第四十六話 『だぁぁぁぉぁっ!』
九津は数多の式神を操る式神、その本体を見つけた。先ずは手始めに渾身の一撃を万式紋にて繰り出す。
ところが向こうとて見てみぬ振りはしない。自身の生み出した式神たちが呼ぶことが叶わないと知ると、自らで突っ込んできたのだ。
「こいつっ!」
強く輝く緑色はすでに呪力の上位変換である妖力のようだった。有り余る竜脈の力を最上の放出点である山頂から受けてのことだろう。その単純であるはずの体当たりによる一撃は、仙術で強化したはずの九津に大きな衝撃をもたらした。脳が揺れる、そう思いながらも意識を繋ぎ止める。これくらいでやられるわけにはいかない。
突っ込まれるまま、流れ星のように九津と羅針盤の式神は地に降りた。瑪瑙とアーサン、包女たちと他の式神たちも離れた場所だ。この狭くも感じられるような山頂で、戦いは三つに分けられたのだった。
九津は立ち上がり砂ぼこりを万式紋で一閃。払われた先にはふよふよと輝き放つ羅針盤があった。傷一つついていないのは当たり前といったところか。
「…へぇ、すごいや、本当にこれまでのだってかなり強かったけど、いっさいの傷ひとつつけられないとなると格段に違うってわかるや…」
けどね、と式神にふてぶてしく見えるような態度をとる。
「こっちも負けらんないんだよね」
ここまで自分を送ってくれた者たちのため、大任を果たそうと試みてくれた者のため、負けられない。負けるわけにはいかない。そんな九津の気持ちに応えてくれるのは万式紋だ。羅針盤の式神に負けないくらい金色の輝きを放つ。
相手も逃亡する様子はない。それどころか攻撃の一手だろうか、呪力であろう黄緑色の光によって鎖を作り上げじゃらじゃらと八本伸ばした。
さて、と九津は構えた。相手はやる気満々で、相手の先ほどの一撃はなかなかに堪えた。が、同時にこちらも手応えもあった。九津のとっておきにとっての必要な手応えが。
必ずここで仕留める。そうすればあの呪術師の動きも止まるはずだ。九津は羅針盤の式神に立ち向かった。
術式の途中、アーサンはピクンと体を揺らした。何事かを察したような動きに瑪瑙は瞬間的に視線が動かされた。彼もそれに気がつき、ふふ、と微笑むと口を開いた。
『おぉ、どうやら君の仲間たちに見つかってしまってようだね、僕の本物の式神は』
「あなたの、本物の式神?あの星座を象ったものたちではないのですか」
瑪瑙も、彼の術式を同時解呪しようと抗っているなか、怪訝そうに答えた。相手の技術についていくので必死で、あまり思考が回らない。
『あ、君は気が付かなかったかい?星座はねぇ、僕の式神の力だよ』
そこを指摘されたようでアーサンの台詞で感情的になりそうになる。が、ぐっ、と瑪瑙は堪える。怒りに任せて対等に戦える相手でないことなど、わかっているからだ。それにそんな感情に飲み込まれそうになる自分をを乗り越えるのは今しかない。
アーサンは続ける。術式の手を止めることなく。
『偽物を隠すのには、本物の一番近くこそが相応しいと思わないかい』
そう言って、空を眺めるた。瑪瑙は、この強力極まりない危険度の高い呪力術式とて、彼にとっては片手間で出来るのだろうかと突っ込みたくなった。自分は精一杯、必死になって、ようやくついていっているというのに。
何より少ない思考の幅で、隠し事が上手いなどと、どうしてこうも呪術師というものはこうも詐欺師まがいのことがばかりするのだろうとも思った。自分は秘密にすることが多いのを棚にあげて。
『しかし…これで僕も手札という手札を出し尽くしたんだよねぇ…』
彼は楽しそうに、困った困った、と歌うように言う。どこに本当の気持ちがあるのかわからない。
『あとはそうだねぇ、君の邪魔を乗り越えて、どこまでこの呪術を実行できるかだね』
呪術師特有の陰が覆う瞳で、心地良さそうに口を緩めているアーサン。実際に、彼の方が技術的には上であり、瑪瑙の解呪は僅かずつだが間に合わなくなってきている。彼とは逆に唇を強く結ぶ。
負けない。負けない。負けるわけにはいかない。瑪瑙はまるでお呪いのように、心の中で何度も何度も自分に対してそう唱える。
瑪瑙は気づいているのだ。呪術の根本を。その大元を。それは弱気な自分を変えるため、マジナイのようにかけるノロイだということを。そして一番最初であり、最古の呪術だというそれを。
その名も、「契約呪術」だ。
「させないのですっ、絶対にっ!」
言葉にし、さらに強く強く、己にかける。彼に対抗するように、瑪瑙も竜脈から力を得る。膨れ上がる呪力に囚われないよう配分を弁えながら彼の術式に触れる。優しく、大胆に。強気に、健気に。豪快に、繊細に。
技術が足りないなら、今、追いつくしかない。
それでも足りないから、己の全てをかけるしかない。
彼に向かい立つその姿は瑪瑙自身には写らない。しかしそれは、彼女の夢見た正義の味方、そのものだった。
『うん、君なら僕を呪術ごと止められるかもね』
静かにアーサンは呟いた。瑪瑙の解呪に驚かされてのことだ。彼は呪術師としては相当な実力を持っていることを自負していた。だからこそ、この短期間でまさかこれほどまでに自分に追いつけるようにまでなるとは、思っていなかったのだ。
しかし、続ける言葉は残酷だ。
『…あと数年後なら確実に、ね』
一気に技術を見せつけるように術式を変えたのだ。かなり複雑に揃えるようになった。ただでさえ対抗するために作り上げる呪術は見つけ出すのに時間がかかるというのに、まさか途中で切り換えるられるとは思わなかった。その技術に、瑪瑙はついに悔しそうに口元を歪めるしかなかった。
ところが次の瞬間、彼女の瞳は闘志をたぎらせた。彼を睨み付けるように吊り上げられる。
逃げる選択など最初からないのだ。諦める選択など考える必要もないのだ。なぜなら、勝てそうにないなどというつまらない理由で勝負を投げ出す程度なら、もう、あの人たちの隣には立てないから、そう決めたからだ。
「いちいち、いちいち、うるさいのですよっ、あなたはっ」
負けない。負けない。負けるわけにはいかない。心の中を呪文で一杯にする。
「私が未熟だと言いたいのでしょう?そんなつまらないことは、私が一番良く知っているのです。それでも、私は、私自身と、こんな私を信じてくれた方々に、約束したのですよっ」
約束。契約呪術。始まりがノロイのような枷だったとしても、いつの間にかマジナイとして自分の一部になり終わること。そう、それこそが今、自分にここに立つ力をくれているのだ。
「必ず止めるとっ」
だから意地を張れるのだ。いつか本当にするために。
「必ずその役目を果たすとっ!」
だから意思を貫こうと、立ち向かえるのだ。いつか叶えるために。
瑪瑙の解呪の揃え方がまた格段に上がった。前もって用意し、鍛練してきた彼にももしかしたら匹敵するのではないか、という勢いだ。それでもアーサンに焦る様子はない。
彼の心中にあるものはわからない。しかし彼は、
『うんうん、そうか…これこそ星が…』
そう呟きながら優しく、愛しいものを眺めるようにその目を柔らかく細めた。
桃輝たちは一ヶ所に集められた。囲まれてしまったのだ。一人一人は充分に戦えるのだが、十二体の式神たちを相手にするには桃輝たちの数が少な過ぎたからだ。とくに相手を行かすまいと、互いがすればするほどこの狭い場所では不利になったのだ。
加えて相手は傷を多少負った程度ならすぐに回復してしまう。腹の立つことこの上ない。
「ちょぉっとばかり押されぎみな感じね」
「回復力、対応力、見事としか言いようがないよね。式神の術式を完全に理解したうえで、大量の呪力がなければ無理なことなんだけどな」
追い詰められた焦りはないが、桃輝がふてぶてしく呟くと、界理が拾った。
「それってこの場所だからだろ?かなり不利な条件だな、ちくしょう」
天秤座の伸びた秤での攻撃を受け止めながら、光森もぼやいた。
「みんな、大丈夫?」
『どうする、変化を解いて頭数を増やすか』
自分の後ろに聞こえる声に、包女も不安そうに尋ねてきたようだ。それに声だけの筒音も続いた。桃輝はあっはっはっ、と笑いながら三種の斧槍を振り回しながら言って聞かせた。
「んーん、いけるいける、大丈夫。大人をなめなさんなって、ね。筒音ちゃんはしっかり包女ちゃんを支えてて」
「おばさん、私もまーだまだ、大丈夫だよ」
「俺もまだ全然いけるな」
合わせるように界理と光森も声を重ねて答えてきた。その瞬間、なぜだろう、ここにいる全員の心に温かくみなぎってくるものを感じた。
桃輝は現在置かれた状況や、ここに来るまでの感情など一度全部忘れて、年甲斐もなくはしゃぎたくなってきている。いや、むしろ我慢する必要なんてあるのか、そう己に問う。ないな、即答だ。
だから、年甲斐もなくはしゃぐことにした。
「よっしゃぁ!みんな、よくいったっ。九津か瑪瑙ちゃんが終わらせる前に、サクッとこいつらを片付けて、逆に助けにいこうじゃないかっ」
高らかに弾むように宣言した。これに応えぬ者など、ここにはいなかった。
羅針盤の式神と戦い始めてそう時間は経っていない。そんなことはわかる。わかるのだが、しかし、こんなに時間がかかるはずはなかった、と言うのが九津の本音だった。
手強かった。それは式神の異様な堅さが一番の原因だ。羅針盤としての防御面も誇張さていることを考慮しても堅い。またそれを補う回復力が凄まじく厄介だった。中途半端な一撃では相手の足を止めることさえ出来ない。さらに式神は、自分が勝ちにいくのではなく、あくまでも時間を稼ぐことに全力を尽くしたことにも要因はあった。
もう一つ。あの式神を倒すには、回復させないくらいあの堅い依り代を粉砕するような必殺の一撃が必要だったと言うこと。残念ながら九津はその一撃を放つための時間が必要になったからだ。
万式紋の一部を「断つ」力ではなく、全部を巻き込んで「壊す」力。
「もう、お前の呪力は完全に把握できた」
最初に相手と衝突したときとここまでの対戦。これまで倒してきた式神たちの呪力具合からの術式の度量や技術。そしてこの場所でも感じる使い手の気配。総てのことは揃った。全てのことを壊す準備は出来た。
このとき、珍しく九津はイライラしていてた。
「ああ、くそ。…本当に時間がかかって嫌になる」
それは己の未熟さ故に。
正真正銘本気の「一点腕那」を撃つための準備が必要だという自分に。
包女を庇うさいに放ったのは失敗だった。目的は達成出来た。けれど、目標を倒しきれなかったからだ。
完全に相手を把握出来ていなかったとは言え四体同時を狙ったはずなのに二体しか捉えられず、倒しきれず、自分の受けた負傷の方が厳しくなってしまった。己の未熟さを痛感することはよくある。しかし、まさかこれほど皆が自分に出来ることを精一杯やっているときだとは思わなかった。
桃輝は指揮を執り、界理が策を練り、包女と筒音、光森が追う敵を引き付けてくれた。
不躾な大任を、引き受けてくれた瑪瑙のこともある。
なのに自分はこんなところで手間取って、何をやっているんだ。そんな想いが内側から沸々と溢れだしそうになったことが苛立ちの原因だ。
あらゆる想いを込めて万式紋を巻いた拳を握りしめる。相手も何かを感じたようだ、間合いをとるように動く。
逃がすか、九津は追う。急接近する九津目掛け、式神の鎖状の呪力が放たれる。しかし、もう無意味だった。
逆にその鎖ごと捕らえたのだ。
ぐっ、と鎖状の呪力を引っ張り近づける。式神も抵抗したが純粋な力比べだけなら九津が上だった。
そして、放たれる相手の源力と術式を完全に把握した上での「一点腕那」。
「止め、だぁぁぁぉっ」
眩い光が互いを包む。その光の中で式神は、一点腕那によって自分に流れ込む呪力の暴走を止めることが出来ず、依り代もろとも内側からボロボロと崩れ去った。
当たり前だ。これは最強にして最高の魔女が、不遜の弟子に唯一授けることが出来た技なのだから。
当たり前だ。これはこの場にいる全員の期待に応えるための技なのだから。




