第五十一話 『その手があったか』
「ぬぉぉぉぉぉぉぉっ!」
鷲都家に少女のけたたましい声が響く。瑪瑙だ。彼女は頭を抑えながら畳の上を奇声に近い絶叫を上げながらゴロゴロと転がった。
年長組はそれを冷や汗を混じらせて、筒音にいたっては本当に面倒臭そうに眺めている。
しばらく。ようやく落ち着いた瑪瑙は、机にしがみつくように体を起こした。
「包女お姉さんのコスプレ姿、とってもとっても楽しみなのですよぉ!」
今日は鷲都家に九津と光森、そして瑪瑙が訪れて五人で集まっていた。
そんな中で瑪瑙は一人、息も荒々しく目を燦然と輝かせている。包女は握られてきた手を握り返しながら、あ、ありがとう、と苦笑した。
「鵜崎ちゃん、こういうの好きそうだもんね」
「答えはイエス、なのですよ!くっはぁ、そうなのですか、高校の方はコスプレオッケーなのですね。それはとてもとても羨ましいのです」
だんだんだん、と興奮冷めやまぬように机を叩いた。
「そ、そんな羨ましいんだ…」
『こ奴はそういう奴じゃろう』
「当たり前なのです」
どうしてものり気になれない自分と違う少女の反応に、包女は逆に羨ましそうに呟く。筒音は何を今さらと嘆息し、瑪瑙は断言する。両手を、パッと広げて、
「ハロウィンとして参加協力をする以上はやはり、仮装、コスプレなどのドレスアップを楽しんでこそなんぼなのですよっ」
そして、ずぅんと肩を沈める。
「なのに私の中学ときたら、それを禁止にしてしまったのです。あんまりなのです。学業は本分ですが、遊び心も忘れてはいけないのです」
コロコロと全身で感情を表す姿は彼女らしい。そんな、たっはぁと語り、ずぅんと落胆する瑪瑙を横目に光森は、包女以上に憂鬱そうだ。
「なんなら俺が変わってやりたいよ」
「先輩も仮装組ですか」
九津が尋ねた。億劫そうに頷き、
「クラスのやつらがやたらと乗り気になってんだよな…」
「なんの仮装ですか?クラスの出し物は学校の歴代テストの推移と対策とかなんか言ってましたよね」
光森はまた億劫そうに頷いた。何をやらされるんだったらこんなにも落ち込むのだろう。ミイラ男の九津は興味津々だ。
「言った。ああ、言ったな。そんな馬鹿げてるのか、堅物なのかわからないような企画を立ち上げるから変な方向に皆、力を入れたがるんだ」
光森たちの文化祭でのクラスの出し物は展示だ。内容は先ほど九津が述べた通り、歴代テストの推移と対策。卒業生からも調査をとり、その実態は在校生たちの期待に充分に応えられる、と言うのが謳い文句らしい。とりあえず教員側の許可が下りたのだから、まともな展示にはなるはずだ。
だが、それとは反面。どうにも「真面目」な部分に対して「馬鹿げた」辺りがあるらしい。だからそれを早く聞きたかった。
「なんなんですか、一体。負のオーラ出まくりじゃないですか」
「…………男女逆転がテーマらしい。俺は第二期制服班にさせられた」
顔を伏せて、呟く。せめて私服班で、ズボンを履きたかったとも聞こえたような気がする。
「え?第二期」
「制服班?」
九津だけではなく、包女も加わってきた。瑪瑙も聞きたそうだ。筒音だけはとくに興味が無さそうだが。
それから簡単に光森からボソボソと制服班の説明を受けた。要約すると、
「ようは制服と私服の歴史みたいなやつですね。この時にはこんなのが流行ってましたって。で、それを男女逆転でやる、と」
「わかるか?ただでさえ冗談抜きで女になったりする原動力者が女装なんて…」
突っ伏しながら嘆く。単に女装が嫌というよりも、彼にしかわからない苦悩もあるらしい。
「何か大きな力で極めさせようとしてるとしか思えませんね」
そう言うのがやっとだった。
「ところで瑪瑙ちゃん、今日、何か伝えたいことがあるって言ってなかった?」
包女が今日集まることになった本題を持ち出した。俯いたままの光森を見るに、話を変えるためのいい仕事をしたと言える。
瑪瑙もその意図をくんでかくまずか嬉しそうに、
「そうなのですっ!忘れるところだったのです」
手をブンブンと振って、今にも話したいのです、と積極性を見せた。ただ一人、
『絶対に今まで忘れておったろう?』
「とにもかくにも、包女お姉さん」
そう突っ込んだ筒音は無視した。
「で、何かな?」
『ふん、否定はせんのだな』
「筒音さんが憑いていることによりその瞳の色が変わっているのですよね」
包女の瞳。片方は東方系特有の黒色をしている。ではもう片方は。
それは見事な黄色をしていた。これは妖怪である筒音と体を繋げているためにおこった現象だ。どうにも妖怪の持つ妖力の色が瞳に表れるらしい。これは二人にとっては絆のようなものだ。だから普段は問題はない。ただし今回に限り、包女に仮装することをもたらした厄介なものでもある。
「うん、妖力の色になってるけど…そう言えば瑪瑙ちゃん、その瞳の色は?ちゃんと黒いね」
包女が覗きこむように瑪瑙の瞳を見た。彼女の瞳は先日のある一件で、片方だけ呪力の緑色に染まっていたはずだった。しかし今は黒い。
瑪瑙は己の目の回りの上下を持ち上げて見せ、
「これはカラコンなのです。黒色のカラーコンタクト」
笑って説明した。
「カ、カラコン…その手があったか」
「今回、それは関係ないのですが」
『なんじゃ、いったい』
過去に自分の瞳の色を隠すために眼帯をつけるという黒歴史を犯した包女が衝撃を受ける中、フフンと鼻を膨らます瑪瑙。
「この瞳を通して世界を見ると、なんと源力が見えるようになるのですよ!」
自慢気に言った。包女は、ゆっくりと衝撃から立ち直るように、
「源力が…見えるように…えっ!嘘っ、本当に?本当なの瑪瑙ちゃん」
瑪瑙の言葉を飲み込んだ。瑪瑙もにっこりと、本当なのですよ、と返す。それから、
「実は私、あれから…あの人と、色々と変色現象について試しあったりしまして…」
「あの人?ああ、あの人か。それで色々って?」
明朗さがうりの彼女が言葉を濁した。あの人、と言うのがある一件で知り合った人物であり、現在進行形で彼女の式神をしている人物であることを察した。ちなみに、式神をしているがその人物は歴とした人間だ。それも呪術師の。
瑪瑙との因縁、と言えばそれこそ色々あるが、一番の理由は式神の契約に用いた呪術のことだ。呪術とは揃えること。つまり呪術を通して行う契約上相手にも同じことをしてもらわないといけなかったのだ。そのさいに、なんというか、キスをするはめになった。それこそが彼女の中でどうしてもモヤモヤすることのだ。
時間が経ち、日常が戻るほど他に方法は無かったのかと頭をぶん殴りたくなるらしい。最速ではあったが、最善ではなかったのでは、と。
そんな、こそばゆい記憶を誤魔化すために、瑪瑙は伝家の宝刀を抜いた。
「色々は色々です。そこは乙女の秘密ということで」
人差し指を口元にあてた。
「それでですね、その一つに、この瞳を通して世界を視ることにより、普段見えないものが見えるようになるのでは…と、言うことをやってみたのです」
この瞳を通すと言うのが、この場にいる全員には意味がわかった。呪力で通してみるのだ。それこそ視力を調整するコンタクトレンズのように。
包女だけでなく、九津も耳を傾けている。瑪瑙をからかうのが好きな筒音も大人しい。そして超能力者である光森も真剣だ。
「すると…」
「視えたの?」
「視えてしまったのです!」
嬉しさを爆発させるように両手を上げた。瞬間、遅れながら包女も嬉しそうにはしゃいだ。
二人は手をガシッと繋ぎあわせると、
「すごい、すごい発見だよ、瑪瑙ちゃん」
「ありがとうなのですよ、包女お姉さん」
照れる瑪瑙。
「私なんかこの瞳を使って視るなんて考えもしなかったよ」
「いえいえ、特性色に染まるということは、何かしらの術式にになっているのではと思ってやってみたまでです…助言をもらったので」
「ううん、それでもすごいよ。本当にすごい。私もできるかな?」
「おそらく」
妖力は呪力の上位互換だ。似たような瞳を持つ者として、包女はやり方を教わる。
こういう方法、と言うよりはこれまでの経験から感覚として実行するようなやり方だった。筒音が加わり、三人が練習に興じている中、
「まさに本気の人間は目の色を変える、ってことですね」
「俺も二人ほどは無理でも視力を限定してやれば、もしかした…うし、今度、蜂峰さんたちに相談してみるか」
男二人はわりと暇だった。
そして小一時間もすると、包女は意気込んで筒音に妖術の炎をともしてもらう。
生まれる緊張感。寄り添う瑪瑙も鼓動を早くする。どうだ。
「あっ、本当だ。うっすらとだけど、炎の周りを黄色い靄が見えるっ」
成功だ。やったぁ、と二人はしゃいだ。包女はこれでようやく次の段階へ進めたことを、瑪瑙は自分の知識が役に立ったことを喜んで。
「ありがとう、瑪瑙ちゃん!」
「喜んでいただいてとても良かったのです」
『これで包女もさらに一歩を進んだのじゃな』
「いやぁ、人の成長を見るのは良いもんですね…って、先輩?」
「しかし…妖怪か…俺もせめて、妖怪が、良かった」
うんうん、と三人が満足しているのを眺めていた九津が話しかけると、光森はまた溜め息をついた。また女装への不満感が彼を満たしているようだ。
なので九津は一つ提案した。
「……いっそのこと、本物の女の子モードで着るとか?」
「よし。そのときはお前も本物の傷でミイラ男にしてやるよ」




