初めての喧嘩はお金のお話
結局、私は愚痴る事にした。
受付のお姉さんは実写なので、つまりはコンピューターなので、遠慮なく目の前で愚痴った。
「酷くない? 私、頑張ったのに、時給740円だよ!
っていうか、一日一回しか働けないんでしょ?
つまり、日給740円だよ!」
「なんだよ。
何?
結構ヒステリックな人なんだね。スーナって。
日給っていうけど、スーナが頑張ったの、リアルじゃ20分じゃん。
Sランク取れたことに感動して、スーナだってさっきまで喜んでくれていてでしょ。
せっかく楽しい気分だったのにさ。最悪じゃない?
そういうの」
「へ~、ゴーダ君はラブワールドの味方なんだ」
駄目ね。ゴーダ君は。
よっぽど大事じゃないときは、女の愚痴は肯定しておくべきなのよ。
解決なんて望んでないの。
ただ、愚痴ればスッキリする事ってあるの。
きっと、彼女居ない暦=年齢ね。
大学生の癖にこんなゲームするぐらいだから。
「でも、私、ゲームだなんて思わずに真剣に頑張ったもん!」
「だからさ、良かったじゃん。Sランクだよ。凄いじゃん!」
「でも、740円でしょ!!」
「あ、それはね、レベル1だから。1人の成功単価が10円なんだよ」
「余計腹が立つわ!
注射一本打つのに、10円分の価値しかないと思ってるの?
あれって、結構技術がいるんだよ!!
このゲームの製作者は、つまりは国は、看護師を舐めてるのよ!」
「いや、だからゲームの話じゃん。国は看護師を貴重に思ってるよ」
「じゃあ、なんで、なんでなのよ!!」
「本当、ちょっと面倒だな。スーナは。
だから、ゲームだから!」
「何よ。ゲームだからって、ゲームだからって……」
怒鳴り続けていると、私は少しずつ落ち着いてきた。
そこにタイミングよくゴーダ君のこの言葉。
「それに、リアルの世界と物価が違うよ。
家賃だって5000円だったでしょ?」
「そういえば、そうかも……」
「落ち着いてきた?」
「うん。ゴメンね。私、ゲームってあんまりやったなくて」
「良いよ。
っていうか、それなのに、Sランクって凄いじゃん!」
「うん。ありがとう。
愚痴に付き合ってくれて、褒めてくれて」
「良いよ」
その時、ゴーダ君はグーと音を出した。
「あ、ヤベ。お腹すいたみたい」
「お腹すくの?」
「うん。スマホでさ、『状態ステータス』アプリ見てみて」
私は言われた通りに見てみると、パラメータが4つあった。
空腹度。
疲労度。
寂しさ度。
充実度。
寂しさ度の値は100で、全部の値は80だった。
「全部100が最高値ね。
順に説明するね。
空腹は、もちろんお腹が減った具合を示すの。
値が30より下がると、今みたいにお腹が鳴っちゃうんだ。
値が下がるごとに、鳴る頻度が増えるの」
「うん」
「疲労度は連続で動き続けちゃ駄目なんだ。
寝なきゃ駄目なんだ。
でも、ログアウトしても回復するよ。
これは10を下回ると、悪影響が出る。
突然倒れて、5秒動けなくなるの」
「うん。それ、ちょっと恐しいね」
「寂しさ度は、プレイヤーと喋らなくちゃいけないの。
やっぱり、ほら、出会い系ゲームだからじゃないかな。
これは悪影響が出るというより、スキルの成長率に関係するよ」
「うん」
「最後の充実度は減っても0でも影響ないんだけど、スキルの成長率に影響するんだ。
えっと、これは仕事とか講座を受けると減るよ。
何もしなければリアル一時間で5ずつ、毎朝リアル7時に50回復するよ」
「そうなんだ。ややこしいね」
「直ぐ慣れるよ」
そう言って、ゴーダ君は彼のスマホを見せてくれた」
「あら」
寂しさ度以外の値は殆ど50より下回っていた。特に空腹度が一番低く29だった。
「それじゃ、悪いけど、外食しようよ。付き合って!」
「うん。良いよ。でも、私、5740円しかないよ。どのぐらいゲームできるか分からないから、家賃分は残しとないといけないでしょ?」
「おぉぉ。スーナって割り勘派? ありがたいや。
でも、今回は奢るよ。
だって、スーナは空腹じゃないじゃん」
「いいよ。こういう恋人間の暗黙のルールって最初が大事でしょ?」
「へ~。スーナってヒステリックだけど、やっぱり天然だよね。
不思議に思った時に話し合えばよいのに」
「な、何よ! ゴーダ君は付き合ったことないくせに、何が分かるのよ!!」
私は怒って、病院の出口まで早歩きで歩き出した。
「あ、ちょっと待ってよ。どこ行くの?」
「どっか。食べ物屋さん!」
「悪かったよ。でも、場所知らないでしょ?
安くて満腹になる店知ってるんだ。ね? 俺についてきて」
そう言って、彼は私の手を握ろうとしたけれど、空ぶっていた。
私は気付かないフリをして、振り向くフリをしながらちょっと距離をとる
。
「分かったよ。ゴメンね。
もしかしたら、私、本当に突然怒る癖があるのかも
あるいは、ゲームだと性格変わっちゃうのかも……」
「良いよ。
看護婦さんって、ストレス溜まりそうだもんね。
ワンミスが大事になりそうで、神経使いそうだもんね」
ゴーダ君は、失礼だけど、時々優しい。
こうして、私たちは、ショッピングエリアを歩き出した。