第二十話 『夏の一日 破の終わり』
町の明かりを遠目に、蛇を思わせる影が地に降りた。包女たちが鷲都から一番近い関係者の家にたどり着いたのだ。
「雀原さんっ」
名を叫びつつ呼び鈴を急ぎならすと、中から物音のあとに人の声が聞こえた。すぐに玄関のガラス越しに明かりが灯り、うつる人影が戸を開こうとしている。
「はい、はい。ただいま」
出てきたのは呼ばれた当人、雀原里麻だった。里麻は突然の来客が包女だったのをわかっていた。それでも全員の顔を伺うと、僅かだが眉をよせ、不思議そうに首を傾けた。
「包女お嬢様。それに旦那様や先生まで。そろってどうされたのですか」
包女を筆頭に、日戸、ガータック。そして見慣れない少年がいる。離れたところでは、鷲都の居候で人外の半妖筒音が少し大きめの狐の姿に変化しているところだった。
包女がためらいがちに口を開いた。
「実はちょっと、色々あって」
色々とあってここまで来た。目的の場所までもう少しだ。焦る必要はないだろうが、余裕があると言い切れるわけでもなかった。
「色々…ですか。どことなく胸騒ぎを感じていたところです。それでは少し話を」
「ごめんなさい、雀原さん。詳しい話はお父さんたちから聞いてください。私たちは今から家の方に向かいます」
里麻を遮り、なるべく早く行動にうつそうとする包女は、早口でまくし立てた。一瞬、言葉を詰まらせた里麻だったが、包女の様子から察してくれたようだ。
「…なるほど、わかりました。色々あるのですね。気をつけていってください」
包女の目を見て頷いた。普通なら使わない言い回し。ここから鷲都の家への距離を考えると「気を付けて」とは。しかし、これが里麻が納得した何よりの証であり、包女をこの場から立ち去らすための気遣う一言だった。
「はいっ」
包女は素直に返事をし、待ちくたびれたように伸びをしている筒音の元へと向かった。短く、不躾な言い方でも詮索する相手を選び、自分の意思を汲んでくれることが嬉しかった。
少年こと、光森もそんな包女に続いた。
包女たちを見送り、里麻は残った大人たちに向かい合った。包女に言われた通り、日戸たちから事情を聞くためだ。
居心地の悪そうなガータックの顔からも想像が出来る範囲ならいいが、と心中隠しながら。
それと、この状況は昔にそっくりではないかと思っていた。ガータックが、包女の母であり日戸の妻、先代の鷲都の当主であった通弦に連れられ初めて日本に来て過ごしていたあの頃と。
遠くなってしまった懐かしい日々。ガータックと通弦が問題を起こし、日戸を困らせ、通弦自身が事件を解決し、最後に里麻のお小言を三人に聞かせていたあの頃に。
「では旦那様。先生。お話しください」
咳払いをひとつ。これだけでだいの大人が二人、背筋を伸ばし真剣な顔つきになった。
この二人はあまり変わっていないな、と懐かしみながら里麻も真剣に耳をすました。
そして、話を聞き終わる頃、その顔を険しくさせ、二人を震えさせた。
─────
オカッパに近い髪型を緑色で斑に染めている。
体つきは華奢で、男子としてはかなり小柄な部類に入るだろう。その細腕には銀に輝く装飾品が歩くたびに音をたてていた。
そのうちの一つ。ひときわ目立つのは、銀の首飾りに嵌め込まれた夜に負けない赤色の輝きをみせる「精霊石」だろう。
「クルト様。どうして、ここへ」
最初に声をかけたのは卦我介だった。少年の名前を呼ぶその表情には、驚きがあった。卦我介たちにとってもその少年の登場は以外だったらしい。
「向こうの連中からよぉ、くだらねぇ撤退報告を聞いた。んで、待てど暮らせどこっちは報告さえこねぇじゃねえか。だからよぉ、わざわざ様子を見に来たってわけよ。なぁ、おい。なんだこの様は?」
少年、クルトの口から卦我介たちに向けて苛立ちを含めた声で、答えが返った。受け止める卦我介たちは、あえて何も言わないようだ。
クルトはちらりと観垂に抱えられた男、椴丸を見た。
「本命はこっちだってわかってんだろぉ?こんなことなら最初っからオレ自身が出りゃぁ早かった」
一度ためる。二人の反応を確かめている一秒かからないそのためは、卦我介たちにはとても長く感じたはずだ。
「…ってことじゃねぇのか、あぁ?」
「…いえ。迂闊に当主代行者のクルト様が出向くような真似はさせません。そんなこと…当主様や協定に睨まれます」
驚きを吹っ切るように卦我介が口を開いた。語尾を強調して、クルトに伝える。
「ケッ」
クルトも盛大に舌打ちをするが、それ以上は何も言わなかった。代わりに九津に視線を向けた。
「テメェが原因か?」
顔を会わせると、少年の機嫌の悪さが声以上に表情からにじみ出ていた。年なりの目付きは尖り、苛立ちを語っている。物事が上手く運ばない幼さをともなって。
「…ん、そうなるかな?俺としては留守を番する者としてのつとめを果たしてるだけだけどね」
それを平然と受け止め、九津は答えた。瑪瑙を隠すように、立ち位置にそれとなく気を付けながら。
沈黙の視線。何も返さないクルトに、九津はたずねた。
「ところでさ、向こうの連中が撤退報告とか、なんとか言ってたね。向こうって…鷲都包女さんのこと?」
「…はぁ?だったらなんだっつうんだよ」
肯定ととれる返事。満足のいく回答だ。思わず笑みがこぼれた。
「ん。こっちには吉報なんだろうなぁって思ってさ」
「チッ」
九津の態度が気に入らなかったのか、クルトは聞こえるように舌を打った。それは包女たちの安否に気づき、安堵をみせていた瑪瑙をびくりと震わせた。
「…こっちはよぉ、全っ然よぉ、面白くねぇんだよ」
静かだがやたらと響く声は、まとわりつくようだ。傷ついた瑪瑙にはこの魔気の含まれた響きはさぞ不気味に聞こえただろう。もしかしたら武者震いをおこしかねない。
強いものの放つ気配に飲まれないように己を震いたたせる本能。だが、なにぶん今は戦意が失われつつある。逆に震えること自体に飲まれ、最悪、恐怖にとらわれてしまうおそれがある。和らげばいいと、九津はつとめて明るく言う。
「そう?なら早く帰ったほうが良いんじゃない。そっちだって、魔力切れの人が二人もいるしさ」
顎でクルトの後ろをさす。横目に覗いたようだが、それだけだった。
「おい、山枚橋」
クルトはしばらく思考したあと男たちを呼んだ。帰る様子のないことに、九津は溜め息をついた。
「…はい」
「こいつらは、あの荷物のことを知ってんのか」
九津に目線を外さないまま卦我介に問いかける。
あの荷物とは。九津の頭によぎる品物があったが、わざわざ教えてやる必要もないだろう。黙して流れを待つ。
「いえ、おそらくは知らないかと。ここへ来た理由を全く察していなかったので、鷲都の魔術師でもないかと…ただ」
あの荷物のことは流れた。これで終わってくれたらな、と考えているとどうやら無理らしい。卦我介の言葉にクルトが興味を示した。
「あん?」
短く、続きを促す。
「魔術を既知する者たちです」
「そうかよ。そりゃ、そうだろうな」
予想していた答えだったのだろう。鼻で笑い、クルトは自身のもつ「精霊石」に手をかけた。
「顕現、ウゥド・ヤシ」
一声。九津も思っていたが、本当に精霊好みの声らしい。先ほど男たちが精霊を呼び出す時にみせた輝きが霞むような、赤い魔力の放出があった。
その声に呼ばれる精霊が喜んでいるのだろう。より光は強くなる。幾何学的な模様は花火のように鮮やかに、そして音もなく消えていった。
最後に残ったのは。
夜の闇に染まらない、漂い浮く黒い影。
「むしゃくしゃしてんだ。ちぃっと気晴らし、付き合えよ…金髪っ」
単純かつ明快なクルトの意思。宙をはためいた影は、その言葉に応えるよう動いた。
「金髪って俺のこと?あだ名か、悪くないね」
問答無用の精霊「ウゥド・ヤシ」の突撃。九津は瑪瑙を抱え、皮肉を込めて呟きながら跳ねた。
「けどさ、やってることは良いことではないってわかってる?」
「へぇ、やるじゃねぇの」
クルトがこの場に来て初めて歯を見せて笑った。嬉々として歪めた唇から舌を出して、舐めた。
わかっててやってるんだろうな。九津は苦笑した。
「けどそれで終わりな訳…ねぇだろぉが、バァカ」
だよね。心中思う。直後、九津を狙うウゥド・ヤシが追撃を仕掛けてきた。
「九津さん、下!来てるのです」
「ん、わかってる。あれも精霊だもんね。これくらいじゃかわせないか」
空中戦に慌てる瑪瑙とは裏腹に、変わらぬ口調の九津。さて、どうしたものかと考え、瑪瑙に問う。
「ちょっと捕まっていられる?手、痛いかな?」
「え?いえ、大丈夫なのです」
なら、と九津は片手を自由にする。支えを一つ失った瑪瑙は、放されないようにしっかりとしがみついた。
瑪瑙の握りの強さを確認し、瑪瑙の不安をはらうため、強気に叫ぶ。
「行くよ」
「はいなのです」
応える瑪瑙の返事にも強さが戻っていた。嬉しそうに九津は叫んだ。迎撃のために必要な、自慢の武器の名を。
「万式紋っ!」
すると身に付けていた五本の色糸で編み込まれた紐が、金色にみえる輝きと共に手中に収まった。五指に握られた紐はピンと張り、光に包まれた一つの柄となった。輝きは伸び、光の刀身が形作られた。
「んあぁ。なんだありゃ」
クルトは九津の出した光の剣に目を細めた。突然、手のひらに握りしめたあれはなんだ。一体どうするつもりだ、と観察しているのだ。
精霊にも「性質」を活かす為の母体がある。卦我介の精霊「ナハク・サニノ」が植物、椴丸の精霊「エカッツ」が鉱物であるように。
クルトの精霊「ウゥド・ヤシ」の性質は「闇」。母体は、普通は触れることの出来ない存在、「影」である。
何かしらの対策をするには部が悪いはずだった。例え、九津が一般的な魔術師だったとしても。
自然に、余裕に、上に逃げた獲物を襲うウゥド・ヤシ。それを見るクルトの視線は、つまらなそうだった。何をしようが、余程のことが起こらない限り、ウゥド・ヤシの勝利は揺るがない。そう、考察しているから。
ところが、刹那。その瞳が大きく見開かれることとなる。
九津の構えた光の剣の斬撃が、影の体をもつウゥド・ヤシに当たったのである。
何故だ。「影」の精霊であることを九津たちは知らないはずだ。知っていたとしても、そう簡単に防げるはずが無い。防げるはずが無かった。
ぎり。舌を打つことも忘れ、奥の歯を噛んだ。強く閉ざした口を、ゆっくりと開いた。
「んだありゃ。お前ら、アレが何かわかるか?」
「いえ…自分たちも初めて見ました」
クルトに問われ、首をふる卦我介たち。
「自分たちが苦戦を強いられたのは、主にあの抱えられている少女の方だったので」
せめてと、ありのままを答えた。またぎり、と奥歯を噛み締めるクルト。それでも口元で指を遊ばせ、観察する目を離さない。
「違和感が少しある。が…魔力は感じねぇな。とくに、あの金髪の方からは全くだ」
「クルト坊っちゃん。三枚橋がさっき言ったのは、あくまで魔術を知っている者たちという事だけですよ。魔術師だとは言ってません」
冷静にウゥド・ヤシと互角に空中戦をこなす九津を分析するクルトに、観垂が補足する。
「あん?魔術師じゃねぇのかよ」
「男の子の方はともかく、あのお嬢ちゃんだって得たいの知れない術を使ってきたんですから」
「どういうことだ?」
「紙をですね、ビューっと飛ばして操って見せたんですよ。まるで精霊みたいに。ね、卦我介」
「ああ、確かにあれはそう見えたな。クルト様。すいませんが我々は、明確に言える答えを持たない、ということです」
空いた手で、式紙を表現する観垂。卦我介も同意して頷いた。クルトの眉間にしわが寄る。
「チッ。使えねぇな。ったく、試すか。潜れ、ウゥド・ヤシ」
新たな命令が影に届く。ウゥド・ヤシは空中戦を振り切って地に潜った。ひとまず攻撃の手が止んだが、それでも九津たちは気を抜けない。
「次はいったい何をするつもりなのでしょう」
「さぁ、俺も精霊魔術師自体を詳しい訳じゃないからね」
万式紋をもてあそび、相手の次の一手に備える。魔術ではなく、精霊との戦闘。全く経験が無いわけではないが、豊富な訳でもない。実際に影の体をもつ精霊など、九津も初めてだった。
正直、立派に役に立っている万式紋に感謝している。
「これならどうだっ」
魔力が送られる。影は地に沿うようにうごめき接近した。範囲は広くはない。それだけを視認し、下手に避けるよりはと、九津はまた跳んだ。
そして、それが相手の狙いだった。
「おお、これはなかなかっ」
「ひゃっ、凄い数なのですよっ」
今度は影の塊ではなく、弾丸のようなつぶてを大地から弾いたのだ。瑪瑙がとっさに目を瞑る。と、自分を支えていてくれている九津の手に、さらに力が加わった。
「へ?…わわわっ」
急激な加速と、遠心力からなる力の流れに瑪瑙は目を回した。くらくらする頭で目を開くと、言葉にせずに驚いた。あの自分が怯んでしまった影のつぶてを、九津は全て弾いたからだ。
驚きと酔いで、なかなか口を開けない瑪瑙に九津は申し訳なさそうに謝罪した。
「ごめんね、鵜崎ちゃん。さすがにあれだけをかわすとなると加減が出来なくて」
「大丈夫なの…です。むしろ、いい、体験に、なったのですよ」
だから瑪瑙は、できる限りの虚勢を無理矢理に張った。
「んだ……ありゃ。全っ然、わかんねぇ」
卦我介たちも驚く中で言葉を無くしていたが、クルトだけは静かに呟いた。舌打ちも、歯軋りも忘れて淡々と語る。
「なんで魔術を使う素振りのない人間が、精霊の力に対向出来んだよ?」
地に立つ足に、妙に力がこもる。砂利の音がやたらと響く。
「わかりません。少女の方はあきらかに魔力とは異質ですが、不可思議な術を使っていました。しかし…」
卦我介は冷や汗をかいて答えた。自分が「負け」を認めた相手の底知れぬ力に、ようやく気がついたのだ。
「あの男の子の方は坊っちゃんが来る少し前に動き出して、今に至るってところですね。残念ながらさっぱりです」
繋ぐ観垂も軽口を言うが、表情が固い。それほど、影の精霊であるウゥド・ヤシの攻撃を防ぐ九津にがく然としているのだろう。
「チッ。ムカつかせるなぁ、どいつもこいつも。あぁっ!」
力一杯に大地を踏みつけた。そして息を整えながら脱力したように全身をダラリとする。
「荷物ひとつとってこれないテメェらも、魔術師じゃねぇ相手にむきになるオレ自身も、協定や親父の目も、あの日のことも。んで当然、あの金髪も、なぁ。ウゥド・ヤシ」
一つひとつ自分の精霊に語りかけ、呼びかけた。精霊は九津に対峙していたが、主の声に漂うように寄り添った。
寄り添う影は闇色の霧となり、やがて主であるクルトを包んだ。そして、その霧となったウゥド・ヤシが、クルトの体に吸い込まれるように消えるのに時間はかからなかった。
「げっ、憑依?」
嫌なものを見た。あからさまにそんな顔をする九津は瑪瑙をおろした。
「…鵜崎ちゃん。ちょっとここにいてね。あれを相手にするにはちょっと本気でいかなきゃ」
「大丈夫、なのですか?」
瑪瑙が、自分の戦った相手を思い出したのか、不安そうにたずねた。九津はへらりと笑って、
「大丈夫。鵜崎ちゃんのところには一歩たりとも行かせないから」
堂々と告げた。困ったように瑪瑙は呟く。
「そういう意味ではなかったのですが…」
「ん?」
「いえ、なんでもないのです」
それ以上は言えなかった。なので瑪瑙の中に、せめてこの目で最後まで戦いを見届けようと決意した。
「とことん付き合えよ、金髪」
「ん、こっちは早く終わりたいからね。決着をつけるつもりで相手をしてあげるよ」
近づくクルトに真っ向から迎え撃つ姿勢の九津。互いに意識的に全力を隠しているが、戦う意思だけは全開だ。
金色の刃と、影色の刃が交じわる。二人の戦いが始まった。
卦我介たちは、瑪瑙と同じく二人の戦闘を固唾をのんでみいっている。もはや見守る側には入り込めないほど、二人は互いし存在していないような振る舞いだった。
クルトは対戦が進むうちに苛立ちが増していた。自分が精霊魔術の二段階目、「精霊憑依」まで使っているのに倒せないでいる敵に対して。
それと、少しだけ不思議な感覚にとらわれ始めていることに気がつく。なんだ、と疑問は浮かんだが答えはでない。ならば戦い、勝利すればわかるのではないか。そう思うと力が入った。
「どうだっ、こらぁぁ!」
夢中になって影の刃を、自身の拳を、魔力を、技術を繰り出す。相手も金色に輝く刃と体術、気迫をもって対向してくる。
だんだんと不思議な感覚の方が、苛立ちを押し始めた。
「くそがっ」
苛立ちではなく、純粋な怒声がこぼれる。今のはあたったと思ったのに。その一撃を惜しむ瞬間を九津は見逃さなかった。しかし、
「んん…無理か」
払い上げた万式紋を、影で包み込むように守られた。自分でもいい手だと思ったのだが。
接戦のさなか、先に口を開いたのはクルトだった。
「金髪…おかしいとは、思ってたがよ、お前、まさか」
間合いをとり、肩で息をしている。魔力の消費、体力の減少。確実にクルトにも限界がみえてきた。だけどどこか、楽しそうにもみえた。
「その武器、魔力生命体に直接ダメージを与えられんだな?」
「ん、半分正解、半分間違い」
九津は、なるべく弱さを見せないようにおどけた風に返した。
「チッ、マジか。そんな武器、何処で手に入れた?そんじょそこらの魔術師じゃ作れねぇ代物だろうが」
「ん、まぁね。ただの魔術師ではないよ」
なんせ魔女と恐れられているらしい、とは口にしない。
「しかもそれを使いこなすテメェはなに者だ?魔力どころか魔気の欠片も感じねぇ」
「言ったろ。鷲都の家の留守を番する者だって」
息を整えるためか、それとも九津自身に興味がわいたのか。クルトからの会話が続く。
「…雇われか?」
「友人だよ、友人。そもそも俺は魔術師じゃないし、魔術なんか使えないからね」
魔術のひとつも使えない魔術師の友人。
不思議な奴だと思われたに違いない。怪訝そうに眉が動いた。卦我介たちからもそういった気配がうかがえた。
こういう相手の態度にはなれている。魔術などという現代の非常識に関わるものたちは、少なからず魔術を携わる。魔力は、求めた者が手に入れるように遠い昔に、そう決められたから。それを先天的に使えるか、使えないかの違いでしかないから。
それを使えない、と断言した。さぞ不審に思われただろう。四月の包女を思い出すようだ。あの時など、激怒されたものだ。魔術師を馬鹿にしているのか、と。
「あっ!あとついでに呪術、妖術、幻術、忍術なんかも全く使えない」
ついでとばかりに、片手の指を折った。
「まぁ、大概使えないよ」
「本当に意味のわかんねぇやつだな、金髪。けどよ、ひとつわかった」
へらりと笑う九津に、クルトが狂暴そうに歯をみせた。笑っているのかわからないが、楽しそうにみえた。低さを強調していた声は、高みを増していた。
「オレはよぉ」
気がついたのだ。クルト自身が。何かしらの感覚にとらわれており、それがなんだったのか。
それは、相手が魔術師でないこと。
それは、相手が全力で戦うべき敵だということ。
それは──。
──ただ無我夢中でがむしゃらに、強い敵と戦うことが、楽しいということ。
立場やしがらみのない、簡単な話。目の前にいる強い敵を倒したい、という単純な理由。そのために、自分自身の限界を越えなくてはならない、という純粋な意思。
こんなにも楽しいと思う戦いは、初めてだったのだ。
あの日とは、全く違った。
「お前を倒せば、もっと、もっと、強くなれるわけだなぁぁぁ、金髪っ」
吠えるような声と共に体中から影を吹き出させる。次いで高まった魔力は咆哮に応えるように一本の赤い柱となった。
あれは見たことがある。九津は集中した。包女の最終手段である全力の付加魔術。木刀に魔力を張り巡らせ、圧倒的に敵をなぎ倒す一刃抜刀のようだと。
「クルト様」
「坊っちゃんっ!」
卦我介たちの焦りの声が聞こえた。瑪瑙も探知感覚を両手で覆い隠すほどたじろいでいる。
「くそがっ!くそがっ!くそがっ!ああぁっ、腹が立つ。が、面白れぇじゃねぇかよ、おいっ」
笑み、そして叫び。魔気を絡めた魔力の柱に導かれるように「精霊憑依」は解かれ、精霊ウゥド・ヤシを顕現させた。
「クルト様、まさか、それは」
卦我介が戸惑いの声をあげた。一歩、クルトに近づこうと踏み出した。が、それよりも早く遮るものがあった。
空より響く声だ。
「あなたは束都のっ!」
全員の視線が空に移った。
今のいままで、九津さえも気がつかなかった。それほどまでにクルトの魔力が膨れ上がり、気が回らないでいたのだ。
薄い月に浮かぶ巨大な狐のような獣。その獣にまたがり、颯爽とあらわれた黒髪を従える少女の存在に。
「鷲都さん?お帰り、早かったね」
「包女お姉さん、ご無事だったのですね、よかったのです」
九津と瑪瑙は降り立つ獣にまたがる少女、鷲都包女に声をかけた。包女は無言で笑顔を向けて、それに応える。後ろにへばりつくように俯いているのは、光森だろうか。
「よぉ、鷲都の代行ぉどの。六月のあの日以来かぁ?」
クルト、束都 操流人は包女を眺めるだけで、九津に対峙し続けた。
「束都の当主代行……あなたがここにいるなんて思いもしませんでした」
包女は巨大な獣に変化した筒音から降りつつ、素早く目を配らせた。
九津が応戦していたのだろう。万式紋を出している。瑪瑙を見る。手を押さえているようだが、表情から大丈夫そうだと判断する。
次に男たち。一人、気を失った男が仲間に抱えられている。あと一人も立ち尽くしたままだ。全員に「精霊石」が飾られていた。
そこまで確認出来れば十分だ。
「当主も代行者も居ない中、魔術師と関係のない人たちを巻き込むような戦い…無礼だとは思わないんですか」
包女は問いただすように告げた。
「くっ………………くくく」
操流人は笑い始めた。肩を揺らし腹を押さえ楽しそうに。
「あははははははは」
「何。何が可笑しいの?」
その態度に不気味さを覚えた包女が言う。
「関係者じゃねぇっつうのは、そうみてぇだな。魔力なんざこれっぽっちも感じねぇ」
「当たり前です。だって彼らは」
「だがよ、魔術師相手に喧嘩を売るような奴らがよ、普通とは言わねぇだろ」
言い切る操流人に包女は言葉をつまらせた。万式紋まで出していたのだ。それ相応には悟られたのだろう。この二人が魔術師に対抗する術をもつ人物たちだということに。
「とりあえず楽しくなってきたところだ。代行どのも折角だ…みてけよ」
包女を気に止めず、精霊魔術師「束都操流人」は邪悪を越え、無邪気に微笑んだ。




