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ココノツバナシ  作者: 高岡やなせ
一学期の起承転結 編
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第二話 『同級生・承』

 

「見られた?見られた!?」


  悟月九津さとづきここのつに「魔法を使えるのか」と聞かれ、「魔法使いさん」と呼ばれた後、鷲都包女わしみやつつめは九津を目を合わす事も、返事も無く駆け出してしまった。


 とにかく急いで九津から離れなくては……それだけを考えていたからだ。


  たどり着いた先は教室の近くの女子トイレだった。中の個室で包女は頭を抱えながらうわ言のように呟いている。


  「見られた?見られた……見られた……なんで?」

 

  何を。一体何を。


 自身への疑問が、九津への疑惑が、留まる事を知らないように頭に、心に、浮かんでは消える。


  もし、もしもだ。九津の言う通り『魔法』が使えたとしても学校で一度たりとも使ったことがない。

 

 何故なら使えた(・・・)としたらひたすらに隠すからだ。魔法などという日常に歪さを生み出すような異物は。


 隠した方がいいのだ。魔法などという日常を壊しかねない危険な非常識は。


  しかし、もう一言。九津は踏み込んだ質問をした。



「それは本物の封印だよね?」


 

  「何で?……何でわかったの?」


  震える手で頭を支える。震える声で確かめるように同じ言葉を繰り返す。しかし、もうすでに過去になりつつある事実を受け止めきれずにいる。


 それどころか認めなくてはいけないことがある。


「私がアナタを宿してるって」


  普通ではあり得ないはずだった。通常では不可能なはずだった。常識では考えられないはず…だった。


 だけど九津は気がついたのだ。


 眼帯が包女の中に宿したものを封じる(かくす)為の代物ものだと云うことを。


「ねぇ、どうして?私失敗した?見られるようなことした?お願いだからなんとか言ってよ……」


 包女は深く息を吸う。


筒音つつね…」


  吐き出された声に力はなく、名を成す言葉は弱々しく響く。


 直ぐに返事は無く、しばらく校舎側からの人が動く喧騒が聞こえるのみだった。そこへ、


『フム……確かにちと妙じゃの』


  包女の耳にだけ響くような声がする。実際に音が反響した様子も無いことから包女に直接届いていることがわかる。


 声の主は続ける。


『お主が魔法を使うことは当然、妾が実体化する事も一度たりともなかった。じゃが、しかし…あの小僧は眼帯が妾の力を抑える為の封印ものだと気付いた。…何かあるのじゃろう』

「何か…。つまり……あの人は……」


  同じクラスになってから名前も覚えられないような同級生の事を包女は思う。


「こちら側の人間てこと?」

『まぁ、そう考えるのが妥当じゃろう。それに相当な実力者であるおそれもあるかのぉ』


 姿無き声、筒音は九津をそう評価した。


 相当な実力者。それは包女も考えた。注意をはらい、抑える為の道具まで使った包女の〃事実〃を見抜いたのだ。そう考えるのが妥当というところだろう。


「じゃあ…やっぱりあの人も魔法使い…」

『可能性が捨てきれぬ、ということしか言えぬがな』


  こうして包女は筒音と一つの答を導き出した。


 鷲都という、とある魔法使いの一族の少女と姿無き声の主は九津が自身達と同じ(・・・・・・)「魔法が使える」もしくは「魔法の存在を知っている」者、であることを。


 これは、この結論は包女にとって大きな誤算だった。


  名前も覚えていないような同級生がまさか自分と同じ側の人間だったなんて。


 同じ側の人間がいないはずの高校を選んだはずなのに。


  念には念をいれ、クラス分けの際は「自分が知っている、自分と同じ側の人間」の名前がないか確認した。


  無理を承知で職員室へ行き在校生の名前も確認した。多少、不思議がられたが「どうしても」 と頼み込み聞き出すことが出来ていた。


  それなのに、だ。


  全くの視野外の人物から魔法の有無を聞かれてしまった。もしかすると、包女が筒音を宿してることさえ気づいているかも知れない。そこまで考えて包女はある考えがよぎった。


  「もしかして私、逃げた事が失敗だった」

 

  天を仰ぐように呟く。


 よくよく考えてみればあの時普通に『否定』 しておけば良かったのだ。逃げたことはむしろ『肯定』したことと同じではないだろうか、そう、思い至ったからである。


『確かにのぅ……後々誤魔化しづらくなったのは事実じゃのぉ』

「どうしよう」


  声が自然と大きくなる。


『せめてもの救いは向こうがまだ確信を持っていないことじゃろう』

「え?」

『あの小僧も言っておったろ、何か……とな。つまるところ本当の意味で妾には気づいておらぬ、ということじゃ』


  包女は筒音の言葉にそうだった、と思った。九津は「何か」と言っていた。と、言うことはまだ筒音のことは知らない。いや、知ろうとして近づき、今に至ったのだ。


  とするなら。


「やっぱり逃げたのは不味かったね……」

『そうじゃろうか』

「?」


  包女は筒音の言葉に首を捻る。


『あの小僧が何のためにその話を持ち出したのかさえわかれば良いのじゃ。関係なく、ただの興味本意なら捨て置けばいい。不可思議な力に気づく程度の者など少なからずおるのだからな。……しかし、こちらと敵対する意思があるなら……』

「その時は…………戦うんだね」


  包女も声に決意を込めるように強めた。


 そうだ。「こちら側」だというなら最悪、力尽くだとしても仕方がない。


  『何はともあれ、今日を過ごしてみようぞ、のぉ』

「うん。わかった。落ち着いて、相手の目的を知らないとね。敵じゃなきゃ……いいな」


  包女は眼帯に手を当てて呟いた。


  その声に対する答えは無かった。


  しかし大丈夫。それでも包女は安心していた。筒音と呼ばれた声の主は自分に協力してくれる。それだけは包女にとって絶対だから。


  だから、たちあがり、立ち向かえるんだ。同級生である少年の目的を確めるために。


  必要とあれば……戦う覚悟で。




 ────



  朝の行動を思い返してみると、九津は自身に常識的配慮(デリカシー)というものが欠けていることに愕然とした。それは一時限目、ギリギリに入ってきた包女を見てさらに思い知らされることとなった。


  冷静に考えて、いきなり『魔法が使える』とか『魔法使いさん』なんて……。


 時間が経ち冷や汗も流れ始めた。ものすごく恐ろしいことを聞いてしまった。いや、恐ろしく恥ずかしい事だ。


 違っていたらどうする。違っていなかったとしても、秘密にしてたら。


 あらゆる可能性が九津の中に生まれ、それがより一層の罪の意識を膨らましていく。


  違っていたとしたら、普通の人ならまず間違いなく自分と一本の越えられない線を引くことだろう。


  そう考えると包女が走って逃げ出したのもわからないではない……。


 もし、秘密にしていたら…とにかく謝罪しなくては。絶対に口外しない、と。


 とにかく九津は穏やかな陽射しとは裏腹に、曇天模様の心境で日中を過ごすことになりそうだと思った。


  何度か包女に声をかけようかと試みはあった。しかし後悔と反省の後押し、気恥ずかしさや纏まらない思考の足枷、間の悪さと期に恵まれない運の無さに、ついには放課後を迎えてしまった。


  頭を抱えつつ聞いていた授業は気がつけば終了。それと共に制限時間の終わりを告げるようなチャイムの音が聞こえた。


 天道の帰宅を促す「今日はこれで終わり。みんな、気をつけて」との言葉に九津はなす術無く従うしかなかった。


  また明日か、諦めて帰ろうとする九津は帰りの支度をし始めた。するとスッとある人物が近づいてきた。


「あの、悟月…くん。朝、朝の話の…こと、なんだけど」


 鷲都包女だった。


  九津の心に希望の光が射し込み、興奮煽る管楽器の音が鳴り響いた気がした。


 まさか、包女の方から声をかけてくれるなんて、と。


 九津はこの機会を逃すまいと早々に支度を切り上げ立ち上がった。朝の誤解…ではないが、とにかく謝罪が出来るかもしれない。そう思う気持ちが九津を急き立てた。


「鷲都さん、その事なんだけど…俺もちょっとだけ話を聞いてもらえると嬉しいと思ってたんだ」


  と言った。


「うん、私も少し、話がしたくなって…あの時は…急で。逃げたりしてごめんなさい」


 頭を先に下げられた九津は慌てた。謝るのは自身の方なのに、と焦ったからだ。


「そんな、俺こそいきなりでごめん。だったらさ、一緒に帰りながら話そう」

「あ、えと…その方がいいかな。…だね、そうしよう」


  九津と包女は一緒に帰路につく事にした。


 そして二人で並び教室をあとにした。


  この時、教室に残っていた数人の級友達がどよめき、二人の動向に注目していた事に二人は気がつかなかった。


「おいおいおい、あれって」「何、朝の話って」「朝といえば鷲都さん、珍しく遅れて来てたよね」「悟月となんか話してたってことか?」「あの様子、かなり真剣そうだったよね」「まさか……」


 例えその目が「誤解」に満ちた輝きを放っていたとしても。





 ────




  九津の通うこの高校の校舎は、小高い山の上に町と海を見下ろすように建設されていた。緩やかながら山沿いを巻くような坂道は、自転車通学者のみならず徒歩通学者に試練とでも言いた気に待ち受けている。


 舗装自体は綺麗にされていて山道とは言いがたいのだが、それでも慣れない最初のうちは見るだけで憂鬱になる生徒が続出するのが通例だ、と在校生達は語る。


 そんな学校の校門を潜り抜けてから歩く坂道。二十分前後をかけてようやく人が賑わう商店街が出迎えてくれ、生徒全般が御用達となる駅へと辿り着くことが出来る道のり。その途中に幾つか横道にそれる場所が点在した。


 二つ程は民家へ続く道であり、商店街からみれば山の下辺りに構えているのがわかる。


 高校付近、直下に別れる道は小さいながらも適切な広場のように開拓され、授業、部活等の一端のために学校側が町から借り受けている場所だ。


 そして、中腹部。そこにも一ヶ所、細い道が続いていた。何処へ辿り着くのか。付近の住民達は口を揃えて言うだろう。


  「廃病院…のようなところ」


 と。


 住人以外が聞けば何故断言せずに「…のようなところ」と付くのか不思議に思うことだろう。


 しかし実際のところ、本当に病院跡かどうかがわからないのだ。古くからある白塗りの建物で遠目にみると病院に見えなくない。だからこそ付近の住人は老若男女問わずして物心ついた頃にはそう呼んでいた、そう証言するのだ。


 例えそこに、誰も行ったことが無かったとしても。


 

 そして、その場所に今、九津と包女は来ていた。


「私があの高校を選んだ理由が二つあって。その一つがここなんだ」


 包女の案内により踏み出した道を進みながら、九津は包女があの高校を受けた理由を聞いた。


 一つは知り合いのいない場所であること。


 もう一つがこの場所が近かったということ。


「ここって人気がないから秘密の話をするにはもってこいなんだ」


  先導する包女が歩きながら喋り続ける。小道を抜け、あけた場所に出ると白塗りの建築物があった。その前に立ち止まると包女はクルっと九津へ振り返った。


「何でかわかる?」


  問いかける。九津は頷いた。


「多分これって結界だね。横道に入った時から違和感を感じてたんだ。凄いね!これだけ近づいてようやくわかるぐらい微弱なのにしっかり役目…人避けかな?果たしてるね」


  「結界」という「違和感」に対して目の前の「同級生」が「関係」している事実に興味津々で饒舌になる。抑えられない衝動に従い、目を輝かせた九津は問い返した。


「これって鷲都さんが?」


  珍しい玩具を発見した子供じみた笑顔になったのを自覚しながら。


  「……ふう」と、包女は一拍置くように息を吸った。心のうちは読めないが、心の変化があっただろうことは読み取れた。


「半分正解。半分間違い…かな?」


  と包女が答える。


  「まずね」答えあわせするように続ける。


「ここが〃結界だね〃っていうのが正解。そして効果は人避けっていうのも。だからここはずっと皆に知られながらも、近付く人がいない場所なの」


  包女にしては長い間合わせていた目を離し、少し見上げるように顔を上げた。


「間違いの部分はね、私がやってる…って部分。私には無理。これだけの敷地に、こんな精密な結界を長い期間持続させるなんて事。しかもだよ、この地域のお年寄りの人たちが気づかないぐらい昔から」


  何か想像して笑ってしまったのか、包女の声は学校で聞くよりも楽しそうに聞こえた。


  そういえば先程目を合わせていたときもそうだったが、表情も仕草も学校で知っている包女では無いな、と九津は思った。深呼吸のあとに感じた心の変化の正体は、包女が隠していた強い意志のようなものだったのかもしれない。


「で、これが朝の俺の言葉に対する解答ってことでいいのかな?」


  コクン。包女は首肯して九津を見て目を細めた。


「そう。これは、この結界は〃魔法〃って呼ばれてるものだよ」


 九津の瞳の輝きが増していく。


「私は魔法を知ってる。使える。魔法使い。この結界は私の魔法じゃないんだけど、私の一族のモノ。私の、ずっと、ずっと前から続く、モノなんだ」


  打ち明けた事で満足したのか包女は一回目を閉じる。白塗りの建築物に触れるその姿はまるで、戦いをを待つ挑戦者のような雰囲気を醸し出していた。


「悟月くん。私はここまで話したよ。今度は悟月くんが答えてね」


  そういうと包女は閉じていた瞼を開き、しっかり強く九津を捉えた。その視線に込められた力に一瞬たじろぎそうになる九津だったが、グッと意識して足を踏ん張った。


「アナタは魔法が使えるの?私と同じ……魔法使いなの?」


  包女は九津の言葉を待った。


  沈黙。辺りの雑木が嵩張る音しか聞こえないほどの時間が流れた。たっぷり間を開けた九津は嬉しそうに口の端を持ち上げた。


「俺はさ、ある人……いや正確には人達なんだけど…ってまぁ、そこは今はいいか。そのある人から魔法を教わってたんだ。だからこの結界の力なんかも感じることが出来る」


 九津の話に包女は頷いた。口を開かないのは九津に続きを促す為だろう。察した九津はまた喋り出す。


「結界の違和感。あれは魔力・・だね。学校で似たようなものを鷲都さんからも感じてた。だからといって不躾で聞いていい事じゃなかったね、ゴメン……って今さらか。でも、本当にごめん。で」


  とそこで九津は一旦区切った。コホンと咳払いをしてもったいぶるかのようだ。


「俺が魔法使いか、って質問だけど……」


 片目を閉じて人差し指だけを伸ばした手を三日月じみた口元に持ってきた。何処かの道化のような仕草だ。


「魔法使い……じゃ、ないよ。けど、魔法の存在は知ってる人間、ってとこかな」


  九津の話を聞き終わり、包女は「そっか…」と合点がいったように呟いた。『同じ側の人間』という自分達の予想が当たっていたのだから当然の事だろう。では、と次なる一問を投じる。


「でも私は魔法を使ってないよね?魔力だって漏れないように気を付けていたはずなのに…何で気づいたの?」

「ああ、それか」


  九津はなんともないとでも言いたげに軽く頷いた。


「上手く伝わるかわからないんだけど…鷲都さんを見ていたら、たまに周りが歪むっていうか、滲んでるような感じになるんだよね」


  九津も包女から目をそらさず言葉を紡ぐ。九津から放たれる言葉を一文字一句聞き逃さないようにする包女の真剣さが伝わるようだ。


 だからこそ、九津は嘘をつかないよう、嘘にならないように言葉を選んだ。


「その現象ってのかな?それがさ、俺に魔法を教えてくれた人が使ってた技にそっくりだったんだよね」

「使ってた……技?」


  思わず声が出る包女。気にした様子もなく九津は続ける。


「うん。あれってさ…魔力をつくってた(・・・・・・・)んじゃない?」


 包女の表情が一瞬にして変わった。それは言葉にせずとも 、正解だ、と告げるかのようだった。


  実際に包女の内心では、この人はそこまでわかっていて聞いたんだ、と深く納得した感覚に包まれていた。


  包女は九津が敵でないといいな、と思っていた。ここに来るまでも、来てからも、話している間もずっと考えていた。だからどうしても聞かなければいけない最後の質問があった。


「……それを聞いて…どうするつもりなの?」

「ごめん、大したこと理由はないんだ。ただ同年代の実力って言うのかな?ちょっと興味があったんだ」


  九津は謝罪と共に答えた。自身の好奇心に従ってしまった正直な胸のうちを。


「そう。同年代の実力を(・・・・・・)…か」


 包女が俯いた。瞼を閉じ、言葉を反復している。九津の言うことはつまり「鷲都包女の魔法使いとしての実力を知りたい」ということに他ならない。


「それはさ、私と戦うってことなんだよね。朝、声をかけてきたのは……」


 息を吸う。包女はうちに潜む力の奔流を感じながら瞼を開いた。


  「挑戦する意思があるってことだね」


 そして、包女は九津を睨み付けるように見据えた。


「…………え?」


  突然に包女から放たれた敵意に思わず間の抜けた声しか出せなかった九津。同級生の、しかも女生徒からそんなモノを放たれるとは思わなかったからだ。


 包女の手元が輝く。九津にはその輝きが赤く(・・)見えた。


 魔力だ。九津の中に培った知識がそう確信した。


 古今東西、去来南北、初めから(・・・・)魔力は〃赤〃と決まっているのだ。


  刹那、黒い木刀が包女の手中に現れる。九津が驚く間も無く木刀を胸の前に構えた包女が「いきますっ」と一声、仕掛けてきた。


 突き出された木刀が包女の意志に反応するように赤く染まったように見える。迫る数秒。


  気合いと共に九津に一撃を与えんとする包女。


「ちょっと待ってよ、鷲都さん!」


  後退することで避ける九津は包女に話しかけ説得を試みる。こんな状況は九津にとって想定外だった。


「実力が知りたいとは言ったけど何も戦うなんて」

「あなたこそ何を言ってるの?私達のような存在が実力を知りたいって言ったよね。しかも魔力をつくっている事を知りながら!それはつまり」


  赤光りする気配を放つ木刀を九津に向けながら包女は宣言する。


「私の一族の事を調べに来たってことでしょ!」

「………………え?ああ、そうなるの?」


  それ以上の言葉が出なかった。


「どこの者なの。属性…召喚、空間はないだろうし。やっぱり精霊の…」


  呟きながら距離を詰め寄ろうとする包女。九津は逆に距離をとろうと一進一退が続く。ここが建物の中でなかったのは幸いだ、と九津は思った。


「とにかく、悪いけど同じ側の人間として手加減も容赦も出来ないよ。殺さない程度にとどめるつもりだけど…覚悟はしてね」


  今度は突っ込むことはせず九津に向かって木刀を凪いだ。それだけで風を切り裂く音と共に赤色の力の流れが具現化するように炎を生み出し九津を襲った。


 疑いようもないあれは、魔法だ……いや。「魔術」だ。


 詠唱や魔法陣なんて代物を必要とする〃人間〃が中途半端に似せた贋作とは違う、意思と魔力による放たれる本物の……いや、元来・・の魔術だ。


  炎に魅入るように目を見開き、襲い迫る炎を避けながら興奮する衝動を九津は堪えた。本当に、本物の魔術を操る同世代の人間に出会えるとは思わなかったからだ。


 やばい、ドキドキする。ちょっと……楽しいかも知れない。


 外れた炎の塊は辺りを燃やすことなく消え去った。同時に九津が感じ、視ていた赤色の力─魔力─が霧散していくのを確認した。


 そのわずかな間に包女は木刀を地面に突き立て、「あまり得意じゃないけど」と顔をしかめながら魔力の流れを操っていた。


 包女から流れる魔力は木刀を伝い地面に流れた。流れた魔力は幾何学的な模様を作り上げる。


 あれを魔術を知らない人間が見たら確かに魔法陣を使って(・・・)魔術を生み出しているように見えるよな。九津は久々に見た魔術にそう考えて笑った。


 だって実際は違うのだ。魔術を知ってる人間ならわかる。魔力を用いて放たれた魔術の塵屑(・・)こそがあの幾何学模様なのだと言うことを。


  包女が突き刺さす木刀を中心した赤い光が強まり輝き、消えていく。


「鷲都さん、大物出したね」


 しかし包女は答えない。


  九津は茶化すつもりは無かったが真顔の包女に冷や汗をかきつつ気配を探る。


「気配」とはこの世の森羅万象に存在するものであり、魔力も例外では無い。使用者の手を離れ魔気となりこの世界に蔓延る事がある。魔術として放たれた魔力も然りだ。


 あれだけ大きな魔法陣ちりくずを残したんだ……相当な規模の一撃が来るはずだ。時間にして一秒前後、九津は思考する。


 そして、胸が高鳴る。早く来い(・・・・)、俺にその力を見せてよ、と。


「これで、決まり手だよ」


  告げる包女の声は冷ややかだった。


 言葉の終わりを待つように檻とも柱とも呼べる形の炎が大地の底より一瞬にして現れ、九津は包まれ見えなくなった。


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