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ココノツバナシ  作者: 高岡やなせ
百鬼夜行の来襲 日の沈む前 
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第五十七話 『黄昏のときは過ぎた』

 町の中。世間はハロウィンなるイベントのためか、それよりもとからか、そわそわざわめくこの頃だ。


 日が沈み、辺りに静けさ漂うはずの時間帯も、少しだけ雰囲気が変わってる。


 変化しているのだ。


 いつもなら二、三人も歩いていれば良い通り。今日は学校帰りの学生から浮かれた感じの青年たち、はたまた忙しそうな大人たちの姿も見える。


 皆、全員、ハロウィンと言う年に一度と言われるイベントに心を変えているのだ。


 変化しているのだ。


 そんな頃、ふと、ここ数日に珍しい噂がたった。


 その噂は、なんの変哲もない日常に紛れ込むようにねじれ要り、非日常に変えていった。


 変化しているのだ。


 ──この間、変な奴らを見たんだけど。


 何処かで誰かが言い出した。


 ──変な奴ら?どうせハロウィンに浮かれた奴らのやらかしたことだろう。


 なんだそんなことか、周りは言うが、僅かに感じていることがあった。しかし、わからない。だから笑っていつものことだろ、と誤魔化すのだ。


 ──いや、なんか狸と兎の妖精らしいぞ。で、兎が狸を追いかけていた。他にも見たって話も聞いた。


 だが、何処かの誰かは続けるのだ。


 少しの変化が気になって。


 ──はぁ?……意味わかんねぇし。ってかなんで妖精?


 誰に気づくかれるかわからぬままに。





「なるほど、わかりました」

「え…本当に」


 ある程度話が纏まったので日戸、里麻、ガタックの大人三人に声をかけた。


 今回のことを説明するには時間と労力がかかるだろうと覚悟していたが、どうにもそれは徒労に終わってしまった。


 里麻が二人の分も纏めて了承したからだ。


 その呆気なさに、思わず変な声になってしまった九津は、おそらく悪くないだろう。その後ろで控えていた包女も似たようなものだ。


 理由を、とりあえず求めた。里麻はおおように頷いた。


「はい、もちろんです。三日後までに鷲都の者たちの中で戦える者を揃えましょう。人数はあまり期待しないでください。むろん、私も出ます」

「僕もできる限り尽力するよ」

「ワシもだよ。出きることこそ限られるが、やれるだけのことはやろう。包女くん、筒音くんたちだけに任せておけば、通弦つづるくんに向こうで何を言われるかわからんしな」


 大人たちは快い返事をくれる。むしろ、快過ぎて怖いくらいだ。いくら魔術師に連なるとはいえ、そんなことを、妖怪たちが攻めてくるなどと言うことをこんなにも簡単に信じられるものだと驚いた。


「お父さん、それにガタックさんまで」

「おぉ、とてつもなく心強いのですね」

「でも、信じてもらえるのは嬉しいけど…雀原さんたちは妖怪たちが襲来するって話を簡単に信じてくれるんですか?」

 

 話を快く信じてくれた。それは違ったのだ。話を信じたのではない。


「身内に妖怪がいるこの状況と、このところのただならぬ気配の持ち主がいることは知っておりました。その上であなた方がそうおっしゃるのなら、疑う余地はありません」


 断言した。


 人を、話してくれた九津たちを信じてくれたのだった。


「そういうことだよ」

「そういうことじゃ」


 里麻に引っ張られっぱなしの二人も言う。


 ああ、こういう大人になりたいと、九津は嬉しくなった。





 ──お前、どんな仮装すんの?


 何処かで誰かが尋ね聞く。


 ──俺?俺は彼女と一緒にゲームのキャラやるはめになった。


 変わらぬ日常に身を費やしていると信じて疑いたく無くて。


 ──な、なんだとっ!呪われろっ、ばぁかっ!


 例えば少しの変化が見え隠れしていようとも、変わらぬことを信じるように。


 ──呪われねぇよ、バァカ…縁起でもないっての。今年のハロウィンはなんか雰囲気が違ってるって噂なんだから。


 本当はその変化は確実に自分たちを包んでいるとしても。


 



 九津は家に帰ると、食卓の中で家族に五人で話し合ったことを伝えた。箸の手を止めずに聞くのは流石だなと、自分の家族に感心しながら。


 それでも信じてくれるのだから。


「そっか、この気配はやっぱり妖怪たちのものだったんだ。あまりにも隠す素振りもないから逆に盲点をかれた感じだなぁ」


 妖怪だけにね、と、界理は彼女なりのわかりづらい冗談を交えて言う。九津は同意して苦笑するしかない。


「それでお兄ちゃんたちが防衛戦を試みようと?」

「ん、師匠にも耐えろって言われてるしね」


 互いにお茶を啜りながら話しを続ける。


「あんた、何、物騒なことに皆を巻き込んでることになってんのよ」

「んー、巻き込んだつもりはないけど…物騒だよね、やっぱり」


 巻き込んだわけではないのだが、大概悟月家ではこういう風に訳される。もう九津は気にしていない。むしろ、悪い気さえしてくるのだから習慣とは恐いものだ。


 まぁ、それもそうだろう。


「当然でしょうが。妖怪たちと一戦を交えるってことでしょう?はぁ、なんで悟月の家系は旦那どいつその兄弟(こいつ)も天使や悪魔や妖怪と物騒そんなことで関わるかなぁ」


 と、輝の言う通りなのだから。


 だからこそ、魔術師や呪術師、超能力者や妖怪たちと知り合えた上に、身内に忍術や古代兵器使い(アーティワァクター)や堕天した天使がいるのだろうと。


「…戦うなって、止める?」

「ハァ?それこそ何言ってんの、あんた」


 輝はさらに憤慨するように眉間にしわを寄せた。箸を止める様子もない。食事を適度に続けながら、


「月帝女が耐えろって言って、あんたはそれを引き受けたんでしょ?なら、やりなさい」


 やたらと漬物をぱりぽりする音が不釣り合いだと思った。


「戦ってから逃げるのならまだ許してあげなくもないけど、戦う前から弱気になって逃げ出して約束を反故にするような人間になってみなさい、二度とこの家の敷居を跨がしてやんないから」

「ん、了解」


 最後に味噌汁を啜りながら締め括る輝に、九津は短く返した。隣の界理も裾を引っ張り、


「お兄ちゃん、私も出きる限りの協力はするよ」


 そう言ってくれた。


 祖母の灯里だけは、これも血筋なのかしらと困ったように呟いていた。


 界理は言う。


「それに耐えろってことは、向こうでも何かをするはずだしね」


 向こう、とは月帝女のことだろう。九津もその意見には賛同できた。




 ─────





 ハロウィンが明日にまで迫った。町は色めき、ざわめいている。噂は変化し形を為す。気がつけばそれが当たり前のように。


 ──なんだったんだ、あれ。美人だったけど。


 そのうちの一つだ。兎と狸のあと、町にあからさまに不可思議な格好をした美人が現れると言う噂が生まれたのは。


 ──コスプレした奴を襲ってるって奴じゃないか?美人だったな。


 その美人はまるで誰かを探すように色んな人間の前に現れた。そして消えた。


 ──あっ!あのハロウィンに別れ話をもちだされた女ってやつかっ…あんなに美人だったのか。


 噂は噂を作る。嘘と真実を、空想と真相を混ぜ合わせながら。


 ──いくらなんでも幽霊とか亡霊…じゃないよな。美人だったみたいだけど。


 どれが本物なのか、確かめる術もなく、町に溶け込んでいくのだ。


 ──妖精ってのなら信じられるんだけどな。最近、よく聞くし。それにそう信じられるくらい美人だったからな。


 なんの疑いもなく。





『ずいぶんと噂になりましたね』


 町から随分と高い場所。雲に紛れ朧気な姿の妖怪たち。その中で、男は渋そうに呟いた。連日、力を試すだけの価値がある人間がどれ程いるのか出歩いている女のことを言っているのだ。


 目立ち過ぎは、男の好むところではない。興味のない騒がしさは、彼にとって不必要なものでしかないからだ。しかし、当の本人、女は気にすることもない。腕を組み、平然といつもと変わらぬ調子で、


『気にすることはないぞ。ただの暇潰しだからな、今は怪我もさせていない。そもそも妖力をぶつけて腰を抜かすような人間など相手をしても面白くないからな』


 そうのたもうた。


 彼女からしてみれば、騒ぎを興すようなへまをしたつもりはないのだ。もし万が一に騒ぎになったとしても、黙らせる手段は幾つもある。そうも考えていた。


 男はそれを察し、嘆息する。


『そうですか…まぁ、ほどほどでお願いしますね。本命は術式を操る人間なんですから。下手に警戒されると面倒かも知れませんので』

『…負ける、とでも言いたいのか?』


 挑発するように言い返すリヴィイア。その顔は楽しそうににやついている。


 いいえ、と男は首を振った。


『逃げられたら、ただの無駄死になる人間が多くなるということです』

『構わないがな』


 瞑想していた青年が瞳をきらつかせ、話に入ってきた。


 男としては驚きだ。彼は知る限り人間を好きとは言いがたい、この世界を守ろうとする意思だけは強い。だからその守備範囲には、人間と言う存在も少なからず入っていたと思っていたからだ。


 まさかそんなことを言うとは。


 青年は眼下に広がる町の灯りを見つめ、


『人間を見捨てるような人間ならば躊躇いも必要ないということだ。あくまでも俺たちがなすべきことは、術師の人間と天使どもにわからせることだけだ。竜脈に触れることの罪の重さと、それを理由にこの地にお前たちが降りる必要はないということを』


 そう、語る。それからただ静かに時間が経つのを待っていた。


 やがて朝日と共に白ばんていくを見送り、吸い込まれそうな青く滲んだ時間を見届け、懐かしい黄昏の空間を見つめて、迫り来る強く優しい赤に染まって来た。


 まるで彼女に見守られているようだ。そう物思いに一瞬だけふけり、青年は宣言した。


『さぁ、百鬼夜行の始まりだ』


 彼の嫌いな夜が、もうすぐ迫る。





 ─────



 


 少しだけ時間は遡る。


 ハロウィン前日の夕暮れ、高校の教員である兜耕蔵は、慣れない態度を表に出さないように気を付けながら作業をこなしていた。普段ならしない作業だ。それは、


「お前ら、明日が本番だからなって浮かれるなよ。当然だが、当日もだ。学生の領分をしっかり自覚して…」


 明日に迫ったイベントに期待高まるだろう生徒たちへの注意勧告だ。他に数人の教員たちと共に出入り口付近に立ち、呼び掛けている。


 が、ほとんどの生徒たちは生返事だ。それにこの出入り口を行き交う生徒のほとんどはまだ下校するわけではない。足りないもの、少ないものを補う買い出しなどの一時外出が多い。


 当然だろうと耕蔵本人も思う。なぜなら明日はハロウィンしかりこの高校の文化祭初日でもあるのだから。


 しかし問題はそこだ。


 今年は商店街からの呼び掛けで一日だけとはいえ、外部からの催事も行うため、多数の学校関係者以外が訪れやすくなっている。学校のため、ひいては生徒一人ひとりのために身を引き締めさせなくてはならない。


 それが例えこの時代に合わない錯誤的なものだとしてもだ。


 そして、その意思を貫くためにも絶対に不慣れな態度はとることが許されないのだ。貫禄を見せなくては。


 とは言え、親しい生徒たちにはそんなことは簡単に見抜けられるらしい。ピリピリとした雰囲気の耕蔵に、なんとも軽い感じで金髪の生徒が声をかける。


「先生、明日は仮装の方、頼みましたよ」


 九津だ。


 クラスの文化祭の出し物の調整は、特殊な理由で免除されているため、一際早く下校するようだ。同じクラスの包女もいる。それに上級生にねんの光森も。


 耕蔵は軽く溜め息を吐き、


  「…気が重いな。こんなときは、学生たちの浮かれ気分が逆に羨ましくも思うよ」


 ボソッと本音が漏れる。


 大変ですね、と苦笑する九津。手でさっさと帰れと意味を込めて払う耕蔵。明日の彼にはハロウィン特有の仮装が待っているのだった。


 耕蔵の意図に気づいたのか、ペコリと頭を下げて九津たちは校門を出た。


 何も考えていないように見える教え子たちの後ろ姿を、何となく羨ましそうに耕蔵を見送った。


 ふと、一度だけ、変な噂が流れているから気を付けろと言うのを忘れたなと思いながら。





 高校の長い下り坂を降り終わり、いつもの最寄りの駅に近づいた。包女とは反対であり、光森はこのまま徒歩で帰る。


 ここでお別れだ、一旦は。


「じゃぁ、皆、このあと約束の時間に…先輩や鵜崎ちゃんは本当に大丈夫?」


 駅の改札の前で合流した瑪瑙と光森に最終確認をする。一般家庭で生活をしている二人には、とても大事なことだ。


「ご安心を。そこは包女お姉さんのところにお泊まりで明日の用意となっているで」

「俺んところも、お前の家に泊まり込みってことになってる。口裏はあわせてもらえんだろ?」


 二人は互いに応えた。九津と包女も頷いて応える。何となく静かになりそうだったので、


「無事に帰れたら、ですね」

  「縁起でもないことを…って言いたいけど、でも、それだけ危険なんだよね」


 いつもなら渋い顔になる包女が困ったように笑う。二人も同じだ。


「ん、そう、かもねとしか言いようがないや」


 それでも覚悟を決めてこの場所に立っているのだ。


 四人は一度別れてから、また約束の場所に集った。今度は筒音も姿を表し五人になっている。


 日の暮れる寸前。赤く染まった空がやたらと大きく感じる。夜の訪れの前に、人間たちに力を与えているようだ。


 九津は一歩進む。


「さぁ、昼夜逆転たそがれの時間は過ぎた。神無月の最初の夜(ひゃっきやこう)が訪れる前に行こう」


 それぞれの顔に気合いが満ちていた



 



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