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ココノツバナシ  作者: 高岡やなせ
怪の公式 編
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第三十一話 『怪ノ公式③』

 目的の高層ビルから隠れる位置。九津たち四人はこそこそ身を隠しながら、今後の作戦をたてていた。


 作戦は単純だ。高層ビルに侵入。機密事項が隠してありそうな幹部たちの部屋に忍び込み、この件についての情報をえる。これだけだ。


 あとは、どうやって実践するか、と言うだけなのだが、これが難しい。もし大義のことが知れわたっていたのなら、職員でもあるに関わらずに、その侵入は妨害されるだろう。今のところこの付近は平穏そのものなので、その可能性はかなり低いと思うのだが、なるべく大事になることは避けたかった。


 なので、当たり前だが武力行使は優先的に排除された。それが一番簡単なのに、などとふざけたことを言っていた金髪少年は、ツインテールの後輩少女に睨まれて黙りこんだ。


 どうするものかと悩んでいると、無難な手段に落ち着いた。


 それはツインテールの後輩少女こと、瑪瑙の呪術である。


 その効果は姿が消えるというものだ。全員が既知しており、折り紙つきの実績だ。さっそくお菓子(エネルギー)を補充し、呪術を施した。


 涙目になりながら自分の髪を引っ張り抜き、お菓子片手に差し出す少女から大義は不思議そうに受け取った。


 そして、いざ、実践。


 たちまち薄らいでいく自分たちの姿に、九津以外の二人は驚いた。言葉をなくしたような大義の代わりに光森が言う。


「いや、凄すぎるだろ、鵜崎の呪術」

「先輩、突っ込みは小さめでお願いします。姿が見えなくても、音は聞こえるんですから」


 シーと、指をたてた。消える手前だったので、光森にも見えただろう。興奮する気持ちはわかるのだが、注意点の一つなので伝えておかねばならない。


 だから消える手前、お前にだけは言われたくない、的な顔が見えたのは気にしないでおこうと思った。


「…ちっ」

「あ、舌打ち。ひどいなぁ、もう」


 せっかく人が気にしないでおこうと思った矢先にと、見えなくなった肩を落とす九津。そんな九津の耳に届いたのは、ようやく状況を飲み込めたような大義の声だった。


「し、しかし、これは本当に凄いな。タイプC…それも四段階フォース辺りの能力ちからだ」

「タイプC…干渉浸透テレパシー系ってことですよね、それ。あんまり意味はわからないけど、違いますよ」


 タイプC。この研究地域でテレパシーのことをそう呼ぶ。九津としては詳しくはわからないが、言えることがある。自身をもって、これは、と口を開いた。


「呪術です」


 ふふふ、と瑪瑙の嬉しそうな声が聞こえた。


「じゅ、呪術…あの?丑三つ時に釘指したり、コックリさんとかの、あの?」


 逆に大義の声は疑問に溢れていた。科学的に超能力、霊的原動力マテリアルエンジンを研究していた一員としてはやはり、どうにもすんなりとは受け入れられない様子だ。


 後押しするように九津は言う。


「その、ですよ。鵜崎ちゃんは呪術のエキスパートなのです。どうです、凄いでしょ」

「照れるのですよ」


 すると、称賛の言葉に照れたように頭をかく瑪瑙の姿が、だんだんとだが見えた(・・・)。印を結んでいた手を離してしまったからだ。ついでに、手のひらをヒラヒラさせて派手な演出をしているかのような姿の九津も見えた。


 互いに、あれ、と思っていると、


「うわ、鵜崎、見えてる、見えてる」

「あわわのわっ」


 光森の焦った声が響いた。ついで瑪瑙の正真正銘慌てた声。すぐに術は構築され、また全員の姿は消えていった。


「と、まぁ、こういうこともありますが、この状態なら一般人には気づかれずに行けます…よね、鵜崎ちゃん」


 九津の問いに、こほん、と咳払いが聞こえた。瑪瑙のものだ。今のことをやり直すために、瑪瑙なりの整えなのだろうと、誰も何も言わなかった。


「はいなのですよ。あと十数分は、踏ん張れるのです」


 瑪瑙の宣言。先ほどの失態は充分に取り戻すという意思が伝わるほど、強気だ。


「そりゃぁ、お菓子をあんだけバリバリ食べてりゃな」


 なんて言う光森の横やりも、全く気にならないほどだ。気にしているのは、


「でも本当に呪術なんて…」


 大義の方だ。


 呪術というものを見て、経験して、体験してなお、その正体を疑問視する。ある意味、さすが研究地域の職員だと言える。


「信じられませんか?」


 九津が尋ねる。顔は見えないが、困った顔をしているのではないかと思った。


「科学の時代に…ね。原動力エンジンは科学技術で証明でき、現代学問の一つでもある。だからこそ俺も信じてこれたんだが」


 図星だったようだ。九津は苦笑した。


「でも実際に目の当たりにして、その力の加護を受けてるじゃないですか」


 もはや信じない理由の方がないのでは。そう意味を込めて言った。大義から笑ったような雰囲気が伝わった。


「…そうだな、そのお通りだ。そもそも原動力者エンジニアがいて呪術者がいないなんてないよな」


 うんうん、と大義が言う。おそらく頷いているのだろう。


 納得してもらえて良かった。九津は満足した。これは瑪瑙も同じだっただろう。呪術という非常識な力を受け入れられる人間は少ない。その柔軟さは、さすが研究地域の職員だと思った。


 次の瞬間までは。


 あくまで大義は、研究地域の職員なのだ。


 科学的にとらえられるものを信じるのだ。


 だからこそ、呪術を、今、この場で信じるということは、一次的な意味合いであり、協力者に対する最大の賛辞であることだった。


 それが問題だった。


霊的原動力マテリアルエンジンと違って、非科学的・・・・な要素が多いってだけで」

「…それは、少しだけ、違うのですよ」


 瑪瑙は呪術が好きだった。物語に出てくるような魔法とは少し違っていても、自分の力になり、理想を叶える手段として。何より、愛着があった。


 ひとえにそれは、非科学的などという言葉が、侮蔑に聞こえるほど。


「鵜崎ちゃん」

「…こりゃ、地雷、踏んだな」


 九津と光森は、互いに頭を抱えた。これは話が長くなる、と。


「呪術というのは立派な学問です。占い師、ひいては占術師というものは、統計学を用いていることはご存じのはず」


 もともと瑪瑙は、猪突猛進なところがある。最近ではずいぶんと緩和され、人の話を聞くようになった。しかし残念なところ、全てが解決の糸口を見つけたわけではない。


 その一つ。自分の好きなものにたいする話が、止まらないということだ。ここに来る前にも、漫画の話で盛り上がってしまったのもそのためだ。


 そして導火線に火はつけられ、石は転がり、さいは投げられたのだ。


「あ、ああ。あれだろ、易者とか星占いとか」

「その通りなのです。数字を重ね、経験を重ね、結果を積み重ね続けるその姿は、学び問いかけてきたという何よりの証拠。その象徴たる占術も呪術のうち。ならばこれは、呪術も立派な科学と言えることなのでしょう」


 勢いの増す瑪瑙の口上。まだまだ序の口のようだ。たじろいでいる大義が目の写らずともわかる。


「お椀でなく、さらに言わせてもらえるのであれば」


 例えが入った。九津たちは、完全にスイッチの入っただろう瑪瑙をどうしたものかと、ここにいない包女に尋ねた。当然、答えはない。


「呪力、体力というものは人体学に基づくものなのです。口伝、口説くによる歴史学、考古学及び民俗学からの統計や推測、さらに現場を探す地学的要素。数え上げればきりがないほどの学問の末、それら全てを計算し、条件を満たさなくてはならないものなのです」


 止まらぬ瑪瑙。溜めるようにして、息継ぎをしっかりとしている。


「なぜなら呪術とは、揃えるもの…だからなのです」


 重要なことですよ、と気持ちを込めて言う。しかし、曖昧な返事さえも許されない。瑪瑙が喋り続けるからだ。


「まぁ、確かに。呪力をいっさい感じさせず、何が呪術か、ちゃんちゃら可笑しいぜ。そう笑いたくなるのは仕方がないのです」

「いや、俺はそこんところはわから」


 急に声の調子が落ちた。現代の呪術師たちの実情をみかねてだ。

 

 町の中で見る占い師たち。易者にしろ、水晶占い、タロットなどにしても、瑪瑙が本物だと思える人物はいなかったのだ。もちろん中には僅かながら呪力を感じさせるものもいた。しかしこれは、自分の力量で使っているのでなく、たまたま条件を揃えている、云わば偶然の呪術にすぎない。


 そんなもの、瑪瑙にとっては子供がやってときどき呪われるコックリさんとなんら代わりがない。むしろ呪術である以上、直接「返し」があることを前提にしたコックリさんよりもたちが悪いものもあった。その象徴が、金儲けのための呪術だったりする。


 あくまでも瑪瑙の主観だが、どうしてもそれが許せなかった。そしてそれらの中に、真っ赤な嘘をついてる偽物がいることも。


「しかし、それを私が否定するにはあまりにも偽者さんが多すぎるのです。そこが一番の問題点だというのは、私も常々考えていました」

「た、大変だね」


 しみじみと続ける瑪瑙に、大義はやっとそれだけ返した。九津たちは先輩二人は、これが正解と信じて依然として黙っている。


 そして、瑪瑙の語りも最高潮を迎えたようだ。一歩前に踏ん張ったのだろう。足音が聞こえた。耳を澄ましていれば、握りこぶしを振り上げたりする音も聞こえたかも知れない。


 どちらにせよ、夏の暑さにも負けない熱さだ。


「だからこそ。だからこそ、私は言いたいのですよ。呪術は学問であり、決して非科学的なものばかりではない、と。本当の本物は、堂々と胸を張るべきなのだと」


 もはや大義も何も言わなかった。


「そして、この呪術ちからを、良いことのためにこそ、使おうと誓ったのです」


 しばらく待った。終わったらしい。白々しく九津は乾いた拍手を送った。そして、


「今、やろうとしてることは不法侵入だけどね」

「九津さん。お静かに。大事の前の小事です」

「…はい」


 つまらない一言を発し、包女も驚きの冷静な声に突っ込まれた。





 ところが問題はその後におこった。そのため、あれから数分たったが、九津たちはいまだに動けないでいた。


 思わず光森が呟く。


「…まさか、まさかの展開だな」

「俺もちょっとビックリです」


 笑うことは得意な九津だったが、微妙にひきつっているだろう自覚はあった。それも仕方がない。それほどの問題がおきたのだ。


「本当に、本当に、申し訳ないのです」


 まさか、瑪瑙が呪力エネルギー切れをおこすとは。


 数分前、語るだけ語った瑪瑙は満足そうに呪術を続けようとした。しかし語っている間も呪術を解くのを忘れていたのだった。そのときになってようやく空腹を覚えた瑪瑙は、同鼻をくすぐる木の香りがしなくなったことにも気がついたのだ。


 瑪瑙にとって、「木の香り」というのが呪力であり、それを感じとれている間が呪術を使える時間である。


 空腹そのものは瑪瑙自身の体力であり、また呪力とは厳密に違っていたために気がつくのが遅れたのだ。ただ、熱くなりすぎていただけではない。


 そうして瑪瑙はもうすでに見え始めているお互いの姿を確認しながら、冷や汗と共に独白したのである。自身の呪力が、完全に切れてしまった、と。


「とりあえず、三人ぶんならなんとか数十秒はもつのですが」


 膝を抱えて寂しげにお菓子を食べながら瑪瑙が、申し訳なさそうに言った。普段、時おり見せる陰りと違い、これは後ろめたさからくる陰りだった。


 先輩二人は、そんな後輩の少女を優しい眼差しで見るしかなかった。

 

「ううう、情けないのです」

「覚えたてなんだろ?力配分がままならないのはしょうがないだろ。それより、もうそれだけ使える状態に回復したのがさすがだよな」

「そうそう。これだけ早い回復なら挽回できる。突っ走り失敗は充分に取り戻せるよ」

「ううう…九津さんに言われる日が来るとは…不覚なのです」


 この頃、包女や九津の妹である界理かいりが不在のときのお目付け役を自負していた瑪瑙としては、そうとうな衝撃だったらしい。膝の中にますます埋もれて、九津の「何気にその返しもひどくない?」という言葉を完全に無視した。


「とりあえず、三人ぶんならいけるんだよね?」

「確約するのです」


 九津の問いかけに、埋めていた顔を持ち上げた瑪瑙。うん、と九津は頷き返し、大義、そして光森を見る。


「なら先輩」

「ああ。蟻川さん、道案内は頼めるっすか?」


 光森もすぐに頷き返し、今後の方針を大義へ尋ねる。大義は力強く答える。


「任せてくれ。入ってすぐのところに、非常用の階段がある。そこなら防犯カメラもついているが、フロア内を直接行くよりかなりマシだろ。姿が見えるならそれなりに行き方はある」


 こうして今度こそ本当に、三人のビルへの侵入が始まった。





 侵入は、限りなくうまくいった。予定通り、非常用の階段がある場所まで無事にたどり着くことが出来たのだ。


 次いで聞いていた通りの時間に姿が見え始めたことを確認し、階段を上り始めた。


 高層ビルらしく、二十を超える階層を上がるのはなかなかの苦難だが、九津と光森にとっては最近の修行よりも楽だった。一応、一般人である大義に合わせているのだが、大義もアドレナリンが満ちているのか、それとも使命感からか、肩で息をしながらも申し分ないペースで上っていく。


 ここで気を付けるべきは監視カメラではなく、時間帯によって見回りにくる警備員らしい。しかしそれも五階、十階、十五階、二十階となんなく上れた。


 とうとう最上階まで無事にたどり着いた。身構えていた二人からしてみたら、物足りないくらいだった。


 少なくとも九津は、原動力者エンジニアの一人や二人とは戦闘になるのではと、密かに楽しみにしていたというのに。


 それはともかく。一度、携帯にて外の瑪瑙に連絡をとった。ワンコールも待たずに通話が始まる。


「こちらは代わりなくなのです。包女お姉さんからの連絡もまだありません」


 もれた瑪瑙の声が九津にも聞こえた。そうか、と光森は返し、


「こっちは今んとこ大丈夫だ。入り込むまでの呪術はうまくいったし、ここまで来ればあとは…何とかするよ」


 九津と視線を交わしながらそう言って通話を切った。


 がちゃり、とまるで運命の扉を開けるように非常口の階段を閉ざしていた扉を開けて、そこから抜けた。大義に聞いていた通り、この辺までくると他の職員たちはまずいない。何度か警備員らしきを見かける程度の階段よりも、がらんどうとしていた。


 監視カメラを大義の指示に従って、堂々と抜ける。挙動不審気味に進むよりもいい、との判断らしい。


 それが効をそうしたのかはわからないが、目的の部屋へとたどり着いた。最重要機密が保管されていてもおかしくない場所。最高責任者である、モア・ダイパスの部屋である。


「なんとか無事にたどり着けましたね」

「ああ、そうだな。じゃぁ、俺が一緒に中に入るから、お前は外で見張りな」


 予め決めておいた振り分けを光森が言う。九津も頷き返す。そして、


「ん、了解です。鵜崎ちゃんの呪術が戻ったら、合流しましょう。合言葉、覚えてます?」


 と、光森に尋ねた。


 これも予め決めておいたことだ。姿が見えなくなったときに、お互いがどこにいるか、なんと言えばいいのかを決めていたのだ。


 ただどこか、楽しそうな九津と違って、光森はあからさまに不服そうだが。


「……覚えてねぇ」

「いやいや、嘘はやめてくださいよ。いきますよ?マテリアル?」


  呟き返す声も低く、つまらなそうだ。九津は無理矢理にその言葉を引っ張り出す。


「……エンジニア」

「ん。では、ご武運を」


 ぱぁ、と明るい顔で親指を立てて光森たちを九津は見送った。満足そうだ。


 そんな楽しそうな後輩を見ながら、なんだこれ、光森はそう思ってモアの部屋へと入っていった。





 個人の部屋。とくに幹部級の部屋ともなると警備が厳重になるのでは。そう考えていた光森だったが、ここでも大義の言った通りだった。


 大義が言うには、基本的に立ち入り禁止の場所でないなら、職員はどこにでも入れるようになっているらしい。


 これはモアを始め統喜たちが、この一帯で働くものは家族のようなものだ、という考えのもとからきているらしい。そのため監視カメラや警備員も最小限であり、禁止区域以外への立ち入りが柔和になっているのだと言う。


 ある意味光森は、自分が感じていた管理体制とは逆のようだ、と考えた。しかしすぐさまそれを自分で否定した。


 光森の脳裏をよぎったのは次元転移《Cタイプ》の原動力者エンジニアである女剣士の存在。


 あのような用心棒的な存在がいるのなら、確かに生半可な防犯は必要ないだろうと至ったからだ。複数いれば、それこそどこかの特殊部隊以上の働きをしてくれるのでは、そこまで考えた。そして、包女たちは大丈夫だろうか、と。


 光森としては、包女と筒音の二人ならなんとかなるだろうとは思っている。何より、あの戦闘に関してはめっぽう役に立つ後輩が、それでいい、と判断した振り分けだ。信じるしかない。


 とにかく今は資料を探し、大義に確認してもらわなくては。そう思い、行動するしかなった。


 その時、


「さてさて、探しているものがあるのですか?奇遇ですね、私たちもですよ」


 大義と二人しか居ないはずの部屋に、男の声が聞こえた。


 誰だ、と咄嗟のことで二人とも声がしない。確かに入ってきたときは誰もいなかったはずなのに。それに侵入するためには、九津の前を通る必要があるはずだったのに。


「…!じいさん、どこから」


 長くない時間。二人はやっとその声の主を見つけた。なぜ今まで気がつかなったのか、と疑問に思うほど堂々とその男はたっていた。


 後ろ手に手を組み、眼鏡を鋭く光らせる痩身の背の高い五十代くらいの男。


「最初からですよ。あなたたちが来るのはわかっていましたから」


 穏やかそうな顔。本当に全てわかっていたかのような対応だ。ということは、本当にこの男は最初から(・・・・)この場所にいたのかもしれない。


 ならば、なぜ、その事に気がつかなかった。


 それはつまり、相手がそういう事を可能とする人物だということだ。思わず顔が歪む。


「ちっ」

「蜂峰、さん…」


 舌を打つ光森の側で大義が、男の名を呼ぶ。


 光森もどこかでみたことがあるとは思っていたのだが、今思い出した。蜂峰総喜、午前中にテレビ越しに、そしてパンフレットで見たことのある顔だったのだ。


「あなたたちの探し物、一旦やめていただきませんか。代わりに、こちらからの質問に答えていただきたいのですが」


 総喜は穏やかなまま言う。微妙な緊張感。光森たちは動けずにいた。


「ホォ・シャオシンさん。彼女は何処ですか?」





 一人部屋の前で待つ九津は、そろそろいいかと通路の角へと顔を向ける。


「…で、そこに隠れてる人。隠れるつもりがないなら出てきてもらえます?妙に殺気ばかりを当ててきて、正直、うんざりなんですけど」


 その顔は、言葉と裏腹に楽しそうだ。


「く、くく。くははは」


 笑い声。角から影が伸びる。出てきたのは、褐色の肌に厳めしい目付き、そしてなんとも愉快そうに口を綻ばしている男だ。がたいも良かった。


「やっぱり今回のネズミはただ者じゃないらしいな」

「警備員?…しかも厄介なレベル」


 男を見ながら九津が考察する。男はにやにやしたまま口を開いた。


「そう思ってくれて構わん。さて、お前、シャオを凌いだらしいな。やるじゃないか」

「シャオ…ああ、あの女の人か」

「探してるんだ。居場所は何処だ?あいつの保護者が煩くてな」


 両手を広げ、やれやれといったような大げさな仕草だ。九津は警戒を強めた。


「あの人なら…今は隔離空間…異次元ってやつかな。ちょっととじ込もってもらってるんで」

「シャオを異次元に…くはは、本当に面白いやつだ。小僧、名前は?」


 一般人には通じないだろう言葉を使ったが、相手の男は不思議がるどころかますます楽しそうだ。


 九津はどうしたものかと考えて、


「ネズミに名乗る名前はないので」


 いつものように茶化した。


 にやり。男は笑った。


 ぞくり。九津は背筋に冷たいものが走った。一気に警戒レベルが上がる。構えた。その時には、男はすでに攻撃体制が整っていたようだ。


 その場で拳を振った。


「そうか、なら、諸々は体に聞くさ」


 とてつもない風圧と、何かしらの力によって九津は壁に突き飛ばされた。


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