第五十五話 『ここからが本題です』
里麻がお茶とお菓子を差し入れてくれた。紅茶とケーキだ。それを噛み締めて糖分を疲れた頭に染み渡らせ、全員が一息つく。
九津は思う。今回、妖怪対策として自分と筒音を除く三人に人間以外の種族を教えることになった。しかしどうにも教えると言うことには不馴れなうえ、内容も常識的なことではないため、教わる側の許容量も大変なものなのだと言うことを。
あの物覚えのいい光森でさえ、理解と納得がなかなか噛み合わないと言っている。
当たり前か。自分でもそう思う。
別に九津自身も、一般的な常識を知らないわけではないのだ。しかもこの数ヵ月に至っては、光森や瑪瑙、何より包女に口を酸っぱくして言われている。
その事と今回の事は、全くもってかけ離れた、正反対の常識になるからだ。
それでも一通りでいいし、受け流しでも構わない。全然知らないのよりは格段にマシなのだから。
食べ終わった。
「じゃぁ、休憩終了っことで」
とにかく、頭の中に詰め込んでもらおう。
「こっからが、今回の本題になるんだけど」
「妖怪」について書かれた項目。
この世界で「妖怪」と呼ばれる存在は、妖力を持った者たちを差す。その流れから妖精は妖怪に属しており、もっともこの世界と調和している種族でもある。性格としては楽しさを求める者が多い。
各地に妖精や妖怪の逸話が現代でも語り継がれるほど、人間に近いと言える。
皇の称号は「妖帝」。妖術の始祖であり、妖怪たちの統率者でもある。そして、一番最初にその姿を消した皇でもある。
人間の世界に物質を持った者を『間堕』と呼び、現代では「はざまおち」と呼ばれる。
『悪魔や菩薩、人間にも言えることじゃが、その書かれていることが全てとは限らんのじゃ。参考程度というやつじゃな』
お腹も膨れて機嫌が上々になった筒音が、舌舐めずりして口回りのクリームを取りながら言う。この場に里麻がいたならば、大目玉をくらう姿だ。
「楽しいことを優先…夏休みの子どものようなのですね」
『お主も目先のことに熱くなり、見落とすこととてあったじゃろうが』
瑪瑙が例えて言うと、筒音はそう返してきた。皮肉ではなく直接的で弁明のしようのないことなので、少し困ったよう舌を出して、そうなのですね、と囁いた。
「菩薩の完全固定に比べたら妖怪の超越変化はキツネを見てるせいか受け入れやすいな。あ、当然、悪魔の無限活性もなんだけどな」
光森がそんな瑪瑙に気を使うように口早く言う。筒音もそれ以上はその事には振れずに頷いた。
『フム。そういう意味なら当然と言えば当然じゃな』
「…それにこの下位交換があるからかもしれませんよ」
包女が項目の一ヶ所に指を当てた。互換性のある術式をまとめたところ。妖術は呪術。魔術は仙術。と書かれている。
「ん、それもあるかもね」
「確かに系統としては似たようなところがあるもんな。呪術と妖術は臨機応変って感じで、魔術や仙術は一点突破って感じだもんな」
「ただこの四つには全て共通点があります」
九津が同意し、光森が思い返すように呟いた。経験、体験というものはこうして力になって行くのだな、と思わされた。
話が早い。九津は言う。
「人間でもわりと簡単に扱える点」
そして、なぜそれらが共通点になるのかと言えば、
「あとで説明する天使の術式とさっき言った菩薩の術式、天術と仏術に関して言えば…ほとんど扱えないと言えるそうなんです」
と言うことだ。
そんなものなのか。全員の顔がそう言っている。だから原動力は俺からすればかなり特殊です、と一応の補足は付け足した。
「逆になんで魔術なんかはそんなに簡単に使えるって言えるんだよ」
「源力が作れる、または借りれるからです」
光森は原動力者だ。魔術師と呪術師、仙術師、そして妖怪がいるこの中では上位がいない力の持ち主だ。不思議そうに尋ねた。九津は簡単そうに返す。
「悪魔は魔力を持って、妖怪は妖力を持って生まれます。そして人間は霊力を」
何回か説明していたが、おさらいを込めて語る。
「この霊力って力の特性こそが、全ての力に進化する可能性を秘めているのです」
その名も「究極進化」。
大層な呼び方だ、何て事は誰も言わなかった。もうそれくらいならなんとか受け入れられる下地は充分に出来たからだ。
「進化…ねぇ。霊力が上位だから互換するってのはわかる。だけどなんで魔力と妖力だけはそんなに簡単なんだよ」
それで、と言いたげな光森の態度。昔話なんですけどね、と九津は頷いて、
「魔力は優しい悪魔から、か弱い人間に授与された戦うための武器だうで、妖力は罪滅ぼしの贈り物らしいですよ」
そう説明した。これには光森だけでなく包女も不思議そうにしていた。ただ一人、瑪瑙を除いて。
「授与された武器と罪滅ぼしの贈り物?本当におとぎ話みたいなのですね」
手を合わせ、ほぉほぉと楽しそうだ。
「…で、それがどう繋がるんだ」
「精霊と妖精ですよ」
九津は促されるまま抽象的な言葉から具体化して続けた。
「精霊が魔力を、妖精が妖力を人間に貸す場合が、なんの修行もなしに使えるもっとも簡単な場合になります」
「そうか、精霊魔術って確かに精霊の方の力を主軸に使うこともあるから」
そこではたと気がついた包女はさすがと言える。魔術の基礎を身に染みているからだろう。
「ん、その通り。そして妖精はいろんな形で力を貸してくれる。妖力そのものだったり、彼らが作ってくれた武器や本人自らだったり」
「なるほど…妖精との協力により間接的に妖力を使うのですね」
続いて瑪瑙も顎に手を当て、考察するように言った。
「魔力を人間が使えることに疑問が無さすぎて、他の力のことなんて考えたことがなかったけど…今回はずいぶん勉強になったよ」
包女も納得したようだ。そこで光森が、
「で、妖怪が天使を嫌う理由は?」
『やつらのおしつけがましい精神に虫酸が走るから…じゃろうか?』
納得出来る理由があるんだろうな的に尋ねるが、あっけらかんと筒音は答えた。
なるほど。単純な先入観からくる嫌悪感らしい。そう言うことにした。
「でもさ、合う合わないってそれこそ個人特有のものもあるだろうし、集団的みたいなこともあるかもしれないよ。だって筒音、悟月くんのおばさんとは仲良くやれてたもんね」
『……まぁな』
包女が補足混じりの擁護をすると、筒音もしぶしぶ感を漂わせながら頷いた。
九津はここまでのやり取り中、持って来ていた荷物を取り出した。そこについては、と三冊の本を全員に見せるように置く。
「これが役に立つかと思って持ってきた」
参考資料。簡潔に言うと、それは絵本だった。
内容は、青、赤、黄、白、黒の五人の『オーサマ』がこの世界を作ったと言う物語だ。
「なんなのですか、このお話は…」
一冊目では五人の『オーサマ』が試行錯誤して世界を構成する三つの要素、『はざま』を作りあげたところで終わった。
一つ目の『はざま』は「宇宙と次元」と呼ばれるただ広い場所。星と星を浮かべる場所。『そらのはざま』。いつしかそこは『空間』と呼ばれるようになった。
二つ目の『はざま』は「永遠と一瞬」からなるただ続く感覚。過去と未来を隔てる感覚。『ときのはざま』。いつしかそこは『時間』と呼ばれるようになった。
最後の『はざま』は「自分たちとそれ以外」に分けられた存在。人と人以外を表すような存在。『ひとのはざま』。いつしかそれらは『人間』と呼ばれるようになった。
──らしい。
「なんか核心をついているような、不思議で、それでいて不気味な物語にも思えるね」
二冊目は五人の『オーサマ』の一人、黄のオーサマがこの『人間』の世界に降りたってからの物語。
楽しいことがとても好きな黄のオーサマは仲間を連れて世界に立った。そこでは楽しいことが溢れていた。
しかし、オーサマの仲間が歪んだ楽しさを見つけてしまったのだ。自分たちよりも弱い人間たちをいじめることだ。
これを悲しんだ赤のオーサマは、何とかしようと自分の赤い色の力を人間に与えた。あとの事は黄のオーサマに頼んだ。黄のオーサマは赤のオーサマに謝り、任せてくれと言った。
人間の世界に平和が戻り、そこで終わっていた。
そして、三冊目。全員が真剣に読む。
三冊目は、平和を取り戻した『人間』たちの物語だった。
赤のオーサマに力をもらった人間たちは、黄のオーサマの仲間たちと対等になった。
しかし、そこで訪れたのは共に生きる世界ではなかった。人間たちは、赤のオーサマを利用して、他のオーサマの力も欲しがったのだ。
これに怒ったのは黒のオーサマだった。赤のオーサマの優しさを踏みにじるような真似をした人間たちを許せなかったのだ。
先ず一つはこの世界の大陸を幾つかに分けた。次に言葉を分け、最後に自分たちの場所と人間たちが行き来しづらいように分けた。
最後に、黒のオーサマの怒りと赤のオーサマの哀しみを沈めるために、黄のオーサマが贖罪としてこの世界に留まることになった。
こうして物語は終わった。
読み終わると、筒音が低くシシシと笑う。
『…妙に納得したのじゃよ。この黒が天使で、黄が妖怪を意味しているのじゃろう。昔ながらの因縁…そういうことで新妖怪は出来ておるのだな』
この日、説明する最後の項目「天使」にたどり着いた。開く。
この世界において「天使」とは天力を持った者たちを指し、さらに聖人の例えられ、奇跡の象徴のような神の御使いを意味する種族でもある。
事実とは。
ある書物に記されるように人間の悪行を裁く「審判」であり、邪悪と戦う「戦士」であり、悪徳を摘むために動く「伝道師」である。
つまりだ。
善と悪に人間たちを裁く「判決者」であり、悪に選ばれた人間たちを淘汰する「敵対者」であり、人間たちの悪を許さない「支配者」なのだとも言える。
『皇』の称号は「天神」。天使たちの統率者にして天術の始祖。「魔王」や「妖帝」とは別の形でこの世界を気にかけている皇でもある。
その術式「天術」は、「絶対分解」の特性を持つ天力を「転化」させる目的で使うものだ。真髄は、あらゆるモノ、コト、さらにはトキさえも破壊し再生させる力。
そんな彼らがこの世界に身を置くことを、彼らにとってもっとも罪深き行為として「堕天」と呼ぶ。
──以上。
「イメージ通り、といえばイメージ通りなんだけどな」
所々の文章をなぞりながら光森が言う。
「あの話のあとだとなんだか怖いようにも思えてくるから不思議ですね」
目を閉じて、思案するように包女が答えた。
「天術による分解…分ける力。浄化とも呼ばれる力。あの術式の中では呪力を引き出しても呪術として扱えなかったのです。本当に不思議な感覚なのでした」
記憶を引き出し、身震いしたのは瑪瑙だ。
『相手の完全なる無力化…たちが悪かろう?』
口の端を持ち上げて、牙をのぞかせて筒音が一同を見る。
確かに呪力や妖力の超越変化も大概だとは思うのだが、こうして説明を受けると天力の絶対分解も大概だとしか言いようが無かった。
全員がそれぞれ考える時間をとる。考えることはたくさんある。
その中でも天使と妖怪の因縁のようなものはわかった。ではそこから『百鬼夜行』とはどう繋がるのだろう、だろう。
やはり最初に言っていた、見回りの意味が強いのだろうか。竜脈の力を乱れさせた原因を探るための。
九津も黙りこみ、考えていると、
「なぁ、ちょっといいか」
光森がある一文を二ヶ所指した。
「なんですか」
「なんで妖怪の皇のところは不明で、悪魔の皇のところは不在になっているんだ」
「それは私も気になったのです」
「言葉通り、らしいですよ」
不在。その場所に居ないこと。
不明。明らかでないこと。
言葉通りにとるには難しかった。
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『ここがその竜脈がある大陸なのか?』
『いえ、大陸ではなく、島ですね』
『うっは、こ、ま、か、いー、細かいよ、もう』
『待ってよー、みんなー』
『…なるほどな。竜脈そのものの流れは乱れていない…元に戻してあるようだな』
空に浮かぶ影五つ。
『しかし、それがどれほどの罪か知るべきだ』
それがまた、動き出した。
今回の話を書いていると、天使がずいぶんと悪者のようになってしまっている気がしますね…念のために、注意書→あくまでも個人的解釈で書いてます。




