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ココノツバナシ  作者: 高岡やなせ
一学期の起承転結 編
16/83

第十二話 『上級生・結』

 悟月 九津(さとづきここのつ)鵜崎 瑪瑙(うざきめのう)が見つめる先、鯨井 光森(くじらいこうしん)についてある変化が目立った。


 最初は気のせい、思い過ごし、勘違いの可能性を考えてみたのだが、そのどれも違うようだ。


 胸元は膨らみ、心持ち体の線も丸みをおびていた。元々、中性的だった顔立ちは雨の滴によってぼやけたのか、より女性的になっているように見える。


 何より、九津だけならまだしも、瑪瑙にも同じように見えると言うことは、見えているものが正しいのだと思えた。


 だからこそ、驚愕の声だった。だからこそ、それ以上は言葉が続けられなかった。


 二人は黙り込み、光森もそんな二人の様子に口を開かず思案するように見ているだけだった。


 しばらくは雨の音だけが聞こえていた。


「くっ、くはははははは」


 始めに沈黙を破ったのは当の本人、光森の腹を抱えた笑い声だった。


「いいリアクションだぜ、お前ら。言い忘れてたっつうか…この反応突破MAXバージョンってのは、副作用で性別反転こういうこともあんだよ」


 ボタンを外し、湿って捲れかけているシャツから見える胸元を隠すこと無く話した。


「えーと……」

「なんだ?おい。刺激が強かったか、あん?」


 気まずそうな、どうしたものかと言うような声を九津が出すと、からかうように光森は言った。


「安心しろよ。これはあくまでも副作用で、俺の性別はちゃんと男だよ。解いたら戻るしな」


 そして。


「身体のいろいろな限界を超えてくんだ、副作用これくらいは仕方ないだろ。それに今回がたまたま性別反転これだっただけで、昔は他にもあったしな…爪だけ異常に伸びる、とかな」


 そう言って、何かを思い出したのかまた笑った。


 九津達がそんな光森の態度に何も言えずにいると、


「おいおい、まさか性別反転これしきのことで本気が出せないとか……今さら勘弁しろよ」


 そう続けた。


 そんな言い方をされると九津もあとには退けなかった。いや、そもそも退くつもりがなかったのだから構わないのだが。


「大丈夫ですよ。俺は準備万端ですし、戦うと決めた以上は例え年下の女の子でもよぼよぼの老人でも手加減はしませんので」


「…うわ、なんかひでぇ奴の発言だな、おい」

「九津さん。そこだけ聞くと、かなり最低な印象を受けるのですよ」

「えっ、ええ…」


 二人の返しを受け、あからさまに九津は落胆した声を出した。そんな九津に、フッと光森は一蹴するように口元をにやけさせ、構えた。


「よし、んじゃ、まあ…一発勝負……っつかお互い体力自慢みたいな能力っつうことで、最後まで立ってた方が勝ちってことで始めるぞ」


「いいんですか、それで…わかりました。それじゃ」


 光森の提案に異議を唱えかけたが九津はやめた。そんなこと、決めた本人に失礼だからだ。


 しっかり対峙する。


「いきます」

「いくぞ!」






 ──遠い日。


 鯨井光森にとって不幸だったのは、自分以外の誰かが最初に「特異な力」を見て知ってしまったことだっただろう。


 この事情により光森は物心ついたときから特殊な環境、特殊な状況で過ごすことになり、最終的に「テキ」を判断しなくては自分や家族を傷つけてしまう可能性があることを自覚したからだ。


 ──では。


 光森にとって幸運だったのは。


 それは。


「大丈夫だからね。お母さん達は絶対に貴方の味方だからね」


 その〃一番最初に超能力に気づいた両親ひと〃"が見放すことなく、見捨てることなく、見限ることなく、見守り続けてくれた事実ではないだろうか。


 異端なる力に恐れながらも認めて、未知なる力を解らないなりに寄り添って。


 その力がどんなことを引き起こす可能性があったとしても、守ろうとしてくれた人達が側に居てくれたことではないだろうか。


「貴方のことを、守れなくても、助けられなくても、救えなくても、どんなことがあろうとも、必ず…味方でいるから。貴方はこの世界にちゃんと認められて生まれてきたんだから」


 研究所の職員から言われた「シャカイテキコウケンリョクがタリナイ」という言葉が「役立たず」を表す意味だと気づいた時、本当に世界を恨んだ。


 両親が世間から自分のために距離をとり、時々自分のことで陰口を言われていることを知ったとき世界なんて滅べばいいと思った。自分も含めて。


 けど……自分は。


「貴方は私達二人の大切な家族なんだからね」


 愛すべき息子がたんに超能力という個性を持っていただけ(・・)なのだ。


 両親ふたりにとってはただ、それだけのことだった。


 だから、必死に光森の将来の助力になればといろんな方法を探したのだ。


 だからこそ、あの日、研究所の職員に突き放されるように帰宅した日、抱き締めてくれたのだ。


「ごめんね」


 と、小さく震えながら。


 そんな二人が、そう伝えてくれる両親がいてくれたから光森は曲がりなりにも生きてこれたと思っていた。生きてみようと思えたと、今でも思っている。


「普通の子のように生んであげられなくて」


 こうして、両親ふたりに迷惑をかけないようにと心掛けて静かに生きてきた。


「本当に…ごめんね」


 せめて両親ふたりが自分の事で困らないように。悩まないように。


 そして、泣かないように。


「…大丈夫だよ、お母さん。僕、全然平気だから」





 そんなことを思い出すなんてまるで走馬灯だな。



 光森は最後に九津の放った右の一撃が自身の意識を刈り取るの身をもって感じながら、笑ってしまった。





 勝負が決し、倒れた光森を持ち上げると九津は道の端へと寄った。超能力が解けたのか光森はすでに元の体型に戻っていた。


 そのまま自身も脱力したように座り込んだ。


「ちっ、痛ぇぜ、たく……」

「いやぁ、俺もかなり痛いですよ」


「馬鹿っ。お前のは自業自得なんだよ、馬鹿」

「あっ、先輩、二回も馬鹿って言いましたね」


 光森が座れるまで回復するのに、移動してからさらに数秒とは言え時間を要した。体を起こし、現状を把握したとたん光森は愚痴をこぼした。


 傷の傷み、年下への敗北、そして今までひた隠しにしてきた超能力ちからの及ばなさ。その全てを込めた言葉であった。


 しかし、これに同意してきた九津に対して少し突き放すような言い方になったのは、それを越えた気持ちの晴れやかさが手伝った。なぜなら声は楽しそうだったからだ。


 そんな光森にのってきたのは瑪瑙だった。


「そうなのですよ、九津さん。自業自得と言うものなのです」


「ごめんってば、鵜崎ちゃん」

「とりあえず約束のパフェは絶対に奢ってもらうのです。それと包女お姉さんへの連絡と」

「うお…そ、そこをなんとか」

「駄目なのです。何か(・・)合ったら連絡する、これは約束なのです。呪術師にとって約束は大切な儀式なのです」


 と、フンと鼻息を荒くするように宣言した。


 先ほどまでの勇ましさは無く、九津は溜め息をついた。


 九津と瑪瑙、二人のやりとりを笑いを噛み締めるように見ていた光森は、おもむろに携帯を取り出した。


「防水ってのはこういうときにも役に立つもんだな。……あ、母さん?」


 そのまま通話を始める。なんとなく静まりかえり、雨の音に隠された会話を九津達は待つことになった。


「おい、二人とも」


 急に呼び掛けられ九津と瑪瑙は顔を合わせた。


「はい?」

「なんなのでしょうか?」


「俺んちが近くにある。母さ……母親が迎えに来てくれるから……とりあえず俺んちに行くぞ」


「ええっ!!それは悪いですよ」

「お前はいいだろう……けどな」


 チラッと光森は瑪瑙の方を見る。嘆息混じりに言い出した。


「さすがにそっちの子は不味いだろうが。服が乾いてねぇのはともかく、ずいぶん待たせたからな。風邪をひかれると後味悪い」


 その言葉で九津と瑪瑙はお互いの格好を見た。


 雨の中で暴れ、座った九津はずぶ濡れの上に所々に泥が付いていた。これこそ光森の言う通り、自業自得なので仕方がない。


 では、瑪瑙は。


 瑪瑙も泥が付いてこそいないが、「式神くん」に持たせた傘の位置が高く、風に吹かれる度に雨に体を濡らしていた。足元は九津と光森に負けないほどだった。何より一番始めにずぶ濡れになったのは瑪瑙だった。


 二人は光森の申し出を有り難く受けることにした。





 ────





「まずは、言いたいことが山ほどあるがひとつだけ先に言わせてもらう。なんつうか…お前はもっと秘密主義を心がけろ」


 あの電話のあと、本当に早い時間で車で迎えに来てくれた光森の母親は、事情をある程度聞いていたのか大きめのタオルケットを各自に用意してくれていた。


 車内にて全てを拭き、乾かすことは無理だったがそれだけでも充分に助かった二人だった。しかし結局は光森の母親の強い誘いもあり鯨井の家の世話になることにした。


 そして現在、鯨井家の居間にて服の乾燥を待っている時間、光森は九津にそう切り出した。


「全く、先輩さんの言う通りなのですよ、九津さん。わかってるのですか?横断歩道付近あんなところで術だの超能力だのと言って…挙げ句の果てには決闘なんて…信じられないのですよ」

「すいませんでした」


 瑪瑙の憤慨を込めた追撃もありテーブルに着くほどに頭を下げる九津。しかし、すぐに顔をあげた。


「でも先輩、凄く強いですね。楽しかったですよ」


 懲りた様子を引っ込めてそう言った。


「九津さん。包女お姉さんが危惧していた理由が少しだけわかった気がするのです」

「ったく。反省の色っつうのが全くないな。こいつ、いつもこうなのか?」

「どうなのでしょう…ですが先輩さん。先輩さんだって九津さんのことはあまり言えた対応では無かったのですよ」

「お、おう。悪い」


 光森も瑪瑙の言葉に居心地悪そうに視線を反らした。


 瑪瑙は心無し肩を落とした年上二人を眺めて、気持ちを切り替えるために自身に宛がれたホットミルクティーを口に含んだ。


 光森も「年下にこうも諭されるとはな」と、半ば諦めにも似た呟きを放ち自身のコーヒーを飲んだ。


「ぷっはぁ。暖まるのですよ」


 口に広がるミルクティーの甘さに、瑪瑙はにこやかになった。光森も一息ついたようだ。


 九津も二人にならい、用意してもらった緑茶を飲んだ。


「ん、暖まるね。緑茶はやっぱりいいなぁ。あ、もしかしてこれ、いい茶葉使ってるんじゃないんですか」


 絶賛する九津。対して頬杖をつく光森はつまらなそうな表情だった。


「知らねぇし、じじくせぇし」


 直接的な皮肉を込めて呟かれた。


「えっ、いいじゃないですか緑茶。日本人って感じ…」「なぁ」


 九津が宣うが、無視して被せるように光森が口を開いた。


 九津は黙ることで光森に続きを促す。瑪瑙もチラリと二人を見ていた。


「お前は怖くないのかよ?」


 光森はそう尋ねた。その目は、声は真剣さを帯び、茶化すことを許さない強さが込められていた。


 怖くないのか。


 何を、とは聞き返さずに九津は緑茶を口に運びながら思案した。


「なんて言うんでしょうね。ばれたら面倒だ…ってのはありますけど…」


「それだけか?」

「だってもったいないじゃないですか、隠してばっかりじゃ。それに隠そうとするほどするほど、ばれるものですよ、実際は」


 おそらく九津なりの経験を踏まえただろう答えに光森は顔を俯けた。何を考えているのかはわからないが、少なくとも「いいこと」を考えてはいないことは察した。


「俺は……怖い。ばれるのはもちろん、騒がれるのなんてごめんだ。その為に、静かに、距離をとって生活していた」


 絞り出す声で光森は呟く。そして渇いた喉の水分を取り戻すようにコーヒーをすすった。


「自分のため…ですか?」


 九津が今度は尋ねた。静かに光森は首を振った。


「違う、と言やぁ嘘になる。けど、迷惑をかけたくない人達がいる。これが本当の一番だな 」


 カップを置くと同時に続けた。


 九津が「ん……」とだけ呟くと瑪瑙が指先でマグカップの縁をなぞりながら口を開いた。


「私もわかるのです、先輩さんのそのお気持ち。私も家族や友達、たくさんの人達に、呪術のことを秘密にしている身の上なので。多分知られてしまうと……想像以上に迷惑をかけることなりかねないのですから」


 唇を湿らせるようにミルクティを口に含み、「秘密で済むことなら、それにこしたことはないのです」と付け加えた。


「後輩」


 光森は瑪瑙に通じるもの感じたのだろう。感情を込めた呟きをした。


「鵜崎、鵜崎瑪瑙なのですよ、先輩さん。それはそうと…秘密がばれるのも悪いことばかりとは限らないことを私は知ることが出来たのですよ」


 瑪瑙は笑顔で答えた。光森は少し驚いた。


「なんだよ、そりゃ」

「九津さんや包女お姉さん、それに筒音つつねさん達に出会えたのです」


 それと、と静かに含ませて、


「先輩さんにもなのですよ」

「ん、だね。その通りだ、鵜崎ちゃん」


 それから瑪瑙は、九津達と出会ってから今日までのことをざっくりと光森に話した。


 隣で聞く九津も楽しそう話に混じった。


「魔術師に妖怪、呪術師に天使だ?…とんでもねぇ面子だな、おい。超能力者なんてもしかして恥ずかしい部類なんじゃないか」

「そんなこと無いですって、先輩。術式不発者おれからみたら充分に凄いですって」


「そんなお前に負けた俺って…」


 ガクンとわざとらしく頭を抱える。そんな光森に瑪瑙はまた笑った。


「それでも先輩さん。九津さんがあんなにボロボロになったのを私は始めて見たのです」


 嬉々として言う瑪瑙に苦笑する九津。

 

「マジかよ。魔術とか呪術とかじゃダメだったのか?」

「九津さんの万式紋ばんしきもんは術師にとってそれほど厄介なものなのですよ。とくに九津さんは体術特化の戦い方なので相性が良すぎるのです」

「なんか聞いてたら反則級だよな、万式紋それ

「そんなことないですよ」


 九津はとんでもないと大袈裟に言った。


「誰でも彼でも使えませんよ、俺の万式紋は。ちゃんと力を理解して、調整して、色んな工程を経て使ってるんです」


 少し誇らしそうに九津は話す。


 光森は胡散臭いものを見るように視線を投げ掛けていたが、


「まぁ、なんだ。確かに、こんな不思議な力からの出会いっつうのも…悪くはないのかもしんねぇな。今まで非日常的こんな話、したことなかった」


 力を抜くように柔らかく言った。


「でしょでしょ、先輩。俺もそう思いますよ。先輩や鵜崎ちゃん、鷲都さんにだからこそ(・・・・・)出会えた」


 悪いことばかりではない。そして怖いことばかりではない、と強調するよう九津は言う。


「……っち」


 軽い舌打ちのあと光森は残りのコーヒーを一気に飲み干した。


「けどな、お前の場合は無茶ぶり過ぎだろ?あんなところでやらなくても、移動なりなんなりあったはずだろう」


 わざとらしく目付きを据わらせた。


「そうなのです。先輩さんの言う通りなのですよ、九津さん。それについては包女お姉さんにも叱ってもらうといいのです」


 瑪瑙も光森側についた発言をする。


「う……」


 九津はあからさまに調子を落とした。「鷲都さんなぁ、厳しいんだよな。根がさ、真面目と言うか、誇り高いと言うかさ。能力勝負あんなのがばれたら…そしてその姿を見た筒音に笑われるんだ」とぶつぶつ呟き始めた。


 光森と瑪瑙はそんな九津を見て顔を合わせると思わず笑いあった。


「言え言え、鵜崎。そのツツメって子に叱ってもらえばいいんだ」

「はいなのです。呪術師の端くれとして正確にお伝えするのです」


 より楽しそうに声を弾ませた。


 九津はまだぶつぶつ呟いている。


「んで鷲都さんにばれたらそのまま母さんに話が言って…最終的には界理にまで説教されるんだ…」


 どこにたどり着いたのか、九津は震え始めた。光森は悪戯好きな笑みを浮かべた。


「そうだ。ついでにその特訓、俺も混ぜろ……ってかそこでお前と再戦すんぞ」


 光森の言葉に真顔に戻った九津と瑪瑙は一瞬、間をおき静まった。が、すぐに、


「先輩、何度だって返り討ちですよ」


 調子を取り戻した九津 が返した。


「是非とも先輩さん。魔術や呪術では難しいので九津さんを超能力でこてんぱんにしちゃってほしいのです」


 瑪瑙も楽しそうに加わった。


「あったり前だ。次は勝つ。なめんな、超能力っ」


 光森はそう強く宣言して拳を握った。



 乾燥機が止まるまでの間、まるで嘘で塗られ、偽物で補って作られたような現実の話を、光森は楽しんでいた。





 そして、そんな光森むすこの楽しそうな声を久しぶりに聞いた母親は、おかわりを尋ねなければならないと自身に言い聞かせながらも、一度側を離れるしかなかった。


 とてもじゃないが、息子やその知り合いに見せられた顔じゃなかったからなのは、この家で誰も知らなかった。





 ─────





 翌週、休み明け、学校──登校時。





「お、ありゃぁ……」


 先日までとうって変わった晴れわたる空の下、見慣れた制服を着る見慣れない顔の生徒達の中に見知った少年の顔を光森は見つけた。


 しかし、その隣にいる少女には見覚えがなかった。


「まったく、悟月くんは……」

「そうだ。今度、鵜崎ちゃんにパフェご馳走するんだけど鷲都さんも一緒に行こう」


 聞こえる会話から確信する。あの黒髪長髪の少女がこそ、九津が恐れ、瑪瑙が度々口にしていた「ツツメお姉さん」だと。


 自然に近づいた。


「よぉ」


 横に並ぶと声をかける。鷲都 包女(わしみやつつめ)の方は誰だ、という視線を投げ掛けた。九津の方は気がついたようだ。


「あ、おはようございます、先輩」


 挨拶したことで包女の方も理解したようで頭を下げる。


「おはようございます、鯨井さん……ですよね。話は瑪瑙ちゃんから色々と聞きました。悟月くんがご迷惑をかけたようで、本当にすいません」

「大変だったのは本当だが、俺にも非があったしな。加えて、九津の為にあんたが頭を下げる必要はねぇだろ」


 光森の対応に包女は安堵したのか、柔らかで穏やかな表情を見せた。


 ああ、確かに九津のやつ、これじゃ「ツツメお姉さん」に頭が上がらないはずだ……と、一瞬だけ見とれたあとに一人納得してしまった。

 

「俺も楽しかったですよ、先輩」

「…っ」

「恐い…恐いよ、鷲都さん」


 九津が話に入ってくると、包女はキッとした感じに九津を見た。小声で九津が何か言っていたが、光森としては口の端を持ち上げるだけで何も言わなかった。


 暫くして。


「次は勝つさ」


 堂々と光森は言った。九津と包女、二人揃って見た光森の顔には超能力に対する懸念は無さそうに見えた。


「ああ、そうだ、鷲都」


 突然名前を呼ばれて包女は声を出しそびれた。構わず光森は続けた。


「お前の特訓に俺も参加させてくれ。そいつをこてんぱんにしてやりたいんだ、頼むよ」


 と。


「え……いいんですか?実践向けには人数がいた方が私は助かりますけど…」

「頼んでんのはこっちだぜ」


 光森は片目を閉じる。


「わかりました。じゃあ、こてんぱんしてやってください」

「えっ!そっち!!」


 九津だけは驚いた。くくくと光森は肩を揺らし、包女も顔を綻ばせた。気のせいか『シシシ』と空気を震わせる音も聞こえるようだった。


「って、先輩も我が意を得たり的な顔でこっち見ないでください……本気で先輩は強いんだからっ」


 わめく九津、笑う包女。それを見送るように「じゃあな」と言葉を残して光森は自身の教室へと歩き出した。


 後方にて、いまだ何やら言っている後輩二人をを鼻で笑いながら光森はどんな気持ちで歩いているのだろうか。


 九津は包女と並んで歩いた。





「こんな不思議な力も悪くはない?」


 光森は瑪瑙の言葉を思い出していた。


 そりゃそうさ。こんなにやかましそうな奴等と出会えたのだから。


 今日は何処か、校舎に入る前に見上げた晴れ渡る空がいつも以上に眩しく感じた。





 ─────




 悟月九津の話。


 幼かった九津は、魔法の話をする魔法を使えない父親の言葉に素直に従い、魔法を信じることにした。


 理由は簡単だった。ただ、単純に父親が好きだったからだ。そんな純粋な想いがそうさせたのだ。


 それは亡くなった父親の意思を受け継ぐかのように「島木月帝女しまきあてな」と名乗る女性が表れたあとも変わらなかった。


「あんたは魔法を信じるの?」


 赤い焔を思わせる月帝女は印象そのまま性分も激しさを伴い、そして、何処か孤高の、強く、輝く気配を持っていた。


「信じる。信じることが大事だからって、お父さんが言ってたから。…だから、信じる」


「うし。ならこれからあんたは私の、この希代の魔女の一番弟子だ。これから私のことは〃師匠せんせい〃と呼びなさい。いいわね」


 月帝女はあらゆる「系力」と「術式」の知識を持ち、九津にとっての「術」の師となった。


 そんな月帝女が九津に語った内容こと


「人は元々魔力なんかもっちゃいないわ。昔ながらに魔術に触れ、馴染み過ぎてる人間はいるけどね」


 人は生まれながらに「霊力」という「万能に近い(・・・)力」を持っているという事実こと。ただ、そのままではなんの役にも立たないという現実こと。「霊力」を「別の力」に進化出来てこそ、その真価をみせるという真実こと


「さぁ、やってみなさい」


 魔力に変換すれば魔術に。

 呪力に変換すれば呪術に。

 妖力に変換すれば妖術に。


 と。


 幼い九津は目を輝かせ喜びながら学んだ。時に、厳しさに逃げ出しそうになりながら学んだ。

 

 九津が月帝女から教えられる全ての「霊力進化」を出来るようになった頃に、一つの結論にたどり着いた。


「……っ。あいつ、このことを黙ってたわね」

「……月師匠つきせんせい…俺は」


 九津の父親も持っていた「才能」を受け継いでいた、ということだ。


 その才能とは「術式不発」。


 あらゆる術式の効果が発揮できず、不発に終わる、術師達にとって「最悪」とも「無能」とも呼べる「才能」だった。


 九津の父親は圧倒的な霊力に恵まれながら、全ての「術式」に嫌われたのだった。


「父さんもこの術式不発せいで使えなかったんだ。俺も…一緒なんだ」

「………」


 当然のように息子である九津も受け継いでいた「才能」だった。


 非日常を信じて、非日常に憧れて、非日常に囲まれて、非日常を学んだ九津は──。


 非日常にもっとも嫌われた存在だったのだ。


 しかし、諦める訳にはいかなかった。何より、諦めることは出来なかった。


 でなければ父親との「信じる」との約束を破ることになるからだ。


 それだけは絶対に出来ない。


「だから私か。…この希代の魔女なら、〃術識〃の皇を名乗る私ならばなんとかなる…そう踏んだ訳ね…やっぱり腹が立つ奴よ、あんたの父親」


 月帝女は考えた。考えて、考えて、考えた。


「子供にこんな約束事いましめを遺すなんて」


 どうすればいい。


「あったまくるわ、らしいで済めば地獄は要らないっての」

「月師匠…」


「私を…いや、違うな。私達を信じろ、九津。あんたを絶対に術師程度(・・)なんかに負けない男にしてあげるわ」


 誇り高い魔女は、焔の印象のまま九津に告げた。


「何故ならあんたは私の一番弟子だからよ」





 この日、九津は信じるものがまた増えた。





 月師匠、俺はやっぱり魔法を信じて良かったですよ。


 ある日曜日、鷲都家所有の「結界広場」にて筒音が包女と瑪瑙を間に挟み、光森と顔合わせしている姿を見つめ九津は思っていた。


 そうでなきゃこんな楽しい人達に会えなかった。会えるなんて思わなかった。


 光森が筒音の「変化」を間近にして相当驚いているのが可笑しかった。それでも恐れがないことは流石だと思った。


 これからもっと楽しくなる予感がする。この予感は絶対に当たる、九津はそう信じることにした。


 非日常を信じて、非日常に憧れて、非日常に囲まれて、非日常を学んだ九津は──。


 やはり非日常に嫌われても嫌うことがないことを自身の中に確信した。



 




「ってことがあってさ、月師匠つきせんせい

「…あんたね。この数ヵ月で魔術師、呪術師、超能力者に会うなんて…ろくでもない縁に好かれてんのね。本当に似てるわ、あんたたち」


 受話器の向こう側で、呆れたような島木 月帝女(しまぎあてな)の声がした。


 九津から姿は見えないが、想像はつく。背もたれ付きの椅子に腰掛け足を組み、本当に呆れているのだろう。もしかしたら無意識に髪も掻き上げているかもしれない。


「父さんもやっぱりそうだったんだ」


 何気なくそんな月帝女を思い浮かべながら、懐かしむように続けた。春に別れて以来、声を聞いたのも久しぶりだ。


 少しだけ間をとり、月帝女は答えた。


「まぁね。あいつの場合はもっと酷いわね。その挙げ句が〃王様〃だしね。あんたも呼ばれてみる?王子様」

「やめてよ、月師匠。初めて俺がそれ聞いたとき、どれだけショックだったか」


 かすかだが、笑った声が聞こえた。珍しいと思ったが、それでも九津は見えないとわかっていながら年相応にムスッとしたていをとった。


 そんな九津を知ってか知らずか、月帝女は続ける。


「どっちよ。王様?それとも王子様?」

「りょーほー」

「しかし、ま、そう呼ばれるだけのものは持ってたってことよ。術式なんかに頼らなくったってね」


 月帝女も楽しそうに、どこか懐かしそうに告げた。九津もみえない膨れっ面はやめた。


「ん、わかってる」

「にしても、鷲都かぁ。日本で五都の魔術師に手を出すなんてねぇ。他の魔術師が聞いたら震え上がるわよ」

「そんなに凄いんだ」


 今さらだが、九津は驚いた。色々と教えてもらっていたが、そういった関係図などはあまり聞いた覚えがなかったため、感嘆を含んだ。


 それをどうとったのか、月帝女が口を開く。


「…あんたには戦い方ばっかだったからね。また今度、業界関係図そういうことを教えてあげるわ」


 嬉々とした声。思わず九津の背筋に悪寒がはしった。修行中のことを思い出してだ。


 慌てたように話題を変えようとこころみた。


「それはほどほどに。ほら、俺、高校生になって時間が…あっ!そろそろ母さんに変わるよ、月師匠」

「あんたねぇ。…まぁ、いいわ。とにかく、あんたが楽しくやってるんなら、今はそれでいいし」


 また向こうで笑われた。こんなに続けて笑うなど、どうにも今日は、とことん機嫌がいいらしい。


 数ヵ月ぶりの連絡になるので機嫌を損ねてないかと心配したが、杞憂に終わったらしい。安心した。


 そして、そう言ってくれた師の優しさが嬉しかった。


「ん。ありがとうございます、月師匠」


 しっかりとそれに応えられるよう、言葉を伝えた。


「おう、馬鹿弟子。しっかり励めよ、王様と呼ばれるその日まで」

「絶っっ対にそんな日はこさせません。あ、母さん、月師匠だけど」


 はいはい、と手を伸ばしている母(きらり)に受話器を渡した。こうして九津のある日は終わりを遂げ、またある日へと続いていく。


 九津の話はまだ始まったばかりなのだった。



これにて起承転結編、終了です。


ヽ( ̄▽ ̄)ノ

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