第五十四話 『ページを捲る一日』
「…そう、やっぱり」
学校で包女から聞いたことを含めて、九津は月帝女に話した。受話器越しに聞こえる彼女の声は、自分の予感の的中を思ってのことだろう。次の一手について既に頭を働かしているのかもしれない。
何も言わない時間は短かった。
「…私たちの方でも何とかする。あんたたちも耐えなさい」
「ん」
師匠たる月帝女がそう言うのならば、彼女の弟子たる自分はそう答えるしかなかった。
耐える。それは百鬼夜行のことだろう。そのためにどう動くのかは、これから自分の側にいる者たちと決めるのだ。
────
鷲都家の客室の一つを借りて、話し合いの場を設けた。議題は民族学の専門家も驚くだろう百鬼夜行についてだ。
参加者は現段階では五人。九津、包女、筒音、瑪瑙、光森だ。鷲都の日戸たちは仕事のため参加出来ず、話がまとまり次第可能な限りの協力を頼むことは伝えてある。
机の上に手をのせ、思わせ振りに四人に口を開いたのは九津だ。
「と、言うわけで、事態は思った以上に深刻のようです」
既に今回集まることになった理由と議題は説明してある。あとはことの成り行きに任せて話し合うしかない。問題は、
「あー、なんつうか、言っていいか?」
おそらく光森が指摘してくれるだろう。指を揃えた手で彼に、
「どうぞ」
「正直、現実味がわかねぇ」
そう言うことだ。
「天使だ、妖怪だってのがいるってのは認める。しかしな…さすがにそれらが襲ってくるのはな…」
頭をかきながら彼が言う。無理もないだろうと九津も思う。
そもそもつい数ヵ月前まで光森と瑪瑙はその特殊な力と裏腹に、全くと言っていいほど天使や妖怪などと言う特殊な存在が関わるという人生ではなかったのだから。
具体的には親戚のおばさんに天使がいることや、親友が妖怪だったりすることを含む。
考えるまでもなく、一般的には限りなくないだろう。
「妖怪さんたちは、そういうことをされるのですか」
『以前も言ったじゃろう。そんなつまらんことなどはせんとな。…しかしじゃ、そこに天使どもが絡んでくればわからぬのぉ』
瑪瑙が疑問を拭うように筒音に尋ねる。退屈そうにしながら答えた筒音の瞳には、どこか妖怪さあった。どうにも本当に妖怪と天使は反りが合わないらしい。まぁ、妖怪と天使が仲がいいというのも、なかなか想像しがたいものがある。
瑪瑙、筒音が黙ると今度は包女が口を開いた。
「筒音も?」
問い質す、というほど強くはないが、隠さずに話して聞かせてほしい、と言うのは伝わる。
『妾か?…そうじゃのぉ』
筒音は、少しだけ考えると口の端を器用に曲がるように持ち上げて、
『…土足で他人の領域に入るようは輩は許せんが、それを阻止するためだけにこれほど表だって動くほどではないな』
そう言って、頬杖をついた。
『互いに領域を決め、多大に関わることを控えておるからこそ、世界には境となる理があるのじゃからのぉ』
遠い目に写るのは、向こうにいた頃を思ってのことだろうか。包女たちは静かに聞いていた。
『ましてや、そんな些細なことのためにこの人の世でどうこなどと…な』
筒音は最後にそう締め括った。
その言い方に、少なくとも自分は絶対にすることはない。その意思が見え、包女は満足したように視線を交わした。機会を伺うように、
「それにな、天使ってのはそんなに凶暴なのかよ?やたらキツネたちが嫌ってるのはわかったけどよ、聞いてたらなんかヤバイ奴らっぽいじゃないか」
光森が入ってきた。九津としても、もっともだと思う。
どうしても一方から、この場合は妖怪擁護側からすると天使たちが悪い印象になってしまう。人間に及ぼす影響はともかくとして、公平さを欠いてしまうのは良くないな。そう判断して、
「凶暴ではないけど、暴君にはなりやすいかもしれませんね。そういう話、わりと有名だとは思うんですけど」
この話し合いのために、わざわざ作り上げてきた資料、複数枚綴りの紙の束を渡しながら、
「例えば約束を違えた相手を追放したりとか、罰を与えるのは当たり前じゃないですか。それに人間の言う地獄って、天界にあるらしいですよ」
あるページを捲りながら、九津は幾つかの参考資料のタイトルをあげた。これらは全て世界的に有名なタイトルばかりだ。筒音はともかく、他の三人はそうだった。
内容そのものはうろ覚えだが、言っていることは納得できた。
「それにほら、世界の言葉と大陸を分けたとか言う神様の話を聞いたらわりと納得しません?」
九津が肩をすくめて言う。それこそまさに天力、つまり分解する力の一端を語っていたのだ、と言いたいのだ。
彼からそう言う話を聞かされ続けた者たちとしては、ああ、と短く答えて受け入れることが出来た。同時に、自分たちが彼の言葉を本当は生半可に聞いていたのだということを少しだけ恥じた。
考えることをやめなければ、気がつける程度の事だったからだ。
そして、彼はさらに語る。
「でも、そうですね…ひとまず俺の知っているだけのことを聞いてもらいましょうか」
この世界の理に関わる種族の話を。
「筒音、補足はよろしく」
筒音が頷くと、九津の声とページを捲る音以外、聞こえなくなっていた。
────
「悪魔」についてかかれた項目。
この世界で「悪魔」と呼ばれる者は魔力を持つ存在、だけの意味ではない。どちらかと言えば「悪」の象徴でありで、人間に害をもたらす存在である。しかしその実態は、性格は穏やかな者が多く、争いを好まない種族。もっとも人間に寄り添っている種族でもある。
その証拠に、人間にもっとも根付いているのは彼らから授かり受けた魔術だ。
あくまでも現代での「悪魔」は、改悪され続けた伝承の末路のようなものである。
『皇』の称号は「魔王」。魔術の始祖であり悪魔の統率者。遥か悠久のときを永らえていたが、二十年前のある一件から現在まで、その消息は不明になった。
「魔術」とは、魔力の「無限活性」という特性を「強化」する目的として使用する術式である。
そして、悪魔がこの人間の世界で三大物質のどれかで体を構成することを「堕落」と言う。
「ざっくり説明していくと、こんなとこですかね」
さぁ、質問は、と言わんばかりに全員を見た。包女を始め三人は、どこか呆然としていた。
あ、ああ、と光森が何か言いづらそうにしている。九津は視線だけ送り、口を開くのを待った。
「この優しいって…マジか?」
「本当…らしいですよ。俺も悪魔、には、会ったことがなくて聞いただけでなんとも…どう?」
光森の質問に、自分の知識だけでは足りず筒音に促す。筒音はフム、と一呼吸置き、頷いた。
『間違いないじゃろう。妾が向こうであった奴らは皆、穏やかでいいやつと言っても過言では無かったしな』
筒音の言葉に、包女は何か思い出したようだ。
「そう言えば筒音、魔術師たちはよく悪魔に似ておる、って言ってるよね。あれって…」
『ああ、包女。お主らは等しく似ておるよ、あの優しい悪魔たちにな』
筒音の珍しく優しい顔。瑪瑙辺りはそっちの方に驚いている。言われた包女は照れ臭そうに、
「実は私、戦う姿がそんな風に見えてるのかなって…思うことがあった。本当に…優しいって意味だったんだね…」
ごめんね。と小さく謝罪した。
「しっかし、やっぱりピンとこねぇな」
光森が言う。自分の中にある印象と言うのはなかなか変えられないのはわかっている。口に出さないだけで包女や瑪瑙だって同じはずだ。
それを感じ取ってか、
『この人の世にて悪魔がどういった立ち位置なのか知らぬわけではない』
漫画で得た知識を持つ筒音は語る。
『じゃが考えても見ろ。迷った魂を導いたり、他人の願い事を叶えるために命をかけたり…想像できなくはないはずじゃぞ』
ぼんやりとした投げやりにも聞こえる内容だが、あの話を聞いたあとではどことなく理解出来るような気がした。
「解釈の違い…ってやつなのでしょうか」
「そうなのかもね」
『そうじゃよ』
なんとなく静かになった。
「でも、それじゃあ束都のことだってあるしな…あいつが優しいようには見えないからな」
「…あれは私たちにとっては…日常とまではさすがに言えませんが、少なくとも否定するほどのことではないです」
複雑そうに光森が訴えると、包女がそっと首を振り彼のしたことを肯定した。それに、と続ける。
「精霊は私が知る中で、もっとも純粋な生命体です。その精霊が彼に従うのなら、きっと束都のあの人も…」
そこで言葉を切った。
光森も、包女がそこまで言うのなら、とそれ以上は何も言わなかった。
「菩薩」についてかかれた項目。
この世界で「菩薩」と呼ばれる者は「仏力」を持つ存在である。東洋のある一角では、善人のことを例えて言う場合がある。その実態としては己に厳しい一面があり、己に寛容過ぎる者を嫌う傾向にある。ある意味では人間をもっとも見守ってきた種族である。
それは彼らの術式による教えからも読み取ることができる。彼らの教えから身に付けることが出来る術式は、人間にはあまりに厳しすぎる一面があり、魔術ほど拡がることはなかった。
これは推測の範囲を越えることはないが、その反動、もしくは影響で超能力と言う簡易式の仏術が生まれたのではないかと思われる。
『皇』の称号は「如来」。全ての仏術の始祖であり菩薩たちの統率者。遥かに隔てられた世界にて、人間との直接の関わりをあまり持たずにいる。
「仏術」とは、仏力の特性「完全固定」を活かした「感化」を目的とした術式である。
そして、菩薩たちがこの人間の世界にその身を作り出すことを「仏堕」と言う。
「何か聞きたいことがあります?」
話を聞きながらだんだんと頭を抱えていった光森に、九津は尋ねた。
「…ブッダって読むんだよな?…あのブッダか?」
「…会ったことはないですけど、おそらくそのブッダを指しているのでは」
「お前の発言はたまに偏った方面に喧嘩を売るようなことが多いよな」
理解しようと努める光森だが、溜め息はこぼれた。
『融通は利かぬものが多いが、押し売りや難癖をつける者は少ないぶんは、天使どもより幾分マシじゃな』
呟く筒音を横目に瑪瑙が律儀に挙手。
「あの、この特性のところ…完全固定とあるのですが、結局はどのようなものなのですか」
筒音と視線だけで考えながら、
「ああ、それ…簡単に言うと防御特化ってところでいいかな?」
『間違いにはならんじゃろう』
「じゃぁ、その解釈で続けるよ。この源力の特性、完全固定は読んでその通り〃固める〃ことにある」
と結論付けた。
「固める…閉じ込めたり、その状態を維持したりするってことかな?」
「ん、そうだね。そんなところ。力の及ぶ限り、固められるんだ。それが術式だろうと時空間だろうとね」
「時空間…」
包女も理解しようと飲み込んでいる。九津は補足を入れながら全員の顔を見ると、光森がこれまた難しそうに顔をしかめていた。
なんとなく「今しがた言ったことを反芻しながら、なら俺の力も時空間に関わる能力なのか」とか「そんな大層なもんじゃないんだが」とか考えているんだろうなと察して、
「先輩たち原動力者はこの流れを汲んでますよね。万能性よりも一端に特出した力だったり、空間や時間に干渉したりするんで」
と説明した。
「そうなるのか?…どうもよくわからん」
まだ納得出来ないようだ。ならば、
「鯨井さん、魔術や妖術では空間はともかく、少なくとも予知のように時間に干渉することは難しいんです。それに瞬間移動みたいにこの世界限定とはいえあらゆる物理現象を跳躍する力は、ない、そう言えると思います」
と、包女の追撃だ。しかし、まだ足りないらしい。引っ掛かりを口にした。
「でもよ、この間の呪術師ならどうだ?予見もしてたはずだ。それに精霊結界は擬似空間の創作だろ?」
「それは違うんです」
「それは違うのですよ」
が、それは強く反論された。現役の魔術師と呪術師にだ。
最初は魔術師だ。
「先ず精霊結界というものの説明で擬似空間と言いましたが、正確には別空間です」
「別空間…どういうことだ?」
「あれは、魔界に通じると言われる道を精霊の力によってくぐっている状態なんです。だから精霊魔術師は結界内で精霊魔術を使わない…これはすでに精霊で魔術を使っている状態になるなので重複すると精霊にも魔術師にも負担が多すぎるからです」
そう捲し立てたあと、その代わり効果範囲や時間制限は専門外の比ではない、とさらに付け足した。
勢いに押されつつ考え込む光森。次は呪術師の番だ。
「それに呪術師の行う瞬間移動には種と仕掛があるのですよ、先輩さん」
ひょこんと指を立てて、
「揃えることが呪術だということはもうご存じですよね?」
胸を張って尋ねた。筒音以外、全員が頷く。
「ということは、現れる場所も時間も方法も、前もっての用意が必要なのですよ。呪術が手品や奇術と同じくされる所以なのですね」
『菩薩どもの力とは、おそらく自我概念の固定による体質補正からくる時空間の影響を受けづらなることなのだろう…ということらしいぞ』
得意気に語る瑪瑙に対して、気だるそうに筒音は言った。
「な、なんなんですか、筒音さん。そんな難しい言葉を使ってっ!」
「そうだぜ、キツネ。普段、漫画しか読まないお前が、どこでそんな難しい言葉を…」
ところが驚きの方が多かったようだ。二人の意外そうな顔に筒音はニタリ、と満足そうになった。
『あの胡散臭そうな研究所の娘が言っておったのじゃ。のぉ、包女』
「うん、言ってたね。その時はわからなかったけど、そういうことだったんだね」
こうして二つの種族についての説明は一通りすんだ。ああ、と声を漏らすのは光森だ。
「こんがらがりそうだ…」
「珍しいですね?普段ならほとんど一回で覚えるのに」
「ばーか。心の方だよ」
「そうですね、天使と妖怪に入る前に一回、休憩を入れましょうか」
こういう設定を書く回って言うのは楽しいですね。




