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ココノツバナシ  作者: 高岡やなせ
一学期の起承転結 編
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第十一話 『上級生・転』

「そっちの子に協力してくれるかって……一体、何をする気だ」


 そう言う心の中では、最悪だ、最悪だ、最悪だ、と鯨井 光森(くじらいこうしん)は何度も毒づいていた。


 超能力者の存在を信じてると言われたこと。会ってみたいと言われたこと。


 さらに。


 自分は超能力者達そんなひとたちに憧れてると言われたこと。


 その一言一言に感情的になり、激情的に行動してしまったことを、だ。


 殴ったこと事態は別に後悔していなかった。


 光森自身その話はやめろと数回にわたり警告を下したから。自業自得というものだろう。


 では何が。


 その事実ことを、殴ったことで肯定してしまったことを、だ。


 その態度は肯定してるみたいですよ。


 傘をたたみ、目立つ金髪に雨の滴を含ませる同じ高校の後輩、悟月 九津(さとづきここのつ)にも言われたが、その通りだと光森自身も思った。


 今までだって我慢してきたのだ。周囲の些細な一言に感情的にならないように。


 それなのに──光森は込み上げてくる苛立ちを頭の中で整理していた。


 超能力に目覚め、研究所に通い、見放され、社会に戻り、見放されないようにずっと我慢してきた。


 それを、今、ここで。殴って、肯定してしまったのだ。


 暴力、という一方的に非のある手段によって、肯定してしまったのだ。


 家族が守ってきた秘密を。


「とっておきってのはそんなすごいもんなのかよ」


 冷静さと後悔を内に秘め、平静さと虚勢を外に出し、光森は九津に強がった。





 光森の声に九津は、脱力気味にヘラッと笑った。


 目と眉は困った風な口元だけの笑みだ。


 隣に駆け寄ってくれた鵜崎 瑪瑙(うざきめのう)の「ドードーもいやがりそうなほど、面倒なことになったのです……」との呟きは聞こえていたが、仕方がないと思った。実際にその通りなのだから。


 これから頼む内容ことは九津自身ではどうにも出来ないことだった。


「あれやってよ、鵜崎ちゃん。呪術的結界ってやつ」


 辺りを見回し、人目と人気の無いことを視認してから瑪瑙に伝える。


 瑪瑙はリュックを抱え込む仕種で九津を見ていた。


「まだ結界あれは練習中なのです。しかも…」


 傘の隙間から瑪瑙は光森を気にする。


 呪術的結界を発動するということは、光森に瑪瑙の「呪術師」としての秘密を晒すということだ。瑪瑙が躊躇うのは当然のことだった。


「大丈夫。この先輩は秘密を守ってくれる人だよ、絶対。それにそうした方がお互いの為だと思うんだ」


 自身の直感を言葉にし、さらに懇願する。


「だからさ、お願いできないかな」

「…………はぁぁぁぁ」


 深い、深いため息のあと、瑪瑙もキョロキョロと辺りを見回して呟いた。


「仕方の無い人なのですよ、私の先輩は」


 リュックの中から二枚の人型の紙切れを取り出し、「」と唱えるとその紙切れを投げた。


 すると光森の目には信じられない光景が写ったことだろう。


 人型の紙切れは瑪瑙の作り上げた「万能式八百万の神型」という式神・・だ。それが瑪瑙から受ける呪力と術式を経て浮いていたのだ。そして瑪瑙から傘を受けとると瑪瑙の頭上に差した。


「なっ……なんだそりゃ。超能力じゃねぇのかよっ」


 光森は叫んだ。


 九津は変わらず、ヘラッとした笑顔で人差し指を口元に持っていき静かに、と態度で示した。


「違いますよ、先輩。もう少しだけ待っててください。すぐに完成しますよ」

「はぁ?」


 九津の言葉に光森はさぞ首を傾げることだろう。わかってはいるが説明はあとだった。まずは瑪瑙に張ってもらわなくてはいけない。


 呪術的結界を。


「九津さん」


 目を閉じ、両手の指を特殊な形に曲げ、組んで「印」を作りながら瑪瑙が呼び掛けた。


「一応念のために注意事項として言わせてもらうのです。あくまでも呪術的な結界というのは魔術的なものと違い、〃祓う〃ことを目的としてるのです」

「うん」

「なので、成功すれば人が近づくことは余程の事がない限り無いのです。しかし(・・・)


 瑪瑙は力を込めた。


「視線や視覚を誤魔化す事は出来ないので、遠目に見られるとあまり意味が無いのですよ」

「ん、視界はこの雨だしね、充分です。ありがとう」


 九津は礼を言った。


 それに応えるように瑪瑙は呟いた。


「森を求めて木を探し、木を求めて森を探す。さすれば一葉に人はさ迷う」


 瑪瑙の体から緑色の気配が出てきたのを九津は感じた。いよいよ瑪瑙の呪術の発動だった。


「なぁ…お前達は一体なんなんだよ?」


 ただならぬ気配を感じたのか、それともただ待つことに痺れを切らしたのか光森が問う。


「あの子のアレは、呪術ですよ」

「はぁ?」


 九津は正しく答えたが、光森の顔はまるで理解出来ないとでも言いたげだった。


「呪術ってアレか、呪ったりするあの」

「ん、そうですよ。大まかその通りです」

んな馬鹿な(・・・・・)


 間の抜けたような声をあげる光森。九津は可笑しそうに肩を揺らした。


「んな馬鹿なって先輩。超能力や魔法って言葉がすぐに出てくる人の言葉とは思えませんよ」


 ぐっ、と光森は九津の言葉に声を詰まらせた。拗ねたような口元を見て九津は楽しそうに続けた。


「呪術は実在します。魔法だってそうですよ。ただし、俺が使えないだけです」


 辺りに瑪瑙の呪力が満たされていくのを感じながら、九津は「ふぅ」と呼吸を整えた。


「呪術や魔法が実在するって?お前は」「実在します」


 尚も言いかける光森を九津は遮る。そして、


「俺はこれからとっておきを見せます。さて先輩(・・・・)。先輩こそ一体どんな力を持っているんですか」


 濡れるのを気にすることなく穏やかに尋ねた。


 光森はそんな九津の態度に瑪瑙と同じ様に諦めに似た溜め息をついた。


「わかった、わかったよ。実際にその紙切れが浮いてるのを見せられちゃな……呪術かなんだか知らねぇが…お前らも普通じゃねぇってのは理解できた」


 そして持っていた傘を閉じた。それを。


「おおっ」


「え、何ですか、なんなのですか」


 光森は傘を音も無く消した。目の当たりにした九津は嬉しそうに感嘆の声をあげた。しかし、目を閉じ集中していた瑪瑙は見逃してしまった。


「今ね、先輩の手から傘が消えたんだ。こう…パッと」


 嬉しそうに、楽しそうに瑪瑙に説明する九津は傘の行方を探した。


 探しながら、本当に驚いていた。


 魔術や呪術等を用いて瞬間的に高速移動をさせたりしたのなら自分が見失うはずがない。そう自身に対して自信を持っていた。


 気配を読み、行動を読む。そのために時間を費やした日々があるからだ。


 しかしどうだろう。


 今の光森のおこなった傘の消失は全く力の「気配」を感じなかった。それどころか移動した「形跡」すら見出だせなかった。


 本当に、手の中から忽然と消えたのだ。


 その真実に驚かされていた。


「ん?っと」


 頭上に気配を感じた瞬間には傘が表れ、九津目掛けて落ちてきた。避けることに難の事は無いが、やはり頭上に表れるまで何も感じることが出来なかった。


 九津は好奇心で心臓が高鳴るのがわかった。


 これは(・・)まだ自身の知らない知識ものだ、と。


「これが俺の能力ちからだ。驚いたか」


 光森は傘を危なげなく避けた九津に近づいた。


「で…だ。もう一つおまけだ、この野郎っ」


 無造作に腹を狙って殴りかかった。


 躊躇いなど無く、近距離という位置的なことを含めてもその速さは先程の比ではなかった。


 伸びきった腕、穿った拳に九津は後退して膝をおった。


 今度は腹を抑え、なかなか顔をあげようとしない。


「九津さんっ」


 不安そうに瑪瑙が声をかける。今は位置を重んじる術式であるため自身は動けず駆け寄ることが出来ない。静かに場を見守ることしか出来ない自身に顔を歪めた。


 頭を垂れるような九津に光森は宣言する。


「これが俺の二つ目の能力だよ。少なくとも、普通の人間が反応出来る速度じゃないってわかったろう?この二つが俺の力、超能力・・・だ」


 そうして傘を拾う。もうずいぶんと濡れてしまったがそれでも持って帰らなくてはならない。


 光森が傘を眺ていると、


「鵜崎ちゃん、驚かせてゴメンね。大丈夫だから」


 九津の声が聞こえた。光森は背筋にゾクリと寒気を感じた。その顔には普通はアレで終わりだと言いたげなものだった。


 逆に、声に安堵した瑪瑙はコクコクと答える。


「は、はいなのです。良かった…なのですが、半分は自業自得なのですよ」

「お、おお。結構厳しい評価だね。当然だけど」


 少しふらつきながら立ち上がって瑪瑙に返した。


「当然なのですよ。しかも結界を張らせた上に心配までさせるなんて…信じられないのですよ、まったく」

「ご、ごめんってば。そだ。今度パフェでも食べに行こうよ、ね?ね?奢るからさ」


 九津が拝むように瑪瑙に告げる。「印」を組んでいる瑪瑙は手を動かすことが出来なかったが、ふんぞる雰囲気を醸し出した。


「しょ、しょうがないのです。わかったのですよ。特盛フルーツチョコでこの場は納得するのです」


 鼻息を荒くして満足そうに頷いた。九津は胸を撫で下ろした。が、


「しかし包女お姉さんには全てをお話しさせていただきます」

「えっ……」


 との言葉に絶句し硬直した。そこへ、


「おいこら」


 置いていかれた光森が九津達の間に割って入るように声をかけた。


「殴られた奴が平気な顔して殴った方を無視して話し続けるなよ。こっちがむなしくなるだろうが」

「す、すいません。今、かなりヤバイ状況に陥ってて…」


 頭を振り、絶句状態から九津は立ち直って光森に説明する。


「ヤバイって…お前は腹を思いっきり殴られるよりも、その子の会話で出てきたツツメオネエサンの方が危険だってのか?」

「は?当然ですよ。鷲都さんを怒らせたら、めちゃめちゃ恐いんですよ」


 光森の質問に真顔で九津は答えた。光森は顔に手を当て「俺が威嚇したのも平気だった奴が何言ってんだ」とぼやいた。


「まぁいい。とにかくっ、俺は見せたっ。お前もさっさと見せろよ、とっておき」


 光森は声をあらげた。九津は頷いた。


「そうでした。硬直のあまり忘れそうになりました。約束は守らなきゃいけませんよね。俺もとっておきを見せますね」


 気をとり直すように光森に対峙し、ふたたび呼吸を意識した。


「先輩が超能力を見せてくれたのならば」


 今度は両手を握り、拳を作り、体内を意識する。


「俺は仙術って言うごくごく平凡なものをお見せしますよ。けど、仙術これ


 自身の体内を巡る霊力・・を意識する。同時に霊力が、内部霊力と呼ばれるその力が「進化」を遂げるように意識する。


 最後に九津は、体内で青く渦巻く霊力が紫色に染まったのを意識して、「進化」したことを意識した。


「俺のとっておきなんで、気を付けてくださいね」

「はぁ?」


 九津は飛び出した。





 光森は突然、目の前の後輩を包んでいた雰囲気が、気配が変わったのを感じた。


 と、同時に飛び込んでくる。


 九津の回し蹴り。左足を軸に右足で狙ってくる。


「ちっ」


 体のあらゆる反応をあげる光森の超能力は動体視力もあげていた。が、それでギリギリ見える速度だった。


 一歩下がることで避けた。刹那、反動的に一歩踏み出した。拳を握りほぼ反射で九津を狙った。


 すると、九津と目が合った。確実に光森の速度を捉えている目だ。


 構わず繰り出された光森の右手を九津が左手で掴みとる。と、今度は九津が殴りかかり光森が止めた。


 僅か数秒、数回の攻防だったが、光森を驚かすには充分だった。


「おい、おいおいおい……お前、マジで何もんだ?仙術?はぁ?ふざけんなっ!俺の能力についてこれる奴なんて…そうは、いねぇぞ」

「良かった、驚いてもらえて。原理は違ってても、ある程度似たような能力っぽいから呆れられたらどうしようかと…実は内心思ってました」


 ぐぐぐ、と互いに一歩も引かない状況で組み合いながら二人は話した。


「言っとっけどな、腕力だってそこそこあがってんだぞ」 「俺も負けてないでしょ?」


 間髪いれずに九津が答える。


「だあああ」


 光森は両手を万歳のように上げて九津を振り払い、距離を取らずに突っ込んだ。


 九津は片足を下げて迎えた。





 突進し、肉のぶつかる鈍い音が雨の中に聞こえ、瑪瑙だけは眉を八の字にしながらそれを見ていた。


「だあああ、もう、たくっ」


 続けて拳を右、左、時に足をお互いに出し、交わし、防ぎ、いなし、また繰り返した。


「なんだ、この漫画みたいな展開は?ない、あり得ない。俺の能力にここまでついてくるなんて」


 ようやく距離を置き、互いに肩で息をした。


「凄いでしょ。でもですね、俺、かなり驚いてるんですよ」

「あん、お前が」

「ええ。超能力って実は初めて見まして。まさかこんな無色透明・・・・純粋・・な力があるなんて俺は知らなかったから」


 疲れを忘れているかのような笑顔を見せた。


「俺に仙術なんかを教えてくれた師匠達は知ってたかも知れないんですけどね。いやぁ、勉強不足でした」


 そこまで言って九津は楽しそうに構えた。光森もつられるように構える。


「先輩」

「あんだよ」


「凄いですね、超能力。けど、俺の仙術も負けませんよ」

「…チッ。うるせぇよ」


 九津につられ、思わず構えた自分自身に何を思ったのか光森は頭をかきむしった。


「ああああ、本当に」


 濡れた髪からは滴が次から次へと飛び散りるが、また貯まっていく。


「いいか、せっかくだ。無礼なお前に講義をしてやるよ。俺の能力は…お前なんかに負けない」


 その宣言に九津は目を輝かせた。





 ─────





 のちの話になるが光森は九津達に語った。


「三大超能力とは」


 テレキネシス=『物理操作』……モノを動かす、または操る能力である、と。


 テレポーテーション=『次元転移』……モノを移す、または映す能力である、と。


 テレパシー=『浸透干渉』……モノに触れる、または感じる能力である、と。


「そして…」


 テレキネシスだがこれはもっとも有名な超能力だ。発火を操るパイロキネシスを筆頭に、発電を操るヴロニタキネシス、冷却を操るクライオキネシスがある。これらは俗に温度にかかわる存在を分子級で操るものだ。その分野でもおそらくは最も有名で最強な力、この世の物体の質量、温度等を逆に一切無視して操る力、サイコキネシスがある。


 次にテレポーテーション。これはもっとも社会的有意義性の高い超能力だろう。物体転移は人や物を物理法則を無視して瞬間的に移動させ、配置転換は応用することで様々な分野に役だたたれる。さらに「移す力」はいまだ科学的に解明されない時空間にまで及び念写、視覚転換を可能とする。そして時間さえも超越する期待性があった。


 最後にテレパシーとは。これがもっとも未知の超能力ではないだろうか。そもそもテレパシーを説明すれば共鳴感覚、精神干渉、認識操作、思考調整と生き物を対象にした能力や、未来予知、思念解読等の時間を対象にした能力ということが言える。何故これらが未知の力かと言えば、詰まるところ目に見える結果が少ないからである。





 そして今現在はそれらをかいつまんで話していた。


「超能力は三種五段階に分けられる」


 と。


「俺が使った傘を移動させたのは言わずもがな次元転移テレポート系だ。これは俺が手に持っている物体を別の場所に置くっていうちゃちい能力だよ」


 掌を掲げる姿で言う光森。


「驚かせるには充分だったろ。で、もうひとつの方だが浸透干渉テレパシー系っつうんだが…」

「テレパシーって…あの念話的なアレですか?」


 九津の言葉に光森は応えるように開いていた掌を握った。


「まぁな。浸透干渉テレパシーの派生系って言えばいいか。自分の体に干渉して反応速度や筋力を、つまり身体能力の限界を底上げするっつう能力だ。便利だろ、俺の奥の手みたいなもんだぜ」


 ここに来て初めて九津は光森が笑ったのを見た。


「確かに凄いですね。そっか、そういうのもあるんですね、勉強になりました」


 自慢げともとれる光森に素直に感心する九津。


 光森は九津を指差した。


「いいか、もう一度言うぞ。これは奥の手でもあり、秘密であり、同時に俺の〃戒めの鎖〃としてずっと抱えてきた力だ」


 笑う顔が消え、今度は威圧的な睨みをきかした。


「その超能力がお前の安っぽいそんな、なんつったか…ああ、そうだ。仙術なんか(・・・・・)に負けるわけがないだろう」


 光森は言った。


「そうですね。じゃあ…試しましょうか、先輩」


 九津の言葉に光森はゆっくり応えるように構えた。ところが。


「あっ、でもせっかくだから俺も仙術について簡単に話しますね。俺のとっておきですから」


 と、九津が話し出したのだ。気を削がれそうになった光森は何か言いたそうに口を開いたが、


「なんせ仙術は俺をずっと〃支えてくれた力〃なんですから。少しでも知ってもらいたいんですよ」


 との言葉にすぐに閉ざした。


 九津はその反応を嬉しく思った。光森の「仙術なんか」に対抗しての発言だ、と気がついてくれたのだと察したからだ。


 得意げに話始める。


「仙術とはですね」


 これまでに費やしてきた日々が九津の記憶の中で甦っていた。


「そもそも仙人ってのを知ってますか?古来より辛く苦しい修行の果てに霞を食べて空腹を満たし、雲に乗りては空を飛び、とにかく長生きする人達のことを一般的に言いますよね。呼び方は導師とか老師辺りが有名じゃないですか」

「知らねぇ」


 無愛想に光森は言う。九津は気にしない。


「構いませんよ。仙術とは、仙人術。つまり仙人になるための秘術として生まれた術式です」


 九津の話に怪訝そうな光森。返事はなかった。


「もっと簡単に、そうですね。悪魔の魔術や妖怪の妖術に対抗する為に産み出された人間の知恵と努力、そして進化の証としての結晶ですよ」

「ずいぶんと大袈裟な話だな」


「そうですか。俺はそうは思いませんけどね」

「いや、ってかお前。術って使えないって言ってなかったか?」


 一瞬考えるように光森が言う。あはは、と九津は笑った。


「使えませんよ、外に出す術は」


 悪びれた様子も無く答える。光森はやはり憮然としないようだった。


「九津さんの説明が不足しているのでわからないのですよ、先輩さんは」

「えっ、ええ…」


 言われて少し肩を落とす九津。


 説明したいことはたくさんあるのだ。


 例えば「体質改定」という仙術。体の質量から肌質、体内から体外までの肉体構造の改定を行う術。これは水に浮かぶ木の葉に乗るという面白技が出来る。


 例えば「活力循環」という仙術。外部霊力と呼ばれる僅かな霊力を体内に取り込むことにより食事を必要としなくなる術。霞を食べる仙人ならではの逸話だってこのためだ。


 例えば「限界活性」という仙術。仕組みは体質改定と通じるところがあるが、これはさらに単純な術だ。ただただ強くなる。それだけだ。


 例えば、例えば、例えば──。


 もっと話したいことはいっぱいあるのだ。しかし。


「とりあえず、先輩さん。超能力という力を扱う貴方ならわかるのではないのですか?九津さんの力が」


 瑪瑙はそう締め括った。


「なるほどな。考えるな、感じろってやつか。九津の話より簡単で分かりやすいわ」

「どういたしましてなのです」


 そう言うと瑪瑙はまた静かに場を見守り始めた。


「で……結局、お前は外に出さない術ってのを使えんのかよ」


 光森は九津の言葉を思い返すように声をかけた。


「そうそう、そうなんですよ!」


 我が意を得たとばかりに九津は嬉しそうに頷いた。瑪瑙は軽くため息をつき二人のやりとりを見ている。


「俺の父親もそうだったんですけど、〃術式不発〃って能力らしくて外に発動させる術式は失敗するんですよ……必ず」

「……ほう。ここまでもったいぶっておいて凄く無駄な能力だってことがわかったよ。…で、仙術の話はもう終わりか?」

「そこから俺にいろんな知識ことを教えてくれた人達と試行錯誤した果てに仙術これに辿り着いたってわけです。仙術これなら術式を体内で発動出来ますんで」


 以上、仙術の話は終わりです、と満足そうに笑った。


 だからこそ(・・・・・)九津が万式紋を使う理由があるのだが、今はそこまで語る必要は無いだろう。


 魔術を使えない。呪術を使えない。忍術を、妖術を、導術を、念術を、あらゆる術を放てない。


 そんな九津でも力の根源は作り出せる。あとは、その調整及びそれをどう処理するかをおこなう為に中継する措置が必要なだけだった。


 つまり、中継する措置こそが師匠である島木 月帝女(しまきあてな)が弟子である九津に送った代物、「万式紋」だった。


 希代の魔女、そして「術識の女王(・・・・・)」と謡われた月帝女

 が造った道具は確実に九津の力になった。


 と、それはともかくだ。


 今は考えにふけっている場合ではない。


「先輩、雨の中に後輩の女子をずっとずぶ濡れにさせておくわけにはいかないのでそろそろ決着着けませんか?」


 九津が言った。


「お前が言うなよ」

「九津さんが言わないでくださいなのです」


 二人に怒られた。呆れながら光森も動き出す。


「とりあえず、そうだな。着けるか、勝敗」


 上着をめくり、右手を体に触れさせるためにシャツのボタンを外した。


「ふざけた奴だと思ったが……その通り過ぎて逆に笑えてくるわ。…笑わねぇけどな。なんつうか、馬鹿馬鹿しいっつうか…こんな能力ちから持ってんの俺だけじゃ無かったんだって思い出すぜ…ああ、たくっ」


 言葉がまとまらないのか光森は頭を振った。その視線は遠く、九津や瑪瑙、今見える景色を通り越して何を見ているのか九津にはわからなかった。


 ただ、わかるのは、光森にも現在ここに辿り着くまでの葛藤があり、事情が合ったのだろう、ということだ。


 理由はともかく、不可思議な非日常を取り巻く力について悩んだ者通しとして。


 九津は構えて光森を見据える。


「俺の反応突破MAXバージョン、見せてやるよ。代わりにお前の仙術の本気。ちゃんと見せろよ?」


 手を胸に添えながら光森は九津に言う。


「ええ、もちろんです。全力でいきます。俺の仙術はなかなか強いですよ」

「馬鹿言うなよ。俺の超能力をなめんなっつうの」


 目を細目、口角だけをあげ半瞑想状態でのたまう九津に光森は応える。


 九津は両の拳を握りしめ大地に足を踏ん張り体の内側で仙術に必要な『活力』を生み出していく。紫色に満たされた感覚は確かに力として九津の体に染み込んでいく。


 体内で発動する仙術、『限界活性』はおこなわれ、九津の本気の全力状態がつくられた。


 普段とは違う雰囲気に思いの外興味を引かれるのは瑪瑙だ。魔術師や呪術師、妖怪との戦う姿を見てきた瑪瑙だったが、ここまで本気の九津を見るのは初めてだったからだ。


 そして。


 いざ、と一歩を踏み出そうとする九津。しかし、出せなかった。


 瑪瑙も同じ変化に気づいたようで驚いている。


「先輩、つかぬことをお伺いしたいのですが……」


 思わず限界活性が解けそうになりながら九津が声をかける。瑪瑙も、


「あう、あれ、あの、先輩さんは……」


 と、しどろもどろしている。


「女の子でしたか?」

「女の人だったのですか!!」


 二人同時に叫んだ。

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