目次のような身の上話。
あれは何時だっただろうか。
「九津、お前は魔法を信じるか?」
自身と同様の癖のある金色の髪を揺らし父がそう尋ねたのは。六歳になる悟月九津は父の目を見ながら数秒間だけ考えた。
「ん…」と迷いながら「魔法、使えたらカッコいい!」と年相応にありふれた言葉で答えた。
「そうか、カッコいいか。じゃあ、信じなきゃな。」
「信じてたら使えるようになるの?」
画面の向こう、悪と戦うヒーローに憧れる年代。父の言葉に興味をひかれ目を輝かす。それは『何して遊ぼう』よりもずっと強く、魅力的な言葉だったから。
しかし。
「そう上手くいくもんじゃない」
父は力強く否定した。ナンダソレハ、幼いながらに愕然と肩を落とす息子。それを満足そうに見つめて父は口の端をあげ、とても嬉しそうだった。そして、
「だがな、九津。諦める必要はないぞ」
と、とっておきの秘密を打ち明けるように、今度はニタァと悪ふざけを含めた顔で話始めた。
九津は知っていた。父がこんな顔をするときは決まって本人だけが楽しんでいる、という事を。
だから、正直な話。
六歳児が理解するには難しく、「つまらない」と十分後には一蹴された結果になるのだが、それでも父は満足そうに語り続けた。
ちなみに。
「お父さんは魔法を使えるの?」
九津のつまらなそうな、不満そうな表情でわずかな期待を込めた純粋な質問は、
「フハハ…使えない」
見事に砕かれることになった。
それがある日の悟月家の一日であった。
ただその日、
「それでもオレは魔法を信じてる」
そう言って「信じることは知ることであり、知ることは在ることを証明する事なんだ」と続けたのを九津少年は忘れることはなかった。
それ以前の難しい話を忘れたとしても。
─────
時は流れた。
父と魔法について語り合ったあの日から四年経ち、悟月九津は十歳になっていた。
あれから…信じることが大事だ、と父から聞いてから、信じられないものがそれこそ信じられないほど増えていった。
プレゼントを配るサンタクロースは白髭のお爺さんではなく両親だったし、画面向こうで活躍するヒーロー達は作り物だったし…と数えあげたらきりがないほどだった。
何より一番信じられない事が起こった。
その出来事に対して九津が現実だと思い始めたのは、
「お父さん、どうしちゃったの?」
隣でぼろぼろに泣いている妹、悟月界理の小さな声を聞いた時だった。
今いるここは九津達の自宅だ。そして今、回りには黒色の服に身を装った大人達がたくさんいる。
母が、祖父が、祖母が、叔父達が、皆思い思いに影を背負うかのように集まっていた。
九津は界理の手を強く握って、静かに震えた。
目の前には父の写真。自分と同じ跳び跳ねる金色の髪が輝くような笑顔に似合っていた。
だが、思う。
何であんなもの飾ってるんだ。不可解だった。不愉快だった。
この一週間はなんだったんだ。父の葬儀を慌ただしくしている大人達を見て疑問で溢れかえった。
何で。何で。信じられない…シンジラレナイ。
だけど目の前に父はいない。あるのはその写真のみ。
九津は語りかけることのないそれを、堪えきれない涙と幼い妹の界理と共に見つめることしか出来なかった。
そんなとき。
「やっとついたわ」
突然、玄関から声が聞こえた。かと思うと大きめの足音を鳴らしながら一人の女性が部屋に入ってきた。
九津が見ると深紅の中華風の装飾に身を包み、赤茶色の髪を無造作に後ろで纏め上げた女性がいた。
「悪いわね、輝。遅くなって」
女性は悟月輝こと、九津の母に声をかけた
。
「ううん、来てくれてありがとう。月帝女」
「まぁね。私は〃覚えている約束〃と〃思い出せる約束〃くらいは守る女だからね」
そう言って今度は九津の祖父、祖母、叔父たちに挨拶をかわした。
「二人ともご無沙汰でした。元気そうで何よりです。…にしてもあんたらは…随分大人になって」
叔父達を見て月帝女と呼ばれた女性は懐かしそうに微笑んでいた。
どうやら自分の家族の事を知っているようだ。が、あいにく九津はこの女性、月帝女の事を知らなかった。だから言った。
「おばさん、誰?」
聞こえないはずの空気の割れる音が体に直接伝わる。瞬間。
ガシッ。
そんな効果音と共に九津は頭を鷲掴みにされた。あまりの力強さに「ちょっ、はな、離せ!」と騒ぎたてるが…浮かされた。
「うわあぁ」叫ぶ九津。「あらら」傍観者の大人達。「…」と、もはや言葉もない界理。
ようやく緩められた握力は九津に重力を取り戻させた。床に落とされ、腰が抜けたように九津は月帝女を見上げた。
「何すんだよ」
しばらく九津を見下ろした月帝女は自ら屈み、クシャッと九津の頭を撫でた。
「本当に父親にそっくり。ってか、輝。あんたの要素がまるっきりないんだけど?」
「えっ!嘘?そんな事ないでしょ」
気がすんだのか立ち上がると、また母と会話を再開した。
結局誰なんだ。
「一体おば……お姉さんは誰?」
九津は小学生の最大級の気遣いで聞いた。
もう一度九津と目を会わせながら月帝女はニヤリと笑う。
「私はあんたの父親の知り合いみたいなもんよ。それよりも私はね、あんたに聞いておきたいことがあるのよ」
九津は真っ直ぐに見返す。その表情にまずは満足いったのか頷きながら尋ねた。
「あんたは魔法を信じてる?」
────
あれからまた時は流れた。
燃え立つ紅炎の印象を纏った女性、島木月帝女と出会い、五年が経つ。
あの日、「魔法を信じるのか」と聞かれた日から月帝女からいろんな事を学んだ。
母を含む仲間内で父が「王様」とあだ名で呼ばれていた衝撃の事実。
その父や仲間内で月帝女が「魔女」と恐れていた何故か納得のいく事実。
そして月帝女を含めあと二人、父に「戦友」と呼べる仲間がいた事実。
戦友二人は方向音痴の「旅人」と意味不明な「部長」と言うあだ名でその共通性の無さに九津は呆れたのを忘れなかった。
ただ、実際に会ってみると旅人の男は方向音痴と言うよりも「行きたいところが多すぎる」だけで優しく、部長の男は意味不明と言うよりも「解りづらい」だけの愛想のいい人物だった。
先ずは九津に三人の「師匠」が出来た。
「旅人」は春休みを受け持った。そして別に「武器の天災」と呼ばれると言い、九津に道具の使い方を教えてくれた。
「部長」は冬休みを受け持った。人体異能の探求者であり研究者だと告げ、九津に体の使い方を教えてくれた。
最後に。
島木月帝女こと「魔女」はあらゆる術の使い方を夏休みに教えてくれた。
その中には、俗に「魔法」と呼ばれる代物もあった。
そうして五年が経った。
こうして九津は十五になった。
「免許皆伝、ギリギリってとこね」
「ありがとうございました」
九津は月帝女に頭を下げた。
それが春の訪れを待つ三月の話だった。