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ココノツバナシ  作者: 高岡やなせ
一学期の起承転結 編
3/83

第一話 『同級生・起』

  4月某日。海と山に挟まれるこの町で悟月九津さとづきここのつが通うこととなる高校の入学式がとり行われた。


  入学式自体は恙無く終わった。そもそも新入生たる九津は、ただただ座っているだけであり、校長職員始め各教職員、生徒代表諸々の話を聞だけだ。たまに立ち上がり合図の度にお辞儀するくらい苦になったとして何ら問題にはならなかった。


  では問題がおこるとしたら何時か。答えは式が終わり「今日はここで解散」とでも言わんばかりに、いざ帰ろうとしたときだった。


『新入生、悟月九津。至急生徒指導室に来なさい。繰り返す…』


  校内放送で呼ばれてしまったのだ。


  「……えっ!俺?」と、九津は何をしでかしたのか身に覚えが無い。式中はしっかり起きていたし目立つ行動をしてなかったはずだ。


  そして頭の中で疑問符を浮かべるのは何も自身だけでは無かったようだ。隣では母、きらりも似たような表情を浮かべていた。


  輝も「ちょっとあんた、何かした…分けないか。ずっと見てたしねぇ」と不思議そうに呟いた。親子で考えていても埒が開かないのでなれない校舎を進むため、近くにいた教員に道なりを尋ねながら生徒指導室もくてきちに向かうのであった。

 


「すいません、お手数をおかけしました」


  生徒指導室に入ってすぐ、五十代後半かと思う恰幅のいい背広姿の教員に迎えられた。


 教員は「私は兜耕蔵かぶとこうぞうといいます」と名乗った。


  話を聞けば、要は九津の毛色の事だった。確かにこの高校は「主調と協調の調和」を謳う校風であり校則もそこまで厳しくない。しかし九津の金色の髪は少し度が過ぎるのではないかと指導教員、兜は考えたらしい。


 しかし気づくのが遅かった。式中だった事もありこの機会になってしまった、と先ず説明してくれた。


  それを聞いた輝は九津を押し退け保護者として返答した。


「学校側には面接時に事前に地毛であることは証明してますが」


  輝の言葉と態度に「実は」と言いづらそうに兜は、


「あなた方が来るまでの間にその時面接官だった先生方から連絡が頂き……」


 バッ、と頭を下げた。


「申し訳ない。連絡の不行き届きのためご子息にはもちろん、保護者の方にまでご足労、不愉快な思いをさせてしまいました」


  座りながらも両手を膝にあて腹が隠れるほど深く頭を下げた。


「……いえ、わかってもらえたならそれでいいんです。ねぇ」

「もちろん」


  自責を謝罪する兜に輝が許諾の同意を求めたので九津は返事する。そしてようやく「ありがとう」と少し穏やかになった兜であった。


 帰り際。


「今日は本当にすまなかった」と自身の非を改めて謝罪し「明日からよろしく」と言った兜の事を思い返し、九津はきっと真面目な先生なのだろうと思った。





  翌日、クラス分けで編成された教室に向かい最初のホームルームが始まった。担任の男性教員が前に立ち最初の自己紹介をする。


天道星継てんどうほしつぐといいます。みんな、よろしく」


  三十前半だろうと思われる小柄で眼鏡をかけ少し幼さを残す顔立ち。大人…よりは青年と言った方がよく似合いそうだ。顔にも「 しっかりせねば」と書いてあるようだ。


  天道は簡単な日程を話しホームルームが終了させた。次に始まる一限目で、自己紹介に費やさすとの事だった。


 …。


 ……。


「では次、悟月君」


  順番になり天道に呼ばれ九津が立つ。


「えぇと、悟月九津です」


 ザワ。


  名前を言うと教室内がわずかにざわめいた。


「おろ?」と、続けていいのかわからない雰囲気になり九津が立ち尽くしていると、


「あの金髪…やり過ぎじゃね?」


  と声が聞こえた。


  あぁ、なるほど。そう言えば昨日いきなり生徒指導室に呼ばれて……つまり今自分はそう言う扱いなのか、と悟ってしまった。


 つまりは問題児。下手をすれば不良扱いになりかねない、と。


  なんと不愉快きわまりない。これは説明しなくては。


  身振り手振りを交えて「俺は」と語る。これは地毛で遺伝で仕方なく…。


「てなわけで俺はいたって普通の人間ッス。なので、これならどうぞよろしくお願いします」


  最後に無難に頭を下げて席に座る。なしのつぶてのような拍手。


 たぶん大丈夫だろ、誤解はとけたはずだ…そう思わなくてはやってられない。


  九津は順が過ぎた後、聞きの姿勢に徹した。


  そして、ある女生徒の順番が来たときクラスにまたざわめきが生まれた。


「なんだ?」


  九津がざわめきの原因を目にすると「へぇ」と、思わず声が出た。


「では鷲都さん、お願いします」


  鷲都と呼ばれた女生徒は立ち上がった。その姿を一言で表すなら日本人形のようだった。


  黒髪は真っ直ぐ伸び、背中まで届いている。肌は白く、見方を変えれば青ざめめてさえいるようだ。しかし整った顔立ちは美しくあり、それさえも完成のための要素のように思えた。


 そこまでは良かった。


 では、何が悪かったのか。


 その綺麗な顔立ちを隠すかのような眼帯だ。しかも医療用の白いものではなく物語に出てくる悪役がつけているような黒く、ごつい物だ。

 

 お洒落にしては悪趣味だな、九津はそれくらいの感想をもった。


 もう一つ。


 何故、自分はそんな目立つものを気づけなかったんだ、と少しだけ気になった。


「あれ……中二病ってやつ?」

 

  誰かの声が聞こえた。するとそれを皮切りにざわめきが意味を成す言葉になった。この反応、どうやら他の級友達も今、気がついたようだ。


「つか、あれってずっとつけてたっけ?」「いや……気づかなかった」「にしてもさあれってどうなの」


 言葉はいつしか評価となって鷲都の耳にも届いただろう。しかし。


鷲都包女わしみやつつめです……よろしく、お願い、します」


  か細い声でそう言うと、本人は気にした様子もなくはすぐに座り、俯いたかと思うと後は動くことはなかった。





 ──────





「中二病というのは思春期真っ只中の妄想力を体現した…生きざま、かなぁ。う~ん、上手い言葉が出ないや」


  夜、自宅にて食事中、高校の話題になった。そのついでに九津は妹の悟月界理さとづきかいりに聞いてみた。


「生きざまかぁ、確かになんか確固たる信念みたいなものを感じたような、感じなかったような」

「要するに、特別なファッションセンスって捉えたらいいんじゃないかな?眼帯だって言わば装飾品の一つなんだし」


  界理はそう締めくくると味噌汁をすすった。


「黒髪美少女に黒眼帯。いいわねぇ、そそられるわねぇ!被写体モデルになってくれないかしら」


  二人の話を聞いていた祖母、灯里あかりが恍惚そうに口を開いた。


「ちょっとやめてくださいよ。お義母さんったら本当にしそうだし」

「大丈夫、輝ちゃん。そのときは私も全力で止めるから!」


  溜め息混じりに輝、奮然とした態度で九津の叔母、桃輝とうきが口を挟んだ。


「そもそもお母さんの専門って風景でしょ?そのためにお父さんは今……ってあ!輝ちゃん!そう言えばお父さんから手紙、来てたよね」

  「……お、おお!忘れてましたね、お義父さんごめんなさい」


 ここに不在の九津の祖父、輝介きすけに謝罪しつつ「どこにおいたかなぁ」と立ち上がり探しにいく輝。


「輝ちゃん。別にいいのよ、急がなくても。存在感のない手紙を送るあの人も悪い」


 断言する灯里。それに対し「……おばあちゃん」と呆れるのは界理だけなのが悟月家だった。


「あれ、もしかしてだけど、私が置いたかもしれない」


 輝の元へ声をかける桃輝。


「これ?あった……て、あぁっ、これ!一緒に置いてあるの月帝女からの荷物じゃない? 」

「本当だ、九津宛てになってるよ、ほら」

「えっ!月師匠つきせんせいから?」


 二人の元へ今度は九津が向かう。 そして、小さな荷物を受け取ると、


「やったぁぁぁぁ!!」


 叫んだ。


 全員が驚く。が、浮かれ踊り、喜びを表現するそのさまにだんだんと驚きは呆れへと変わっていった。


「で、あんたは月帝女に何を頼んでたわけ?」


 息子ここのつの奇行に半目になりながら輝が聞く。


「希代の〃魔女〃と呼ばれた月帝女ちゃんからのプレゼントかぁ。ただならぬ物なんだろうね」


  桃輝も興味津々とばかり九津に近づく。灯里、界理も続き、九津は四人に見られながらも気にすることなく小さな小包の封を破った。


 中から出てきたものは……。


『馬鹿弟子へ』


 そう始まる封筒と、大切な物を守るようにくるまれた包みだった。さらにそれを開けると、中身は〃五色の紐で編み込まれた三十センチ程の一本の綱〃だっ た。


「紐?……いや、編んであるし、綱?」


 とは輝。少し首を傾げて「にしてはえらく半端な長さな気が…」と顎に手をやる。


 灯里は閃いたように呟いた。


「ほら、あれ。ミサンガじゃない?編み混んであるし」

「あ、かもね。外国むこうの御守りとか!絶対になんか意味あるものだろうし…まさか古代文明式術具アーティファクトじゃないよね」


 桃輝もこぞって自案を告げる。


 界理は、桃輝の答えこそ直感的に当たらずとも遠からずな気がしたのだが素直に聞いた。


「お兄ちゃん、これは何なの?」

「これ?これは…月師匠に頼んでいたとっておきだよ」


 へヘヘ、と嬉しくて笑いが止まらなさげな顔で説明し始める。


 言わば月帝女からの「合格祝いだ」と。そしてその品物の名を「万式紋ばんしきもん」と呼んだ。


  全ての説明を聞き終わり、輝達大人三人は、何だかんだと『馬鹿弟子』に対して甘いなぁ、と思った。


 その側で、喜ぶ九津を見て「いいなぁ。月帝女さんに私も頼んでみようかなぁ」と呟く界理であった。


  このあと、輝介からの九津への「高入学おめでとう。直接言えなくてごめん」と書かれた手紙が読まれるのは……当分後の事となるのであった。





 ────





  入学式、そして最初の登校日から早くも一週間が過ぎた。


  自己紹介での弁明が功を奏したのかはわからないが、問題児扱いからは上手く外れたようだった。話しかければ普通に返してくれるし、相手側から声をかけられることも当然あった。


  ただそれが、常識的に考えて当たり障りのない社交辞令的な意味合いを持った接し方だと気づくのに時間はかからなかった。


  別にそれが寂しく思うわけではないが、理由はなんとなくわかっている。


 入学式で生徒指導室に行った後、三回ほど別件で行っているからだろう、と想像できるからだ。


 問題児という程ではないが何かしらあるのであろう。もしそう思われたなら、それでもいいかなと思い始めてさえいた。会話は出来るし。後は時間が解決してくれるだろう、と。


  で、だ。何故、別件があるのかと言うと簡単な話だ。


 最初の放課後に何気なく歩いていたときに向こうから声をかけてくる人物がいた。それが兜だったのだ。


「改めて入学おめでとう、悟月」


 兜は穏やかな顔で挨拶をしてきた。


「兜先生。その節はお世話になりました」と九津はニッと笑いながら返した。


 兜はワハハと一蹴し「今暇なのか?」と尋ねてきた。なので「そうですね、帰宅部なので」と九津は肩を竦めた。


  それに何を思ったのか、「せっかくだからお茶でも」と言ってくれたので甘んじた結果だった。


  気がつけば生徒指導室。の横……生徒指導教員準備室なるところに案内された。


  そこは生徒指導室の隣で中からも往き来出来るようになっていた。だから正確には〃生徒指導室に〃ではなく、その隣の〃準備室〃に通っていたのだ。が、それを同じ教室の面々にも説明はしていないので間違われても仕方がない。したところであまり代わり映えしないだろうな、と。


  準備室の中は普通教室よりも狭く細長になっていた。そしてここを使う教員用の机と椅子が奥に当たる場所に一組。後は物置一つと本棚、パイプ椅子がいくつか畳まれた状態で置かれていた。


「悟月は紅茶、珈琲、緑茶ならどれがいい?」


  と、棚をあける兜。そこから茶かん、インスタントの珈琲、紅茶を取り出して九津に尋ねた。


「じゃぁ、緑茶で」と九津は即答した。 もう遠慮しても仕方がないと諦めたからだ。


  紅茶と珈琲、どちらも嫌いではない。それでも九津は緑茶が好きだった。


「ほぉ……渋いな」

「そうですか?まだ珈琲、紅茶の良さを見つけられない子供だからですよ」


  会話をしながら兜は棚の下の方から電気ポッドとペットボトルのミネラルウォーターを取り出す。 ポッドに必要な量、水を注ぎ待つこと三分。


 その手つきのよさに「慣れてますね」と九津が驚くと「だろ?」と今度は兜がニッと笑う番だった。

 

  沸いたポットのお湯を湯飲みに入れ完成。兜から用意してもらったパイプ椅子に腰かけていた九津の元へ緑茶が届けられる。


「ありがとうございます」と、受け取りながらそのまま口に注ぐ。


「お、温度が適度だ……上手い」


 と一言。さらに喉を潤すために湯飲みをすする。


「そう言ってもらえると良かった」


  自身の珈琲を淹れ終わった兜が腰掛けてから話は始まった。


  父譲りの毛色の話。 小学、中学時代も似たような事があった話。その父が今はいないこと。気がつけば「そうか……」 と兜は呟き目を閉じる。


  兜も自分の身の上ばなしを聞かせてくれた。


  日の傾きに気づき、時計を見てそろそろ帰ろうかと立ち上がった時、


「また来るといい」


  兜が言った。


「是非、またお茶飲みに来ますよ」


  と返した、のが間違いだった。かもしれない。


  それから放課後に声をかけられる毎にお茶する事三回となるのだ。


  一週間で三回。休み二日入れて三回。多すぎるかもしれない。何故。だって仕方ないじゃないか。生徒指導室が一年生棟の一階入口にあるのだから。


  と、そんな事を思い返しながら九津が食後にのんびりと昼休憩を過ごしていると自然と視線が一人の級友に向かう。


 最近の日課があったからだ。


 同じく一人で過ごす鷲都包女を見るのだ。


  特別やましい気持ちがあるわけではなく、本当に何となく目がいくのだ。


  見ていると包女は自己紹介の時からそうであったように、自ら進んで人と話す態度ではなかった。むしろ人から声をかけられても一定の距離を保つような態度だった。


  最初の頃はそれこそ似合わない眼帯の事等で人が群がっていたが……今となっては孤高の陣。包女の思惑通りなのかはわからないが、誰も声をかけなくなっていた。


 当然九津だって声を理由もなくかけることは無かった。しかし、眼帯以外にも気になることがあって包女を見ていた。


  何となく気になる。


 これは自身の感覚であり、同時にただの勘だ。


  だが、九津は自身のこういった感覚、もしくは勘を信じる事にしている。


  何故なら簡単な事だ。


「信じることが大切だ」と大切な人が言っていたからだ。

 

  だから包女を見ていた。


  見ていた。


「あっ……」


  やはり、まただ。包女を視ているとたまにだが違和感が生まれる。まるでその空間が歪むような、滲むようなそんな違和感が。


  ソレは知っている人の知っているモノと酷似していた。


  だからミテイタ。


  だから、 ミテイテ、思わず。


  別の日、朝、たまたま、一人で歩いていた、包女に声をかけてしまった。

 

「おはよう、鷲都さん」


  包女の返事も待たずに九津は続ける。


「鷲都さんてさ、魔法とかって使えたりする?」

  「……」


  聞いていないのか、聞こえていないのか包女と目が合わない。しかし気にすること無く九津は尋ね続ける。常人ならしないであろう質問を。


「その眼帯。多分本物の封印だよね。何か隠してるの?魔法使いさん」





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