第五十話 『呼び方の成れの果て』
結局、同級生の勢いに圧されるがままにコスプレをすることになった包女は、父親の日戸、そして家族のように過ごしている三人、筒音、雀原里麻、ガータック・シュヴァルツァと食卓を共にしながらその事を語った。
「へぇ、包女は吸血鬼の仮装をするんだ」
「吸血鬼…というかこういのなんだけど」
わかりやすいように、同級生からもらっていたデザイン画を見せた。それはフリフリの白と黒を基調にしたゴスロリファッションというものだ。名前を知らなくても、テレビを通して見たことはあった。とてもじゃないが包女自身の感性からはほど遠い。
それを知ってか知らずか、日戸、里麻、ガタックは、包女とデザイン画を交互にしながら話を聞いていた。
「な、なんか断れない雰囲気になって…別に嫌ってわけじゃないんだけど、恥ずかしいとは思ってて」
「よいではありませんか、きっと、
お似合いですよ」
照れを隠せない包女に、ピシャリと里麻が言う。そうかな、とまだ自信なさげに包女はデザイン画をみて顔を忙しく動かしている。着た時の自分を色々と想像しているのだろう。
そんな娘に、日戸は楽しそうに目を細めた。娘が学生らしい楽しそうな行事に参加することが嬉しいのだ。その事に関しては里麻も同じはずなのだが、どうも少し寂しそうだ。
どうしたのだろう、と日戸が疑問に思っていると里麻は、ただですね、と切り出した。
「魔女ではないのが少々残念だと思ってしまいましてね。世間の一般的なイメージとは違いますが、それでも肩書きとしては相応しいと思うところがあったので」
全員が納得した。魔女。確かに包女がもっとも似合うのは、ある意味そうかもしれないからだ。なぜならここ鷲都家は、魔術師の家系だからだ。
「そうだ…忘れないうちに」
そう言うと、すぐに戻ります、と残して里麻は席を外した。その間、ガタックが、
「包女くんの魔女姿、捨てがたいもんじゃが何でも似合うことじゃろう…ところで日本ではそんなにもハロウィンを重要視しておったんじゃな。知らなかったぞ」
緑茶を啜りながら周囲に投げ掛けた。
ガタックはドイツ人であり、この家の居候としての暮らしこそ浅いが日本人との接点は多い方で、生活ごとの諸々は知っているつもりだった。しかし、ある理由で長いことドイツに引きこもっている間に日本人のハロウィンへの接し方が様変わりしているようで、不思議なようだ。
「重要視、というか先生、お祭りの一貫みたいなものですよ。皆でそうやって一つのことを楽しむんです」
「お祭り?祝い事ではあるが、どちらかと言えば日本の正月か盆のようなものじゃろ」
「そうなんですけど、今の日本ではちょっと捉え方が違ってまして、何て言うのかな…」
何て言えば伝わるだろう。腕を組んで考えて日戸が出した答えは、
「皆で集まって騒ぐ口実になっていますね。まぁ、経済的な効果もあるらしくて、企業とかも参加してますからかなりの規模になっているそうですが」
もっともそうな意見だ。
ここ数年で見られる日本内での経済効果は馬鹿に出来ないと何らかの情報を得たこともある。間違いはないだろう。
間違いはないのだろうが、引っ掛かっているのはそうではないらしい。
「なるほどのぉ。しかし…ええと、なんと言ったかのぉ」
「なんですか?」
一応の納得は見せたものの、ガタックはさらに考え込むように目を閉じた。記憶を探っているようだ。
「日本にも昔からあったじゃろう?ハロウィンが」
思いがけない言葉に日戸と包女は眉をひそめた。
「え?あったかな」
「夜にお化けが町中を我が物顔で歩く…ほら、あれじゃよ」
「僕も記憶にはないかな。雀原さん、わかります?」
便箋と封筒、筆記道具を持参して戻ってきた里麻に日戸は尋ねた。この中では彼女の知識は群を抜いているだろうからだ。
「…ええ、確か」
雀原が口を開くと、
「百鬼夜行ですね」
『百鬼夜行じゃな』
言葉が重なった。これまで黙ってテレビを見ていた筒音も口を開いたのだ。自然と思い思いの顔つきで筒音に視線が集中する。
その中でにこやかなのは、言わずと知れたスッキリ顔のガタックだ。
「そうそう、それじゃ、それ。ヒャッキヤコウ。そう言う名じゃった」
「そういえば筒音さんも妖怪でしたね…経験が?」
『妾が?まさか。それに今はほとんどそんなことをする物好きはおらんじゃろうて』
けらけらと笑いながら筒音は言う。テレビに対してではなく、経験が、という言葉に対してだ。
どうやら、筒音にとっての百鬼夜行とは「物好きな妖怪」が行うものらしい。包女は気になった。
「ねぇ、それで筒音、妖怪にとっての百鬼夜行ってどんなものなの?やっぱり私たちが思ってるのとは違うの?」
すると筒音は、知りたいか、と口をにんまりと歪めて問い返した。一同、興味深げに頷いた。
『天使どもからこの人間の世を守るための見回りのようなものじゃと聞いたことがある』
シシシ、と信憑性をわざわざ減らすように悪戯に空気を鳴らした。その顔は愉快そうだ。しかし、
「…えと、なんか、思ってたのとかなり違うし、どこか仰々しいね…天使から人間の世を守るため、なんて」
「ふむ、しかし。妖怪側の意見としてとても貴重ではあるのぉ」
困惑しながらもそう返すのは包女とガタックだ。
『嘘か真かと問われれば、わからん。言ったろう?もはやそれを行う物好きは少ないと』
頬に手を当て目を細める。じゃが、と語句を強めると、
『この人間の世は妖怪たちにとって楽しい玩具箱のようなものじゃ。あやつらの偏屈な理念で好き勝手させないためとなれば、やる輩がいることもわからんことはない』
そう締め括る。少し考えてから包女は苦笑ぎみに、
「ねぇ、前から思ってたんだけど、本当に筒音は天使のことを目の仇みたいに思ってるんだね」
『あやつらが妾たちを嫌っておるのじゃ…とくに人間をな』
珍しい筒音の低い声。この場にいる全員の背筋に冷たいものが走った。最後の言葉に込められた感情が伝わったからだ。
とくに人間をな。
里麻も、お茶を啜りながらも気に止めているようだ。
「……何で、そんな。あんまり知らないけど、天使ってもっとこう、人間の味方みたいなイメージなんだけど」
「そうじゃのぉ。ワシも長年、魔術に携わっておったが一般的にはそうじゃな。筒音くん…悪魔ではなく、天使がか?」
シシシ、と筒音は得意そうに返した。そうじゃ、と頷くと、
『天使どもは秩序が大好きじゃからのぉ。楽しさに興じ、それをおろそかにする妖怪や人間が気に入らんのじゃよ。その点、悪魔たちは人の良いやつらじゃよ』
懐かしそうに語った。
「確かに私も昔、聞いたことがありますね。共に生きることになるなら天使や仏よりも妖怪や悪魔がおすすめだと」
『それを言ったやつは愉快な人間じゃのぉ。人のことをよく知っておるのじゃ』
同意した里麻に筒音がにやにや顔をやめない。
包女はこの時、筒音の変な言い回しが気になった。人間と人を区別しているような言い方だ。しかし、生憎機会を逃してしまった。それ以上に、
「…でも、なんか、以外だった。天使ってずっと神聖なイメージがあったから…」
そういうことだ。
『潔癖という意味では綺麗なもんじゃろう。それにやつらのもつ力の特性が古の時を経て、そう伝わったんじゃろう』
「特性?魔力や妖力のような?」
『そうじゃ。やつらの天力…その特性は全てを分かつ力といったところじゃな』
包女は思い出した。九津が教えてくれた源力の特性の話。「絶対分解」と呼ばれる力のことを。
ガタックも真剣な表情で思案して、
「なるほどのぉ。魔力の強化や妖力の変化とはまた違い、分ける力…分解か。それがいつのまにか浄化の力と位置付けられ、神聖化されていったんじゃな」
そう結論付けた。
いつの間にか天使たちの話になってしまったな、そう筒音は仕切り直すと、
『時が流れれば流れるほどにどう伝わるかわからんものじゃな。そのはろうぃんとて、百鬼夜行の呼び方の成れの果てかも知れんしな』
あとは聞いた者に託すように微笑んだ。
全員が一息ついた。と、そこで気になることがまだあった。それはお茶で喉を潤しながら聞き耳をたてていた里麻が、先ほど持ってきた筆記道具で何やらつらつら文面を書いているのだ。
代表するように、
「ところで、雀原さんは何をしてるんですか?」
日戸が尋ねた。里麻は、
「私ですか?私は話も一段落したところでお嬢様の晴れ姿をバッチリと記録に残しておけるよう依頼状を書いているのです。九津さんのおばあさまがプロのカメラマンと聞きましたので」
と、宣言した。
そして、通弦に見せてあげるようと保存用と、あと何枚くらい必要ですかね、と真剣に考え始めた。




