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ココノツバナシ  作者: 高岡やなせ
霊山攻略のカウントダウン 編
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第四十五話 『空に帰って光るなら』

 まだ戦い始めてから十分もたっていない。それはわかっている。それでもそう感じてしまうほどに相手の式神たちは手強かった。


 黄道十二宮。知る人ぞ知る有名な名前。夜空を彩る世界規模の常識。多少の誤差、誤訳はあれど、その認識で充分ではないだろうか。そしてそれは呪術の世界では語られる言霊ことで実力、能力となる。


 山羊座は賢明だ。確実に距離をとり、指示を出しているかと思えば自ら進んで戦いの場に出る。


 蠍座と牡牛座、蟹座と魚座は暴力的だ。攻撃性を追求したような体は、敵を圧倒するように暴れまわる。


 天秤座と水瓶座は的確だ。己の道具としての長所を活かし、味方の支援に回る。


 乙女座と双子座は慎重だ。山羊座の周囲に常に付きまとい、補佐するように動く。


 羊座は臆病だ。逃げ惑うように戦場を駆け抜け、牡牛座たちとは違う形で場を引っ掻き回す。


 射手座と獅子座は戦士だ。足りないところを補いながら、他の十体に紛れ奮迅する。


 これが十二体の戦い方だ。


 何よりその頑丈さと再生力が厄介だった。加えてこれらは、そのまま使い手の実力となる。


 九津は、自身の技が決定打にならなかったことを含めて、圧倒的な数の有利を見せつけるように陣形を組む式神たちは、山頂までに戦ってきた式神たちとは群を抜くほどの違いだと思い知らされた。例え竜脈による呪力の供給が通常よりも多過していたとしてもだ。


「さすが黄道十二宮ゆうめいどころ…手強いったりゃありゃしないや」


 天秤座の秤を振り回す攻撃を払いながら九津はぼやいた。追い詰められる程ではないにしろ呪力の供給がたたれない限り、もしかしたら完全に倒しきるのは不可能なのかもしれない。あらゆる可能性を考慮すると、色々と面倒なことがこの上ないのだ。


「ちっ、射手座の攻撃、的確すぎだんろうがっ」


 光森が跳躍しながら悪態をつくのが聞こえる。ごもっとも、と九津も苦笑するが、そんなことを言えるということは光森も大丈夫そうだ。ここにたどり着くまでもそうだったが、彼の扱う霊的粒子マテリアル原動力エンジンも相当にこういった状況を含めて随分と戦闘向きになってきている。その成長速度の末恐ろしい反面、一先ず安心して任せられるので助かる。


「あー、機動力のある遠距離射撃ですもんね。イメージ的にも先輩辺りなら弓の名手ってのがこびりついてるからなおさらでしょうね」


 事実を込めた軽口を叩くと、キッと睨まれた。ん、あの調子ならまだまだ大丈夫だな、と今度は包女を見た。


「水瓶座に属性魔術が吸収されてるっ?!」


 遠距離攻撃として、包女は属性魔術を使ったようだ。炎の形を作った魔力が近くの式神に放たれたようだが、それを水瓶座が吸収したようだ。水流を使って術師を守ったときといい防御に特化しているのだろう。そんな相性によるものなのかわからないが、魔力を吸収されて包女が驚くのも無理はない。そしてその瞬間の隙を狙った魚座の特攻をかわしたことを逆に称賛したいくらいだ。数の不利をつかれなければ、黒飾刀つつねを持った包女はかなり強い。


「溜めておく物だからそういう繋がりでイメージされてるんだうね…防御力高そうだし、それ相応の呪力も注がれてるだろうし」


 観察しながら辟易したように呟いた。戦法だけでなく、下位の式神たちに見られなかったそれぞれ特殊な力を持ってい。そりゃ、愚痴のいくつかも出てくるものだ。


「まさにイメージ通りの能力を持ってる…さてさてどうしたものか」


 自分も交戦しながら考える。ちらり、と界理を見る。戦略的思考こういうことは自分よりも妹の方が得意なはずだから。すると、桃輝も同じことを思ったようだ。


「このままじゃ消耗戦ね、続けてたら…んー、あんましいい気がしないんだけど…何か思いついた?界理」


 牡牛座と力比べをするように均衡している桃輝が尋ねた。桃輝のもつ三種の斧槍(ハルバード)は切れ味というよりも破壊力が凄い。それを真っ向から受け止めるあの牡牛座の堅さと突進力には一歩引いて見なくてはならないだろう。しかし、九津は別なことが気になったしまった。


 純粋な膂力こそが能力と言わんばかりの牡牛座を、破壊力があるとはいえそれを力任せに抑えつけている桃輝のことだ。我が身内ながらなんて人だ、と飲み込んだ言葉の代わりにまた冷や汗が流れた。


 そんな九津に関することなく、界理は最小限に攻撃を避けながら、器用に、うーん、と左の人差し指で頭を押さえていた。


「ん、それなんだけどね、おばさん」

「何?何かある?」


 界理からの回答に、お前は邪魔だ、とでも言いたげに牡牛座を吹っ飛ばしながら桃輝が聞き返した。その行動が目に入った光森と包女から、うわぁ、と声が漏れていた。九津は二人の心の内をおもんばかりたかったが、そこまでの余裕はなかった。界理にいたっては、聞こえているはずだろうがいっさい気にした様子もなく続ける。


「私、ずっと不思議だったんだよね。…なんであの人、これだけの式神たちを使って大丈夫なんだろうなって」


 両手の指を重ねて印を作った。呪力術式に対する反転させる術式、土遁忍術だ。界理の目の前にいた式神たちが瞬時に砂嵐に巻き込まれたように吹き飛ぶ。しかし倒しきるほどではいない。むしろ光森たちの方が驚きに言葉をなくしている様の方が面白い。


 吹き飛ばすことによって時間を得た界理は、とてとてと桃輝の側に寄った。


「それはさ、ここが竜脈付近で、その力が使われているからじゃないの」

違うよ(・・・)、そうじゃないの」


 界理の言いたいことをどうも上手く読み取れなかったのか、桃輝は不思議そうに首を傾けた。界理に首を振られると、なおさらのようだ。


 界理が言う。


「ここに来るまでに私たちは数の差はあるけど式神たちを倒してきたよね。それはいいんだ。でも(・・)あの人は、なんでこんなにたくさんの式神たちを倒されて(・・・・)平気なんだろってことだよ」

「ん、それは……あれ、本当ね。そう言えばなんでなのかしら」


 言われて桃輝は、はたと気がついたようだ。界理が言いたかったことを。それと自分が誰を相手にしているのかということを。


「なぁ、おい、どういうことだよ」


 界理たちの話が聞こえたのか、光森と包女が説明を求めて必死に式神たちを払いのけながらやって来た。そんな二人に、随分と逞しくなったなぁ、と九津も目の前の一体を力任せに弾き飛ばして三人で集まる猶予を作った。


「先輩、鷲都さん、思い出してください。鵜崎ちゃんは式神くんたちを倒されたとき、どうでした」

「は?…どうって確か…キツネと勝負するために式神くんたちを出して…そんで」

「負けたとき、は…顔をしかめて悔しそうに…あっ!」


 光森と同時に包女も気づいたようだ。それを代表するように筒音の声が全員に聞こえるように響いた。


『そういうことか、界理』

「ん、そうなんだよ。これだけの式神たちを倒されたのに、あの人には、一切の〃代償かえし〃がいった様子がないんだよ」


 界理が言いたかったこと。その答えがそれだ。


 代償かえしとは「返し」であり、呪術に対する危険性だ。応用性が高すぎるが故に他の術式と比べ、それは高い。


 例えばそれは愚か者が呪術の結界に無作法に触れて何処かへ位置を変化させられるようなことであり、例えばそれは未熟者が身勝手に力ある地脈に触れることにより呪いの地と呼ばれる変化がおきるようなことである。


 そして、式神を使うという呪術は、利便性が高いゆえにより術式と術師との繋がりが強く、下手をすれば式神たちが負うべき痛みを本人が受けとる場合が多い。それが今回、彼にはいっさいみられなかったのだ。


「ってことは星座型式神(こいつら)はいったい…」

「式神であることは間違いないはずなんだけど…」


 迫り来る式神たちに光森が拳を唸らせ、九津と包女は刃を踊らせる。桃輝は界理と連係して大々的に式神たちを弾き飛ばしている。正直、あそこには巻き込まれたくない、と九津たちの方が驚愕するほどだ。


 それはともかく、空と大地を縦横無尽に駆け回る式神たちを眺めながら桃輝と界理がボソボソと言葉を交わしていた。それを九津は見逃さなかった。見逃したら、あとで何を言われるかわからないからだ。式神たちの相手をするより必死だ。


「式神であって式神でない…なるほど。つかめてきたわね」


 その甲斐あって、二人の次の行動も読めた。察したわね、と言いたげに桃輝の視線が送られる。九津は、ん、と二人に目配せすると素早く頷く。行動に移るのだ。


「包女ちゃん、光森くんもっ、よく聞いてっ。九津にやってもらうことが出来たから私たちでこいつらの相手を引き受けることにするわっ」


 号令を飛ばすような桃輝の声。包女たちも反射的に頷いた。


「はいっ!」

『ほほぉ、何か策でも閃いたか』

「しっかし、まぁ…こいつらを三人でとなると…」


 負けるつもりなど毛頭ないが、光森が苦笑を浮かべる。するといつの間にかてとてとと近づいていた界理が人差し指を口元に当てて囁いた。


「私もいるので、忘れないでくださいね」

 

 一瞬、ビクッ、と体を揺らした光森。しかし次の瞬間には応えるように頷いていた。界理はそのまま九津に一言伝えた。九津はその方角を見据える。


「さぁて、こっからが踏ん張りどころの巻き返しだっ。行ってくるっ」


 合図だ。桃輝たちは、今度は九津を送り出すためにその道を作った。





 送り出された九津は、この山頂の地にあって一番の高い突起した岩場をかけ上った。広くはないが、下に見える山肌は人間が立っているにはなんて大き過ぎるのだろう、そう思えた。しかし、今、目指すべき場所はその山頂よりもさらに高い。天空だ。


「イメージ通りの形と力をもって、倒したあとは光になって空へ帰る…そうか、そうだよね」


 岩場の頂点で、九津は呟きながら足に活力を込める。自慢の仙術、その力を存分に引き出すための、タメだ。内側でみなぎってくる活力を上手く術式にのせる。すると見た目に反した超人的な脚力を得られる。そして術式不発者である彼の誇りでもあるその力は、彼をその領域まで連れていった。


「下に星座?空に帰る…最初っからおかしかったんだよね」


 眼下では包女たちが戦っている。こちらに気づいた式神が近づこうとするが、界理が忍術で、包女が属性魔術により阻んでくれる。なんと頼もしいことか。


「あれは空に帰っていたんじゃない…地に落ちていっていたんだっ」


 もう下を気にする必要はないだろう。自分は自分の敵を見つけるために上を向く。界理からの伝言は簡単だった。


 ──一番星を目指せ。


 ようやく見つけた。


「この山の方を空に見立て、空の方を大地に見立て、星の形をした式神たちを生み出して、集めていた存在がいたんだ…その存在、お前こそがあの呪術師の本物の式神だったんだっ」


 空にうっすらと輝いていた一番星のような光(・・・・・・・・)。そこには古びた羅針盤の依り代(からだ)をもつ 式神が、見下ろし、見通すように浮かんでいた。







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