第十五話 『夏の一日 序の繋ぎ』
全員の参加を告げる連絡を父である鷲都 日戸に終えた鷲都 包女はいくぶん首を傾げたくなる思いだった。
それは電話に出た日戸の疲れた調子だ。朝から包女の友人たちや昔から世話になったという恩師に会えると嬉しそうにしていた日戸。そして日戸は恩師といるはずだった。
ところが聞こえてきた日戸の声は嬉々とした調子からはかけ離れていたのだ。
最後の言葉も少し気になる。
「僕たちも遅くならないうちに帰れると思うから」
まだ陽は高過ぎるくらいだ。よほど予定がずれなければそんな言葉は出ない、と思う。だから包女は、日戸たちにそんなに予定がずれる何かがあったのか、と気になったからだ。
しかし自分とて今は招待する身の上だ。日戸も大丈夫とは言っていた。気にしすぎても仕方が無いだろう。包女は忘れるわけではなく、切り替えることにした。
わけなら帰って合流してから聞けばいい。
そういう結論に至った。
時間があるなら町をぶらつきたいと言う悟月 九津の申し出に、包女をはじめ鵜崎 瑪瑙と鯨井 光森、九津の妹の悟月 界理の五人はショッピングモールへ向かった。
「今時の服ってどんなものが流行ってるんだろ?瑪瑙ちゃんや界理ちゃんはどんなのが好き?」
「私は動きやすくポケットの多いものを選ぶのです。デザイン的にはヒラヒラしてるのが格好よくて好きなのです」
「格好いい?可愛いじゃなくて?」
「はいなのですよ」
「瑪瑙ちゃんらしい。私はシンプルなものですね。包女さんはどんなのが好きなんですか」
「私?私は…そうだなぁ、界理ちゃんといっしょでシンプルなのがいいかな」
包女、瑪瑙、界理は服を眺め、ときに手に取りながら喋った。
それを疲れた風に光森が見ている。九津はモールに置いてあったこの付近の情報が書かれたパンフレットを楽しそうに覗き込んでいた。
「あ、先輩。今度このお店行きましょうか」
「あん、何処だよ…って店っつうか、ここ、ゲーセンじゃねぇか」
「行ったことないんですよ。勝負しましょうよ、勝負。対戦とかするんでしょ?」
「お前、ゲーセンデビューで俺と勝負たぁいい度胸じゃねぇか。ぜってぇ泣かす」
「あとボーリングやバッティングセンターとか」
「……日付は変えてくれよ」
げんなりする様子の光森に九津は嬉しそう笑った。
ただ下らないことを喋り、だらだらと時間を過ごすことが出来る似た非日常をかかえる同年代がいてくれることが、九津にはたまらなく楽しかった。
「じゃぁ、そろそろ行こうか」
包女が時計を確認し促した。一行は鷲都家へ向かった。
郊外とは聞いていたが、最寄りの駅から降りてしばらく五人は歩いた。そして「雀原」と銘打った家や他にいくつかの家屋を通り過ぎ、たどり着いた場所に日本の「付加魔術」の最高峰、鷲都の家があった。
「でっっっかぁ」
正面に立ち、見下ろすように構える門を見て九津は言う。平屋なので家屋そのものは見えない。しかし感想としてこれ以上のものは出なかった。
「ん、本当に立派だね」
「この佇まい、雰囲気…凄いのですっ」
「……マジ、かよ」
つられるように全員が驚愕と称賛を込めるように答えた。
近年の豪邸とは違い、旧家ならではの奥ゆかしさと格式、雰囲気をかもし出しているようだ。
そうでなくともおそらくこの気配はと、九津はわくわくした。
まず門をくぐる。この時点で興奮気味の九津、瑪瑙、光森は辺りを見回した。
「ま、松の木が直植えされてるっ。鯉のいそうな池まであるっ」
「おおお、砂利道なのですよっ、長い道のりなのですよっ」
「っつか、塀見たか?囲いか…どっちでもいいか。つまりあの囲まれてる範囲が全っ部、鷲都家って事かよ」
「なんか恥ずかしいな」
三人に苦笑しながら包女は玄関までを案内した。 その間、九津の言動に界理は「お兄ちゃん、少しうるさいよ」と溜め息をこぼし後に続いた。
「さぁ、皆どうぞ」
案内されるがままに玄関をくぐり、廊下の長さに驚かされた九津たちは広間に連れて行かれた。そこには食事会と呼ぶに相応しい料理が並んでいた。
「え、ええと。なんか凄いな、予想よりかなり上をいかれた」
九津が言う。少しだけ申し訳なさそうな表情で、
「こんなに準備、大変だったでしょ?鷲都さん」
と包女に言うと「ううん」と返された。
「本当はね、私と父とで用意出来る範囲でするつもりだったんだけど…雀原さんたち…えと、鷲都の関係者の人たちが張り切ってくれたの」
恥ずかしそうに切り出し、嬉しそうに言いきった。
「そんな方々がいるのですか!この料理を作って用意してくださるような方々がっ」
「うん。普段から週に何回か掃除とか買い出しの手伝いに来てくれるんだよ」
「いや、それこそ家政婦的なあれか?すげぇな、おい」
瑪瑙と光森は脱力したように眺めている。と、九津があることに気付く。指で改めて確認するように、「一、二、三」と数えていると、
「どうしたの、お兄ちゃん?」
不思議そうに界理が尋ねた。「ん」と、ひとまず気がすんだのか界理の方を向いた。
「いや、人数的に少ないなと思って。鷲都さんのお父さんと筒音を入れたら七人だよね。一人分足りない」
考えるように呟く。界理も机に並べられた料理を数えて頷いた。
「本当だね」
考えてみればこの家に入ったときに包女の父、日戸は居なかった。驚くばかりでそこまで頭が回っていなかった。
瑪瑙と光森も九津たちの会話から座席の数に気付いたようで包女を見た。全員の問うような視線に包女は微笑んだ。
穏やかに答える。
「私の両親の昔からの知り合いの方が今日、訪ねてくる予定なんだ。父が迎えに行っているんだけど、父とその方は別室を使う手はずになっているの」
現在、ここにいない日戸の行動を含めて話した。
「なんと、そんな日に良いのですか、私たちがいても?」
瑪瑙が困った顔をする。
「大丈夫だよ。父も皆に挨拶出来れば今日はそれでいいって言ってるし。それに別々の方が私たちも気を使いすぎないでいいと思って」
と包女は片目を閉じて応えた。瑪瑙は、
「そこまでおもんばかっていただけるのであれば…この鵜崎瑪瑙。呪術師として是非とも場を盛り上げる所存なのですよ」
と、腕を曲げてちからこぶをつくる仕草をした。
九津たちは瑪瑙の小さな体に似合わない行動が面白く、笑った。
「期待してるね、瑪瑙ちゃん」
「ふふのふ。任せてほしいのです、界理ちゃん」
瑪瑙と界理はハイタッチを交わした。
「それにしても作りたてみたいな料理だな。時間を合わせてくれてたのか」
並べられた料理に対して光森が呟く。確かに時間がたっているにしては湯気もたち、満たされていない腹具合を思い出させる。九津もその香りに唾を飲み込んだ。
だから我慢するつもりで光森に声をかけた。
「先輩、修業が足りませんよ」
「あ?何でそうなんだよ」
不機嫌そうに光森が答える。あくまで声だけの不機嫌さであることは九津も他の面々も理解している。
「鵜崎ちゃんや界理だってわかりますよ」
「だから何でだよ」
調子をとるような九津の声に光森の眼光が据わる。これも癖みたいなものだ。
瑪瑙が笑いを堪えるように口元を震わせている。
「先輩さん。その料理には魔力が込められているのですよ。おそらく包女お姉さんたちの得意とする付加魔術の類いなのでしょう」
机の上から覗きこむように言うとクンクンと鼻を鳴らした。
これは瑪瑙が「力」を「かぎわける」ときにするしぐさであり、手段だった。
「な…マジかよ。つうことは、あれか?保温効果をもつ魔法ってやつか」
この場の全員が軽く首肯した。
「そうですね。そんなところですよ、鯨井さん」
包女はそう言うと、一品持ち上げて光森の前に差し出す。と、指先でつつくような動きをした。すると、音こそならないものの光森の前で何かが弾ける「感覚」がした。
「へぇ、魔法ってのはマジですげぇな…で、俺以外全員わかったってのはどうなんだ」
照れを交えて改めて聞く。
「わかってたのですよ」
「そうですね。私もわかります」
「私は…まぁ、当然ですけどね」
包女だけは困った顔をして呟いた。光森も納得したように頷いた。
次いで「ぎり」と歯を鳴らし、自慢げに自身を見る九津に蹴りを放った。
「…くそ。鷲都たちに言われるのは良いが、お前に笑われるのだけはむかつくっ」
「ちょ、やめ、先輩、ストップ。ストッッップ」
不意打ちを当然のようにかわす九津にさらに追撃を仕掛ける光森。机から離れるように動くのは、慣れた者同士のじゃれあいであり、止める者はいなかった。
廊下側へ出て、ひとしきり気のすんだ光森は尋ねる。
「つか何でわかんだよ。全っ然わかんねぇよ」
「だから修業がたり…暴力反対っ。みんな、見てないで助けて、止めてっ。先輩がわりと本気だっ」
「安心しろ、かなり本気だ」
「わおっ」
茶化すような九津に光森は「限界」を「突破」するほどの一撃を放った。
流石に動きが変わったのを察し、包女が止めに入る。
「鯨井さん、魔力を理解できれば大丈夫ですよ」
「ああ、魔力を感じるっつうやつか。確かにな…俺はまだ実践レベルじゃつかめてないな」
説明を受け、自身の未熟さを噛み締め思わず舌を鳴らした。悔しいが九津の言う通りだと認めているようだった。
「でしょ?だから修業が」
だからと言ってイラつきはするようで、九津の言葉を遮るように蹴りを放った。
広間に戻って全員が座り、ようやく一息ついた。いまだ蹴られたことに不服を唱える九津を無視して光森は口を開いた。
「鵜崎は嗅覚だったな」
「そうなのですよ。魔力は少しだけ焦げたような香りがするのです」
「私は感覚ですね。生まれたときから当たり前のようなものなので悟月くんがよく言う視覚でもわかりますよ」
どうしても悔しかったらしく、各々が魔力を確認する「感覚」を聞き出すためらしかった。何度か話しに聞いていことだったが、包女と瑪瑙の言葉に光森は渋い顔をした。
それを九津に見られ、よりしかめる。
「私は…なんとなくです。そういう体質なんです」
ニッコリ。そう聞こえそうな威圧を込めたような笑顔で界理は答えた。本人はそのつもりはないだろうが、気圧されたように光森は数回頷いた。
「俺もつかめるようになんなきゃな。九津には絶っ対負けねぇ」
光森は宣言した。
「そうやって特定の誰かをいじめるの、反対っ」
隣で九津は不服をもらしていた。しかし。
「ですが九津さん。私も九津さんに負けないように、と精進していることを忘れないでいてほしいのです」
「それなら、私もやっぱり悟月くんに負けないことを目標にしてるかな」
「まさかの発言に俺は今、驚きを隠せないね」
不服は受け入れてはもらえないようだった。
「切磋琢磨だね、お兄ちゃん。競うべく好敵手がいるのはいいって月帝女さんも言ってたし、いい関係だと思うよ」
界理の穏やかな台詞に九津は苦笑するしかなった。
・・
「それにしてもちょっと遅いな。もう帰って来てもおかしくないのに」
時計を見て不安感をあらわにする包女。先ほどから数回確認していたようだが、ついに口に出てしまったらしい。全員が注目した。
「こっちから連絡してみる?」
九津の提案に包女は頷いて携帯を操作する。コールが鳴っているのを確かめて包女は立ち上がった。
「とりあえず、皆は座ってて」
早口で伝えると廊下側へ。出る間際に「あ、お父さん?私だけど」と聞こえた。通話を始めたようだ。二、三の会話のあとに包女は電話を切り戻ってきた。
包女の足取りはどこか重そうだった。
「何かあったの?」
九津が声をかけたが包女は落ち着かない様子で曖昧に笑った。みんなで喋っていたときとは違う、何かを含んだ笑みだ。
「えと…ね」
言葉も曖昧に淀む。
『フム。どうやら日戸たちに別件が出来たようじゃのぉ』
そんな包女に変わり突然、筒音の声がこの部屋にいる全員に響いた。驚いたのは包女だ。
「ちょ、筒音」
「日戸って?」
『包女の父、鷲都家の当主じゃ』
包女は制止をかけるように声を出すが、構う様子なく筒音は九津の疑問に答える。
包女は珍しく苦虫を噛むように、姿を見せない筒音を睨んだ。
『日戸はその用件を済ませてから帰る。こちらはもう食事をしておけと言っておったようじゃ』
もう、と吐き出すように頭を抱える包女。
「お父さん、皆に迷惑になりかねないから言わないでって言ってたじゃない」
と呟くが、筒音はいっこうに姿を見せる気配はない。あくまで九津たちにも聞かれた範囲で事情を話すつもりのようだ。
「鷲都さん。迷惑になりかねないってさ、よっぽどのことでもあったの?」
「う、ん…ちょっと、だけ、ね。でも本当に大丈夫…だとは思う」
九津が切り出すと包女はやはり曖昧に答えた。
「包女お姉さん。その用件というのはそんなにも時間がかかることなのですか」
おそるおそる瑪瑙が尋ねる。
「どうかな…多分、かかると思う」
考え込むように答えた。曖昧というよりもこれは本当にわからないようだ。
「何をしてるかは聞いていいの?」
矢継ぎ早の質問にどうしたものかと包女は思案しているようにもみえる。 九津はただ待った。
『用件とは鷲都と同じ魔術師の一族が絡んでおることのようじゃ。束都…と聞こえたのぉ』
包女の思案ぶりにしびれを切らしたのか、筒音の声が聞こえた。
「また勝手に。…筒音の言う通りお父さんは束都の人たちと会ってるみたいなの」
諦めたのか、溜め息を一つ。包女は自身の口から事情を話し出した。
聞いている面々も、内容に眉をひそめだした。
「魔術師?束都?しかも予定外に…。なんかあまり簡単にすむ用事じゃなさそうだね」
筒音と包女の言葉に九津たちは悪い予感がよぎる。「魔術師」という特別な立場にはわりといろいろある、と以前に包女から聞いたことを思い出していたからだ。
とくに四月。包女と初めて対峙したときの様子を考えれば、九津には物騒な想像しか出来なかった。
「う…ん。内容までは聞けなかった」
ためらいながら、そう告げる包女。誰もまだ口は開かず続きを待った。小さな声で「ただ……」と包女が口を開くと全員が耳をすました。
聞く側にもわずかながら緊張が生まれてきた。しかし。
「おそらく今、〃交渉中〃なんだと思う。理由はわからないけど、他の家が絡むなんてそれくらいだから」
包女の続く言葉に自然と顔を見合わせたり、首を傾けたりしてしまった。
交渉中。それが指し示す意味が伝わらなかったからだ。
「交渉中…ってなんですか?」
一番初めに、素直に疑問を口にしたのは界理だった。
「独特な悪習の一つって言えば分かりやすいかな。お互いに条件を出しあって取り引きするの。話し合いの意味も込めてるんだけどね」
間をあけず、しっかりと答えてくれた。
「思ったより普通で…」
「もし、うまくいかなければ、多少強引に進めたりもするの」
「…悪習ですね」
界理の相づちに、今度は間髪入れずというふうに包女は言葉を被せる。困った顔をみせて言う包女に頷き、界理が今度こそ本当に納得したように返した。
「ん…」
九津は声を漏らしながら考えた。やたらとその声が目立つのは、包女たちも思うところがあるらしく部屋は静かになったからだ。
いまだにしゃくぜんとしない現状に、
「俺たちも行こうか。筒音なら鷲都さんのお父さんのところまで運べるよね」
『フム。出来ぬことはないはすじゃ』
思いきったように九津が言うと、全員が注目する中で筒音は平然と答えた。
まるで、もともとそのつもりだったとでも言いたげな答え方だった。
「あまりお家のことに口出すのは感心しませんが……いざこざを見過ごすわけにはいかないのです。私もお力になるのです」
瑪瑙も賛同を込めて言う。鼻息が荒くなり、瑪瑙の中の使命感が燃え始めたようだ。
「あ、あのね。二人とも……」
包女は、おろおろとそんな二人を制するように腕をふる。
「気持ちは嬉しいの。でも、やっぱり魔術師の家系みたいな家にはこういう特殊なもめ事は少なからずあるから」
落ち着かせるように、言い聞かせるように言う。さらにもうひとおし、
「相手だって無茶はしないだろうし、一応ルール的なものもあるし…多分、大丈夫」
と付け加えた。
包女に制され、一度黙りこんだ二人。腑に落ちないのは目にみえている。
そのまま全員がまた自身の内で何事か考え出した。が、なかなか良い案が見つからないといった様子で沈黙が続いた。
九津が光森に視線を送ると肩をすくめられた。ついで包女を見ると俯いていた。その姿を瑪瑙と界理が心配そうに見ている。
声にならない唸りは九津の迷いを振り払うように気持ちを奮い立たせた。
「やっぱりこのままってわけにはいかないよ、鷲都さん。気になってご飯がおいしく食べれない」
年頃の少年の精一杯の照れ隠し。九津は悪戯を企むように口の端をあげて包女に言った。瑪瑙と光森も互いに頷きあい肯定の意思を示した。
包女は「悟月くん、けどね…」と小さく呟いたが、あとは口を閉ざした。
「だけどよ。実際、他人の家のことだ。そうそう首を突っ込むもんじゃないぜ」
九津の意思を確かめるように、光森がらしい言い方で訊ねた。包女が一瞬だけ固まった気がした。
「お父さんを心配する鷲都さんの付き添い…ってことならいいでしょ?」
「…ああ、まったく問題ないな」
あらかじめ決めていたようにすんなり納得する光森。思わず包女は、
「鯨井さんっ」
と、前のめりになった。
「理由が出来たのならば千はたくさん、善は急げなのですよ」
奮起を体現するように勢いよく立ち上がる瑪瑙。包女は慌てた。
「だから瑪瑙ちゃん、待ってって。まだ行くって決めたわけじゃ…」
三人をまた制しようとするが、
「二手に別れたらどうですか?そもそも私じゃ行っても役に立つことはないので、万が一に包女さんのお父さんが何事もなく帰って来たときの為に留守番くらいは出来ると思います」
今度は界理が話し始めたため、機会を逃してしまった。包女をおいて三人は頷いた。
「なるほど。行き違いもあるかもなのです。行く側と残る側に別れたほうがよいですね」
瑪瑙がうんうんと理解の意を伝える。と、包女はああ、と頭をおさえた。
「界理ちゃんまで」
弱々しく呟く。
「包女さんのお父さんの顔をお兄ちゃんたちは知らないから、包女さんは当然行くとして…あと一人。三、三で別れるのがベストかと思うんだけど」
脱力気味の包女を気にしながらも、界理が話を進めた。
「じゃぁ、俺が」
界理の案に九津が挙手とともに真っ先に名乗りをあげた。ところが、
「いや、お前は留守番組だろ。出迎え組には俺が行く」
界理の話しを黙って聞いていた光森に指摘され、却下され、光森自身に名乗りをあげられた。
食い下がろうとする九津に、
「お前は妹を置いてく気かよ?戦力として以外でも、男が一人ずついる方がバランスがいいだろうからな。っつうことで俺が行く」
と、正論をぶつける。恨めしそうな九津の顔を理解したととり、光森は九津にだけ聞こえるように近づいた。小声になる。
「それにな」
「何ですか」
恨みがましい声を気にすることなく光森は話し出す。
「鵜崎はともかくお前の妹…なんか苦手なんだよ。威圧感が半端ないというか、別格というか」
「人の妹つかまえてなんて言いぐさですか。しかも小学生に…」
「だから悪いが俺が行く…鷲都や半妖と話すいい機会にもなるだろうしな」
そこまで言われると、九津は渋々ながらも頷くしかなかった。
「なんか……もうすでに行くこと前提の流れになってる」
誰ともなしに包女が言うと、
『良いではないか……心配だったのであろぉ?』
筒音が返した。少し笑いを含ませるように聞こえたのは、多分こういう流れを見越してのことなのだろう、と包女も気が付いていた。
だとすれば、だ。
せっかくこの面々を招いたのに、こんなになるなんて申し訳が立たない。ならば早く行って、心配事を終わらせなくては。
包女はそう決意することが出来た。
そして、不思議とそんな覚悟を決めると、即座に動かなくてはと思い力が湧いてくるようだ。包女は光森に向かって言う。
「すいません、鯨井さん。お手数ですが少しだけご協力お願いします」
「ああ、さっさと行って、さっくりすまそうぜ」
光森も気軽く応える。包女は強く頷き、
「筒音、お願い」
『ああ、任せろ』
その声に応えるような、嬉しそうな筒音の声が響いた。
身仕度もそこそこに玄関へと向かう。その途中で留守番組から声をかけられる。
「先輩、鷲都さんとお父さんのこと頼みましたよ」
「留守番、しっかりと任されたのです」
不満か不安かどちらかわからないような表情の九津には「当たり前だ」と光森は強気に返した。瑪瑙には包女がいつも通りの笑みを返した。
「気をつけてくださいね」
「無事にすむことを祈るのです」
瑪瑙と界理が、玄関を出て行く包女と光森に見送りの言葉を手向ける。
『では、行くか』
外に出てすぐ、筒音は歪みとともに実体化した。その姿はいつもの包女に似た少女ではなく、大人二人がゆうに背に乗ることが出来るほどの大きさの大狐の姿だった。
二人はその背にまたがり、日の沈む空をめがけるように駆け出した。
こうして包女、筒音、光森は鷲都の家をあとにしたのだった。
日常だった舞台は夕暮れ時の色に染まり始めた。




