うだろう?』
妖怪にしては表情が乏しい目の前の妖怪は、静かに言い続ける。その背中、羽の向こう側に黄色の靄が見える。暗がりても輝くその光は妖力だ。だだし、目の前の彼の妖力ではない。
『お前たちはお前たちなりに守るべき者があって我々の前に立ちはだかった』
靄は拡がり、散っていく。あれを九津は知っている。
『守ってみせろ、人間。お前たちの心が砕けることも、制裁の手段の一つともなるのだから』
「…っ、まさかっ」
嘘だろ。九津は叫びそうになった。
『俺の名は相愛の破壊者。さぁ、夜行と行くぞ。』
まさか、妖怪たちと自分たちとの正面衝突だけでなく、あれだけの妖精も交えての全面戦争だったとは。
そりゃ、あの魔女が耐えろなんて曖昧なことを言うはずだと、今さらになって歯噛みした。
瑪瑙は、海から空を覆い尽くそう拡散していく黄色の光を見つけて口をあんぐりと開けて立ち尽くした。今まで戦っていた妖怪も、まるでそれが合図だったかのように胡座をかいて見上げている。
「な、なんなのですか…あの光は…」
『ふーん、やっぱり見えるんだねー、君も』
間延びした声。およそ敵に向ける調子ではないが、短い付き合いとは言え瑪瑙には、これが彼のいつも通りなのだと言うのがわかった。
それはわかった。が、目の前、いや、空の上の輝きについては全くもってわからなかった。思わず彼のもとへ視線が動く。
にこり。欠伸をした彼は、視線が合うと笑った。
『あれは僕たちの仲間のー、昔色々あってー、体を天使たちの皇にばらばらにされた妖怪なんだよー。とっても食いしん坊でさー……』
間延びする彼の声が不気味に聞こえる。次に来る言葉を聞きたくないとさえ思った。
『人間の町なんか直ぐにペロリさ』
「…なんなのですか、それは」
やはりろくでもない言葉だった。ペロリさ。現実的ではない彼のその言葉こそが、最大の問題を示していた。
『彼ねー、ばらばらにされ過ぎてうまく話せないから、代わりに教えといてあげるよー、名前を』
だから今、名前など瑪瑙にとってはどうでもよかった。
「今さら何を…」
呟いて、思う。名前、とは。
固有名詞。単体であると固有を指し示す単語だ。そして、あの妖怪は、自分が一番身近に接しているあの半妖は、なんと言っていた。
──名前などない。だから包女につけてもらった。
そうだ。妖怪には、単体を示す単語である名前はない。それはあの半妖だけでなく、他の妖怪たちや異種族も同じだ。そう言っていたのだ。
なのに、名前がある。どう言うことだ。
誰が、つけた…。
『まー、聞いてよー。こう言うのを言うのって久しぶりだし、これくらいしてないと僕もあとでみんなにガミガミ言われてさ、のんびりしてらんないんだー』
妖怪は言う。空を被い尽くそうとする光の群れ。それが本来は一つであり、妖怪であると。
その名は、
『彼をこの世界に束縛している名前はー、間界の捕食者、どう?カッコいいでしょー』
「ベ…ベルゼ、ブブっ!あの、あのベルゼブブなのでふかっ」
絶句しなかったのは思考がまだ途切れていない証拠だ。噛んだのは構ってられない。
なぜなら彼は〃ベルゼブブ〃、空に群れる光をそう呼んだのだから。
『おっ、やっぱり知ってる?ぼんやりと眺めてたからねー、だから僕も怒られちゃったんだけたどさ』
「そんな、あれは、だって悪魔の名前」
ベルゼブブ。知ってるもなにも、それは神話のような曖昧な存在。もし、その名前が示す存在が、自分の知るものと一致するのであれば、一致してはいけないはずのなのだ。
なにせ七大悪魔の一角にして地獄の王とさえ称えられる存在なのだから。
それを妖怪である。彼はそう言ったのだ。信じられない。
『あー、それねー。昔はー、ほら、人間たちにとって妖怪も天使も我らが皇さまたちも全部引っくるめてさー、「かみ」と「かいぶつ」だったからじゃない?』
まるで瑪瑙の思考をゆっくりと読むように語る少年の姿をした妖怪。どうしてだろうか。あれほど安堵していたのが嘘のように不気味さしかなくなっている。彼の一言一言が、ざわりと瑪瑙の耳を打つ。
弱気になりそうな自分を奮い立たせるように思考を巡らせる。
「そんな…それじゃ、今、私たちが相手にしているのは…」
『人間たちは数を驚いて八百万とか魑魅魍魎とかー、畏れを込めて土地神とか言ってたっけ』
平然と変わらぬようにベルゼブブの他の呼び名を指折り数えるその姿は、やはりだらしなさが見える。しかし今は、それがかえって不気味さを際立たせる。
それにしてもそのすべての呼び名に心当たりがある。こんなときにさえ自分は、思考を働かせるよりも好奇心を抑えられずに耳を傾けているのが、瑪瑙は少しだけ悔しかった。
『でも一番失礼なのは、小さい彼を蝿の王なんて呼んだことだよー、こーんなに綺麗なのにさ』
「…七つの…大罪だとでも、言うのですか」
そして、大事なことに気がつくのだ。
『あっ!そうそう、改めまして初めまして』
ベルゼブブの仲間たる彼も当然、有名な名前を憑けられているのだと言うことに。
妖怪は笑った。
『僕は昔何にもしなさすぎてこの世界に束縛された無様な妖怪、「間界の傍観者」だよー』
どうりで大したことが無さそうに見えたはずだ。相手はあの、怠惰の象徴たる悪魔だったのだから。
いや、妖怪だったのだから。
「な、何、あの光」
空に拡がる光の群れに気がつき、包女が手を止めて光を見上げた。緑色の輝き。あれは妖力を持つ何かだ。
そう考えていると、
『執行の時だな。黄昏の時間を越えて、ベルゼブブに指示が出たのだろう』
「ベルゼブブ?名前が、あるのっ」
大剣を降ろし、同じように空を見上げながら、妖怪はその名前を語った。包女は、その名前に、その事実に驚くしかなかった。
『ん、ああ、忘れてたな。私たちはこの世界に名前で束縛されているんだよ。間堕に近い妖怪だ』
間堕。まだ。筒音が「はざまおち」と呼ぶ、半妖の事だ。それに近い妖怪とは。
矢継ぎ早に語られる言葉に包女が戸惑いを隠せないでいると、
『私の名前は捻転の盲信者。悲しみにくれるあの方にそう憑けられた』
更なる衝撃を突きつけられることになった。
その名前は悪魔の名前だ。妖怪である彼女がなんでその名前を持っているのか。
包女はもう何処から聞けばいいのか、わからなかった。
光森は、うっしっしっ、と愉快そうに笑っている少女の妖怪から聞かされた言葉に、驚いた。
「なんだよ、指示って。お前ら、まだ仲間がいるのかよっ」
『えー、い、る、よ、いるいる。この世界に束縛されちゃった悪友どもがね』
空を被い尽くそうとする光を示すように、両手を一杯に広げているその顔は、とても良い顔だ。とても心地の良い優越感に浸りながら、相手を見下している自分に満足そうにしている、良い顔だ。
そんなことにいちいち構っていられない光森は、問い質すように投げ掛ける。
「束縛された?キツネと同じで半妖ってやつか」
『半妖?あー、ま、だ、のこと。違う違う、ぜ、ん、ぜ、ん、ち、がっーう』
首を振る彼女。
『私はね、わ、た、し、た、ち、はね、名前でこの世界に束縛された惨めな妖怪なのよ』
惨めさが微塵も感じない微笑を浮かべる彼女は、妖怪と言うよりも、悪魔のようだった。
『せっかくだから、教えて、あ、げる。私はね』
だからだろうか。
『星色の反逆者。我れが儘に自由をこよなく愛するだけの妖怪よ』
彼女が自分の名前を、世界でも指折りの悪魔と同じものだと名乗ったとき、妙に納得が出来たのは。
砂煙を払った筒音の無事を確認したあと、妖怪は尋ねた。
『良いのですか、行かなくて?』
『止めるじゃろう?』
筒音は即、回答した。質問で返したのは、本来ならこちらが出題者のはずだからだ。
『さぁ…どうしましょうか』
『フン、しかしお主、間堕ではないが純粋な妖怪とも違うな…何者じゃ』
だから、冗談や余興はもうやめて問おう。少しでも核心をつけるように。少しでも早く終わらせられるように。
『お気づきですか?恥ずかしながら名前を憑けられましてね。この地に束縛されてるんですよ』
『名前…束縛じゃと?』
筒音は妖怪だ。だから聞いたことがないわけではない。妖怪などの種族が固有名詞を持たないことと、持っていることの意味を。
それはその種族それぞれの理由を含めるが、あえて最大の理由をあげるとしたら、必要がないからだ。
そして逆に、名前を憑けられているという意味。
それは、
『それが今回の質問というわけですね…昔、いろいろとありましてね。天使たちの皇や悪魔たちの皇、それに我らが皇にしかられましてね。その時、罪の証として憑けられました』
そう。妖怪や天使、悪魔や菩薩などよりも上位の存在、「皇」に目をつけられ、その身柄を拘束された状態にある場合だ。
しかし、そんな妖怪、筒音は聞いたことがなかった。つまり、聞いたことがないほど遠い昔に生まれた妖怪だと言うことのはずだ。
そう思っていた。ところが、
『叡知の強奪者。どうぞ覚えておいてください』
それはそれは、この人間の世界では有名な悪魔の名前だった。漫画には数多く描かれているほどの。
なるほど。確かに、罪を犯してそうな奴だ。そう思うと、少しだけ笑いが込み上げてきた。
「ええと、あっ、雀原さんなのですか?大変なのですっ、大変なのですよっ」
空を見上げながら瑪瑙は町に出向いているはずの里麻に着信をかけた。ツーコールも待たないうちに、里麻は通話を繋げてくれた。瑪瑙は何から話せばいいのかまとまらないまま話始めた。
──落ち着いて下さい、鵜崎さん。どうしたのですか。
通話状態の向こう側から、里麻の落ち着かせようとする言葉が聞こえる。
とにかく落ち着かねば。
「今、百鬼夜行が、始まったのですっ」
瑪瑙は、要所を伝えることに成功した。
──この奇妙な感じ、なるほど、わかりました。それで…私たちはどう動きましょう。
しかし、
「どう…えと」
考えそのものはまとまっていないのだ。
「わ、わからないのです」
眺める空に拡がる緑色の輝きは、夜空の星を瑪瑙たちからもう隠していた。
「わからないのですよ…」
どうやって、あれに挑みながら、この五人の妖怪を止めろと言うのだ。
瑪瑙には、わからなかった。
九津は、
「これが、こんな形が百鬼夜行だっていうのか…どうやって耐えろって言うんだよ、師匠」
見上げるだけで、呟くだけで、動けなかった。
この話、とても書きたかった部分です。
いつか使おうと模索してた「七つの大罪」。やっぱり良いですね。
ちなみに本編でルビを振っている名前の部分ですが、一応、調べて当てはめているので間違いは少ないはずです。
ルシファーはもともと明星と反逆者の意味があるのでそのまんま。モチーフは因幡の白兎と満月と幼女です。
マァモンは叡知と財産だったので、強欲と掛け合わせてあの読み方にしました。モチーフはスフィンクスと砂漠と勤勉青年です。
リヴィアサンはうねり、とか、ねじれる、とかなのでこれもそのまま「捻転」。盲信者は嫉妬のイメージからです。モチーフはメデューサとアマゾネスと褐色の肌になってます。
ベルフェゴルとベルゼブブ。
二つの名前につけられている間界は、この作品の中でも書きましたが、人間界のことです。そこからバラバラになったイメージと合わせて蠅の王ことベルゼブブになりました。当然、くそ山の王のくそ山は、人間界のことを指します。この作中で天使たちはどれだけ人間を嫌っているんだろうと考えさせられますね。
そしてベルフェゴルには「裂け目」と「神」の意味があるので、人間界を眺めている超越者としてつけました。モチーフは眼鏡なしののび太くんとドラえもんになります。
アスモデウスは、色欲で有名だそうですがその意味は「破壊者」らしいです。今回では彼の罪だけ書けませんでした。なのでそれは次回に。モチーフは…隠す必要もないとは思うのですが、それもまた次回に。
最後にサタン。これはこれが一番シンプルでそのまんまかもしれませんね。「神の敵対者」。この作品では、皇様こそが神として存在するわけなので、愚皇の敵対者となるわけです。ただし、その愚皇とは自分のことなのですがね。
さて、長くなりました。
もし、ここまで読まれた方の中で「変だ!」と言う意見がある方、一報か提案をいただけたら…とりあえず参考にさせてもらいたいと思いますのでご一報頂けたら嬉しいです。
では、後編で。ではでは。




