第七話 『下級生・転』
『フン、九津。引き受ける、だと。お主の事だ。この娘の使った術を間近で視てみたいなどと思ってるのじゃろう』
九津は自身の背後から筒音が呟く声を聞いた。声の調子から呆れ気味な意思が伝わってくるようだ。
「いやいや、そんなことは」『しかし、助かったのも事実じゃ……すまぬな』
慌てた九津を遮るように筒音は続けた。
一瞬こそ聞き違いかと思ったが、フッと力を抜くと九津は手の平をふらつかせた。
「大丈夫だとは思うけどね、さすがに友人の相方が傷つくのを黙って見てるようじゃ……申し訳がたたないから」
そう言うと口端をあげて自身の家族や師匠である月帝女を思い浮かべた。そして、何故助けに入らなかったと問われた後を想像して「殺されるな……本当に」と冷や汗混じりに一人呟いた。
「それにあんまり調子でないんじゃない?」
『気づいておったのか』
「何故、何故っ。邪魔をするのですか、お兄さんっ」
九津と筒音の間にしばらく唖然としていた瑪瑙が我に戻ったのか口を開き猛然と入ってきた。九津は光を纏った万式紋を構え直した。
「今言った通り友人の相方なんだ。危険な目に合いそうなら助けるってのが筋じゃないかな」
瑪瑙に対して挑戦的ともとれる態度で微笑んだ。
いったい何故。あんな野望─多少誇張されている─を語られてなお、その妖怪を守るのですか。
明らかに瑪瑙の表情はそう物語っていた。
九津もどう説得したものかと考えていたが先に瑪瑙の答えが導き出されたらしい。砂利を鳴らす勢いで立ち居を直し宣言した。
「わかりましたっ。お兄さんは操られているのですねっ」
「…………そうきたか」
瑪瑙の頭の中で精神操作等をされている可能性も出てきたようで九津はまた違う汗を流した。
とりあえずあれだ。瑪瑙を落ち着かせて話を聞いてもらわないといけない。その為にはまず時間を稼がないと。
九津は動こうとした。しかしそれより早く瑪瑙は動いた。
「アライグマより手荒いことになるのですが……先ずはお兄さんを拘束するのです」
瑪瑙は数歩ほど後退し九津を中心に円を描くように走り出した。その片方の手には「式神くん二号」が握りしめられていた。
「まだ使えるんだ、式神の術」
「万能式八百万の神型、通称〃式神くん〃なのです!我・宿・命・来……てぁっ、いくのですっ!二の三号くん」
律儀に瑪瑙は九津の質問に返答して呪術を発動させる。これで九津に対する式神は二枚になった。瑪瑙としてはここまですれば九津を翻弄するるとが出来、拘束するための隙が生まれるのでは、という思惑があった。しかしそこまでやって瑪瑙は気づたようだ。
最初、九津にたいして仕向けた「式神くん二号」が飛んでいない、ということに。
「あれ?そう言えば二の二号くんがいないのです」
「それならゴメン、ここだ」
「あっ、あああああ!」
いつの間にか九津の左手にピクピク動く「式神くん二号」の姿があった。
「攻撃してこないのに破いたりするのは悪いと思って捕まえてた」
二枚目の「式神くん二号」を避けながら言う。瑪瑙は「うぬぬ」と唸りながら一旦立ち止まり適度に狙いを定めて水鉄砲の引き金を引いた。
やはり感覚にだけ響くような音を肌で感じた。そして九津の目に鮮やかな緑色の直線が伸びてくる。
九津はそれを嬉しそうに万式紋を振るって防ぐ。と、その隙を狙うかのように機械的に「式神くん二号」が飛んでくる。
射たれる、防ぐ、飛んでくる、避ける。射たれる、防ぐ、飛んでくる、避ける。
「ねぇ、君。俺に遠慮せずにもっと呪術を使いなよ。でなきゃ俺は捕まらないよ」
単調な攻撃に飽きたのか九津が今度は挑戦的な言葉を言いだした。しかし相手をしている瑪瑙の方は焦りが出ていた。
予想以上に人並みならない動きをする九津にたいし警戒心を高めた様子さえ伺えた。
二人の攻防を自身に迫る「式神くん二号」をいなしながら見ている包女は「あの動き……凄い」と驚いていた。単調、とはいえども常人からしてみればほぼ同時のような攻撃なのに、と。
その上、包女も気づかない間に「式神くん二号」を捕獲していた。
出来れば後学のためにもっとしっかりと眺めていたい、というのが包女の本音だった。
「遠慮等したつもりはなかったのですが……」
瑪瑙は射つのをやめた。自身と九津の位置を確認しているようだ。
「馬ではなくて、仕方がないのです。戻ってください式神くん」
飛ばしている二枚を戻した。現在捕縛中の一枚も「解」と唱えるとピタッと動きが止まった。
「筒音っ」
自身の相手をしていた「式神くん二号」が居なくなったので包女が「大丈夫っ」と筒音に駆け寄った。
筒音は肩をすかして応えた。
『見ての通りじゃ。……無傷とは言いがたいが、大事がないのは九津のお陰じゃな。が、疲れてなければ妾でも充分に相手をしてやれたものを』
心配そうに自身を見る包女に不満顔をする。包女は「平気そうだね…無事なら良かった」 と安堵し、すぐに九津と瑪瑙を見た。
「式神くん二号」を戻してからしばらく動かなかった二人だが、先に瑪瑙が動いた。水鉄砲を引き寄せ銃口を上に、左手は独特な指使い、「印」を結んだ。
それを見た九津は、嬉しそうに待った。
「五位行あって一つは地走り」と囁くように先ずは一つの句を発した。結界を看破したときと同様の術式だ。すると背中のバックから短冊形の黒色の札が飛び出してきた。
「一つは金飾り」二つ目の印。今度はバックから白色の札が出てきた。
「我が関する五位行最後の一つは水明かりなり」 と、 最後と称した印を結び青色の札が現れた。
「……いいのですか?じっとしてて。完成……しますよ」
「するね、でも三位までって……未完じゃない?あっ、そうか。だから式神くんは三枚までなんだね」
「……その手の知識に詳しいのですね、お兄さん。本当に操られているんですか?……いえ、その動きは操られてはいるようには思えないのです。なので疑問は山ほどあるのです。しかしお話はこれが終わってからにするのです。おっしゃる通り、私は"まだ〃三位〃までしか使えないのです」
淡々とされる会話の中で、一区切りを打つように瑪瑙は語った。その間にも目に見える呪術となり呪力が高まっていく。
九津は瑪瑙を包む緑色の気配、「呪気」の強さに武者震いを覚えた。
本当に強い者の「気配」を受けたときに負けないよう体が自動的に波長を合わせようとする人の本能がそうさせたのだ。
そして、それは一般的には「防衛本能」と呼ばれていた。自身を守るための本能、自身が生き残るための本能、と。
つまりは、強者から逃げろ、と体が言っているのだ。
しかし当然ながら包女のときと同じく九津に逃げる選択肢は無かった。
だって逃げるなんてもったいないから。わくわくしてきたから。
九津はただ完成するのをジッと待った。
瑪瑙はプラスチックの銃口を九津に向け狙いを定める。
飛び出して浮かんでいた三枚の色札は左に黒色が、右に青色が、銃口の先に白色がとどまる。やがて薄い緑色の光がその三点を結んだ。
繋がるのを待っていたかのように印を結んでいる左手からは水鉄砲そのものを貫くように緑色の光が力強く伸びる。
さながらその形は弓のようだった。
「おおっ、凄い。呪力の術式は〃形から入る〃とは言うけど……弓かな?ってことはイメージは破魔の矢あたり?」
「なのです。とりあえず私は鵜崎流…まぁ我流なのですが鵜崎流呪術式・五行破魔矢略式と呼んでいます」
瑪瑙の言葉と緑色の渦巻く力の気配の波動を一身に受けながら九津はようやく構えた。
「これが私の全力なのです」
そう宣言する瑪瑙。九津はそれを不遜とも余裕ともとれる態度で立ち聞いていた。
対峙する二人を眺める包女と筒音もまた動きを無くしていた。
「……まだあんまりはっきりと視る事は出来ないけど、凄い力の流れが……わかる、感じる。この感覚が呪力。そしてこの溢れる気配が呪気」
包女は呟いた。
『妾も感じるのぉ。さすがに呪術式を完成させたのは厄介と思うのが普通じゃろ……』
と筒音が返した。しかし二人とも理解してしまっていた。
『がっ…じゃ』「多分、間違いないよね」
「『どうしても見たかったんだね(じゃな)あの(小)娘の力を』」
顔を見合わせる包女と筒音。一度ため息をつき、困ったように笑い合い、仕方の無さそうに成り行きを見守ることにした。
「お兄さん。その不思議に光る道具で防げると踏んでいるならマグロのとれない大間違いなのですよ。この矢は…〃全て〃を祓います」
そう言って瑪瑙は歩幅を弓を放つ姿勢に合わせる。いまだに動く気配の無い九津に多少苛立ちを覚えたのか口上を続けた。
「祓う、というのは〃取り除く〃という意味なのです。さらに取り除くという意味に対して水鉄砲から射水という言葉を持ってきているのです」
「ああっ、なるほど、だから水鉄砲かっ。射つ水で〃いみず〃…いい発想だ。掛詞は呪術の基本だもんね」
「そこまで理解していただいてるのなら話は早いです。射水を意味する祓いの破魔矢。お兄さんがどういう術をもって消滅させたのかわかりませんが…この矢はそれさえ祓い除ける自信作なのです……いくのです」
瑪瑙はそう告げる。と、これ以上の前触れもなく矢を放つように左手の印を解いた。
今まで以上の感覚的衝撃が九津や包女達を襲った。そして呪気が溢れる緑色の光の矢が九津を目掛け狙い来る。
迎え撃つ九津は輝く万式紋を両手に肘を上げ水平に構えた。そして、踏み出す。
「本当に…真っ向から突っ込んでくるのですね……」
小声で瑪瑙は呆れたように呟く。と、「散っ」と叫んだ。すると放たれた光矢が九津にぶつかる寸でのところで三方向に別れた。
「おっ」
九津の突撃をかわした光矢は、また一つに戻ろうとするかのように九津の背後で鉤状の曲線を描き集束していった。
誰もが「当たった」と思った。
包女は口元を両手で抑えた。
が、その瞬間。九津の姿がぶれて見えづらくなってしまった。
「また、あの動きっ」『フム、早いな』「っな」
直ぐ様そのぶれた残像のような姿はは戻った。だが、三人がそれを視認した時には既に瑪瑙の放った光矢は残らず掻き消されてしまっていた。
「ふう……」
そして一人、何事も無かったように一息つくそぶりで額を伝う汗を拭う九津。
「いや、操作されるだろうって想像はしてたけどまさか分裂までするとは思わなかったよ。流石自信作ってだけのことはあるね。凄いやっ」
汗を流してはいるが何食わぬ顔で瑪瑙を賞賛した。
しかし瑪瑙にとっては賞賛を受け止めるどころでは無かった。当然だろう。今現在、自身の〃自信作〃が効かなかったのだ。
力無く、言葉を無くした様子の瑪瑙は少しふらついてから、ペタンと座り込んでしまった。
「そんな、そんな…どうやって。あんな動き…なんの術式も用いった気配も無かったはずなのに…」
と、うわ言のように呟く声が聞こえた。そんな瑪瑙に九津は万式紋の輝きを消してゆっくり近づく。
「あの…一応これで勝負あり、でいいかな?」
なるべく気を遣うべく穏やかに聞こえるだろう声色と笑顔で尋ねた。脱力し、ぶつぶつ呟く瑪瑙の姿に九津は先程までの高揚感はすっかり消え、僅かな罪悪感を抱いた。
「……んで……らない」
瑪瑙はすぐには答えなかった。今度は沈黙に耐えながら九津は待った。すると、
「なんで、なんでなのですかっ。わけがわからないのですっ。そんなに強いのにっ、そんなに知識があるのにっ、お兄さんはなんで妖怪の仲間なんかをしているのですか!間違ってます」
瑪瑙はそう叫ぶ。
「ええとね、さっきも言ったけど友人の相方なんだ。悪ふざけはしても悪いことはしないよ」
「でもっ、妖怪なのですっ。最強になるという危険な思想も口走っているのを聞いたのですっ」
「人間だって夢や野望、向上心くらいはあると思うけど」
「それでも相手は得体の知れない妖怪なのですよっ。人間では……ないのです」
感情が高まったのか肩で息をする。座りながらも九津に訴えかける顔つきには僅かながら力が戻ったように見えた。
そんな瑪瑙の視線を遮るように瑪瑙の前に立つ人物が現れた。そして。
パン。
瑪瑙の頬が叩かれる音が響いた。乾いた空気に響くその音は、力ではなく別の何かが込められていたように聞こえた。
叩いたのは包女だった。
「あなたね、さっきから妖怪、妖怪って……確かに筒音は妖怪だけど全然危険なんかじゃないのっ。全ての妖怪が悪いみたいに言わないでっ。少なくとも私の方が筒音のことをよく知ってる。会ったばかりのあなたが筒音のことを決めないでっ」
包女はそう言うと、呆けたように自身を見つめる瑪瑙に高さを合わすように膝をついた。瑪瑙の両頬を挟み、視線を外すことを許さないとでも言いたげに続ける。
「不安で押し潰されそうな時に私とずっとずっと一緒にいてくれたのは他の誰でもない…筒音だったんだよ。普段は恥ずかしいって嫌がるから〃相方〃なんて言い方で誤魔化してるけど……私たちは〃親友〃……ううん。〃家族〃なのっ。それを理解していた上でまた筒音に手を出すなら…」
最後は言葉では無く、強く静かに包女は宣戦布告の如く相違色の瞳に力を宿すことで伝える。
曰く、「私の大切な人に危害を加えるようならば容赦はしない」と。
包女の言葉と威圧を放つ雰囲気、それに違和感程度とはいえ痛みをもつ自身の頬の感覚に瑪瑙はまだ呆けているようだ。
『小娘』
そこへ筒音も声をかける。瑪瑙は体を一度震わせてから黙って首だけを向けた。
ようやく自身の言葉が通じたようで筒音は満足そうに口を開いた。
『妖怪の全てが人間にとって善しとなる者達ばかりとは妾も言わん。しかしじゃ。得体の知れぬとは人間とて同じじゃろう?』
筒音の言葉にどういった思いを受けたのか目を伏せた。
『それでも納得出来ぬと言うのであれば、妾は妾の名〃筒音〃とその〃包女〃の名にかけて宣言してやろう…この人の世でお主の考えるような悪事はせぬ…とな』
「妖怪…さん」
瑪瑙が筒音に驚いた表情を見せた。
『超越変化が得意な妖怪も、家族だ親友だなどと言うお人好しを困らせるようなつまらぬ真似は嫌いでのぉ。妖怪という種族は楽しい方が好きなのじゃ』
不遜な態度は変わり無く、けれどもどこか人懐っこそうに筒音は口の端を持ち上げシシシと空気を鳴らした。
「あの…妖怪…さん」
『筒音じゃ』
「筒音…さん。…その………ごめんなさいなのです」
瑪瑙は絞り出すように呟いた。。
────
鵜崎瑪瑙が呪術の才能に目覚めたのは、物心ついていろいろな書物─絵本を始め漫画や小説─を目にし、自身の弟妹と「ごっこ遊び」をしたあとだった。
昔から不思議なことは幾つかあったのだ。自身が発音する「五十音」の中に時々だが「色」や「香」が混じるから。
しかし他の誰に聞いてもそんなことはない、と一蹴されていた。
それにつれ、なんだろうと考えたりもしたが色がつくことも少なく、香ることなど意識しない方が多かったので気にしても仕方がない、と考えるようになっていった。
ところが時が経ち、不思議だった疑惑は可能性という確信を得始めた。
最も初め、確信に近づいたのは画面の向こう側で陰陽師を活躍させることを設定した物語が流れ、それが瑪瑙を含め周囲に影響を与えた頃だった。
ようは「陰陽師」という存在が流行ったのだ。
鼻唄を奏でつつ呪符に見立てた習字用紙を用意し、文学書に書いてあった呪文を自分なりに応用し、インターネットや長老者達の口説から学習した印の結びや習わしを実行していると…出来てしまったのだ。初めての呪術が。
それはほんの少し緑色の光が浮かびあがり、自身で感じ、視る事が出来る程度だった。
しかし瑪瑙の中で確かに緑色の光が不可思議な力の発端だということを理解していたのだ。
昔から感じていた「色」や「香」をより鮮明に感じることが出来ていたから。
さらに繰り返すうちにいろんな活用を見いだした。人形に切り抜いた画用紙は「香」を移し呪文を唱えれば自在に飛ばせし、緑色の光は他者に対しある変化を伴う効果があることもわかった。他にも「色」の濃さで強弱を、「香」の具合で影響範囲を、等いろいろ。
そして思いがけない自身の呪術と、向上する楽しさの果てにようやく気づいた事実があった。
こんなの普通ではない、ということだ。
物語やテレビ画面の向こうではそんな力を一般的に使っている人間はどのような扱いを受けただろうか。作品の設定や内容にもよるところはあれどまるで腫れ物を扱うような物が多かったのではないか。
それならましな方で家族と一緒にいられなくなったりするのではないか。友達ともいつも通りではいられなくなるのではないか。
普通ではいられなくなるのではないか。
そんな考えが瑪瑙を支配するようになった。
そんなのは当然、駄目だ。瑪瑙にとっては選ばなければならない選択肢は一つだった。
この呪力とこの呪術は自身だけの秘密にしよう、という選択肢が一つ。
そうして覚えたての術式は「おまじない」であり「のろい」とも呼べる約束という名を冠した呪術と共に、瑪瑙一人の秘密の中で洗練されていくのであった。
瑪瑙が自身に課した約束事とは。
この秘密の能力を使うのは「正しいこと」のみにしよう、という自身に課せた大切な想いだった。
そしてある日、ある場所にまつわる、ある噂話が耳に入ってきたのだ。
四月の中頃を過ぎた頃だった。
自身が違和感を感じたあの日から、得たいの知れない何かが起こり始めているのではないか、と不安がよぎるのだ。
だから確かめに来た。
すると案の定、最強を志す妖怪がいた。仲間とおぼしき男女がいた。
この妖怪を見過ごしたら町が、家族が、友達が危ないという可能性を「想像」し「連想」し「発想」してしまった。
止められるのは自分しかいない。この行いはやるべき「正しいこと」なのだと思った。
満を持して妖怪の前に飛び出したのだ。
そして────。
────
「四月の中頃って……もしかしてあれかな?」
「私達がここでやったあれしかない…よね」
「確かにあの時の鷲都さんの魔力、とてつもなかったもんなぁ……結界が揺らいだりしてもおかしくないや」
「なっ。だってあれは悟月くんが挑発するから……私だって誤解はあったのかも知れないけど…」
まともに話せるようになった瑪瑙からここまで来る事となった経緯を聞いた。それから導き出される答え、噂話はどうやら自分達が原因のようだった。
「あのぉ……」
二人が互いに困ったように黙りこむと瑪瑙が控えめに声をかけた。
「四月のあの日に感じた力の気配はお二人の気配であり、妖怪さん……筒音さんは関係無い、と言うことでよいのですか?」
顔色を伺うように二人を見て、最後にチラッと筒音を見た。
『フム。全く関係が無いかと言うとそうでもないのだがのぉ……』
筒音は視線を浮かし、頬をかいた。そこへ。
「「ごめん(なさい)っ」」
九津と包女は同時に瑪瑙に謝罪の意思を表した。瑪瑙は突然自身より年上の人間が頭を下げたので驚いた。
「いえ、あの、その」
あたふたと自身の前で手を大袈裟にふる。
「まさかあの日の出来事が巷の噂話になってるなんて知らなかったから…」
「仕方がないのですよ。皆さんも違和感を感じたのでしょう。違和感がきっと広まっていく仮定でつぎはぎ合わすように噂なったのでしょう」
そして瑪瑙自身も最初は辿り着けなかったことを話して「包女お姉さんの一族の方の魔術はとても優秀なのですね」とはにかんだ。
『フム。ではそれを辿り、結界を破ったお主も優秀ということになるのかのぉ?』
場が和んだのを見越し筒音が悪戯をするようにシシシと空気を鳴らした。瑪瑙はそんな風に楽しそうにする筒音に向きなおり、頭を下げた。
「改めてごめんなさいなのです。私が本当に優秀な人物ならきっとこういう誤解は避けられたのかもしれないのです」
筒音は腕を組み頷く。
『わかっておるのであればよい。お主も今回の事で人の話を聞くことは覚えたじゃろう?』
歯を見せるように三日月型をつくり言った。瑪瑙は微笑みながら頷き応えた。
瑪瑙と筒音が完全に和解した瞬間だった。
と、ここで、本当に落ち着きを取り戻したというところで、初めて呪術師との戦いを済ませ、その呪術師から話を聞きたくて仕方がなかった九津が一人ソワソワとしていた。
「ところでさ、君…えと、鵜崎ちゃん」
嬉しそうに話始める。「なんですか?」と首をかしげ答える瑪瑙。
「鵜崎ちゃんの呪術、独学みたいだけど…とっても凄いね」
楽しそうに話始める。
包女と筒音はお互い顔を見合せ苦笑いした。
「とりあえず疲れたし座ろう?悟月くん、瑪瑙ちゃん」
『妾は勝手に座るがな』
と腰掛け始めた。瑪瑙は続いたが高揚した様子の九津は立ったままだ。
「独学だけであれだけの力を行使出来るってことは、才能以上にとても努力をしていたんだね」
両手を広げ、体全体で「凄い」を表現しているようだ。そして「まるで鷲都さんのようだ」と小さく呟いた。
「まずその髪型。ツインテールを結ぶシュシュは白と黒で簡略型の陰陽図を現してるんだよね」
「なんとっ。お分かりですかっ。そうなのですっ、二を表し陰陽を示す。呪術の基礎であり基本であり基準なのですよっ」
九津と瑪瑙は何故かハイタッチをした。
「へぇ」『ほぉ』
そこへ包女と筒音は穏やかに相づちを打つ。子供の自慢話に付き合う親の心境で。
「言葉使いもだよね。掛詞を普段から用いることで色んな意味を言葉に含ませる事が出来るようにしてるでしょ」
「おおっ。さっすがそれもお分かりですか。〃なのです〃もそうなのです。呪詛でよく使われる神名や役職を表す〃名〃と範囲や場所を示す〃埜〃を意識してるのですよ」
またハイタッチをした。今度は両手だった。
「そうなんだ」『意味などあったのか』
九津と瑪瑙の解説に驚きを隠せない二人。
他にもあれやこれやと解釈、解明、解説をし、その都度ハイタッチをする二人が満足する頃には全員のお腹がなり始めた。
今は連休初日の正午過ぎ。
予定では三人は悟月家で昼食を摂る事になっていた。九津の母、輝との約束であったから。おそらくそろそろ首を長くするように待ち構えていることだろう。
「じゃあ時間も頃合いだし、行こうか。そうだ、昼御飯なんだけど鵜崎ちゃんも来る?ちょっと移動することになるけど」
「えっ?私は…これ以上ご迷惑をかけるわけにもいかないので」
「迷惑?」
九津は惚けるように瑪瑙の言葉を繰り返した。
「さっきの事?別に鵜崎ちゃんは悪いことをしたわけじゃないだろ。それに誤解も解けてお互い謝れたしね」
と付け加えた。包女と筒音ももはや気にした様子もない。
「いいのですか?」
瑪瑙は少し遠慮がちに尋ねた。
「ん。女の子が来てくれるならうちの母親、大歓迎だから」
「そう…なのですか」
と今度は包女と筒音の反応を伺う瑪瑙。二人はそれに気づき表情と態度で互い互いに応えた。
さらに九津は瑪瑙に向かって懇願するように頼む。
「それに俺、鵜崎ちゃんの独学の呪術の話をもう少し聞きたいし」
「それは是非私もしたいのですが…」
今まで誰にも打ち明けた事の無かった「呪術」の事。それを秘密にしなくてもいい相手が出来たというのは瑪瑙にとっても得難い出逢いであった。
「皆さんが良いのであれば…」
「ん、誘ってるんだから当然」
「私は招かれてる側だから。私の意見より瑪瑙ちゃんの意思だと思うよ」
『その通りじゃ。主宰が言っておるのだ。何を遠慮することがある?それにお主の力を知り、次の勝利の為に話を聞かせてもらうのも悪くないからのぉ』
「……………………はい、なのです。それならば私も包女お姉さんの魔術や筒音さんの妖術のお話をお聞きしたいので、是非に」
そう言って瑪瑙も可愛らしい笑顔を見せた。