第二十一話 『夏の一日 急の始まり』
鷲都の家から赤くそびえ立つ柱がみえた。
この事実は、屋外で日戸とガータックから話を聞いて顔を怒らしていた里麻の怒気を、さらに膨れ上がらせた。
里麻は言葉を発せずに屋内に消えた。男二人は赤光の柱を気にしながらも、里麻の一挙一動に黙って立っていることしか出来ない。
しばらくして出てきた。
里麻は一本の箒を手に持っている。和服の裾や袂も動きやすいようにあしらっていた。二人は、いまだ見たことがないほどの臨戦態勢の里麻に驚いた。
「す、雀原さん?」
「行って参ります」
「どこに行くと言うのじゃ」
「言わないとわからないわけではないでしょう」
二人を置いておくように歩を進める。男二人は顔を見合わせて頷いた。
「なら、他の人たちにも連絡を」
「しました」
「さすがじゃのぉ」
「そのために、私はいるのですから」
そう告げると、里麻から感じる魔力が膨れ上がっていく。魔気の度合いが増し、普段鈍い日戸にもひしひしと伝わる。
「そのために、私はいたのに…」
今度は静かに呟いた。
「強いですね。これがかの有名な四大魔女…実力は折り紙つきだ…凄いなぁ」
空を見上げるように倒れる姿の少女は、清々しく笑っていた。楽しそうに、嬉しそうに、ニシシと空気を揺らして。
負けた、というのになんてことだ。あの日の里麻は、「リマ・コウンドール」は思っていた。誇り高き魔術師ならば、負けた結果を悔やむべきだと、そう心に決めて生きてきたからだ。
そんな思いも知らない少女は、聞きもしないのにべらべらと喋ってきた。どうやら武者修行ならぬ、魔術師修行の旅の途中だったと言う。そのとき耳にした「四大魔女」の噂を便りに、自分のところまでたずね来た、と。
「ね、ね。どうやったらそれだけ魔力を使いこなせるんですか?なんの魔術が得意なんですか」
あれから少女は、里麻の回りを彷徨いた。煩わしく思い、冷たくあしらうが、懲りた様子もなく関わってきた。若さというか、もとよりの性か、明るく、さも当然のように話しかけてきた。
無視すら通用しない日々。一人で生きてきたリマが、気がつけば三日に一度。いつの間にか二日に一度、なしくずし的に相手をするはめになっていた。
そして。
何度目の勝負か。二ヶ月を待たずに、一本をとられた。
「よし。やっぱり精進あるのみって感じですね、ありがとう、リマさん」
ニシシと空気を震わせ、楽しそうに告げる少女。そんな少女の笑顔に、呆然とみとれてしまったことを覚えている。
なんと楽しそうに生きているのだろう。そう思うようにもなっていた。
魔術師相手にはとても有利な「魔力変換」の才能におごらない鍛練と、愚直なまでの努力。何よりも全てを受け入れようとするかのような人柄に、リマはひかれたのだった。
「やっぱり、リマさんが居てくれて良かった。何だかんだとうちの旦那様は頼りないからね。あの子もまだ小さいし」
あの一本をとられた日から、自分は少女の行く末を見てみたいと思い、ふと側に居ることにした。嫌な顔ひとつせず、むしろ当たり前のような顔をされた。だからこちらも当然のようにすましてみせた。
少女は婿をとった。頼りなさそうな青年だった。しかし少女や、少女の周囲を一途に受け入れ、愛しているのが伝わってきた。
少女はある老人と出会った。時に友と呼び、時に先生と敬った。話に聞いた過去をもつとは思えないほど、明るい老人だった。
三人は色々と騒いでは周囲を困らせた。それをたしなめ、説教をするのが自分の役目にもなっていた。そんな自分を信じられないとも驚いていた。
魔女の一角として恐れられ、人を遠ざけて生きてきた自分が、まさかこんなにも「人間」らしく生きる日が来るとは思わなかったからだ。
さらに少女は娘を生んだ。
気がつけば、少女だった幼さを残した魔術師は、大人の女性になっていたのだ。知らず知らず呼び方が、お嬢様、リマ、になった。初めてお互いをそう呼んだ日は、お互いに吹き出してしまった。
少女の実家に連なる者にも関わるようになり、鷲都という居場所にも愛着がわいていた。少女だった魔術師の愛娘の育っていく姿が、なんといとおしいものかと心が震えた。
人間の「家族」のような生き方だと、思わず頬を緩めてしまった。
昔、一度だけ四大魔女の一人、一番若い「術式」の魔女が言っていたことが頭をよぎった。
仲間とか家族って、案外といいものよ。
あの時のリマは鼻で笑った。孤高でこその魔女だと。今のリマならばそんな自分を鼻で笑うだろう。知りもしないうちに馬鹿な女だ。そんなものは独りよがりと言うのだ、と。
しかし、
「…ごめんね」
最後に一度だけ涙を含ませたあの声を聞いたとき、歯痒く、緩めた頬を強ばらせることしか出来なかった。悔しさで震えていた声。自分をこんなにも温かな気持ちで震わしてくれた彼女が、なぜそんな風に震えているのか。
何を謝るのか。彼女が何か悪いことをしたというのか。騒ぎを起こしても、ちゃんと自分で後始末をつけていたではないか。
何に謝るのか。誰かに責められたというのだろうか。だとしたら、それは自分の責任でもあるはずだ。
何が謝らせているのか。何で謝らないといけないのか。
何で、何で、何で。
答えはわからなかった。だけど、あの少女だった魔術師を失った日。わかったことがあった。
守らなくてはならない、ということだ。その答えに自分なりに決着がつくまで。この場所を。
あの少女が愛した一族。夫と娘。そして「付加」という魔術を。自分がまだ、答えを探して鷲都に居続けるのならば。
「束都の小僧ども…。行事での屈辱ならば、見過ごそう。悔しさを噛み締め、ただひたすらに耐えてきた皆の為に、私ひとりがでしゃばることではないからな」
一言一言発するごとに温度が上がる。
「だがな、お嬢様が……通弦が愛したこの場所を、人たちを、侮辱し、無礼に振る舞うようならば、決して…決して許すことは出来ないぞ」
後ろから続く男二人の足音に混じらせ、低く呟いた。息も荒くなっている。拳が熱い。
老いたこの身。胸騒ぎを察することさえ忘れたこの体の、なんたる無様なことか。情けない。
怒りとと共に溢れる魔力は、里麻の体を包んだ。
そして雀原里麻は、孤高の魔女と呼ばれていた「リマ・コウンドール」の名を思い出した。
────
束都 操流人は当初は来るつもりではなかった。卦我介たちに諌められ、この場に来ることを止められていたからだ。
それは当主代行者が行う交渉戦にしては、協定側から危険視される可能性が高すぎるということからだった。いくら日本の最高峰とはいえ、それは不味い。卦我介たちの必死の説得もあり、今にも一人で飛び出そうとしていた操流人も、落ち着きを取り戻した。
とにかく、予定通り、欲しいモノが手に入るなら、と。
欲しいモノは二つ。
鷲都の来賓、魔術研究者としての第一人者にして魔術師嫌い「ガータック・シュヴァルツア」と、その人のもつ魔術に関する「研究成果」だ。
後者はどうしても欲しかった。全ては強くなるために。あの日、六月の自分に足りなかった部分を補うために。
ガータックのもとへ向かわせた布具敷 唯螺たちからは「任務失敗」の報告を受けた。三人もでしゃばっておいてなんて様だ、と怒りよりも呆れさせられた。 それでもそれですんだのは、朗報がまったくなかったわけではないからだ。
話を聞くと、もう一つの「研究成果」の置いてある鷲都家の方は、どうやら手薄になったという。そちらの方が手に入るなら、と諦めもついたのだ。
しかしどうだ。研究成果もやたらと遅いではないか。報告通りであるならば、当主代行は家を開けて、後の戦力など大したことはないはずなのに。
自身の我慢と相手の帰還。両方の限界時間が来た。こうなれば自分の目で確かめなくては。そう思い来てみれば。
「テメェらは揃いも揃って役立たずか」
撤退する観垂たちを発見してしまったではないか。これには苛ついた。苛立ちはそのまま言葉となり、声となった。
結果、卦我介を撃退し、観垂が退くことを決定づけた原因である少年との対決になった。
最初は憂さ晴らしのつもりもあった。むしゃくしゃする内心の八つ当たり。自分を諌めてまで止めた、卦我介たちに対する当て付け。魔術師相手に喧嘩を売るような相手に対する力の誇示。
ところが、少年は強かった。
夜の薄明かりにも目立つ金髪。それに負けない輝きの光の剣を携え、向かってきた。苛立ちの中でもわかるほど強かった。鷲都家が雇った護衛の者かと疑ったほどだ。
だが違った。
「まぁ、大概の術を使えないよ」
ただの友人らしい。魔術だけでなく、術という術を操れない、ただの友人。
精霊に対抗する光の剣を持ちながら何を、とも思ったが、実際になんの力の気配も感じられなかった。それだけは本当らしい。
オレは術もろくに使えない相手に翻弄されていたのか。この「術の五都」と呼ばれる「精霊魔術の束都」の当主代行のオレがっ。と、沸点にいきかけたが、すぐさまそれはおさまった。
不思議と楽しくなってきたからだ。
普段なら、いや、一般的な魔術師なら、こんなわけのわからない相手に負けるわけにはいかないと憤怒するところだろう。自分はぎりぎりでおさまったが、気を失っている椴丸を見るあたり、卦我介たちはおさまらなかったのだろう。
しかし、自分は違っていたのだ。
魔術師でない相手と戦うことが、楽しくて仕方がなくなってきた。笑みがこぼれる。それは敵をどう狙い討つか思考する、狩猟者の笑みだろうか。それとも単にじゃれているだけの、好敵手の笑みだろうか。
どちらでも、かまうものか。楽しいものは楽しいのだ。
立場も、しがらみも。責任も、重圧も。何もかもが一切喝采関係ない。自分と相手だけの、正真正銘ただの喧嘩。
その真理にたどり着いたとき、絶対に倒してやると決めた。十二月の行事までに完成させようと思っていた、とっておきの魔術を使って。
六月に自分を地に伏せさせた奴ら相手をなぎ倒すための魔術。
本来なら、確実に完成を早めるために「研究成果」を欲しがったのだが。
些細なことなど、もうかまうものか。使いどころはきっと間違いではないはずだ。咆哮をあげて、魔力の出力をあげた。
全員の視線が集まる。自分の後ろから卦我介たちが何かを言っている。耳を貸すか。オレの相手は、この目の前の金髪だ。操流人は精霊「ウゥド・ヤシ」を呼び寄せ、新たな魔術を展開した。
すると、
「あなたは束都のっ!」
天から声が響いた。不覚にも喜んでしまった。観客、観衆は多いに越したことがないからだ。見せつけてやる。これこそが、束都操流人。オレの新たな領域だと。
「みてけよ」
操流人は六月の色々を放り投げ、鷲都包女を歓迎した。
─────
「何をするつもり」
怪訝そうに包女が警戒の色を強めた。その手にはすでに黒刀が握られている。臨戦態勢。操流人は両手を広げ、娯楽を提供するかのように往々に頷く。
「金髪との喧嘩がよぉ、楽しくなってきたところだ。宴もたけなわ、最高潮。っつうことで、オレのとっておきを、テメェらに、披露してやろうっつぅわけだ」
途端、吹き上げられ、赤い柱のごとく天を突いていた魔力に、うっすらと黒い霧が混じる。柱は途切れ、段々とそれは横に膨れ上がり、操流人を被い尽くす半球体を思わせる塊となった。
精霊同化。精霊を自分に纏わす「憑依」と違い、自分が精霊と一体化する術。傍観者となった全員の前で操流人は、魔力生命体へと変わったのだ。
「まぁ、実戦で使うのは初めてだがよ、いいよな?金髪。盛り上がろうぜ」
「クルト様っ!」
宣言すると卦我介の制止も聞かず、操流人だった黒い塊は九津に問いかけながら歩み寄る。
「ん?俺はいいよ。どんな術が来ようとも、勝たせてもらうだけだからね」
「悟月くんっ」
もう、と包女が顔を怒らせる。そんな挑発じみた言い方、と思ったのだ。しかし、今さらかと考え直すとそれ以上は言わなかった。代わりに、被り物を着込んだかのように膨れた操流人の姿の異様な感じを、見定めようと構える。
『フム。これは包女の本気の魔力に負けぬほどのものを感じるのぉ。あやつ、単体でこれを練り上げたというのか…』
「ちっ。親玉って感じのやつかよ。さっき戦った奴より、断然やばそうじゃねぇか。見た目じゃねぇのな、やっぱ」
獣の姿で屈んでいた筒音が溢した言葉を、降りながら光森が拾った。眉は寄せられ、面倒そうだといった表情だ。
「へぇ、やっぱり先輩も戦ったんですね。勝ったんですか、どんな精霊でした?聞かせてくださいよ。あ、筒音も」
会話を聞いた九津が、変わらぬ口調で二人に声をかけてきた。シシシと空気を揺らし、筒音が答えた。
『九津よ、こんなときでも気になるのか』
「タイミングを考えろ。食いつき過ぎだろ、お前。そんことよりも…って、みろっ!いきなり来んのかよっ!」
光森の叫びと共に、先ほどまで塊であった物が、弾けた。黒い触手のようなものが迫る。あれは影なのか。判断を下した瞬間には光森も筒音も大地を蹴っていた。
「なろっ!」
「踊らしてやるよ」
『ほぉ』
「…っ」
弾けた影の行き先は全部で三ヶ所。包女、筒音、光森のもとだ。その影は三人がいた地面で雫のように波紋をみせると、落ち着いた頃に形を成した。それは人形をしている。
「ようっ、金髪」
「ん」
喋ることなく佇む三体の人形。唯一、四体目の操流人本人であろう九津と対峙する塊が声を発する。
「いくぜ、お前には特等席で見せてやるよ。精霊同化の力をな」
楽しそうな声。表情こそ見えないものの、感情は伝わってきた。留守を番する者として非常識なのは理解している。が、自分もなんだか楽しくなってきた、と九津は心中を隠した。
「へぇ、楽しみだ」
嘘ではない。どうにも、強い敵と戦うのは、やはり何よりも面白く、好奇心を刺激する。それに、と視線を僅かに動かす。
視線の先、瑪瑙は無事だ。おそらく戦力としたみなされず、襲われなかったのだろう。光森でさえ数に入れられていたのに。とすると、相手も冷静。見境なく攻撃しているわけではない。
視線を戻す。九津はこういう相手との戦いは好きだった。
もし、見境なく攻撃してくるなら、話も手段も違っていたのだが。
へらりと笑い、九津は動いた。もう言葉も、頷きも、肯定に必要なものはいらないだろう。ただ、攻める。それが返答だ。
操流人も人形を成して迎え、第二回戦の幕があけた。
「これはっ、影…だけ?精霊の、一部を広域に伸ばして操ってるの」
九津との戦闘が始まり、本格的に動き出した影人形を相手に、包女は木刀を振るい応戦した。しかし、影は受け止めることもなく霧散した。かと思えば、また形を成して攻めてくる。
一撃が当たればどうなるのか、良い予感はしない。とにかくかわし、いなした。
わかっていることは二つ。こちらの攻撃の時は影の特徴を活かし質量を消していること。二つ目は向こうの攻撃の時は、魔力生命体としての特徴を活かし質量を用いてくることだ。
確かに魔力生命体らしい戦い方だ、とは思ったが、切り札と呼ぶにはまだ弱い気がしていた。
なぜなら。
魔力生命体だからだ。
「これなら…どうっ」
黒刀を地面に突き刺し、影人形を縫いつけた。当然、黒刀から逃げようと霧散し始める。そんなことはわかっている。だからこそ、
「魔力体なら、直接魔力を叩き込めばっ」
魔力を練り、黒刀を通し地面へと属性魔術を送り込む。影に対抗する想像物、
「行きなさいっ!」
煌々と燃え盛る炎を。
炎は蛇の如くうねり、影に問答無用で絡みついた。あまり得意とは言えない属性魔術。それでも包女は、筒音がよく使うこの属性だけは想像が行き届いた。上手くいった。
辺りを照らす炎は、光と魔力で影を包み込み、そして。
「嘘っ。炎が…食べられてるの?」
まさに、そう見間違えるような光景が、眼前にあった。
「驚いたか、鷲都の。オレは今、オレ自身が魔力生命体になってるんだぜ?」
信じられないと声をあげた包女とは逆に、優越ささえ伝わる操流人の声。
炎は、食されているかのように段々と蝕まれ、影人形の中へと消えていった。魔力の繋がりも途絶え、完全な消滅を意識せざるえない。
「精霊っつうのは魔力そのものだろぉがよ?だからよ、オレの魔力を上回らねぇ限り、オレに魔力攻撃は」
「…っ、まさか」
絶句する包女に言い渡す。
「通じねぇ」
黒刀を握る手に力がこもった。
魔術以前に魔力が通じない。これは致命的だ。包女は自身に焦るなと言い聞かす。そんなこと難しいと理解したうえで。
相手は攻めてくる。さらに追撃のような一言を共にして。
「そっちの獣が放っている、炎を作っている黄色い砂煙みてぇな変な力もな」
「魔力だけじゃなく、筒音の妖力も見えるの?」
「妖力っつうのかよ。まぁ、なんでもいいさ。オレは全ての力をねじ伏せる」
言い捨てる。
包女は驚いた。魔力だけでなく、妖力さえも視認出来ることに。包女の回りでは、少なくとも筒音と九津くらいしか認識出来ていないはずだったからだ。
感覚としてならなんとかつかめるけど私にはまだ視認は無理だ、と戦慄さえした。
魔力と妖力は対等だ。
これは九津が教えてくれた真実であり、包女と筒音が絆として知り得た事実だ。下位互換である活力や呪力ならいざ知らず、同位互換であり、どちらが強いとは言い難い。しいてあげるなら、術者の実力さによる強弱が存在する程度。
つまり、相手は妖力が見えるほど強く、自分は妖力が見えないくらい弱い。そう言うことだ。
そして魔力を補食するかのような素振り。あれはまるで、
「魔力変換。ううん、少し違う…魔力破壊」
そう呟いた。影人形は、今度は何も語らずに黙して迫った。
『フム…』
「どうしたよ、キツネ?唸ってる場合じゃねぇだろ。お前の得意の火の玉も、ほとんど効いてねぇみてぇだしよ」
筒音の側で防戦一方に持ち込まれていた光森は、思案するような声に思わず問いかけた。
自分は避けるので精一杯だが、筒音は妖術で対抗している。が、あまり効いている様子はない。どちらにせよ、筒音自身の状況判断は聞いておきたかった。
『その通りじゃのぉ。と言うことは、光森。お主も気づいておるのじゃろう?』
珍しく、シシシと空気を震わせることなく答えた。大した反応を返せるわけではないが、意外だった。筒音も、強い相手は嫌いではなかったはずだが。となると、考えられることは一つ。
「…ちっ。ああ、多分同じことを思ってんな」
影人形の攻撃を反応突破だけでかわし続け、光森はやはりか、と嘆きたくなった。
このままでは、この敵対する影人形には勝てない、だ。
理由はとても簡単だ。先ほど光森と筒音が戦った精霊は触れることが出来た。精霊魔術師を含めて。しかし今度の精霊は触れることがかなわなかった。しかも筒音の妖力が作り上げた火の玉も効いた様子がない。
これだけ状況を理解出来たら馬鹿でもわかる。
「攻撃は効かねぇ。精霊を使役してる奴もいねぇ。ったく、これじゃ決定打が打てねぇってわけだな」
ついつい愚痴を溢してしまった。自棄になりたくもなるが、そうもいくまい。光森は避け続けた。
精霊が厄介なら、精霊魔術師を狙え。包女が言っていた言葉だったが、この状況ではどうだ。聞き間違えでなければ、精霊魔術師が精霊になっている。
「唯一の弱点だろ?どうしろってんだよ」
筒音の火の玉に助けられながら、光森は言った。このままでは遅くないうちに自分はやられる、と判断してだ。
『フム。妾の方も多少効いてはおるようじゃが…どうにも決定打とはならんようじゃ』
筒音も冷静に言う。光森よりは余裕があるようだが、それでもうまくいかない戦闘に鬱陶しさを覚え始めたようだ。声にいつもの調子がない。
「不味いじゃねぇか」
『そうじゃのぉ』
下っ端の精霊魔術師を倒していい気になっていた自分自身を恨みたいもんだ。光森はそう少し前の自分を省みながら、かわし続けた。
「お前の仲間、男の方はずいぶん不細工に踊るじゃねぇか。獣に助けられてるぜ」
いっこうに止む気配のない攻撃のさなか、嬉々とした操流人の声が聞こえる。九津もちらりとだけ光森を見た。
筒音の妖術の助勢によりかわしているが、反撃の手だてをまったくもたない光森は、あからさまに苦戦を強いられていた。
「ん、まぁね。先輩は精霊との戦いは初心者だし。ほどほどにしてよ」
肩をすかしそうなものの言いに、操流人もこの場のそれぞれの力量を把握したらしい。鼻を鳴らすような間があった。
「雑魚かよ。あいつが負けを認めたら、やめてやるよ」
「それは難しいな。先輩は、負けず嫌いだから」
思わず笑いかけた。こんなことが光森にばれたらあとでなんと怒られることか。九津はなるべく真剣な顔を作ろうと心がける。
「そりゃぁいい。潰し甲斐があるってもんだぜっ」
「ん、でもさ、鵜崎ちゃんを狙わないでいてくれたのは素直に有り難いと思ってるよ」
九津の突然の謝意ともとれる言葉に、攻めつつ流暢に語っていた操流人が詰まった
「………けっ」
何を思い、どう考えたのか、それだけが答えだった。
ここで、何かを振り払うかのような渾身の一撃。一瞬とはいえ、九津は完全に万式紋を弾かれた。握りしめる手の方も、かすかにだが痺れが残る。
緊急回避。距離をとった。
「どうだっ、金髪。オレの意識で操れる影のほとんどをお前に向かわせている。さすがにきつくなってきたんじゃねぇか?魔術師である鷲都でさえ苦戦してるしなぁ」
気を良くしたのか、それとも先ほどの無言の瞬間を濁すためか、操流人は言った。
確かに鷲都さんも防戦一方に見えるけど。九津は思案したが、結局のところ。大丈夫だろう。そう判断した。
これは楽観的な答えではない。実際に、一度勝った相手だと話に聞いている。何より。
まだ負けてない。諦めていない。
この距離からでもわかるほど、あの二色の瞳にうつる闘志に今の段階で手を貸すなど、包女に対する最大の侮辱だと思い至ったからだ。
自分は自分。目の前の操流人に集中しよう。そうすることが最善の手でもある。
呼吸を瞬時に調え、活力をさらに練り上げた。




