第三十話 『怪ノ公式②』
一階までの道のりは、復路ということもあり早かった。降りてきた最後の階段を上りきり、扉を開けた向こう側。そこではすでに自身の術も解いていて、心配そうな表情をみせる瑪瑙が出迎えてくれた。
瑪瑙は包女たちがいないことで、ことさら不安げに眉を寄せるが、説明はあとからするからという九津と光森の説得に応じて、その場を移動することに同意した。
建物を出てしばらく。
九津たちが追手のないことを確認すると、地下での出来事をざっくりと瑪瑙に聞かせた。
話の途中、先ほどとは違う様子で瑪瑙は眉を寄せた。
「えええ!!ではでは、包女お姉さんたちは、そういう理由で地下にのこったのですか」
「ん、そういう理由」
話を聞き終わると同時に、呆れたようにもみえる困った表情をした。九津としては、それが事実であるためこれ以上は何も言えない。
瑪瑙はそのままの表情で考え込んでいるようだ。
「遊びたい…なのですか。筒音さん、もしかしたら新しいことを試して見たいのかもなのですね」
一つの推測。
「ん、それもあると思う」
「いや、もぉ、それ以外思いつかないだろう。あのキツネが遊ぶってんたから」
筒音のことを既知している三人は、それで納得した。筒音が、あの半妖が、わざわざ包女を呼び止めてまで遊びたいと言ったのだ。それはつまり、新技実験だ。
「あ…えーと、ところで君たち。本当にあの子たちを置いていくのか」
そこに、男がばつの悪そうに話しかけてきた。どうやら包女たちを置いてきたことが気にかかるらしい。
女の子一人と獣一匹を置いて自分たちだけが逃げる。確かに一般的にはなんとも聞こえの悪いことだろう。
「ああ。鷲都…あいつがそうしろって言うんだ。そうした方がいいんすよ」
とりあえず、頬をこそばゆくかきながら光森が答えた。そして、それに、と男を見る。
「あんたにはやることがあるんすよね?」
確かめるような視線。男は真っ直ぐと受け止めると、短く頷いた。
「ああ、そうだ…そうだな。行こう」
男は先陣をきって歩き出した。その後ろをついて行く三人。九津は声をひそめた。
「で、先輩。これはどういう状況で、この人は誰なんですか?」
全くもって今さらのことなのだが、瑪瑙に説明した以上のことを九津も知らない。ぐんぐん迷いなく進んでいく背中を眺め、光森に尋ねた。瑪瑙も同じく、小声になって光森に寄った。
「そうなのですよ、先輩さん。とても心配だったのですよ。死亡フラグがそこらかしこにたっていたのです」
「…悪い。どこから言えばいいか…まず、そうだな。この人の名前だな」
「何て言うんですか?」
瑪瑙の物言いにたじろぐ光森に、さらに尋ねる九津。光森は一拍置いてから口を開いた。
「俺の方から言っていいすか?」
言葉の行き先は男だった。男は進みながら振り向いて、首を振る。
「いや。ここは俺が言うよ。俺のことで巻き込んでるんだ。歩きながらで悪いが、俺の名は蟻川 大義。この一体の研究施設で職員をやっている者だ」
男、蟻川大義はどういう経緯であのような状況に陥ったのかを語り始めた。
少しだけ、この男、蟻川大義を語る。
大義が、この「人類進化学研究区域」の職員として勤め始めてから六年ほど経っていた。
実際に関わりだしたのはもっと前のこと。大学生時代に、興味半分でここが募集していたアルバイトを面接し、あっさりと合格したその時からだった。その頃の大義本人は、超能力なんて虚言であり空想であり、、自分が信じるに値しない存在。下手な宗教と同じくする種類。その程度に考えていた。
ただ元来の真面目さも手伝い、いくら信じられない物事だからと言って仕事に手を抜く気はなかった。むしろ真面目なところが強くでたのか、逆にその仕事の期間中くらいは、そんな戯れ事じみた話に付き合ってもいいと思っていた。
ところが。ところが、だ。その認識は、時間と共に大きく変わることとになる。
期間限定ではなく、無期限へと。
それはいつ頃だっただろうか。普段は大学の講義が終わった余暇に行き、資料の整理や清掃等の雑用を主とした仕事を、自分以外の同年代の者たちと下らない話をしながらこなしていた。その時は、変わらない。それどころか、話題になるのはこの研究地域の風評ばかりだったし、大義もそこに同意してばかりだった。
それが決定的に変わったのは長期休暇に入り、時間の延長を頼まれたときからだ。その頃から、大義の信念や思考を揺るがすほどのことを知ることになったのだ。
まず定期的に行われていると言う講演。これに驚かされた。
興味もなく、平日に行っていることもあり、大義が勤め始めてから一度も関わる事の無かった催しだった。しかし、長期休暇という一日中時間をもて余していることもあり、改めて手伝いを頼まれたとき、快く応じてスタッフとして参加した。もちろん金銭的な面があったことも嘘ではない。
数日前からの続きで会場を作り、人を入れる用意をする。この頃はまだ、今現在使っているほど大きな会場ではなく、百人入れば限界になるような広さの場所だった。
こんなことをしていたのか。
この時の大義は、まさかこの会場が一杯になるなんて夢にも思ってもいなかった。心の内側では、呆れたように苦笑いをしていたことを隠すのが大変だったのを、今でも覚えている。
だが始まってみれば、会場は満席になった。立ち見を希望する者もいるほどだった。安全上の理由と申し込み者を優先するから、と申しつけて断ざる得ない場面も出て来た時は、空いた口を閉じるのに必死になったものだ。
次に、その人数に驚いたあとのこと。それは会場入りした人たちの真剣な眼差しだった。
思い詰めた顔つきは、それぞれの過去の全てを語るようだった。とくに大義が目を引かれたのは、まだ幼い男の子を抱き締めながら歩いていた母親だった。
「あの……お子さんですか?」
こんな人までいるんだな。
そう思うと、思わず声をかけてしまった。
母親である女性は、子供を抱く力を強めると、口を真一文字にし警戒心をあらわにした態度で体を硬直させた。
なせだろう。ヤバい、と大義の方が焦った。疑われているのが嫌だった訳ではない。わからないが、とにかく急いで首に引っ提げたスタッフである証明を女性に見せた。それで警戒心を解こうとしたのだ。
「あの……僕はここのバイトで、案内誘導役なんです。申し込み者の方かな、と思いまして」
取り繕うように、嘘にならないことを並べる。
じっと、女性は思案するように黙って動かない。唾を飲んだ。緊張している自分がいる。
「すいません。私は、前もって申し込みさせて頂いた者です」
ようやく、女性が口を開いてくれたことにより、安堵を覚えた。試験の比ではないほど緊張していた。まだ強張る表情ながらも挨拶を返してくれた女性に、ゆっくりと営業用の笑顔を作る。
「でしたら優先席ですね。ええと」
女性に、申し込み者が受け取っているだろう座席番号を見せてもらい、案内した。
「ありがとうございました」
互いに礼をしあい、大義は女性と別れた。それはもちろん仕事に戻るためだったが、それ以上ここに居てはいけない気がしたからだ。
出来ればもっと聞きたいことがあった。
なぜ、ここへ来たのか。その理由はもしかするとその子供に要因するところがあるのか。
聞くことは出来なかった。
こんな公の場でそんな話が出きるわけ無い。などという常識が制止させたわけではない。ただ、なんとなくこの場所でそんな話を聞いてはならない。そう直感が告げたからだ。大義はそれに従っただけだった。もしかするとあの緊張は、その予感だったのかもしれない。
大義はしばらくの間、仕事に専念した。
誘導するのも一段落し、気づけばもう開始の時刻だった。会場の照明が僅かに落とされ薄暗くなり明かりが差すマイクの置かれた所だけが注目の的になる。
こうなると、あとは専門的な職員たちの活躍の場となり、片付けまでの間、大義たちアルバイトは一時的に解放される。他のバイトの者たちは、思い思いに休憩などで場を離れている。
大義はこの場から離れることが出来なかった。
始まった。
会場の入り口付近にて、待機という名目で視聴する大義。ここで初めてこの研究所及び地域が行っている内容を知ることになった。
話しているのは蜂峰 総喜と言う幹部だった。顔くらいは知っている。直属の上司ではないが、面接の時に顔は見たことがあった。あと案内用のパンフレットに書かれていたはずだった。
「超能力とは人類が進化の過程で手に入れた当たり前の力なのです」
話も半ばまでいくと、総喜がそう告げる。すると会場内ですすり泣く声が聞こえ始めた。一人、また一人とその声は増えていく。
これが今日、三度目の驚きだった。
なんだこりゃ。人間は、あんな言葉で感動するものなのか。
大義は顔をしかめた。これは新たな宗教的な何かか、と勘ぐった。しかし、その考えは覆ることになり、また、間違いではないことを知る。それがこの日、最後となる驚きだった。
総喜の話が終わり、普段はこのまま所長に代わり、所長が質疑応答するのだが、そのまま総喜がすることになった。挙手と共に数人が選ばれた。その中にあの女性の姿があった。
「あ、あの……」
とても言い辛そうに口を開く。
「うちの……子が……実は──」
まるで子供の空想を聞かされているのではないかと想うほど、大義の想像だにしないことを言ったのだ。
その内容はまさに、大義自身が思い描く超能力そのものだった。そうして、その女性は教えを乞う信者が如く
「それでもうちの子は……普通なのでしょうか?」
そう弱々しく尋ねた。総喜は見る者を安心させるような笑みを浮かべて頷いた。
「当然です。むしろ喜ばしいほどですよ」
と、断言した。
その総喜の言葉の力強さに、女性はついに嗚咽を漏らし、少しずつだが今までの不安を語り始めた。
自分の息子が異常ではないか、常軌を逸してるのではないか、常識とはかけ離れてるのではないか、と。
そして、今日はここに来て良かった、と言った。息子が、この世界にようやく認められた気がした、と涙ながらに崩れるように座った。
そんな女性の姿を周囲の人々も、温かい想いで見つめるのがなんとなく雰囲気で感じた。いや、正しくは、同じことを思った情けから来るのかもしれない。しかしこの時、すとんと蟻川の心のうちに何か落ちるものがあった。
ああ、そうか。だからなのか。
墜ちたもの。それは今日、自分が最初から疑問に思っていた事だった。
ここに足を運んだ人々の異様なまでの真剣さ。それを証明するかのようなあの女性の思い詰めた行動。その答えがこれだったのだ。
この世界の常識に、ただ、当たり前だと認められる事。
大義はそれに気がついたとき、足元が揺れたのではないかと錯覚するほど愕然とした。
まさか、その夢物語のような不思議な力を持っていることで、世界から否定される人間がいて、そのことで苦しんでいる人間が確かにいることを知ってしまっなからだ。
この人たちは怯えてたんだ。自分が、自分の家族が「普通」ではないと。だからこそ、あの表情だったんだ。大義は、あの女性に最初に会ったときの行動を思い出した。
口を真一文字に結び警戒心を隠そうともしなかった。
何のために。今なら、わかる。
子供を、自分の家族を守るためだ。「常識」を名乗る外敵から、「拒絶」や「否定」と言う圧倒的な暴力から。
大義は自分の心の内側に、張り詰めるような、込み上げるような、もどかしい気持ちが芽生えた事に歯を食い縛る感じだった。それがよく判らない不確かな何かだったが、しかしそんな事は気にするに値しないことだけはわかった。
それだけでも充分なはずだ。しかし、自分は知ったのだ。
気にするべきなのは他にある、と。それに気づいたらあとは行動だ。やるべきことがある。出来ることがある。
この日から大義は、この研究所の仕事を決して笑うこと無く、より一層軽んじる事なく取り組んだ。
大学を卒業。その後、院生を経てこの研究所の正式な職員として就任した。
自分にも、ここへ訪れる人々の役に立てるように、と奮起してのことだ。自分の無力さを棚にあげ、傲慢さを押し出していうのであれば、「世間的弱者」を守るために。
そして時は流れ、この場所で妙な話を聞いた。
馬鹿馬鹿しいとも思ったが、場所が場所だけに調べてみようと思った。
まさかここでなされている研究が、超能力者をもつ強い兵士たちを作り出し、この世界に復讐することを目的としている。なんていう、これまで大義や他の超能力者たちを導いていたことまるで正反対な妙な話を、全て否定するために。
色々と思うことがあるのがわかる。大義の言葉の端々に、強い感情が重なっているのが伝わるからだ。
「と、まぁ…ここで俺はそんな話を聞いて調べていたんだ」
しかし。だからと言って、その全てを鵜呑みにするには、ずいぶんと常識はずれなことだった。
「超能力者兵団を作り上げて、世界制服を企んでいる?また唐突な」
「攻撃的原動力者集団、な。ここの用語ではそうらしい」
再確認するように呟くと、光森から訂正が入った。超能力については知らないことだらけだが、専門用語となると尚更だ。
ついていけない。それはどうも、瑪瑙の方も同じらしい。なんとも言えない顔をして、本当に何も言わない。
「確かに、常識で考えると信じられないかもしれない」
そうとうに怪訝そうな顔をしていたのだろうか、大義が言う。まるでそれを自分でも意識していると言いたげに、だが、と続ける。
「君たちだってそうだ。突然、姿を見せたり、獣が喋ったりしてみせたろ。俺たちを狙っていたあのシャオリンだって、最高クラスのタイプBの原動力者だ」
ああ、その通りだと、九津は納得した。そこでわからないのが一つ。おそらく光森の言っていた専門用語なのだろう。
「タイプB?」
「エンジニアと同じく専門用語なのですかね」
瑪瑙と一緒に首をかしげた。
「タイプB。さっきの女、シャオリンっていうんだが、言ったろ?テレポーターだって。それだよ。あとAがテレキネシス、Cがテレパスな」
光森による解説。嬉しそうに手を叩いたのは瑪瑙だ。
「おお!何やら最新鋭の匂いがするのですよ。是非に時間があるときにまた詳しくお聞きしたいのです」
「あっ、俺も聞きたい、聞きたい」
跳び跳ねかねない勢いで瑪瑙が言い、九津も手を挙げてみせた。光森は、こんなときでもお前らのスタンスは変わらないのな、という言葉を飲み込んだように首を振った。
「…また今度な。それよりもだ。それを調べていて襲われたってことは…」
「ああ。濃厚だな。だが今は、そのまるで夢物語のような話を、完全に証明する証拠がない。…だから必ずそれを見つけ出し、奴らの動きを止める」
悔しそうに拳を握る大義。九津たちもそれを受け、はしゃぐのをやめた。大義が言う通り、それを可能とする特殊な能力が実在することを知っているからだ。そう考えると、九津たちはどんな馬鹿馬鹿しい計画であろうとも、それを信じざる得ない。
それに大義が言っていたことは、他にも考えさせられることがあった。以前に瑪瑙と光森が言っていた、特殊な能力がばれたら、もう二度と普通には過ごせないという言葉だ。
九津自身は、隠す必要性を軽視した生き方をしていた。しかし、いるのだ。光森たちと同じく枷となる人間が。そしてそれを、驚異ととらえる人間が。
大義が今、やっていることは、その可能性が限りなく実在することからの行為だ。それだけの猜疑心を相手に与えてしまう。これこそが、怖れるべきことだったのか、と気づいてしまった。
と、少しだけ考えにふけってしまったようだ。九津は、なぜならここは、と言う大義の言葉で現実に引き戻された気がした。大義の視線の先が、大地に落とされている。この場所から、ここら一帯の全てを見ているようだ。低く唸る。
「ここは…この場所は、そんなもののためにあるんじゃない。ここは、守るべき人たちを守るためにあるんだから」
話を聞いてから、まだ歩みを止めていない四人。変わらず先を行くのは大義だ。
「先輩」
「なんだよ」
その後ろに続く九津は、光森を呼んだ。話も、一通りすんだこともあり、光森の方はまだ何かあるのかと言いたげだ。気にせずに九津は言う。
「あの人、漫画に書いたようないい人ですね」
思いがけず、光森の足が止まった。後続する九津も止まり、さらに後ろの瑪瑙が九津にぶつかった。
なんなのですか、と瑪瑙が鼻を抑えて九津の背中から顔を覗かすと、
「…だろ?超能力者になって、ひねくれた俺からしてみたら、本当に馬鹿がつくほどの…正義の味方だぜ」
そう笑みを溢しながら告げた。九津も笑って応える。
「なのですね。私も、こんな風な人になりたいのですよ」
瑪瑙が拳を振り上げて鼻息を荒くする。
「だが、この正義の味方は、残念なほど普通の人間なんだよ」
自嘲を込めた表情で、大義を指す光森。九津も、光森に守られていた大義を覚えている。
「だから、俺はこの超能力を貸そうと思った。保険としてお前に連絡したのは…残念なことに正解だったみたいだったけどな」
と、頭をかいて、照れたように言う光森。しかし瞬時に、真剣さを帯びる。
「迷惑かけたな」
今さらだけど、と付け加える。九津は変わらぬ調子で受け入れた。
「鷲都さんにも、鵜崎ちゃんにも、んで筒音にも感謝しなきゃならないですよ」
「いえいえ、私は」
「いいや、鵜崎。これははっきりさせておく。頼む」
むしろ瑪瑙の方がたじろいでいたが、光森の言葉に身を固める。それは緊張であり、高揚しているようだ。
「俺たちに力を貸してくれ」
そのまま頭を下げる光森。九津は瑪瑙と合図しあい、光森の下がった背中を叩いた。
「ん、当たり前じゃないですか」
「なのですよ、先輩さん」
遅れをとらないよう行きましょう、と歩き出した。
目的の場所についたらしい。そこは最初にであった場所と違い、高層ビルの類いだった。警備こそ少ないが、大義が襲われたことが、場合によっては大事になることを暗示していた。
その手前。まだ強襲のあった喧騒とかけ離れた日常的な騒々しさの中で、大義は九津たちに告げる。
「ありがとう。君たちのおかげでここまで来れた。あとは」
「あとは、そのお偉いさんの部屋に行くだけ、すね」
「なら、さっさと行きましょう。鷲都さんたちとも合流しなきゃならないし」
「そうなのですね。善は急げ、悪事はしのげ、なのですよ」
ところがそれは光森に遮られた。それどころか、九津、瑪瑙と続く。
「だが、君たち…」
「あんたは超能力者のために行くんだろう?だったら力を貸すのは、当然すよ」
光森が宣言する。控える九津たちも応えるように頷く。自分を窮地から救ってくれた少年たちの力は、大義は確かに感じていた。しかしそれを、はいそうですかと受け入れていいものか、悩んでいるようだ。
黙考のあと、光森たちの視線に後押しされるように大義は口を開いた。
「…ありがとう」
そして、すまない。大義は歩き出す。
─────
「よろしいですか、モアさん」
「なんだ、総喜」
すでに自分がやるべき内容をおえ、休息しているモアに、総喜は耳打ちする。
モアは立ち上がり、あとのことは任せると部下たちに告げて移動した。
「シャオシンさんとの連絡が取れません」
「シャオと?どっちだ?」
モアは尋ねる。機械の方か、能力の方か、と。
「両方…ですね」
総喜の答えに、ほお、と呟くと、考えるように顎に手を当てた。その口もとは笑っていた。
「お前とシャオの通信を途絶えさせるなんて、今度のネズミは相当ヤるってことか」
「……全く、全く。あなたという人は。シャオシンさんが心配ではないのですか?」
嬉しそうなモアに、呆れたように言う総喜は溜め息をついた。随分と長い付き合いになるが、やはりモアは研究者としてよりも、そっちの顔がよく似合うと思ってだ。
モアも、自分でもそう思っている。だから、言う。
「シャオのことは心配だ。だが、侵入者をどうにかしないといけないのはまた、話が違ってくるだろう?」
その通りなのだが。
総喜は、わざわざ言葉にしなかったが、充分に伝わるように大きく、大きく溜め息をついた。二度目だ。
「わかった…わかったからその、大袈裟な溜め息はやめろ。ったく」
総喜の非難めいた態度に、モアはわざと大きな音をたてて座った。肘あてを使い、叱られた子供のような顔つきで総喜を見る。
見返す総喜の目は、逆に問いかけているようだ。
それでどうします、と。
「きまっているだろぉ」
モアはまた、ニヤリと口角をあげた。その顔は、研究者には見えなかった。
「ネズミは捕らえる。シャオは助ける。それが俺たちのやり方だろ?」
そう言うとモアは立ち上がり、着ていた白衣を脱いだ。研究者としての自分を脱ぎ捨てたのだ。代わりに、この施設内で責任者としての自分ではなく、用心棒としての自分を呼び起こした。
「ええ、ええ、そうですね。それが私たちのやり方ですね。行きましょう。シャオシンさんのもとへ。そのついでに、ネズミさんたちを捕らえましょう」
そう告げて先導する総喜にモアは、しかめっ面になって追従した。




