第九話 『上級生・起』
六月末日、某所──朝方。
「もうすぐ着くとは言え、雨が降らなくて良かったね」
曇天模様の空を見上げて、湿気を多大に含む空気に長い黒髪を絡ませて鷲都 包女は子狐姿の筒音に声をかけた。
間堕した妖怪、俗に言う半妖である筒音は、憑依し姿を隠す時以外は、案外とこの姿を好んで変化する。
現在、そんな筒音と学生のはずの包女は平日の週末にもかかわらず学校には行かず、電車を乗り継ぎ、さらにバスを待っている最中だった。
向かうのは〃術の五都〃が一同に集う場所である。
今日を開始に〃力比べ〃と呼ばれる五都が続ける慣わしが行われる為であった。
普段なら移動の際、包女に憑依する筒音。しかし今回はいく場所がいく場所であり、そこに集まる者達に下手に「気配」を疑われ、警戒されることをおそれ最初から離れることにしていた。
『こちらは雨なんぞ関係無いないじゃろぉ。たとえ向こうが降っておろうとな』
「そうなんだけど…やっぱり晴れてた方が気持ちがいいんだけどなぁ」
手に持つ小型動物用の入れ物から同じ空を眺めた筒音も呟いた。
向こう、とは包女が普段なら通う高校がある町のことである。
『そう言えば久方ぶりにあやつ、一人で過ごすことになりそうじゃのぉ』
筒音はシシシと狐姿で空気を鳴らした。その音は、姿と比べ似つかわしくないような雰囲気を醸し出すが包女も慣れたもので気にしない。ただただ返事をする。
「あやつって…ああ、悟月くんのこと?そんなことは無いと思うけど…でも何でだろう。いまだに教室で皆と距離があるよね。私の方は…仕方ないけど」
悟月くん、こと包女の同級生で金髪の少年、悟月 九津の事を思い浮かべた。
包女は普段の高校での事を思い出す。
四月の始め、魔術師としての特殊な事情から自身で級友達と距離をとっていた包女と違い、九津は最初から砕けていた、ような気がする。
そんな九津と色々あり、通常の短期休憩こそその時々だが、昼の長期休憩に昼食を摂る際にほぼ一緒に居るほどになった。
一緒に居てわかる。常識から外れ、たまに的を外すことがあっても九津は決して悪い人間ではないのだと。
だからこそ不思議なのだ。
「わからないなぁ、なんでだろう……」
首を傾げて軽く嘆息する。
『フム、原因の目星は大まかつくがな……』
筒音は小さくシシシと響かせた。
『それよりも包女。他人の心配よりも今は自分の心配をした方が良いのではないか?』
急に真面目な口調に戻る筒音に、話を振ったのは筒音なのに、と内心ぼやきながらも包女は返す。
「大丈夫だよ、筒音。私はやれるだけの事をやったきた。悟月くんや瑪瑙ちゃん、それに筒音やお父さん、鷲都に関わる人達。皆の協力を無駄には……絶対にしないよ」
もう一度、視線を筒音に落とし「大丈夫」と繰り返す。
小さく『……そうか』と筒音も目を細め応えた。
五月の長期休暇から九津、包女、筒音、それに鵜崎 瑪瑙を加えた四人で特訓をしていた。
内容は各自の術を含めたうえでの実戦での向上だった。
魔術師である包女は相方の筒音との連携で増加する魔力の「魔力調整」、そこから展開される「魔術構成」の機微を主軸に置いた。
魔術は自身の意思により魔力を抑制、操作するためその殆どは「瞑想」に費やされた。さらに鷲都の得意とする「付加」の魔術は格闘戦にも向いているため格闘技、剣術の基礎を九津から教わっていた。
相方である筒音は妖力と魔力を同等に使える「間堕」した妖怪だ。ならば、と今は別々に使っている二つの同等の力を同時に使えるように鍛練していた。
元々は「変化」を得意とする妖力の妖術と「強化」を得意とする魔力の魔術は特性からして違う。しかしそれを使えるようになれば筒音は自身の「最強」に近づけるとして嬉々として励んでいた。
最後に呪術師である瑪瑙の呪術だ。
瑪瑙には九津と違い教えを施す師匠がいなかった。さらに言えば包女のような生まれながらにして魔術を当たり前とする家系でも無かった。
それでも本人の才能と好奇心、秘密の中で育んだ信念の元、独学で覚え身に付けた呪術の腕前は本物だった。
そこへ九津の知っている呪術の話を聞き、何度も「そうなのですね」と試行錯誤をしては自身の呪術を見直していたようだった。
呪術の根本は揃えるべき「条件」であり、呪力の根底は条件を見出だす「知識」にある。
特殊な家系や師匠に恵まれていたわけではなかった瑪瑙が呪術の腕前を伸ばしたのは、才能と好奇心、信念と共に新たな「知識」を受け入れる素直な「発想」、そこから「条件」を見つけ出す自由で柔軟な「連想」があったからだろう。
そしてその実力はついに、
「でもやっぱり向こうも降らないといいね。瑪瑙ちゃん、今日も頑張るって言ってたから」
『フン、瑪瑙のやつか。やたらと張り切っておったのぉ。……しかも最近、操る式神が三枚から四枚になりおったのじゃ……調子に乗りおって。面倒この上ないのじゃ』
と、包女の瑪瑙を称賛する言葉に筒音が渋い声色で答えるほどだった。
特訓の最中、実戦を想定した試合形式をしていた時のこと。疲弊と油断さえしてなければ筒音は瑪瑙には実際として勝利を納めていた。ところが日を重ね、特訓を重ねるにつれ段々と押されることが多くなってきていた。
少しでも調子を崩すと負けをきするほどだった。
包女は渋い顔で思い返しているであろう相方に頬を緩めながら話を続けた。
「面倒といえばこの間の食事の時に初めて聞いたけど、悟月くんには本当に驚かされてばかりだよね」
そう言うと筒音の狐耳がピクッと動いた。しばらくして、包女をゆっくり見上げてから口を開いた。
『九津か。あいつはのぉ…確かに最初に会ったときから不可思議な奴だとは思っておったのじゃ。そもそも奴の回りは特殊な者が大過ぎるじゃろぉ…妾達を含めてな』
筒音の皮肉っぽい言い草に「ふふっ、そうだね」と包女も思わず笑った。
「魔術や呪術とかにやたらと詳しいし、かと思ったら身内に〃天使〃までいるんだもんね。私は私以上に非日常的な人、初めてみたよ」
『妾が初めて現れた時や、瑪瑙が現れた時もそうじゃろぉ。驚きはするものの嬉しそうな顔をしとったしのぉ。非日常に慣れすぎじゃ』
初めて包女と筒音、瑪瑙と出会った時を思い出し、狐姿には似合わない溜め息をつくような仕草をみせる。
頭の中には行き当たりや誤解、そして本人がそうと知りつつ面倒ごとに巻き込まれていったあの日々が浮かんでいた。
『しかし非日常に囲まれておるくせにのぉ、欠点と言おうか、弱点と言おうか、とにかく色々と変な奴じゃよ、あやつは』
「そうだね、私達とはまた少し違う変で面倒な物を背負ってるよね。強いて言うなら…」
包女は同級生に当てはまるような上手い言葉を探す。多分これで良いだろう、と筒音を見る。
「難点……かな。欠けてるわけでもなく、弱いと言うほどでもないし」
『ただし、非日常を知っている身の上には難しい身、というわけか。なるほど、確かにその通りじゃな』
顔を見合せ一人は穏やかに、一匹は牙を見せ笑う。脳裏に共通の人物を思い浮かべながら。
「あ、お父さん達が戻ってきた」
話をしている間に時間が来たようだ。現在席を外していた父親と鷲都の関係者の姿を包女は見つけた。
これから自身達が向かうのは術の最高峰がつどいし場所。
自身達のやってきた全てをかける場所。
「頑張るからね、筒音」
『そんことは知っておるのじゃよ、包女』
そして言葉は無くとも、遠く離れた自身が帰る場所に居る人達を想い歩き出した。
────
六月末日、学校──昼の長期休憩。
校舎の一年教室の並ぶ一階、その中心部にあたる玄関付近に設けられた生徒指導準備室にて。
「悟月は緑茶で良かったな」
兜 耕蔵は九津に湯飲みを見せながら尋ねた。
尋ねられた本人、九津は「ありがとうございます」と短く答えそそくさと自身の弁当を広げた。
「今日は珍しいじゃないか、昼間に、しかも一人でこっちに来るなんて」
「一人の時だってありますって」
兜が渡してくれる湯飲みを受け取りながら九津は言葉を濁す。疑問符を頭の中で思い浮かべた兜は、それでも慣れた手つきで今度は自身用ともう一つ茶を入れる。
「最近ここに来るときは鷲都も一緒が多かったろ?」
「はぁ、まぁ、ですね。でしたね」
気軽に続ける兜にさらに言葉を濁していると笑い声が聞こえた。
「鷲都さんなら家の事情で今日から休み明けの月曜まで欠席なんですよ、兜先生」
今まで静かに兜の手伝いをしていた九津の担任、天道 星継が代弁した。
「そうかそうか、なるほどな」
兜は納得したように頷き、天道の側に入れたお茶を置く。
「それならそれでなぜ濁す必要がある?別にそのまま言ってくれたらいいだろ」
兜は九津に向き直った。
兜に見られ、まるで空を仰ぐように視線を合わせようとしない九津は、居心地が悪そうにお茶を啜った。
「それがですね……」
咽を潤し一息ついて、ようやく九津は箸を持つ手を弄びつつ口を開いた。
最初の短期休憩時にて、教室でのこと。
「悟月、彼女が休みで寂しいだろう。けどな、俺達は同情しないぞ」
背中を級友に叩かれたのが始まりだった。始まりの疑問、それは。
「え……彼女?」
思わず口から出た。さらに眉が寄ったのを実感する。
「鷲都さんのことだよ、鷲都包女さん」
何を惚けてるんだとでも言いた気な級友は、わざとらしくまた叩く。
叩かれた所を意識するよりも四月にもそんな誤解があったような、と内心で苦笑してからやんわり否定する。
「居ない間にそんな風に茶化して呼んだら鷲都さん嫌がるんじゃない。バレて怒られんの嫌だよ、俺」
しかしその級友は「んなわけあるか、馬鹿月っ」と一笑い。
「四月のときはともかく、ゴールデンウィーク明けからは隠せてねぇって。せいぜい独り身を痛感して彼女の有り難みを知るんだな」
と捨て台詞じみた言葉を残して手を振り去っていった。
五月。何処の誰が見てたのかわからないが、あの頃噂が再発したのは確かだ。九津は頬が痒くなるのを感じた。
次の短期休憩時。ふと気がつくと隣の女子の席から消しゴムが落ちるのが見えた。本人が取るより先に拾い渡してやる。と、
「ありがとう、悟月くん」
笑顔を返されながら「でも……」と少し俯かれた。と思いきや、バッと顔を上げ、
「あんまり鷲都さんのいないところで女子に優しくし過ぎは駄目だよ。鷲都さんに変に誤解されるかもだし」
今度は真顔で言われた。苦笑いぎみに「誤解って…何で?」と薄々察することもあったが、尋ねる。
「わかるでしょ、もう。私が鷲都さんに怒られちゃうんだからね」
怒られちゃうんだからね、と言いながら笑った級友の女子が、九津は未知の生物のように思えて不思議だった。
その後も事ある毎に「嫁さん」だとか「奥さん」等、もはや冗談が最上階までかけ上がったとしか思えない代名詞を使われ焦った。
どこをどうしたらそうなるんだ、と。
そして、いちいちそれらに反応していたら疲れるだけだと昼の長期休憩を前にようやく気がついた九津は、弁当くらいはゆっくり食べるたいと思い、早々に教室を抜け出し今に至る、と語った。
「そうか……まぁ、なんだ。青春じゃないか」
自身の茶を啜りながら兜は告げた。歯切れが悪いのは励ますほどのことでは無かった事実と、それでも聞いてしまった以上は返答が必要だと感じたためだろう。
「本当に五月以降からは見かける度に二人で一緒に行動しているみたいだしね」
天道も誤解されても仕方ないよ、と一言を添える。
「それについてもいろいろあって……」
弁当を頬張りながら九津が喋る。いろいろ、とはいろいろある。
純粋に包女と会話をするために一緒にいるのは本当だからだ。しかしながら内容は色気とはかけ離れていることがほとんどだ。
特訓での反省と今後の対応策の議論。瑪瑙を含めたお互いの評価と予定の相談、等々である。
あと一緒にいる理由として加えるなら筒音の存在があった。
『人間の勉学に付き合うのは疲れるのじゃ。腹も減るしのぉ……妾も何か食べたいのじゃ……』
と、高校生活に慣れ始めた筒音がぼやきながら憑依を解きたい、狐の姿で実体化したい、と言い出したのである。だから事情を知っている二人で揃って移動することが多くなったのだ。
流石に魔術がどうの、妖怪がどうのと「非日常的事情」は言い訳に使うわけにもいかないため、結論として「いろいろ」となるのだ。
「今日はそればっかりだな、悟月」
「そればっかりです。お腹は空いてるんですけど、申し訳ない気持ちは一杯です」
話しながら兜も弁当を広げた。
天道は茶だけを啜り、今の二人の会話を聞いていた。そして窓越しの空に視線を動かした。
「ああ、だいぶ雲ってきましたね。放課後あたりかな、降り始めそうですね」
雲の流れを見つめ、そう呟いた。天道の声に二人も揃って窓の外を覗いた。
九津も灰色に染まる雲の向こうに、鈍よりとした黒色の雨雲を見つけた。
「本当だな、予報以上に早そうだ」
「雨か、どうしよう。放課後は人と合う予定なんだけどな」
「そうなんだ。校外の人?」
「知り合いです。教えてほしいことがあるって言われてて。晴れがいいとは言わないけど、雨はなぁ……」
「雨だと都合が悪いのか?」
「外のほうが都合がいいんですよ」
「でも、まぁ、梅雨明けまではこんな天気だよ。どうしてもなら日付を変えてもらうとか?」
と、天道が提案する。九津は思案してから、
「とりあえず約束は守りたいんで、きょう会いに行きますよ」
と、九津は答えて弁当の続きを口に運んだ。
「うん、それがいいだろう。相手さんだって都合があるだろうしな」
兜も自身の弁当を咀嚼しながら頷く。そして、
「そう言えば天道先生は今日は愛妻弁当ないんですか」
「ああ、今日はちょっとね」
「天道先生はまだ新婚だったな。今が一番楽しいんじゃないか」
と、誰ともなしに話始め、男三人でだらだらと昼の長期休憩を過ごすのであった。
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六月末日、帰宅路──放課後。
少し離れた景色を容赦なくかきけすほどの大雨が降り始めたのはつい今しがただった。
鯨井 光森は憂鬱な気分に包まれながら校舎を出て正門を抜けた。
この高校の校舎は小高い山の上にある。そして駅のあるふもとの商店街までは高校生の足でも約二十分ほどかかる。その間、この大雨の中を歩くのかという想いがますます光森の顔を険しいものにした。
「ああ……ついてないぜ、ったく。予報通り、もう少しずれてくれりゃ傘も差さずにすんだのに」
透明の安物の傘を開き、一歩を踏み出した。
「くそ……」
すでに小さな水溜まりがいくつも出来ていた道路は、光森の進行を妨げることは無かった。しかし確実に不快にはさせた。「最悪だ」の言葉を雨音に隠し、あとは前だけを向き傘を突きつけるように歩き出した。
この高校名物の山を巻くような坂道を下ると目の前に横断歩道が見えてきた。これを越えたらもう駅だ、というところまで来た証拠だった。
足元はすでにずぶ濡れ状態。気持ちを悪いのをこらえながら光森は、雨の勢いに負けず赤色を輝かせている信号機を恨めしそうに眺めた。
「早く変われよ」
祈るように、愚痴るように、言っても仕方がないと理解していても言わずにはいられなかった。と、その時だ。
「あっ!九津さぁん」
雨音を貫くように甲高い女の声が響いた。声の主はどうやら向こうに居るらしい。あまりよく見えなかったが声と影から髪を二つに束ねた小柄な少女のように見えた。
そしてよく見れば、こちら側には光森以外にも同様の制服を着た男が居ることに気づいた。
あの声の主はこの男に声をかけているらしい。チラリとだけ視線を向けたが雨と傘で全く顔が見えなかった。すると、
「あれ?鵜崎ちゃん?」
隣からそう聞こえた。
ウザキ、と言うのはおそらく向こうの少女の名前だろう。また視線を横断歩道の向こうにやる。
彼女か、どうでもいいが。と、光森はそこまで考えて一つ思い当たる出来事があった。
ココノツ。
記憶の中で聞いたことがあったのだ。光森は記憶を手繰りよせるように瞼を閉じた。
どこで聞いたか。どこかで聞いたのだろうか。最近ではなくわりと前のような。
「ああ…そうか、あの時だ」
男の横顔はよく見えないが確信はもてた。そもそも顔を知らなかったので重要ではない。
ただし、間違いなく名前は聞いたことがあった。
ココノツ。サトヅキココノツ。入学式でいきなり呼び出しをくらっていた新入生。
進級し、運悪く入学式の設営委員として駆り出されてしまったあの時、片付けの最中に聞いた名前だった。
それが金髪の一年生、サトヅキココノツ。
おそらく向こうから金髪でも見えたのだろう。もしくは遠目にわかるほどの親しい仲かもしれない。光森は一人でそう結論づけ納得した。
体の湿り気や濡れた足元で気分は最悪だったが、そのぶんを差し引いて頭の中のモヤがかったものが晴れたのは気持ちが良かった。
こうして多少なり気をよくした光森は二人に対して早々に興味を失い、点滅し始めた信号を見つめた。
「こんな日は長く感じんな」
青になったのを確認して歩き出す。隣では男子生徒こと九津が向こう側の女子、鵜崎の元へと駆け出した。
走るなよ、飛沫がこっちにくるだろう。心中で毒づいていると、
「ちっ」「おっ、お」「うわぁぁ」
風が吹いた。
強い雨の中、強い風が、三人を巻き込むように。
思わぬ出来事に舌打ちしながら光森は傘を握る手に力を込めた。強い風に傘が持っていかれそうになる。
その時だ。
「うあああああ、しまったのですぅっっ」
鵜崎という少女の叫びが聞こえた。ふと見ると傘を飛ばされたらしい。
そりゃ、そうだろう。光森は苦い顔をしてそれを見た。
走り出す九津を見ながらあの鵜崎という少女は、片手をブンブンと振っていたのだ。
あの突風ならばそんなことをしていれば飛ばされても仕方のない事だろうと思ったからだ。
光森は本人の自業自得と無視を決め込み歩こうとした。その瞬間、
「あ?」
思わず自身の目を、自身の目の端に映ったモノを疑ってしまった。
何故ならあの金髪の新入生、サトヅキココノツが消えたからだ。いや、正確には消えたように見えたのだと瞬間的に遅れて理解した。
そして、それほどまでに素早い動作を見せたサトヅキココノツは飛ばされるハズだった鵜崎という少女の傘を無事に突風から取り戻したのだった。
まるで何事もないかのようにやってのけていた。
「はい、鵜崎ちゃん。気をつけて」
「ありがとうなのですよ。うう…しかし、一瞬とは言え随分と濡れてしまったのです」
「ハンカチとかある?俺のでよければ使う」
「ふふふのふ。この防水加工バッチリの鵜崎特製黒バッグに抜かりはないのですよ」
渡す素振りも平然としていて、相手も気にした様子も無い。本当に見間違いだったのではないかと思うほどだった。しかし、鵜崎という少女は傘を一瞬失ったためかなり濡れている。それが傘を飛ばされた事実を物語っていた。
もし、万が一、今のが見間違いではなかったとしたら。
あの九津の見せた尋常ではない速度の動作はなんだったのか。
他に誰か見ていないか回りを見渡す。視界が悪いうえに人通りが途絶え、他には誰も居なかった。
どうやら見ていたのは光森だけらしい。光森は意を決したように九津へと声をかけた。
「おい、お前。サトヅキココノツだよな、新入生の」
横断歩道の真上で突然に声をけられた九津は、不振そうに光森の方を向いた。はっきり正面から向き合い解った事だが、本当に目立つ金髪だ。
二、三度回りに首を振って辺りを探るようにしてから自分のことですか、と尋ねるように傘を持たない方の手で自身を指差した。
「そうだよ、お前だよ」
「エエと、何ですか……と言うよりも、どちら様?何で俺の名前を知ってるんですか」
九津は相当警戒しているようだ。鵜崎という少女を背に隠すように移動した。見ず知らずの人間に声を突然かけられたのだ、当然の反応だろう。
そんな九津の言葉を光森は無視して口を開いた。
「お前、今、その傘どうやってとった?飛ばされたはずだろ?まさかお前…」
疑問点はなんだったのか、どこだったのか関係なくなってきた。とにかく光森は一つだけ、どうしても聞かなければならない衝動にかられていた。
「超能力でも使ったなんて……言わないよな」
人並み外れた速度と動作をなんと説明してくれるのか。
光森は金髪の新入生、サトヅキココノツに答えを求めた。