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ココノツバナシ  作者: 高岡やなせ
夏のある日の序破急 編
18/83

第十三話 『夏の一日 序の始まり』

 新聞、テレビの天気予報から梅雨明けを告げる言葉が使われ始めた。


 それを待ち望んでいたかのように蝉は全身全霊を込めた大合唱を始め、舗装されたアスファルトの照り返しが容赦なく路上に蔓延る生物達に牙を向け始める。


 そんな真夏を控えた時分、この町の高校に通う学生たちは夏の長期休暇に入った。


「うおおおおお、な、つ、や、す、み、だぁぁぁ!」


 高校の正門を抜け、駅へ向かう下り坂へと一歩を踏み出したとき悟月 九津(さとづきここのつ)は心の底から唸るように小さく、しかし力強い声を発した。


 何事も無く終業式が終わり、昼を待たずに解放された喜びを表したのだ。


 これほど順調に、さらに早い段階で解放された理由はひとえに九津のクラスの若き担任、天道 星継(てんどうほしつぐ)のお陰だった。生徒達に気を配る性分のもと、余分な話も無くつつがなくホームルームを進行してくれたのだ。


 九津の言葉に並んで歩いていた鷲都 包女(わしみやつつめ)は黒と金の二色の瞳を優しく細めて笑った。肩を揺らすと長い黒髪も楽しそうに揺れる。


「悟月くんは日本で夏休みを過ごすのは久しぶりだって言ってたよね」


 包女は以前に九津本人から聞いていた話の記憶を手繰りよせた。


「あ?何でだよ。セレブか、お前は」


 対して九津より先に声を出したのは包女の反対側、九津を挟んで左側を歩く二人の先輩面こと、鯨井 光森(くじらいこうしん)であった。


「ええ……修行ですよ?修行。本当に…それだけです、はい」


 渋い顔の九津が思い出したくない記憶を振り払うように口の端だけを器用に上げ答えた。


「ただですね……場所が異常なんですよ、これがまた」

「いや、修行って時点でわりと異常……」


 だからな、と光森は否定することは出来なかった。


 思い返せば光森自身、九津や包女と出会ってから「修行」やら「特訓」という一般的な日常生活からは聞くことの無い言葉を当たり前のように聞くようになったからだ。何より自身もそれに参加していた。


 一体、なんの為の「修行」なのかと尋ねられれば、それこそ日常では考えられないもののはずだ。


 何故なら内容それは、魔法こと「魔術」及び実戦へ向けての修行だったからだ。


 事の発端は、包女がある魔術師の家系であり、魔術の向上を必要全としたことに由来する。


 当初包女は自身の身内とも呼べる者達とだけで魔術の修行をしていた。この現代において魔術はやはり公な存在ではなく、それはもっともなことだった。


 ところがひょんなことからそこに九津が加わることとなった。それを境に今ここに居ない者を含めて光森も顔を出すように至ったのだ。


 チラリと九津の向こう側、包女を見て光森も少し顔をひきつらせる。


「まぁ、修行うんぬんはいい、この際置いとけ。俺にとっての問題はどこでやってたかなんだよ。海外なんだろ?」

「ん、ん…と、一番多いのは中国圏内でしたね。術式やらを教えてくれて一番世話になった師匠がだいたい居ることが多かったから……後は南米諸国かなぁ?」

「南米?いきなり飛ぶな……」

「そんなところにも師匠さんがいたの?」

「ん、まぁね。というか……俺の師匠にあたる人は三人いるんだけど、全員好きずきにいろんなとこへ行くんだよね。だから最初の頃に拠点だけは決めてくれって小学生こどもながらに頼んだなぁ」


 だってまず探すところから始めるんだよ、と九津は小声で付け加えた。


 茹だるような暑さはまだまだ序の口。あと一月もすれば体感的に倍にはなるかもしれない。馴染み出したとはいえ、試練と謳われるこの高校特有の長めの坂道は続く。


 学年の違う光森を待っている間もそうだったが、他の生徒達も思い思いに帰宅する姿が目立っている。少し離れたグランドでは部活動に勤しむために準備中の姿も。


 そんな姿を見ながら九津は改めるように言った。


「とにかく、俺は長期休暇ってやつを日本で過ごすのは五年ぶりなんだよね。今からスッゴい楽しみだ」


 とくに予定が決まっているわけではないが、体の中から溢れ出すわくわくは止まらないという感じだった。


 浮き足立つのは二人も同じだった。


「そうだね、せっかく知り合えたんだもん。鯨井さんや瑪瑙ちゃん達ともどっか遊びに行きたいね」

「ん、だよね」


 包女の言葉に九津は同意した。光森は鼻を鳴らしながらも否定することは無かった。光森を知る者にとってそれが何よりの肯定の意志であることはわかりきってきた。


 光森も包女とはまた違う「超能力者」という特殊な事情をもっていた。その事からつい先日まで「普通」の生活を遠ざける雰囲気を出していた。それこそ家族以外と出かける記憶などほとんど無いというほどに。


 そうなると当然、秘密である「超能力」を既知しあえる知り合いなどこれまでいなかった。なので内心、心許せる者と過ごすことが出来る休日に対し、浮わつく心を抑えるのが苦労していた。


「ところで、今から何処へ向かうってんだ?」


 予定や行き先も聞かずに合流した光森が二人に尋ねた。次いで「まさか、初日から修行とか…正直勘弁してくれよ」としかめっ面で冗談めいて呟いた。


「今日は違いますよ、鯨井さん」


 包女が苦笑して光森へ伝える。


「私のことなら六月で一先ず落ち着きました。あまり根を詰めても仕方がないですし、しばらくはゆっくりしようかと思います」


 しばらく光森は思案して、そうか、と安堵したように頷いた。


 包女の実家、鷲都家は魔術の修行を必要とするほどの歴史をもつ「魔術師」を名乗る一族だ。そして過ぎた六月、長きにわたり続く年に二度ある「行事ならわし」の一度目をおこなっていたのだった。


 行事とは「術の五都」と呼ばれる鷲都家を含む五つの魔術師の一族が代表者をもって集い、「術の五都」内における序列を決めることが目的のものであった。そこへ今年は包女が鷲都家の当主代行─代表者─として参戦していた。


 結果としては──。


 包女自身の努力と周囲の協力が実る形となり、「暫定四位」が言い渡されたのだ、と九津は聞いていた。


 四位これはここしばらくの鷲都家から見ればかなりの快挙であり、初参戦であるはずの「鷲都包女」の名を五都の内に広めることになった。


「やっぱり凄いんだねぇ、鷲都さん。でも何で暫定?」


 話を聞き、知らない者からすれば当たり前の質問を九津は包女にした。


「だからね、二回あるの」


 一度目の六月で「暫定」。二度目の十二月で「確定」となる、と。


 伝えると九津や光森は「なるほど」と納得出来た。


 さらに包女にとって「暫定四位」を言い渡されたことが自信となり、心身ともに余裕が生まれた、と言う。


 九津からしてみれば確かにと思いだし吹き出しそうになる話だ。四月の入学当初など、他を寄せ付けない雰囲気を纏った包女を思い出すからだ。今となってはその名残はなく、クラスにも馴染んでいるようにみえる。


 かといって七月に入り今日まで何もしてなかったというわけでもなく、光森の先ほどの言葉となる。


「今日の最初の行き先は図書館ですよ、先輩。鵜崎ちゃんとうちの妹が待ってるんで」

「はぁ?図書館?」

「そうです。代々悟月家の伝統として、宿題は長期休暇の初日に済ませるのです」


 九津が右の人差し指を回しながら喋る。暑さも手伝って光森はことさら胡散臭い者を見る顔を九津に送り、次いで包女を見た。


「マジか?」

「伝統…の方は知りません。けど図書館に行くのは本当ですよ。そのあと少し遅めのお昼として瑪瑙ちゃんと約束していたパフェを食べに行くんだそうです」

「パフェ?…ああ、あのパフェな。お前まだ行ってなかったのか」


 六月末日の出来事を思い出しながら驚いた風に光森が言う。


「男ならさっさと約束を守れよ」

「守るつもりですよ。けど機会がなかなか会わなくて……」


 言い訳をしながら少し歩調を九津は早めた。


「こら、逃げんなよ」と追いかけ始めた光森。


「あ、二人とも待って」とさらに追いかける包女。


 駅へと続く下り坂。三人は暑さに負けることなく、解放感に身を任せるように軽々と進むのだった。





 図書館の場所は高校の最寄りである商店街付近の駅から二駅先にあった。


 車内から出ると屋根無しの駅構内は、夏の日差しに照らされ眩しいほどの光に包まれていた。三人は目を細め、蜃気楼さえ作りかねない暑さに諸々と口にしながら二人が待っている図書館へと急いだ。




 

 図書館の玄関をくぐると冷気を帯びた風が九津達の肌を癒した。


 いつまでも館内の入り口で涼むわけにもいかず、入館手続きを済ませると待ち合わせの場所である階へ向かう。すると、予定通り二人は六人掛けのテーブルに座り待っていた。


 長い髪を白と黒のシュシュで二つに結っているのが鵜崎 瑪瑙(うざきめのう)。中学生にしては小柄な体つきだが、独学とは思えないほどの呪術の腕を持つ「呪術師」の少女であった。


 瑪瑙と向かい合うように座っている少女は、瑪瑙と同じほどの身の丈だった。こちらは小学六年になる九津の妹で悟月 界理(さとづきかいり)であった。


「あっ、お兄ちゃん達来たよ、瑪瑙ちゃん」


 最初に九津達に気が付いた界理が小声で言った。それに反応して瑪瑙も三人の方へ向き笑顔で手を振った。


「おお。皆さん、お待ちしてたのですよ。やはり高校生は少し時間がかかるのですね」


 瑪瑙はそう言うと一人で頷いていた。挨拶をそこそこに九津達は席を埋めた。


「あれれ、今日は筒音つつねさんの姿が見えないようなのですがどうかされなのですか 」

「本当だ。いつもならもう、実体化してもおかしくないのに」


 瑪瑙と界理が不思議そうに言う。


「来る途中も全然喋らなかったよね」

「そういや、そうだな」


 筒音とは鷲都家で暮らす「間堕はざまおち」した妖怪で、一般的には半妖と呼ばれる存在だった。


 この筒音、普段は包女に「宿る」ことで姿を消しているように見せている。しかし、だいたいこの面子が集まる際は実体化─長い白髪の少女の姿─をしている。ところが今日はその姿が見えないので二人は疑問に思ったのだ。


「ああ、筒音ならね、ちゃんといるんだけど…だけどね」


 包女が笑いを堪えるように言った。


「実体化するとどうしても私達と同じような〃この世界の理の制約〃を受けるよね?そうすると暑ければもちろん汗をかく。汗をかいたら髪とかを毎晩洗わなきゃいけない。どうもね、それが嫌みたいで最近は涼しい場所じゃないとあまり姿を見せないの」


 その説明に二人は納得をしながらもやはり不思議な顔は戻らなかった。むしろ驚いたようだ。


「なんとっ!筒音さんはお風呂が嫌いなのですか」

「お風呂、気持ちいいのに」

「私も何度も言ってるんだけどね。こればっかりは昔っからそうなの」


 二人に包女が同意する。すると、


『フン』


 この場にいる全員に直接響く声がした。


「ちょっと筒音」


 六人掛けのテーブル、その空いた一角が僅かに歪んだ。かと思うと白い髪をなびかせた少女が気だるげに肘を付きながら現れた。筒音だった。


 慌てる包女は周囲を見渡す。人目を気にしてだ。それを「大丈夫、鷲都さん」と九津が他に誰もいないことを教えた。


『良いじゃろう、風呂ぐらい。死ぬわけではあるまいしのぉ』

 

 包女の狼狽を気にする風も無く、もっともらしいことを宣う。しかし、


「死なないけど洗うのですよ?きれいにするためなのですから」「洗った方が絶対にいいですって。気分転換にもなりますから」「ね、ね、でしょう?洗うよね」


 包女さえも一緒になった女性陣三名の総出の発言。


 聞く側の筒音は姿を見せて早々膨れっ面を隠すように明後日の方を向いた。


『純粋な妖怪の体でないことをこれほど悔やむ日が来ようとは…思いもしなかったものじゃ』


 不貞腐れたような筒音の声。そんな女性陣のやり取りに呆れたのは光森だった。


「なぁ、お前ら。風呂の話ばっかしてたら課題やら宿題やらが終わんねぇんじゃねぇのか」


 呟きながら自身は暇潰し用の本を取り出していた。


 確かに。そう顔に書いてある三人に満足して光森はページを開こうとして、ふと、同じように途中から口を閉ざしていた隣の九津を見た。


 光森はやたら静かだな、くらいに思っていたのだが、


「なっ!お前なにしてんだ?」


 思わず上ずった声を出してしまった。


 女性陣からは「静かに」と人差し指をわざわざ添えられて注意された。幸いにもこの部屋には現在この六人しかいなかったのでそこまで気にする必要は無かった。


「わ、悪ぃ」


 光森は軽く謝罪の意を示して許しを得て、改めて隣の九津に声をかけた。


「お前、何してんだ?」


 ん、という表情で九津は怪訝そうな光森の顔を確認した。わざとらしく「ふぅ」と言葉にして一息つくと、手に持っていたシャーペンを置いた。


「何って…一生懸命果敢に課題に挑戦、没頭してるんじゃないですか。わかりません?」


 光森の表情に分かりやすいくらいの苛つきが覗いた。


「見りゃ、わかる。俺が聞きてぇのはな…何でわざわざ〃仙術・・〃を使いながらするのかってことだよ」


 ようやく九津にも光森の言いたいことが理解できた。


 仙術とは「活力」という霊力を「進化」させた力を用い、常人では考えられない身体能力を繰り出すものである。だからこういった場所(としょかん)等では使うものではないものだ。


 そんな仙術を九津が使用。〃ものすごい速度〃でノートやプリントに文字を書き込んでいる事を言っていたのだ。


「だって普通に俺がやって終わるわけないじゃないですか、こんな量。頭が良くなるわけじゃあるまいし。それにこういう使い方も案外良い修行になるんですよ」


 九津は光森に平然と返す。


 そしてまた何食わぬ顔で精神を集中させ、自身の体内にて青色の霊力が紫色へ染まるのを意識する。


 仙術の引き金、「活力」の完成と共に仙術の一つ『限界活性』の発動をした。


 身体能力を引き上げるこの術で九津は、またものすごい速度でシャーペンを走らせ始めた。


「書く速度が上がり、修行にもなる。一石二鳥ですよ」


 最後の言葉を残し没頭するかのようにあとは静かになった。


 横目に見ながら光森も苦渋を浮かばせしばし思案する。


「姑息な気もするが…しかし、一理あるか。今まで考えたこともなかったぜ、こんな使い方」


 言い終わると自身のカバンからファイルに挟んであったプリントをごっそり取り出した。そのまま光森も、ものすごい速度で手を動かし始めた。


 光森は超能力者である。強弱はともかく、とくにテレパシー系の超能力に特化していた。光森曰く『反応速度を突破し続ける干渉系の力』であり、それは現在九津が使用中の「限界活性」に類似していた。


 当然、そんな超能力を使った光森も負けじとものすごい速度でシャーペンを走らせることになった。


 突如として黙々と課題をこなし始めた二人。


 見ていた女性陣は小声で囁きあった。


「……鯨井さん、出した本を読むことなく始めましたね」

「先輩さんも負けず嫌いなところがあるので、修行になると言われればやらないわけにはいかないのですよ、きっと」

『フン。結局のところ、よう似とる奴等ということじゃのぉ』


 うんうん、と並ぶように頷いた。そして、


「じゃぁ、私達もやろうか」


 包女の号令で各々ここでの目的を果たし始めた。筒音だけは涼しいこの場所で欠伸をしながら微睡んでいた。

 




 時計の長針が二時を少し回った頃に「よし、目標達成」と九津が伸びをしながら呟いた。


「ぐ、お、お、お、お、疲れたぁ」


 肩を回してほぐしていると「遅いっ」と横から声がした。


「お前、書く速さは上がってるくせに二時間もかかってるじゃねぇか」


 待ちくたびれたように本を読む光森に野次を入れられたのだ。


「だって仕方がないじゃないですか。さっきも言いましたけど、特別頭が良くなるわけじゃないんですよ」


 肩をすくませる九津。「そもそも、超能力者って頭が良すぎですよ」とぼやいた。


 光森から聞いた限り、特別な例外を除き先天的な「超能力者」はその部類に入るらしい。つまるところ「頭脳明晰」だ。


 どうも「超能力」という概念そのものが人間としての存在能力の進化系であり、脳の影響を含んだ進化体ではないか、というのが光森の知るかぎりの知識らしかった。


 その話を聞いてから九津は事ある毎に羨ましがった。


 二人の話を九津の向かいの席で聞いていた包女も加わる。


「私も鯨井さんの名前を期末の上位者表で見つけたときは驚きました。術式なんかの基礎知識や実戦なんかの要領を掴んだりが早いとは思ってはいたんですけど、流石ですね」


 自身の筆記用具を片付けながら素直な感想を伝える。光森は「たいしたことねぇって」とぶっきらぼうに返した。


「いいえ、私からすれば羨ましい限りなのです」


 肩を揺らしている包女の隣で高校受験用の参考書を流し読んでいた瑪瑙が険しい顔で呟いた。


 普段から明るい瑪瑙を見慣れた者からすれば、その暗い表情は珍しく「今日は良く頑張ったと思うよ」と包女が語りかけてようやく嬉しそうに笑った。


 中学三年生の瑪瑙は「呪術師」である前に受験生だった。そのため宿題や課題よりも、この場では来年の合格に向けて受験勉強に専念していたのだ。


「でも本当に凄いし羨ましいのです。解く速さと書く速さが同じならば、もはやテストは無敵なのですから」


 自身には無い物への未練をため息に込めた。片付ける姿は「修行」を切り上げたあとにみせる疲労とは比べ物にならないほど疲れているようだった。


 九津は全員を確認して、「界理はどう?終われる?」と横に座る界理に声をかけた。


 界理は「ん……ん」と曖昧に返事をした。そしてゆっくりと積み上げた本と自身が書いていた作文用紙とを見比べた。


「読書感想文のテーマが決まらなくて遅くなっちゃった。今年は文学系の物語ものはやめて、新ジャンルを切り開こうかと思って頑張ってみたんだけどなぁ」


 界理が一冊の本を取り上げて「科学的分野とか斬新じゃない?」とにっこりと言った。


 アインシュタインの相対性理論(日本語訳) 。


 九津が見せつけられた本の表紙にはそう書かれてあった。挿し絵も何処と無く幾何学的で物語性の欠片も見当たらない。


 九津はすぐには返事をしなかった。


「……どうやって感想を書くんだ?」


 先ずは光森の言葉。目を据わらしてる凝視する辺り、賛同の意志はみえない。


「ふふ、あのタイトルを見せられた先生の方がびっくりなのでしょうね」


 続く瑪瑙は笑みを浮かべた。声の調子からその展開を想像して笑ったのだろう。


『フム、本のことは良くわからぬが、本人がよいと思うのならさして問題ないじゃろう』


 欠伸をして、目を擦る筒音はそう言った。興味はほとんどないらしい。


「でも、あのね、界理ちゃん。これは私の個人的な感想になるんだけどね…その題材で書いたら感想文というよりは小論文っぽいなぁって思うんだけどな」


 包女が締めるように口を開いた。おそらく懸命に考えてくれた果ての答えだろう。九津は満足して頷いた。


 各々の意見を聞き、全員を手で紹介するような仕草をしたあと九津は一言だけ添えた。


「界理。これが世の中の意見だよ」

「んー、そっかぁ……残念だなぁ。面白いと思うんだけどなぁ。よし、とりあえず借りるだけ借りることにしようっ」


 界理は先ほど見せた本をしまった。さらに数冊、「マスクウェルの方程式」、「量子力学の現在」、「疑似科学の日本語見解」と表題された本をバックの中にしまったのが見えた。ずいぶんとかさばっているのもわかる。


 けれど、もう誰も何も言うことはなかった。


 こうして九津達は一つ目の「図書館での課題達成(もくてき)」を果たし、次なる「約束の特製パフェ(もくてき)」を求めこの場をあとにした。




 瑪瑙の指定した店へ向かう。そこで遅めの昼食代わりに甘味を口にした。


 瑪瑙は図書館での疲れもどこ吹く風、特製パフェを頬張って店を出る頃には満足そうだった。


「で、このあとなんですけど、先輩はなんか用事とかってありますか?」


 店を出て九津が言う。甘味処への移動の時もそうだったが、筒音はいつの間にか包女に「宿る」ことでまた姿を消している。


「別にねぇけど。ただ、これで解散っつうなら俺はどっか食いに行くかな。さすがに甘いもんだけじゃもの足んねぇし」


 腹をさすりながら光森が返した。空腹が支配した十代の胃袋。甘味だけでは充分に満たしてはくれなかったようだ。


 九津もうんうんと首肯する。


「ですよね。それでは鷲都さん、どうぞっ」


 大袈裟な身振りで包女を示す。包女は照れたように一歩前に出て切り出した。


「実は今日ですね、私の家で食事会を開くので、鯨井さんにも是非来てもらえたらと思ってるんです」


「はっ?急だな、おい。つか、お前らは知ってたのかよ」


 光森にとっては初耳だったろう鷲都家での食事の話。九津は嬉しそうに答える。


「ん、知ってましたよ」


 悪びれた風も無い九津に光森は「なんで俺だけ知らなかったんだよ」と呟いた。


「だって前もって言ってたら先輩、断りそうじゃないですか。なんか理由つけて帰ったり」


 唇を尖らせながら言う後輩ここのつに苛立つ様子だったが、光森は少し言葉に詰まった。


 九津や瑪瑙とは出会い頭のこともあり、砕けた感覚で話している。しかし包女と筒音とはどこか距離がある接し方をしているのは自覚していたからだ。


「ああ、まぁな。そうみられても仕方ねぇか」


 後頭部をかきながら光森は言った。静かに返事を待っている包女は光森を見ている。


「父も、皆に会いたいそうなので」

「先輩、もちろん来ますよね?まさかここまで付き合って帰るなんて」

「わかってる」


 九津が促すと光森に遮られる。


「鷲都、悪いな、世話になるよ…けどな急な話だから一応家に連絡させてもらうぜ」


 光森が携帯を取り出した。ところが今度は瑪瑙が光森を遮るように「それなら大丈夫なのですよ」と自身の携帯の画面を見せた。


「実は実は、先輩さんのお母さんにはお伝え済みなのですよ」


 にこにこと誇らしげに言う。


「いつの間にっ…いや、つかその前に鵜崎。俺の母親といつ連絡先を交換してたんだよ」


 驚愕する光森。より一層胸を張る瑪瑙は嬉しそうだ。


武士もののふならずふふのふ。先輩さん。呪術師は今も昔も道具を揃えて、使ってなんぼなのですよ。連絡先も連絡事項も然り、なのです」

「さっすが瑪瑙ちゃん。天才呪術師は仕事が早ぁい」


 界理がパチパチと小さく手をならした。


 参った、という風に光森が楽しそうにくくっと声を漏らした。


「ん、これで全員参加だ。鷲都さん、これから向かうことになるけどさ、なんか必要になるものある?買い出しとかする?」


 九津は張り切りだした。


 包女は首を振る。携帯を取り出して「ちょっと連絡だけいれるね」と通話を少し、「これで大丈夫だから」と微笑んだ。



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