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ココノツバナシ  作者: 高岡やなせ
一学期の起承転結 編
14/83

第十話 『上級生・承』

 鯨井 光森(くじらいこうしん)にとって世界は敵が多かった。


 当然その敵と見なされるのは自分自身が「キライ」や「ニガテ」という感情を抱く全てであり、さらに言えば偏見の塊のことだった。


 では、何が「キライ」なのか。


 それは自身の事情を理解してくれない人間であり社会であった。拒絶し距離を置く必要があった。


 そして、何が「ニガテ」なのか。


 それは中途半端に自身の事情を理解しようとする人間であり社会であった。意識し警戒する必要があった。



 この考えが光森の中で芽生え、教訓たらしめたのは何時からだったろうか。本人は忘れそうになる度に思い出す。


 あれは……そう。


 光森が八才になった頃だった。





 光森にとって不幸とも言えたのはその「特異な能力」を最初に発見したのが自身以外だったことだろうか。


 それによって物心がつく前に行動の制限や周囲の対応が、光森を介さずに行われた為である。



 幼い頃、光森は物をよく無くす子供だった。くわえていた哺乳瓶を始め手に持っていた玩具や食器、ひどい時は身に付けている服や靴まで無くすことがあるほどだった。


 母親も最初のうちは仕方がない、子供がしたことだ、と諦めていた。ところがその数が段々と増えていくにつれ、またそれがなかなか見つからない場所にあることが多くなるにつれ不思議に思い始めたのだ。


 いくらなんでもおかしい。無くなる時は大抵が光森が一人でいるときだった。


 考えた母親は光森を撮影し観察することにした。


 そしてある日。


「…………っ!」


 言葉を失う出来事が起こったのだ。


 玩具で遊んでいた三才になる光森の手元から、その玩具が一瞬にして無くなったのである。


 始めて見たときこそ自身の勘違い、見間違いかと思っていた。しかし撮影された記録の中で再生される映像は確かにその光景を何度も繰り返し見せつけたのだ。


 悩んだ末、母親は自身だけではどうにもならないと判断を下し父親に相談した。


 母親の話に父親もまさかと信じることが出来なかった。しかし母親が動かぬ証拠として、その瞬間を捉えた動く動画しょうこを見せた。


 父親は映像に驚くと、あとは無し崩し的に信じることとなった。


 それからだ。二人の生活のあらゆることが一変したのは。


 息子を他の人間がいるところで一人には出来ない。息子の特異な能力を解明しないといけない。それ以外は違和感ないように普通に過ごさなくてはいけない。あとは…。


 とにかく気を配り、気を使い、気を付ける日々が続いた。


 進展があったのは一年近くが過ぎ、光森が四歳になった頃だった。


 母親がついに精神科を紹介されたことで、もはや病院という規格を当てに出来ないと諦め始めた頃でもあった。


 ある広告を目に止めたのだ。


 そこには派手さもないレイアウトで『人類進化学講演会の知らせ』と提示されていた。おそらくこういう事情でもなければ見向きもしなかったであろう見出しだった。


 まずは内容を確かめるためにおそるおそるインターネット上のサイトをクリックした。


 人類進化学講演会とは「常に人はある類いの進化を続けている」ことを提議している研究団体が一般人に対する告知的なものを公表する場だった。


 本当に胡散臭い話ではあった。それでもその広告とネット上の項目の中に目を見張り、見逃せないものがあったのも事実だった。


 それは「 超能力」。そして『物体移動』の項目を示す文字と説明だった。


『ある類いの進化の一つとして示される力。物質を瞬間的に任意の場所へ移動させる能力』


 たったそれだけだった。それでも母親は一筋の光が見えた気がしたのだ。もしかしたら、この講演会を主催している団体に調べてもらえば息子のことが何かわかるかも知れない、と。


 母親はすぐに父親の方へと報告をした。そして報告が終わると同時に団体へ連絡をとった。


 警戒心は否めない母親に対する団体側の対応は、驚くほど協力的で積極的だった。


 そんな団体側が出した条件は一つ。


 講演を聞き、改めて団体の行動目的と達成目標を知って欲しいということ。


 それで納得できるようなら両親の希望通りに光森を調べてくれるとのことだった。


 条件としては両親にとって負荷価値の無いものであり、取引とも言えない拒む理由の無いものだった。


 説明を聞き、納得できないのならやめる。当然のことだったからだ。


 だから講演を母親と光森は二人でまず聞きに行った。


 内容に母親は、思わず涙した。


 団体にとって超能力者とは稀有な存在ではあるが異端な存在ではないというのだ。


 むしろ人類の進化として正しい位置にある、とさえ断言してくれた。


 時間の制限もあり事例は少なく紹介されたが確かに光森と似かよったものもあった。


 何よりも講演者本人も「超能力者」だと言うのだ。


 周囲を見渡しても母親と同じように涙する者もいた。母親は思う。おそらく皆、同様の想いを持ってこの場所にいるのだろう、と。


 それはどんな言葉や態度よりも安心し、信用することが出来た。


 この場にいる者は皆、何かしらの異端な力に悩まされていた者達なのだ。


 この場に居れば「異端な力」などは非日常ではなく、「当たり前」の日常であるのだ。


 それはつまり異端な力を持つ光森が、何でもない、普通の人間だと言ってくれているのだ。


 胸の震えが収まらないうちに母親はこれを父親にも連絡した。話を聞いた父親も喜び、互いにこれで光森の将来の助けになると安堵した。


 団体の講演を聞き、最終的に両親二人で光森の力の解明を申し込んでから瞬く間にときは過ぎていった。


 検査や実験の為に何度も施設へ通った。そのうち目に見えて結果が出てきた。


 そもそも「超能力」とは三系統五段階に区別されるらしい。その中で光森が扱える超能力は二種類であることがわかったのだ。


 一つは俗に「テレパシー」と呼ばれる類いでもう一つが「テレポート」と呼ばれる類いだった。


 七才になる頃、光森はその二種類の超能力をある程度自身の意思で使いこなすことが出来るようになっていた。


 両親二人も団体のおかげだと感謝していた。


 と、ここまでは良かった。


 幼児期はここの施設でほとんど過ごしていたし、小学校もそれまでの間に重ねた訓練により超能力は押さえられたので問題なかった。


 何よりもその二種類の超能力が、いえば目立つほど大したことがなかったことも理由の一つである。


 しかし、それがまさかある意味、一番の問題になるとは気がつかなかった。


 七才になってから一年。光森が八才になり、学校生活を始めてから二年目のある日、唐突に宣告されたのだ。


「鯨井さん。申し訳ないが、あなた方の息子さんの研究協力は」


 両親の前で一拍置くように白衣の男は区切った。


「もう必要ありません」


 告げられたあと、両親は目の前の白衣の男が何を言っているのかが理解出来なかった。


 必要ないとはどういうことだ。息子をさんざん検査と実験の対象にしておいて。


 そう言った。


「ですから、それは最初にお約束していた最低限の訓練とその結果の報告として守ったでしょう」


 と返された。母親は尚も食い下がろうとした。


 まだ息子は幼いのだ。せめてもう少しだけでも、と。


 こんな中途半端に投げ出されたのではあまりにも息子が不憫すぎる、と。


 しかし。


「こちらとしてはこれ以上社会的貢献力が見込めない息子さんの保護だけに力を入れる訳にはいかないのです。こちらは約束は果たしました。わかって下さい」


 と、優しく、穏やかに突きつけられた。最後に。


「何かあったならまたその時においでください」


 何かあったなら。何があると言うのだ。


 唯一「異端」が「異端では無くなる」場所を追い出されて、一体、何があると言うのだ。


 言葉を失い、表情を失い、最後に体の力を失った。


 それでも母親は光森の手を引き家に帰った。そしてそのまま言葉少なく光森を抱き締めながら泣き崩れた。


 その涙が幼いながらも自身とあの研究所の人間のせいであることをなんとなく光森は察していた。


 自身が普通と違う力を持っていたからと言うのが理由だということと、その力が研究の役にたたない為に追い出されたということを。


 研究所の大人達はなんと言っていただろうか。


「シャカイテキコウケンリョクガタリナイ」


 意味はわからなかったがそれが向こうの言い分だった。


 しばらくして、親子三人での生活が「日常」的に当たり前となり、「非日常」的な研究所から離れることが普通になった。


 この頃、光森の中で二つだけ感謝したことがあった。


 一つ目は超能力の訓練が実を結び、普通の日常生活になんの支障も無かったこと。


 二つ目は中途半端な関わりは自身の家族の、しいては自分自身にとって心身共に害を成すおそれがある、ということを教えてくれた事だった。





 ─────


 



「超能力でも使ったなんて…言わないよな?」


 言ってしまった後、自身でもあまりに唐突過ぎる問いをしたと自覚したのか、九津よりも少しだけ背の高い少年は顔を引きつらせていた。


 悟月 九津(さとづきここのつ)は戸惑いを見せながら、それでもジッとこちらを見ている同じ制服の少年の視線を受けて対峙している。


 雨の音で聞き間違えたのだろうか、そう一瞬だけ考えたがすぐさま否定した。


 目の前の少年は、困惑や後悔を表情に出しながらも、やはりまだ視線を外そうとしないからだ。


 多分、本気で聞かれたんだ。そう思った。


「質問の意味がよくわからないんですけど…俺は超能力は使えませんよ」


 苦笑混じりに返事をした。九津はもう一歩、自身の後ろにいる鵜崎 瑪瑙(うざきめのう)が隠れるように光森に体を向ける。


 小柄な瑪瑙はこれで十分に相手からは見えなくなっているだろう。他にも傘や雨が調度いい具合に見えづらくしてくれている。


 取り合えず、目の前の少年が何者かわからない以上は多少の警戒はして間違いでは無いだろう、そう判断した。


 吉兆はつかないが予感的なものがよぎり、自身の信念がそうさせたからだ。


 何かある、かもしれないと。


「偶然、知り合いの傘が俺のところに飛んできて、うまくキャッチ出来た。ただ、それだけのことですよ。何か勘違いしたんじゃないですか」


 それっぽい言葉ことを並べてみる。どうだろう、九津は少年の反応を待った。


「あ……ああ、そうか。そうだよな」


 少年も納得したように呟いた。


 と、言うよりも一般的なら九津の言葉通りの方が自然だ。だから納得してもらえたのなら、それで良かったと九津は思う。


 だけどまだ吉兆つかない予感がはれない。


「超能力者なんて、そう簡単にいてたまるか……だよな」


 九津が黙っていると、まるで自分自身を納得させるかのようにさらに呟い。


 この時、警戒心を持ちながら九津は、等しく好奇心を併せ持っていた。「超能力」など真面目に聞かれたことが無かったためだ。


 不意打ちならではの高揚感が体中を鳴らすのが聞こえた。


 そして、沈黙し、思案している間の相手の少年の反応が、「まるで本当に超能力者そんなものじゃなくて良かった」と言いたげな反応が、九津の好奇心を上回らせた。


「でも」


 カマをかけるつもりはなかった。溜めるように言葉が出たのは偶然だ。


 目の前の少年はピクリと体を動かした。外していた視線がもう一度合う。


「いてもおかしくないんじゃないですか、超能力者。俺は信じることが大事だと思いますよ。残念ながら俺は会ったことが無いですけど」


 九津は言いきった。


 本心であり、本音だった。


 最初・・から魔術師や呪術師の類いや、それ系統に属する術師は知っていたから。


 身内には俗に「天使」と呼ばれる者もいたし、最近では半妖とは言え「妖怪」さえも知り合えたから。


 世の中をくまなく探せば生きている間に「悪魔」や「神仏」にも会える可能性は否定できない。


 だからこそ言ったのだ。


 超能力者でさえもいるのではないか、と。


 自身の知りうる人脈と知識の全て、大切にしている信念にかけて。


 ──ただそれが。


 少年あいてにとってどうとられるかまでは、流石に考えていなかった。


 少年は僅かに震えているようだった。


「いたら…………どうすんだよ」


 少年の声が低く響く。雨の音に負けないそれは、別の何かに負けたかのような負の感情をまとっていた。


「お前はさ……お前はわかんのか?もし、もしもだっ。超能力とか言うそんな普通じゃない力が、あり得ない力を持ってしまった人間がいたとしたら、だっ。そんな人間の気持ちがわかんのかっ。異常だろ?異端だろ?不気味でしかないだろうがっ」


 なんの陰りもない、秘密を持たない人間の能天気な言葉。それに対する怒りのように聞こえた。


 日常にあまえ、非日常を軽んじる人間の無礼な言葉。それに対する憤りのように聞こえた。


 九津は困った顔をしながら言葉を繕う。好奇心は閉まっておかなくてはいけない場面だと遅まきながらに判断したからだ。


 後ろで息を潜めるように様子を伺っている瑪瑙の為にも。


「わからない…でしょうね、俺じゃきっと」


 だったら言うなよ、と言いたげな表情だ。逆撫でしないように気を付けなくてはならないと思った。


「だったら、言うなよ」


 言われてしまった。九津は自身が苦笑を漏らさないように気を引き締める。


 今、むやみやたらと刺激するのは愚行だから。


「お前みたいなやつが、少数派の存在を…」


 感情のままに口を開いていた少年は、今度はそのまま黙りこんだ。


「ああ、くそ。それこそお前にも関係無い話だったな」


 しばらくして傘を握り直した少年は、「悪い…」と最後に一言絞り出すとあとは向きを変えた。進むためだろう。


 その背中越しに九津は信号の点滅するのを確認した。


 少年が落ち着きを取り戻し歩き出したのを期に、自身達も早めに渡らなくてはいけないと瑪瑙を促し歩を進めた。


「多分、先輩……なんですよね、その校章」


 特別な意味があったわけではなく、並ぶような足どりに思わず声をかけた。学年により違う校章の色のことだ。


「…まぁな。俺は鯨井…そうそう会うこともねぇだろうし…今のことは忘れてくれ、ここのつ(・・・・)

「別に構わないですけど…先輩、俺の名前をどうして?」

「さっき呼ばれてたろ。それに入学式当日、呼び出し食らった金髪一年。ちょっとした有名人だよ、お前は」

「うえ…俺としてはそれを忘れて欲しいですね」


「九津さん」


 尚も話しかけることをやめない九津を今まで黙っていた瑪瑙が呼ぶ。


「ほれ、彼女がずぶ濡れだろうが。お互いにさっさと帰るに限るぜ、じゃあな」


 関わるな、ともとれる瑪瑙の行動に先手を打つように少年こと鯨井光森は言った。九津は違う意味で苦笑した。


「違いますよ先輩。この子は後輩で俺の…そうですね、勉強仲間ってとこです」


 興味が無いのか光森からの返事はない。


 足並みを揃えるように三人で横断歩道を渡る。


「ところで先輩。一つだけいいですか」

「九津さん」

「…あぁ、なんだよ。俺よりそっちの子を気にしろよ」


 振り向きもせずに光森が言う。もっともだとは九津も思うが、この状況あめはどうにもならない。


「おっしゃる通りです。鵜崎ちゃん、ごめんね。今日はこのまま帰ろう?風邪引いたら元もこも無いし」

「うう…毛ガニ並みに確かになのです。仕方が無いのです。引き際をわきまえるのも大切なことなのですからね」


 気温は高いが、それでも濡れっぱなしの現状を考えてお互いにそう結論を下した。


「ところで先輩、さっきの話なんですけど」

「あれは俺が悪かった。忘れろ」

「忘れるのはいいんですけどね」

「だったら終わりでいいだろう。なぁ」

「へっ?そ、そうなのですよ、九津さん」


 自身に振られるとは思っていなかった瑪瑙は戸惑いながら九津をいさめる。


「どうしても一つだけ気になって」


 二人に言われながら、九津は頭をかいた。


「まるで先輩は、自分だったら超能力者達・・・・の気持ちが理解できるみたいに言ってたなぁ…と、思って」


 次の瞬間、光森は睨み付けた。そのまま九津の襟を掴んで、


「忘れろ。気にすんな。わかったな」


 静かに言った。


 九津は光森の視線を平然としていた。しかし、真っ直ぐに受ける心の中ではいろいろと焦っていた。


 この反応は、正解だと言っているようなものではないか、と。そして、好奇心を抑えて考えたはずの自身の言葉がやっぱり配慮が欠如されていることの情けなさを。


 さらには。


 瑪瑙が九津じぶんの襟を掴まれている状況を心配し、困惑していることだ。


 あたふたとしながら、黒いリュックがに出て来ていてゴソゴソと手を突っ込んでいる。これ(・・)が非常に不味い。あれは瑪瑙なりの呪術の構えだ。呪術それは駄目だ。


 だから。


「鵜崎ちゃん、大丈夫だから」


 瑪瑙に声をかける。九津の言葉に思いとどまってくれたのかバックに突っ込んでいた手の動きを止めた。


「先輩、その態度だと肯定しているみたいですよ」


 今度は光森に向かって告げる。


 心中では、配慮、配慮、と唱えながら、やんわりと。


「だったらどうする。万が一にも俺が超能力者だとしたらお前はどうすんだよ。信じんのかよ、なぁっ」


 襟を掴みながら光森は興奮を隠しきれなくなってきている。


「先輩がそう言うなら信じますよ。俺は信じることが大事だと思いますから」


 そして続ける。


「違って言うなら当然、そっちを信じます」


 渡りきった横断歩道の端で二人は対峙する。


「異端者の気持ちも汲めないお前に言ってもしょうがねぇだろうけどな」

「なら、俺もとっておきを教えてあげますよ。信じる信じないは…先輩に任せますけど」


 そう言って光森の腕を掴む。


「はぁっ…っ痛」


 光森の顔が僅かに歪み、手が引き剥がされる。


「俺は超能力は使えません」

「おま、なんだよ、この握力……」


 今度は光森が自身の腕を掴んでいる九津を驚いたように見た。細身な見た目とは裏腹に物凄い腕力をみせつける後輩を。


「放せよっ」


 力任せに光森は九津の腕を振り払う。恨みがましく九津を睨む光森は「ただの馬鹿力じゃないか」と愚痴った。


「九津さんの言葉が気にさわったのかも知れませんが…先に手を出したのは貴方なのですよ、先輩さん」


 九津を置いて瑪瑙が言う。雨の音に消されるくらいの舌打ちを光森は打つ。


「なんだよ、お前のとっておきってのは?まさかその馬鹿力のことかよ」


 掴まれていた部分を意識するように光森が問う。先ほど振り払ったときに傘をそらしてしまい濡れてしまったことで頭が冷えたのか、表情こそ不機嫌そうだが声は調子を戻していた。


「違いますよ。馬鹿力そんなものなわけないじゃないですか」

「じゃあ、何か。魔法でも使えるのか?」


 純粋な疑問に光森はなんとなく言った。しかし思いの他、反応があったことに驚いた。


 九津と瑪瑙が目を見開いたからだ。


「魔法って言葉がすぐに出てくるあたり、先輩もなかなか面白いですよね。自慢することでもないんで、あんまり大きな声では言えないんですが……」


 自身に視線を釘付けにさせるかのように九津は喋り出す。


「俺は超能力はもちろん、魔術、呪術、妖術、忍術なんか一切使えません」


 光森自身も口にしたが、普段聞きなれない、しかも意味のわからない単語を並べられた光森は苛立ちから足を揺らし始めた。


「さっさと言えよ、とっておき」


 九津は頷いて「言えるのは」と、それでももったいぶるように区切った。


「俺は多分、先輩が思っている以上に超能力者を始め、異端と呼ばれる人達に…会いたい…会えると信じてるんですよ」


 光森にとって我慢の限界だったようだ。


 九津の言葉に、あの時無視してでも帰るべきだった、と訴えるような意思を目に宿していた。そしてそれを起こさなかった己自身を恨むように怒りを爆発させた。


「お前が、お前みたいなやつが、へらへら笑いながら……会いたいだって?ふざけんなっ」

「ふざけてませんよ、俺は。本気です」


 取り戻したはずの落ち着きを捨てて九津に怒声を発した。答える九津は今度も光森の目をしっかりと見返す。


「だって俺は異端能力者そういうひと達に憧れてるんですから」


「会いたいだ?信じてるだ?言うに事欠いて…憧れてる(・・・・)、だ。何もわかんねぇくせに、何も知らねぇくせにっ、お前はっ」


 光森の腕が振り抜かれた。


 鈍い音が雨の音を越えて響く。振り抜かれた拳は動かなかった九津の頬に当たっていた。


 尻餅こそつかないものの、後退していた。


「九津さんっ」


 成り行きを見ていた瑪瑙が思わず声をあげて駆け寄った。なかば意地を通すように挑発じみたことを言っていた九津にも非があるのはわかっていたが、流石にやり過ぎだった。


「先輩さん、いくらなんでも殴るなんてひどいのですよ……」


 間に入った瑪瑙は不安そうに九津を覗く。


「九津……さん?」


 九津は殴られた頬をさすりながら考え込むような顔をしていた。


「何も知らない、何もわからない。だから理解出来ない。俺はそう思われてるわけですね。なるほど、なるほど」


 九津は呟きながら傘をたたんだ。濡れるのを構わず袖をまくり、光森を見た。


「ではではついに、俺のとっておきをお見せしますよ、先輩」


 構えた。そして、


「ちょっとだけ協力してね、鵜崎ちゃん」


 と、雨に濡らした金髪の滴を気にすることなく鵜崎に合図を送る。


 一方、送られた瑪瑙は「ドードーもいやがりそうなほど、面倒なことになったのです」と呟き、今日は遠く離れた場所にいる頼れる少女の方の先輩とその相方を思うのだった。






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