第三十五話 『ソノ式ノ答エ 九津』
九津は、辺りが震えるほどの気合いを込めて万式紋を振るう。光の刀身は残像を作り、モアへ襲いかかる。
「だぁっ」
「ふんぬっ」
が、ギリギリのところでその刀身は届かない。
モアが突きだした拳から、威圧と共に放たれた不可視の力が、その斬撃を九津の加えた遠心力ごと防いだからだ。
弾かれるように後ろへ下がる九津。モアの方も油断なく構えている。肩に万式紋をのせて、九津は難しそうに口をすぼめたような顔をした。
「うわぁ…やっぱり超能力って厄介だなぁ」
辟易したように、ぼそりと呟いた。
結局のところ最初の一撃以降、思ったように当てられないのだ。それに最初の一撃にしたところで、あれだけ絶好の機会だったと言うのに防がれているのだ。無理もないと言えば無理もない。
ようは、光森の予想通り苦戦しているのだ。
「おいおい、小僧。霊的粒子原動力と呼んでくれ。トーノキがシャオと二人で苦労して考えた名前だからな」
九津が苦戦をしいる当のモアは、九津の呟きに耳ざとく聞いたらしく、苦笑しながら言った。どうやらその名称を決めるに至った経由には、思わず笑わずにはいられない話があるらしい。
九津は、関係ないかと割りきるが。
「マテリアル…エンジン、ね。ん、了解。じゃあ、あらためて」
はぁ、と少し大袈裟な溜め息をつき、万式紋を肩でとんとん叩きながら、
「そのマテリアルエンジン、厄介だなぁ」
とりあえずやり直した。
九津のそんな態度が可笑しかったのか、モアはくく、と笑みを噛み殺したように口の端を持ち上げた。その顔立ちから、かなり凶悪に見えた。しかし上機嫌なのはわかった。なぜなら、
「何せ、俺のはタイプA。攻撃にはもってこいの原動力だからな」
と、自慢げだからだ。
「へぇ。けど、その動き、エンジンだけのものじゃないでしょ」
九津が言うと、モアは意外そうな顔をした。
「わかるか?俺は軍上がりのはぐれもんでな、もともと壇上に上がって講釈たれたり、研究云々のがらじゃないんだよ」
うんうんと自分で嬉しそうに頷きながら話す。九津としは、始めから研究者などには見えなかったので、あまり興味はなかった。
興味があるのは、モアのもつ原動力だ。
そんなことを知らないモアは、それでな、と拳により力を込めて見せつけるように突きだした。
「こうやってたまに来る侵入者相手に憂さ晴らしをしてんだよ」
今度は間違いなく、笑った。
邪悪にも、子供にも見える、複雑な表情。何処かで見たことのあるような気がしながら、九津は茶化すように顔を歪めた。
「うわぁ、いい趣味してるなぁ…って、その身体能力はやっぱり原動力だけのものじゃないんだ…」
はたと気づく。言葉通りなら、原動力と呼ばれる力はあまり影響してないのだ。その事実に少しだけ驚いた。
まさか自分の仙術で強化した身体能力に、純粋な体術のみで対抗していたとは。軍での訓練だけではなく、これまで培ってきたものを証明するような体さばきだと感心しながら。
いや、それだけモアのもつ原動力が強力なのかもしれない、と可能性も考慮に入れた。実際に万式紋を防いでいるのは原動力の方だからだ。
そう九津が、茶化したあとで刹那的に思考を動かしていると、モアは言った。
「そして、小僧。お前は当たりだったよ。恐れず立ち向かって来る上に…強いっ」
ばぁん、と威圧が文字になったのではないかと疑いたくなるほどの圧が、言葉と共にモアから放たれた。
苦笑を浮かべ返した九津は、なんと言おうか迷うばかりだ。
「あ、えーと、どうも」
モアは気にした風もない。ただただ嬉しそうに拳に力を込めている。回りの空気がみしみし鳴っているのが聞こえているところを考えると、原動力は張り巡らされており、決して油断はしていないのだろうと嫌になる。
視線も九津に合わせたままだ。
「その光の剣もすごい。俺の原動力が弱体化させられているようだな。トーノキが見たら喜んで研究対象にしたがるだろうな」
「研究対象に、ね。なんかいいイメージが浮かばない」
九津の言いぐさに、くくっと笑いを溢すとモアは続けた。
「何よりも、俺にも優るだろうその身体能力だ。小僧、本当は原動力者じゃないのか?」
怪訝そうな、それでいてワクワクしているような、そんな相反する表情。
九津は、にやりとふてぶてしく見えるように顔を作った。
「エンジニア…ね、超能力者ことだったよね。違うんだな、俺は。エンジニアとかじゃないよ。だって原動力なんて使えないからさ」
それどころか、と不敵に笑みを絶やさず、手を突きだし、指折り数えた。
「魔術、呪術、妖術等など数多ある不可思議な術の全て、使えない」
九津に応えるように、肩にのせた万式紋が光っている。モアは、言い切る九津の言葉を胸のうちで反芻しているのか、ゆっくりと貯めてなから口を開いた。
「そうなのか、それは残念だな。一度、そんなファンキーでファンタジックな力を見てみたいと思っていたんだがな」
お前なら使えるかと思ったんだがな。大袈裟にも見える落胆ぶりな仕草とそう言いたげな顔は、ならばその対抗力の正体はなんだ、と問うていた。
九津は応えるように片目を閉じる。
「俺が扱うのは…仙術。そっちの言い方だと、タイプCってやつに近いかな」
言い終わると万式紋をモアに向け、九津は構えた。モアも呼応するように振る舞う。
「せん、じゅつ。聞かんな。だが、強いのは確かだ。俺はそれだけで充分に楽しめる。…いくぞっ、ココノッ」
もうあとは、行動でモアは示した。守りに徹するように佇んでいた時とは違う、攻めの動き。タイプAと呼ばれる力をまさに原動力に、一気に攻めてきたのだ。
「ん」
九津は短く答え、その一撃に備えた。
九津にとって、やはり原動力者とは相性が悪かった。正直にいって、戦いづらいのだ。
万式紋の能力が効きづらいんだよなぁ。九津は、心中毒づきながらモアの猛攻を仙術の身体能力強化と、万式紋の光の剣で凌いだ。
先ほどモアが言った通り、弱体化、その物質操作の効果をかなり弱めることは出来ていた。しかし、魔術や呪術と違って手応えがないのだ。
弱めているってことは、何らかの源を切っているんだろうけど、とモアの一撃一撃を捌き、時にかわしながら考えている。が、わからない。
そもそも万式紋は、なんでもかんでも術を切ったりしているように見えるが、その実、その効果そのものを「破壊」わけではない。正確には、力と術の繋がりを切り離しているだけなのだ。
この事を説明しようとすると、よく疑問に思われる。術を無効化することと、切り離して無力化するのと何が違うのか、と。
言えば、全く違うのだ。
無効化は、そもそも発動された術式を「無かったこと」にする力だ。ところが無力化は、発動された術式を「形としてはあるけれど、威力としてあまり意味が無いもの」にする力なのだ。
「魔力」と「術式」からなる「魔術」で例えたとする。
炎を生み出す属性魔術を百だったとする。このとき、その魔術に込められた魔力が七十だとして、残りの炎属性を作っているのが七十の術式だとするならば、その三十は魔術ではなくあくまで「炎」という属性現象として残ってしまうだけになるのだ。
そしてほとんどの「力」と「術式」の関係は対等ではなく、「力」により補われている。故に、その関係を切り離した時点で効果を無くしているように見えると言うわけだ。
これらのことにより、万式紋で効果を弱められるということは「何か」の力があり、そこには「何か」の術式が働いているのだろうと予測は出来るのだが、正直なところそこが一番よくわからなかった。
なぜなら視えない、聴こえない、匂わない、感じないからだ。むろん、味などわからない。
魔力などでは簡単にわかることが、超能力、こと原動力になると全くわからないのだ。教えてもらってないからと言ってしまえばそれまでだが。
とにかく、お手上げ状態だった。
視えない力ってなんだ。九津はたどり着かない答えに迷っていることを悟られないよう、モアの攻撃に耐える。
二つほど思い当たる節はあるのだ。が、まさかと思う。その一つは念力と呼ばれる代物だ。
これは菩薩などがもつ力、仏力の下位交換で、ごく希に人間が手に入れることが可能な力だ。その効果は感化による「固定」だ。聴覚では金属か響くように聞こえ、嗅覚では鉄分の匂いが香り、触覚的にかなり低い温度で感じ、何より、視覚では白い。
簡単に言えば、「透明」に近く、九津では関知しづらいのだ。
それに似ていると言えば似ているのだが、どうしてもそこから続く「術式」に覚えがない。
ならばもう一つの可能性。ずばり霊力だ。
これは人間なら誰しも持ってい力だ。特徴として色々あり、視覚では青色に視えるのだが、ありふれ過ぎているため同系色の霊気と混じりるとわかりづらくなることがある。
とくにその特徴を知っている者ならなおのこと、惑わされやすくなる場合もある。
ただ、霊力はこの人間が生きる理の世界において「術式」が存在しない。
それでもまだ、この二つのうちどちらかならば解決策がなくもないのだが、
「んー、参ったな」
戦いながらでは、これ以上の見当がつかない。
「どうした、小僧。お前はこんなもんじゃないだろう?」
力一杯突き出された拳から衝撃波のような圧に吹き飛ばされた九津に、モアが挑発するように言う。
体勢を整えながら着地して、九津は頬をかいた。
「悟月九津」
「あ?」
九津の突然の名乗りに、モアは意味がわからなさそうに口を開けた。
「名前、名前。俺は小僧じゃなくて悟月九津。一応、名乗っとくよ」
「ああ、あれか。武士道礼儀というやつだな」
「いや、単に名乗っておきたかっただけだけど」
名乗りをあげた理由もとくになかったのだが、モアはとても納得したようにうんうんと首を動かした。それでもいいかと、九津も気を取り直し、次の一手に考えを巡らしていると、
「俺はモア・ダイパス。どうだ、ココノッ。お前はまだまだ力を隠しているだろ?」
モアが特攻。
「……ん、まぁね」
と、口ごもってかわした。
「くくく。いいぞ、ココノッ。お前はやはり面白い」
モアはどんどん興奮したように、その身体能力をあげていく。まさに原動力全開になっているのだろう。打開策の見当たらない九津としては、本当にやりづらかった。
しかし、
「いやいや、ダイパスさんこそ。発音の方はちょっと変だけど、なかなか面白いよ」
言葉でも、実力でも、負けるつもりは毛頭なかった。
すると、あれほど猛攻をあらわにしていたモアが止まる。構えは解いていないため、九津も油断は出来ない。むしろ、不気味さしかない。
そんな九津をおいて、モアは弾むように声を出した。
「なぁ、ココノッ。俺はお前の全力が見てみたい。お前は、どうだ?俺の全力を見てみたくはないか?」
それは提案だった。
「原動力者《エンジ二ア》の全力かぁ…確かに、かなり面白そうだよね」
それは、九津の好奇心を刺激するような、提案だった。九津の顔にも茶化した笑顔ではなく、思わずこぼれてしまったような笑みが生まれた。
「だろう。お前ならそう言ってくれると思ってたぜ」
「まぁね。ダイパスさんをどうにかしないといけないのは変わらないからさ」
くくっとモアは声を漏らし、嬉しそうに瞳を尖らせ、空気を震わせた。九津も軽い調子で、万式紋を重々しく光らせた。
「いくぞっ」
「ん」
少ない言葉のやり取りのあと、二人はぶつかった。
直接ではなく、モアのタイプAの原動力による間接的なものだったが、そこから広がる衝撃は建物の壁を強く揺らした。ところどころに、先ほどまでの戦闘において傷ついていた箇所などすでに砕けて始めていた。
二撃、三撃目。お互いに届かない攻撃を全力でぶつけ合う。九津は、防ぎ切れなかった衝撃波に傷つきながらも、一歩も退かなかった。
「どうだ?」
「さっすがに効く。でも…」
むしろ、九津もどんどんのってきた。
「…俺だって負けてないよっ」
「俺も勝ったつもりは、まだ、ないっ」
すると、今まで九津を襲っていた 衝撃波が、突然に上を向いた。体勢をわずかに崩される。モアはその隙を見逃さなかった。
「瓦礫っ」
「物質操作こそがタイプAの基本だっ。こ、れ、で…止めだっ」
砕け落ちていた瓦礫をモアが原動力で操り、さらに追撃してきたのだ。そしてそれは、次の一撃に繋がった。
「ぐぁ」
四方からの瓦礫に気をとられた瞬間に、モアの拳が決まったのだ。全身を痛みが伴う。ただ殴られただけの部分的な痛みでは無いことに、九津は耐えるように顔を歪めた。
ところが。直撃を決めたはずのモアの顔は、勝利を手にした者のそれではなかった。
「……ココノッ。なぜ、今、わざわざ受け止めた?…かわせたはずだろう」
「……ん、ばれた?だって殺意が無かったしさ…何よりも」
痛みにふらつきながらも九津は立ち上がった。体の損傷を確かめるように動かし、にへらと笑ってモアを見た。
「一度、その全力ってのを味わってみたくってさ」
「それだけのダメージを受けてもか?」
「そ。けど、それだけの価値はあったと思う。おかげで多分、わかった気がする。超能力の正体が」
そう、九津は確信したのだ。モアに語ったように全力でその身に受けてようやく、超能力、しいてはモアたちが原動力と呼ぶ力の正体に。
それは、「霊力」と「念力」の中間のようなものだったのだ。だからこそ、色も青色のように馴染み、白色のように見ずらく、九津にはわかりづらかった。
それにしても、それ以外にもヒントはあったのだ。力を「術式」に当てはめるわりには、ずいぶんと偏った能力しか使えなかったから。例えば、タイプAのモアは瞬間移動はしてこなかった。タイプBのシャオシンは、衝撃波のような物質操作をする気配はなかったと。
ようやくこの理由も解けた。
普通、魔術として扱うなら得手不得手はあるとしても、属性魔術の使い手が付加魔術を使えないなどということは、あり得ないのだ。これは呪術などもしかりだ。
しかし逆に、「念力」や「仏力」を使ったものだとしたら。九津には納得がいくのだ。
なぜならその二つの力の特徴が、感化による「固定」だからだ。一つに特化した能力しかないとしても不思議ではなく、希に二つの能力を持っているのは、霊力との兼ね合いからの派生と考えればおかしくなかったのだ。そう「固定」されているのであればなおのこと。
そしてその力の正体はある意味、中間という形で霊力を霊力として使う「術式」への進化の過程を垣間見た瞬間でもあった。
そういうことか。九津は口の中で染みる血液の味を噛み締めながら、嬉しさを堪えた。本当は、このことに気がつけたことを跳び跳ねて喜びたいくらいなのに。
それを我慢して、これからの挑戦に身を震わせた。興奮しているのだ。
今度は大丈夫。正体がわかった以上、もう、簡単には負けやしない。九津は強い意思を瞳に宿し、万式紋の光の刀身を消した。
そして、
「ダイパスさん、あなたを倒す」
宣言するは、己の勝利。モアは鼻を鳴らして笑った。
「光の剣を直して、だと?諦めたのかと思ったぞ」
「そう、見える?」
「…いや、見えんな。俺と同じで、戦闘好きの、諦めの悪い顔だ」
「…それは、嫌だな」
最後まで、自分の茶化した態度を貫き通したあと、紐状に戻った万式紋を巻き付けた拳を握った。
「さぁ、これが俺のとっておきだっ」
九津は、モアに向かって一直線に飛びだした。
悟月九津を知る人物は、一様に言う。「悟月九津」は、力を形になすための術式が使えない「術式不発者」だと。これは、体外に放つ術式、つまり外に出さなくてはならない魔術や呪術、妖術や忍術などを全く使うことを許されない才能を持っている者だということを意味すると。
そんな九津だったが、術式に必要な全ての力の源である「霊力」だけは並外れて持っていた。それも宝の持ち腐れ。そう思わずにいられない九津に、彼の師匠である人物は二つの希望を与えた。
一つは「仙術」である。外に放つ術式が少なく、体内にてその効力を及ぼすその術式は、九津にとって無二の能力となり、不可欠な要素となった。
そしてもう一つが、「万式紋」だ。これにより九津は、並外れた霊力を仙術以外で宝の持ち腐れとしなくて済んだのだ。その一因は万式紋の効果にある。
彼の師匠が年月を経て作り上げたそれは、数多ある術式に対抗する力を持っていたのだ。それが術式と力を切断する力。
言ってしまえば簡単だが、扱うには相当の霊力を使用する。そのため使うものを選んだ。その中で九津はまさに適応したと言える。なぜなら九津には、仙術以外で使えないため霊力は有り余り、もて余してさえいたからだ。
ただ、これだけでは「万式紋」の使い方として足りないと、九津と彼の師匠は考えた。
それだけでは、必ずいつか限界が来る、と。そして考え出したものがあった。それは唯一、技術としてではなく、相手を倒す「術式」の代用として「万式紋」を使うことだった。
「切る」ことに特化した万式紋の効果を弱めることで、「触れる」ことに特化させるのだ。つまり、相手と自分を「繋げる」ことが出来るようにしたのだ。
これで相手と繋がった九津が、その相手と瞬間的に力を合わせることが出来る。するとその接続部分には、「発動」する力と「不発」する力が生まれるのだ。その力同士の歪みは使い手たちの限界値を遥かに越え、支配下を離れ、見境なくその周囲を破壊するだけの力の爆発になる。
ようは、暴発を促した自爆技なのだ。
これが唯一、九津が自ら術式を操る相手を倒すために、「術式不発者」として師匠と共に考案した攻撃技だった。
だからこそ、この技は強い。信じることが大切だと信じている九津は、そう信じていた。
この事を踏まえてもう一度語ろう。
悟月九津を知る人物は、一様に言うだろう。
彼は、普通の人間が学べば使える程度の普通の術式を使えない「術式不発者」だ。しかし、それは彼が戦えない理由にはならない、と。
さらに彼にとって「術式不発者」だからと言って、術式を使う強敵に立ち向かわない理由にはならない、と。
モアの放つ原動力タイプAによる衝撃波を、無理矢理にねじ伏せるように突き出した拳が彼に触れる。九津はその瞬間に力の奔流を、「暴発」させたことを確信した。
「だぁぁぁぁあっ」
「ぐぁっ!」
モアは今、信じられないだろう。まさか自分の中に感じ、操っていた力がそのまま自分に牙を剥けるなどと。その力は瞬間的にどんどん膨れ上がっていき、完全に自分の支配下を離れたのを察することになる。もうその時には、視覚でとらえられるほどの光となって二人を包んだ。
「…っつぅ。万式紋・一点腕那…ちょっとした、自爆技なんだけどさ、効くでしょ」
九津の台詞を聞き終わるのを待っていたかのように、初めてモアは膝をついた。肩で息をし、視線はうつろっている。威力は絶大なはずだ。相手が強ければ、強いほど。
ただ、この絶大な効果をもつ一点腕那。相手の力の種類を理解するという限定条件は最低でも満たさなくてはいけないうえに、自らも少なからずダメージは受ける。そのため九津自身も当然ふらついている。先に受けていたダメージのせいでもある。
「っ痛。これで、立たれたら、正直、面倒だな」
立つなよ、と願いを込めてこぼした。それを打ち破るようにモアの目が開かれる。
「ぐぉ、くはっ」
荒い息に混じり血がこぼれた。それでもついた膝に手をあて、震えながらに立ち上がろうとする。
「……うっはぁ、ヤバイなぁ、不味いなぁ」
「さ、流石、だな、ココノッ。これほどの技を隠し持っていたなんてな」
立ち上がったモアは、すでに限界を越えた力の一撃を受けたはずなのに、拳を握っている。冗談みたいなその頑丈さに、原動力以上にモアの芯にある強さに九津は目を細めた。
「自爆技だからさ、恥ずかしいやら痛いやらで隠しておきたくなるんだ…って言うか、立てるの?」
「甘く、みるなよ」
「みてない、みてない」
そんなはずがなかった。この技をその身に受け、なおも立ち上がってきた相手を甘くみるなど到底無理だった。九津は「と、言うことは?」と尋ねた。
「続けるぞっ」
「……ん、仕方ないなぁ。次は、二、三日、起き上がれないかもよ」
「奇遇だな、俺もそのつもりだ」
互いに満身創痍の二人。一人は拳を、もう一人は光の剣を握った。
にやり。同じ表情をする二人は、そのまま前進しようと一歩を踏み出し──、
「そこまでですよっ、モアさん。そこまでにしてくださいっ」
「お前もだ、九津。…って、お前、ずいぶんボロッボロだな」
──知った者たちの声に止められた。
少女の姿の光森と、眼鏡を光らせた総喜だ。
「トーノキ…?お前、いたのか」
「へ、あれ…先、輩もなんで一緒に?いや、て言うか、死闘だったんですよ。ってか先輩、なんでまた女の子になってるんですか」
「ごちゃごちゃうるさいな、今は関係ないだろう」
止められた二人は、意味がわからないまま止めた二人を見ていた。
九津とモアは、互いに顔を見合わせて共に首肯した。代表してモアが口を開いた。
「そうだ。そんなことよりトーノキ、どういうことだ、止めるなんて。まだ、決着はついてないんだぞ」
「もう必要がなくなったからですよ、モアさん。全て、話し終わりました」
ぴしゃりと総喜が言い切った。モアは眉間にしわを寄せ、「全て…だと?」とおうむ返しに呟くしかなかったようだ。
「全て、です」
念をおすようにもう一度総喜が頷く。これ以上の答えはない。そういう動作だ。
「あー、くそ」
モアはそれで受け入れたのか、顔を押さえて毒づいた。
「お前もだよ、九津。とにかく、なんつうか、もう終わった…で、いいらしい」
黙って立ち尽くしている九津に、光森も告げた。九津は、光森がそこまで言うのならばと、頭をかきながら状況を見ていた。
そして、
「そうか…わかった」
「そうですか…わかりましたよ」
九津とモアは同時に頷いた。その後、「なんてことを言ってられない」と二人の声は重なった。
「だよな、ココノッ!これからがいいところなのに」
「だよね、ダイパスさん。俺がまだ、勝ってないのにさ」
二人は分かち合う友人同士のように、微笑み対峙した。光森としては二人のぼろぼろ具合から、どうしてそこまで戦いたがるのかが理解できず、ただ面倒臭そうに見つめていた。
友人同士の喧嘩なら、それを止めるのは自分のような部外者ではなく、親のような存在だからだ。
こほん。
その仲裁の音はした。二人、とくにモアは電池がキレた玩具のようにギギギ、と動かなくなる。
「モアさん。私はさっさとシャオシンさんを迎えに行きたいのです。いい加減に、しておいてください」
告げる総喜の声を無視するようにモアは九津に尋ねた。
「……ココノッ、お前、何が見えた?」
「世界で恐ろしい人たちが全員、俺のことを穏やかな表情で見つめてる。ダイパスさんは?」
「似たようなもんだ。トーノキの奴、共感覚どころか恐ろしいもんをみせてくれたもんだ」
「ってことは、これが、幻覚?…嘘、やっぱり超能力って、厄介だなぁ」
二人はボソボソ語り合い、はぁ、と合わせたようにため息をついた。
「勝負はお預けだな」
「ん、そうだね」
光森と総喜に見守られながら停戦の握手を交わした。
「で、どうなったんですか?」




