第三十六話 『ソノ答ノ導ク未来ハ』
モアとの戦闘を強制的に止められた九津は、光森、総喜、モアと連れだって部屋へと案内された。そこにはすでに包女、筒音、シャオシン、大義、そして外で待っていてるはずの瑪瑙の姿があった。
よほど呆けていたのか、包女があたふたと説明してくれた。自分たちと戦っていたシャオシンが、総喜に連絡をとりここに連れてきてくれた、と。
九津は、シャオシンがタイプBの次元転移者というのは聞いていたが、戦闘中で気が散漫になっていたとはいえこれほど気配を感じさせずに移動できる術があるのかと、改めて超能力の凄さを痛感させられた。そして同時に、その次元転移者に勝ったという包女と筒音のコンビネーションを流石だと思わされた。
そして、しばらく。まるで今までの戦闘などなかったかのように総喜は鼻唄混じりに全員に紅茶を振る舞った。なんでも彼自慢の配合らしく、配膳を手伝っていたシャオシンが自慢そうに語ってくれた。
「…お茶、飲んで、包女、筒音。トーノキの淹れてくれたお茶は、とっても、美味しいから」
「いただきます」
『フム。いただくか』
匂いをかぎ、その紅茶の良さを鼻で確かめながら瑪瑙も小さくいただきますと口をつけた。口の中に広がる風味に、目をしたたかせた。
「うわっ、本当だ!すごく美味しい」
『シシシ、なかなかどうして。旨いのじゃ』
「…でしょ、でしょ。トーノキは、他にも、美味しいご飯も作れるよ」
「いやいや、お恥ずかしい。しかし華のある方々に誉められるのはなかなかどうして、嬉しいものですね」
素直に賛同する二人に、顔の表情を変えずにシャオシンが告げる。それを照れたように総喜が返した。
そんなのどかな時間が流れる場所で、気まずそうなのは九津だ。
「それで…えーと、蜂峰、さん?」
モアは当然として光森や大義までどこかゆったりとしている。
これまでの事情は聞いたのだ。それぞれから。それでも釈然としなかったのは、
「あー、あー申し訳ございません、九津さん。シャオシンさんがここまで私やモアさん以外にお喋りになる姿をあまり見たことがなかったため、私も少しはしゃぎ過ぎたようです」
「はぁ」
「いや、俺を見るなよ。聞いただろ?あれが全てだよ」
結果的に腑に落ちないほど、手のひらで踊らされていた感覚だからだろう。
「そういうこった、ココノッ。俺たちは、悪の組織なんかじゃないんだよ。秘密結社の類いにはなるかもしれんがな」
白々しくモアは言う。
「…話を、整理しても、いいですか」
「無論です。そのためにこの場を設けたのですから」
総喜は九津の前に来るように座った。
「まず、蟻川さんが聞いたって言う噂話は…本当に作り話だったと」
そう、結果的に腑に落ちないほど、手のひらで踊らされていた感覚になったのは、そういうことだ。
総喜たちが作為的に作り出した噂に振り回されて、九津が戦っている間に光森たちがその条件を満たした、らしい。
らしいというのはまだ飲み込めていない気持ちが優先してしまうゆえだったが、これで間違いないはずだった。
「真偽を確かめるとはいえ、君たちを巻き込んでしまったこと…本当に申し訳なく思っているている…すまない」
大義がカップを置き、神妙に頭を下げる。気にしないでください、と言ったところで大義は心に止めておくだろうと思い、九津は話を進めた。
「いや、まぁ。そしてその真実は、自分たちに協力してくれる人材の選定にあったと」
「はいはい、そうです。信用するべき相手を選ぶ手段として使わせてもらいました。我々にとっての正義と悪を判断する選別法として最適で面倒も少ないですからね」
総喜は頷く。
「正義と知ってどう動くか、悪と知ってどう動くか。それを見てから追い詰めて本心を吐かせる…トーノキはこういう地味なやり方が好きだからな。俺はもっとこう…パァーと解りやすいのがいい」
豪快に紅茶をすすり終えたモアが口を挟んだ。九津の視線はモアに向けられ、その瞳は半分になった。
「…」
「なんだ、ココノッ。その目は」
「気が合ってた自分が恥ずかしくなるほど短絡的だな…って思って」
なんだそんなことか、と言いたそうに、大袈裟に肩をすくめたモア。はん、と鼻で笑ったあと、
「これが素さ。だいたい講演なんて、トーノキや他の奴らが作ってくれた台本を読んでるに過ぎないんだよ」
俺には似合わんだろ、そう語った。言葉よりも雄弁に拳で語った九津としては納得せざる得ない。
そこへ、「俺も…知りませんでした」と大義が驚いたように呟くと、
「当然だ。トップシークレットだからな」
平然と彼は言ってのけた。
「なんでそんな回りくどいことを?」
「それは私が動きやすくなるためです。モアさんに表立っていただいていれば、いろいろと抑止力にもなりますし、何かと利便性が高かったのですよ」
「…利便性、ですか」
「そうです、そうです。例えば、悪い噂を聞きつけて暗躍するようなネズミさんを探しだす…などのね」
半分になった九津の瞳は、今度は光森に向けられた。
「…絶対、タイプCの人って性格が二面性ある」
「お前、俺を見ながら呟くな」
嫌そうな顔の後輩を、不機嫌そうに光森は見返した。
「で、まとめると…」
「今回、この施設内の人間以外を巻き込むことになったのは、本当に申し訳なく思っています。シャオシンさんの行方がわからなくなり、私も対処を焦りすぎていたのでしょう」
ここに来て初めて総喜は困ったような顔をした。彼としてもシャオシンの行動が感じられなくなるなど、想定の範囲外だったのだろう。
「……ごめん、トーノキ。でも、包女と筒音は、本当に、強かった」
シャオシンも申し訳なさそうに言う。さらに申し訳なさそうに包女が視線を右往左往させている。筒音は気にせず紅茶の受けとして出されたクッキーを喜んでかじっていた。
「いえ、シャオシンさんが無事なうえに、よいお友だちが出来た。事態はとてもよい方向に転んだと私は思っています」
「…うん。私も、二人に会えて、良かった」
「シャオさん」
二人のやり取りを聞いて一番安心したのは包女だったかもしれない。そしてシャオシンの会えて良かったという言葉がとても嬉しく思ったのも。
総喜は優しい顔から、穏やかなかつ真面目な顔になり、大義に語りかけた。
「そしてまとめでしたね。蟻川さん。この度是非、貴方に改めて私たちのやろうとしていることにご協力していただけないでしょうか?…と、言うことです」
「…世界制服ではなく、本当に原動力者たちの保護を目的とした活動を、ってことですよね」
苦笑いぎみに大義は返した。
「無論です…と、言いたいところですが、そうですね。シャオシンさんが本気で望まれるのであれば世界制服も…」
にっこりと総喜は微笑んだ。大きく、鼻で笑ったのはモアだ。
「こいつの悪ふざけとシャオに対する甘さに付き合う必要はないぞ、アリカワ。それにトーノキが本気だとしても、シャオの奴が世界制服望むと思うか?」
「いいえ。今は、思えません」
少しだけ考えてから大義は答えた。断る理由なんて無かった。もうすでに彼女のことは、総喜の力で共感してしまったのだから。
「では?」
優しく問われる。
「喜んで協力させてください。もともと俺は、そのためにここに居るんですから」
大義は力強く頷いた。そのまま総喜が差し出した手を握った。
何はともあれこれで終わりか。九津は自分のために置かれた紅茶で喉を潤した。興奮していたため少し温めの紅茶は、体中に染み渡るように一気に飲み干された。
するとそれを見越したように総喜は立ち上がり、お代わりを入れたポットを持ってきた。注ぎながら彼は喋り出す。
「あ、それともう一つよろしいでしょうか?」
「まだあるのかよ」
「気にするな、コーシン。いつものことだ…俺のときもな」
呆れた声を出す光森に、何かを思い出すように含んだ笑みを溢すモア。総喜は目を細めてポットを置いた。
「いえいえ、協力していただく以上、私は嘘になるようなことは、なるべく避けたいだけですよ」
身に覚えのあるモアは鼻を鳴らしてお代わりを要求した。
「それで我々…いえ、これは私個人の目的…に、なりますね」
「蜂峰さんの」
モアにお代わりを入れながら珍しく歯切れの悪く話す総喜に、大義が不思議そうに首を傾けた。
「はい。我々が能力者、つまり原動力者たちの保護を目的として研究を行ってきたのは事実です。しかし、その中で私は探していたもがあったのです。その可能性を、九津さん。あなたが示してくれました」
「俺…ですか?」
「そうです。あなたはモアさんとの戦いにおいて、仰ったそうですね。超能力とは、〃霊力〃と〃念力〃の間のように力だと」
突然の名指しに九津は驚いたが、内容を知ってなるほどと理解した。瑪瑙もすかさずメモ書きしている。しかしなぜ総喜がそのことを知っているのか疑問もあった。
「言ったのか?」
「どうだったかな?口走ったような、口走ってないような」
光森に横やりを入れられつつ考えていると、答えは別のところからみつかった。
「言ってたぞ。ふてぶてしく笑いながらなぶつぶつとな」
モアだ。彼がそれを聞いて総喜に伝えたのだろう。共感覚という方法もある。
「霊力が実在し、念力という概念のもとに一つの方向性を持っているのであれば、私が探しているものが見つかるかも知れません」
語る総喜の瞳には、とても長いときの流れを感じた。
「何を探してるんですか」
「俺も聞いておきたい」
「俺も、是非…お願いします」
総喜はこの部屋の全員を見渡してから言った。
「私が探しているもの、それはですね。超能力者の根源です」
「超能力者の…根源?」
「はい、そうです」
紅茶を一度口に含んでからまた話し始めた。
「九津さんに加え包女さんのお話でうかがう限り、魔力はそれを扱う人間同士で色々なものが受け継がれ、しっかりとその礎を作っております」
「本当に、色々、ありますけどね」
両手でカップを持ち、包女も答えた。
「私はその礎になるようなものを作りたい、そう思っているのです。それには根源が必要になってくるのです」
「なんで…また」
九津が尋ねた。
「簡単なことです。例えば魔術師がこの時代において迫害を受けないのは、力を持つ者と規則を守る者とが同一であり、それを戒めた根源があるからです」
「確かに…そうなのかも知れません」
過去を振り返れば歴史の中にある扱いは超能力たちの比ではないかも知れない。だからこそ、そこにはあらゆる感情が込められた積年の集大成の意味があったのは否定出来ない。
「それに私自身、なぜ生まれたのか…ということが知りたいと言うのもありますかね」
「なぜ生まれたか、ですか?超能力をもってってことですよね、なんか哲学みたいですね」
「違うぞ、アリカワ。トーノキの言いたいことはそうじゃない」
首を振って否定したモアは、楽しそうに口を開いた。
「さて、クイズだ。トーノキの年は、いくつに見える?」
顔を見合わせながら、面々は考えた。
「五十代…ってところかな?」
「そうだね、若くも見えるし、もしかしたら六十代ってことも…」
「まさかの四十…ってことは無いよな」
「ふふふ、真剣に考えていただくのは、なかなか恥ずかしいものですね」
照れたように笑う総喜を笑ったのは当然モアだ
「照れるようなもんか?すでに俺たちと出会ってから二十年、変わらん姿のくせに」
「「…ええっ!」」
モアの言葉を理解するのに数秒かかった。あとはせきを切ったように驚くのみだ。
「ってことは二十足して…はぁ?嘘だろ」
「雀原さんよりもクオリティーの高い若作りってこと…!!」
『包女、梨麻が聞いたら怒るじゃろうな』
「…けど、本当に、なんで…年が変わってないってこと?」
そこには包女たちも混じり、瑪瑙もポカンと見つめたいた。モアとシャオシンはそれらをそれぞれ楽しそうに眺めていた。
「正確には、僅かずつですが年はとっているのですよ。ただ普通の方より、かなりゆっくりですがね」
『……なるほどのぉ』
いや、もう一人驚かなかった者がいた。筒音だ。総喜を見る瞳がどこか冷たさを含んでいた。
『ずいぶんきな臭いと思っておったら、お主…失堕じゃな』
「失堕だって?…そうか、だからか」
彼女の声に反応できたのは唯一九津だけだった。言われた当の本人でさえ、わからない様子だ。光森がその疑問に対して口火を切った。
「なんだよ、失堕って」
『光森よ、妾が間落した妖怪、半妖だというのは覚えているか?』
「まぁな」
なんとなんと。総喜たちが珍しいものを見たように筒音を見た。シャオシンは少し首を動かして首肯していた。
『それの〃菩薩〃版ということじゃな』
常々筒音は言っていた。彼女にとって「天使」は嫌いで 「仏」は苦手な堅物どもだと。元天使で「堕天」した叔母と遭遇したときなど、その敵対心はかなりあった。今でこそ緩和されているが。
「は?なんだそりゃ」
「だから先輩、つまり蜂峰さんは、体に菩薩の力が半分くらい流れているってことですよ」
自分でも信じられないのか、光森に語る九津の声も上ずっていた。彼も初めて見たのだ。その興奮は隠せない。
『トーノキと言ったな?お主の親、家族は?』
「兄弟はいません。私の父親は、私が物心つく頃にはいませんでした。母親に尋ねたところで曖昧に笑われるだけでしたね」
『ようは父親が菩薩だったのじゃろう』
この話しはそれで終わりじゃ。そう告げるように筒音は紅茶に口をつけた。
「そうですか。もう遠い日の記憶ですが…そうですか」
これまでの会話を噛み締めるように総喜は瞼を落とした。
「実に興味深いお話でした。本当に皆さん、ありがとうございました」
瞼を上げたあとは、強く一度だけ頭を下げた。
「どうだ、トーノキ。今回は?」
九津たち六人が去ったあと、三人だけになった部屋でモアが尋ねた。シャオシンも興味深そうに視線を向ける。
それに応えるように総喜は微笑んだ。
「豊作過ぎるくらいですよ。まさか、自分の根源を知るこことになるとは…長生きもしてみるものですね」
「……トーノキ、嬉しそう。やっぱり、包女たちの、おかげ?」
首を傾けてシャオシンが続けて尋ねる。軽く首肯し、
「そうですとも、そうですとも」
総喜がそう言うと、目に見えてシャオシンも笑った。
「…良かった」
片付けを簡単に終え、総喜が二人に向かいパンと手を鳴らした。二人の視線がゆっくり集まる。
「さてさて、それではやるべきことも見えてきたところです。表向きの仕事の方も頑張りましょうか。お二人とも、どうかご協力のほどをお願いいたします」
丁寧な笑顔。通常運転だ。モアは大袈裟に天を仰いで頭を抱えた。
「だぁっ、あれ以上資料が増えんのか…くそ。仕方ねぇな、報酬はもらっちまってるからな」
「…うん、そう。それに今日は、それ以上のものを、私も、もらった」
シャオシンと共に頷いたモアは、楽しそうだった。
それは二人が、昔を思い出していたからだ。もう二十年近く前になる、今日と繋がる一日のことを。
初めて異界に触れ、初めて三人になり、初めて共に過ごすことを決めたあの日のことを。
あの日、彼らは総喜から「報酬」をもらってここにいる。その報酬とは。
孤児同然の幼い少女は囁いた。
──ならば私は家族とか友だちが欲しい。
軍人上がりのはぐれ者は呟いた。
──目的…なんてどうだ。軍人擬きにはなかなか洒落たもんだろう。
そして、今、ようやく彼らに報酬を支払ってくれた人物への報酬が支払われるかもしれないのだ。彼がやり遂げようと掲げる目的のための「協力」。それが彼が望んだことだから。
────
「ところでさ…」
大義と別れ、自分たちの町への帰り道。どうしても気になることがあり、九津は口を開いた。絶対に皆も薄々気がついているだろうこと。それは、
「鵜崎ちゃん、すごく元気がなさそうなんだけと…どうかしたの?」
と、言うことだ。
包女も光森も過剰なほどに反応した。筒音だけはそ知らぬ顔だ。尋ねられた瑪瑙は、油ののらない機械のようにぎぎぎと音をたてるように動いた。
「聞きたいのですか?」
「…ん、一応、さ」
「ならば…教えてさしあげるのです」
どこからともなく影を背負う瑪瑙に、九津は身構えた。
「私は…」
「私は?」
『なんじゃ』
けしかける時だけ、筒音は出てきた。
「私は今回、ずぅっと蚊帳の外だったのですぅっ!」
瑪瑙は叫んだ。遠巻きに数人がこちらの様子を伺っている。
「呼び出されたときも、そう。包女お姉さんや筒音さんが戦っているときも、そう。侵入のときにいたっては私の不注意だったのですが、そのあと、全ての決着がつくまでの間…ずぅっと、なにも知らず、なにも出来ず、蚊帳の外扱いで待たされ続けていたのですよっ」
指折り数え、瑪瑙は言った。一言毎に影は濃くなっているのは、瑪瑙が呪術師だという印象からだろう。そう思いたい。
「しかもいつの間にか包女お姉さんと筒音さんはあのお姉さんに気に入られているようでしたし、九津さんと先輩さんたちはまた別の方々と仲良くされているようでしたし…私はっ、とても寂しかったのですっ!」
魂を込めたような訴え。三人は本当に申し訳なさそうに瑪瑙を囲んだ。
「ご、ごめん」
「悪かったな、鵜崎」
「ごめんね、瑪瑙ちゃん。私たちも合流したときはよくわかってなかったから…」
『なんじゃ、拗ねておっただけか。まだまだ未熟よのぉ、瑪瑙よ』
そこで筒音はいつもの調子でからかう。瑪瑙はぷくぅと音が聞こえそうなほど頬を膨らませ、ずん、と三人の間を抜けた。
「どうせまだ、未熟ものですよーなのですよ」
振り返り、涙目になった瑪瑙はまた叫ぶ。
「先輩さんも超能力がパワーアップされたようですし、包女お姉さんたちもなにかすごい技を編み出したようですし、何よりも九津さんっ!」
「は、い」
勢いにおされ、どもってしまった九津。瑪瑙は少しだけ険しく目を細めて言った。
「奥の手を隠していたそうなのですね?」
「ん、まぁ、ね。対術式者用のを一つ」
気まずそうに頬をかきつつ、正直に話した。モアたちが語っていたのをやはりしっかりと聞いていたようだ。
「うううっ!未熟ものなので私はさっさっと帰って、今日のことを参考にして、一人修行に励み、一人強くなって見せるのですっ」
最後にそう言いのけると、あとは最寄りの駅まで駆け出していった。一同は、呆けたようにその背中を見つめていたが、
「あ、待ってよ鵜崎ちゃん」
「あー、ありゃ完全に拗ねてんな…甘いもんでもまた奢ってやらなきゃな」
「待って、二人ともっ。ほら、早くいくよ筒音」
遅くなりつつそのあとを追った。
『早く帰るのは賛成じゃがな、別に妾は謝らんぞ?』
筒音だけはのんびりと歩いていた。
────
「って言うことがあってさ」
受話器の向こうにいる自分の師匠に、今日の出来事を語った九津。師匠である島木 月帝女は、へぇ、と感嘆とも言えるこえを漏らした。
「…そう、あんたもついに超能力の一端に触れたか」
「え、え、どうしたの?月師匠。なんかシリアス混じりで気持ち悪いんだけど」
「おし、よくも言ったなバカ弟子。せっかく私が、ギリギリ免許皆伝から、免許皆伝にしてやろうと思ったのに」
いつも通りの冗談混じりのやり取りかと思ったが、どうやら本当に違うらしい。九津は不思議そうに尋ねた。
「ん、どう言うこと」
「どうもこうもないわ。あんたが超能力について解答を出す日が来たら、あんたに私の最後の修行をしてあげようと決めてただけ」
受話器越しの師匠の声は、いつもの通り軽いが、内容はそれなりに大したことだ。まさかギリギリ免許皆伝を返上する方法があるとは。
「なんでまた」
しかしどうして今さら。そう思いさらに尋ねると、
「あんただって気がついたんでしょ?超能力が進化の可能性を秘めているって」
真剣な声で返ってきた。まさに師匠の声だ。
「月師匠、知ってたんだ…」
「当たり前よ。私は術式の皇を名乗る女よ?知らなかったわけないでしょ。教えてなかったのは、こういう日のためよ」
「そんなもんなの?」
こういう日とはどういう日だ。とか、そんな日が来なかったらどうするつもりだったんだ。とかは言わない。なぜなら上乗せされて返されるから。だから九津もその程度で受け止める。
「そんなもんよ…けど、もう教えない」
九津に衝撃が走った。必死に受話器を握る。
「ええ!!大人気なさすぎるよ、月師匠。ワンチャンス、せめてもう一回考え直してよ」
「シリアス、似合わないんでしょ?」
「いえ。シリウスこそ月師匠の持ち味だと思ってます!本当に」
九津は捲し立てた。草の根も乾かぬうちに言わねばならないときだって人間には、ある。
「…まぁ、冗談はこれくらいにして」
「教えてくれるんですか」
もう余計なことは言わない。素直が一番だ。
「ええ、そうよ。優しい私に感謝したのなら、明日来なさい」
「もちろん感謝して…はぁ?明日?いや、無理でしょ。明日って…だって月師匠、今どこにいるんでしたっけ?」
いくらなんでも無理難題だ。最後の希望として場所を尋ねた。いつも通り国外なら不可能だが、国内なら。
「──」
無理だった。むしろなんで大丈夫だと、行けるだろうと思ったのか聞いてみたい。
「いや、そこまで行くのって飛行機乗り継いで…って、その前にチケット買ってって…」
「安心しなさい。迎えはよこすから」
「へ?」
しどろもどろに喋る弟子を一喝するように月帝女は言った。弟子は情けない声しか出せなかった。
「輝に変わって。連絡しとくわ、息子をしばらく預かるって。とにかく、習得するしないにしろ、教えるだけなら学校が始まるまででできるはずよ」
「いや、ちょ、月師匠」
「ほら、早く変わりなさい」
このときになって九津は思い出したのだ。この師匠は無理や無茶は言わない。その代わり言うということは、必ず可能なのだ。例えば、その気になれば地球の裏側にだってほんの数秒で行けるのではないかと疑うほどに。
今日、体験したことは無駄ではない。しかし、これから体験することは、どんな怪しい物事を相手取るよりも見になるだろう。だって想像を越え、自分の常識など当てはまらないのだから。
九津は、覚悟を決めながら母親に電話を代わった。




