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昼間はあんなに天気が良かったのに、旅館に着く頃には雲が空を覆っていた…
『何か寒くなったな…』
『寒いよぉ…』
辺りを見渡すと、風に靡いた木や草が不気味なくらい揺れていた。
何か怖いな…
そんな事を思いながら旅館へと急いだ。
旅館の中に入ると、仲居さんが五人、お出迎え。辺りを見渡すと幾つもの掛け軸。そしてフカフカなベ-ジュのカ-ペット。旅館独特の匂い。硫黄の匂い……懐かしくもある匂いだ。コマキを客待ちの椅子に座らせ、受付に向かった。
古い仲居さんや女将さんは知っているが見当たらない。とりあえず叔父を呼ぶ事に…
『すみません。義夫さんいらっしゃいますか?』
受付嬢らしき女性は俺を見つめ、受話器に手を伸ばした…
『失礼ですが、どういったご用件でしょうか?』
疑った様な目で見る女性。確かに学生の身分でこんな高級旅館に二人……ありえないよな…
『え?どういったって……』
顔付きが徐々に強ばる女性。そんな時、受付の奥から声が…
『蒼ちゃん!』
奥から出て来た人は、俺が幼い頃からいる受付指導者の美希さん。昔、親父と来た時、色々とお世話になった人だ。
『あ……お久しぶりです。』
『本当に久しぶりね。何年ぶりかしらね。ちょっと待ってて?』
美希さんはすぐに受話器を取り、叔父を呼んでくれた。
『蒼ちゃん、大きくなったわね!今、社長来ますから、ちょっと待っててね?』
『すみません。』
美希さんとのやり取りを見ていた女性、驚きの表情を浮かべ、後に美希さんに奥へと連れて行かされた…
俺はコマキのいる客待ちへ戻り、叔父を待つ事にした。
『蒼太!ここ、めちゃ凄くない?』
異常な程、興奮するコマキ。確かに、この旅館は県で一、二を争う高級旅館。凄くない訳がない!
足を組み、心なしか大物になった気分…
『蒼太、久しぶりだな!』
後ろから低い声で話しかけてくる声…。前に座るコマキ。何故か少し緊張している様にも見えた。とっさに振り向くと、笑顔で立っている叔父がそこにいた。
俺はすぐに立ち上がり…
『叔父さん!ご無沙汰してます!』
『こんにちわ…』
コマキも俺につられ立ち上がり挨拶をした。
『いいから!座りなさい!』
多少の緊張はあった。コマキ程ではないけど…。
『それにしても可愛いお嬢さんだな!蒼太の彼女か?』
このエロ爺!
『はい!』
間髪入れずに返事をしたのは……やっぱりコマキ。
俺も叔父も目が点になっていた。
『そうか、んじゃ結婚したら家に来なさい!あはははっ!』
豪快に笑う叔父。コマキの事が気に入った様だ…。そんな叔父を見て、ヤケに嬉しそうなコマキ。お前等は似た者同士か……。
『それで…またか?』
意地悪そうな顔をする叔父。
『いつもすみません!』
と、手を合わせた…
『…まっ、ゆっくりして行きなさい!家の風呂は広いぞ!』
何故かコマキに風呂自慢をする叔父。その後、少し親父ネタを言って仕事に戻っていった。
『蒼太、叔父さん良い人だねぇ。顔怖いけど!』
緊張が解れたのか、いつものコマキに戻っていた。
『ただのエロ爺だよ!でも、優しいよ。』
親父が亡くなって、俺の事を一番最初に心配してくれたのが叔父さんだった。
何かあったらいつでも来いよ…
叔父さんの子供になれ…
旅館継げ…
親父の前で会う度に言われていた。顔が怖くても、周りが何て言っても、俺は叔父さんが好きなんだ。
気付くと窓の外は薄暗くなっていた。俺達はとりあえず鍵を美希さんから受け取り、部屋に向かった。