旦那様は教えてくれたよー1 でもよく分からないの
「あの~、もしもし。聞いてる?」
ゴーダ君の何度目か(気付く前に何度あったかは分からない)の呼びかけに、私は答えた。
「ゴメンなさいね。驚いてしまいました。若いんですね」
「あはは。アバターじゃ年齢分からないですもんね。
この前、友達の話なんですけど、56歳を口説いてた人がいましたよ」
18歳の口から出る、恋愛系年齢差別は、私の胸に深く突き刺さる。
「年齢で、年齢だけで判断するなんて浅はかな男ですね」
私は希望条件に30代までと丸をつけたことはもちろん覚えているが、ここは反論したくなった。
「うぁ。面倒な人だな。
大丈夫だよ。二十代なら、いや、三十路ぐらいまでなら俺いけるから」
彼のフォローらしきものは、私を苛立たせるものも、でも18歳ってこんなんだったかなとも思った。
確か、私も、そうだった気がする。
友達の冗談。
「まだ、彼氏できないの?
やばいよ。うちら、もう三ヶ月で高校生じゃなくなるんだよ。
もうさ、アキコのお兄さんと付き合っちゃえば?」
って冗談に、
「いやよ。あんなジジイ」
と当時25歳だった、アキコのお兄さんをおじさん呼ばわりしていた気がする。
結局、アキコのお兄さんが、最初で最後の彼氏になったのだけれど、それはまた別のお話で、今はこう言わなくちゃいけない。
「ゴメンなさい。おばさん呼ばわりされてショックだったの。
また、お話を聞いてなかったわ」
「なんか、スーナって天然だね? よく言われない?」
「言われません!!」
それにしても、ゴーダ君は、夫だとしても、初対面の人に言い難いことをズバズバ言ってくる男だ。
ちょっと、チャラ男程じゃないけれど、苦手なタイプ。
ちなみに、天然とはよく言われますけど……。
良く転ぶだけだもん。多分。
「じゃあ、最初から説明するよ」
とゴーダ君は説明をしてくれた。
例のごとく私には何のことやら分からなかった。
「まぁ、聞くのより行うほうが十倍得だ!
みたいな諺あるでしょ?
試してみようよ」
そんな諺は存在しないけれど、一理ある。
マニュアルなんて、説明なんて、大概分かりにくく書いてあるものなのだ。
これが、24年間生きてきた私の持論。
「まず、多分、初期設定だとお腹にあるポシェットにあると思うんだ。
スマートフォン」
言われてお腹を見てみれば、ポシェットがあった。
開けてみる。
スマートフォンと財布と腕時計があった。
「ね? あったでしょ。スマートフォンを起動してみて」
私はスマートフォンの電源ボタンを押してみる。
スタンバイ状態だったらしく、誤作動防止のための確認画面が出てきた。
鍵マークをスライドし、誤作動じゃないことをスマートフォンに教える。
「それで、アプリの『カード読み取り』って選んで」
「はい」
私は言われたとおりに、『カード読み取り』アプリを起動する。
すると、『カードを差し込んでください』の表示が出てきた。
「あとは、裏側になんかそれっぽいのあるでしょ。
カードリーダーみたいの。
そこにさっきの名刺を差し込んで」
「はい」
名刺を少し差し込むと、奥に吸い込まれていった。
例えるなら、自動販売機にお札を投入したよう感じ。
次に、『連絡帳に登録しますか』の表示が出てきたので、はいをタッチする。
「本当はその後で、『フレンド登録しますか』の表示があるんだけど、俺たち夫婦だからね。
勝手に強制的に登録されちゃうんだ」
「へ~。そうなんですか」
「なんか、軽く受け止めてるけど、フレンド登録しちゃうと大変よ。
ログインするたびに、相手にリアルの方のスマホにもメールが届いちゃうからね。
あとは、こっちから今ログインしてるかも調べられる。
つまり、ストーキングし放題。
まぁ、もちろん、そこは設定で変更できるんだけど、初心者は分からないからさ」
「ゴーダ君は分かるの?」
「うん。まぁね」
「早速教えてくれないかな」
「え~? 俺とあんまり親密になりたくない感じ?」
「ううん。違うの。
ほら、私、看護婦でしょ。
月に3、4回夜勤があるから、変な時間にログインする事もあるんだ。
だから、メール届くと迷惑でしょ?」
「なんだ。それなら平気よ。
なんたって、俺は大学生だ!」
「それが理由になるのですか?」
「良い? 大学生には3種類いるよ。
超、超超、勉学や部活に励んで、大人顔負けの成果を出しちゃう人もいたり、そこまでは行かないけどとにかく頑張りまくる人。
この人たちは多忙だよね」
私はそれだったかな。人が驚くような成果なんてもちろんなかったけれど、看護学校の授業も実習もとても苦労して、無我夢中で頑張ってたなぁ。
「うん。他には?」
「もう一つのタイプは、友達をドンドン増やしたり、バイトに精を出したり、社会性と人脈を築いていく多忙な人」
友達にはいなかったけれど……、
クラスにはいたなぁ。そういう人。
同窓会で会ってみると、結婚が早かったり、女がてら出世してたりするのよね。
「三つ目のタイプは?」
「親のすねをかじり。あるいは将来の自分に何百万もの奨学金という借金をしながら、モラトリアム期間を延長したいだけの人!!」
あぁ、なんか嫌な予感がする。
それでも、ここで確かめなくちゃいけない。
私は答えを知っている質問をした。
「ゴーダ君はどのタイプ?」
「もちろん、モラトリアム!
しかも、低金利とはいえ、多大な借金だらけ!」
うぁぁ。18歳の若さを打ち消す駄目人間みたいだ。
「良く正直に言えますね。これ、一応出会い系ゲームですよ」
「いや、分かってるよ。でも、フェアに行かないとね。
それが、俺の信念」
「そうね。隠されるより正直に話してくれたほうが良かったかもしれないわ。
でも、奨学金はともかく、努力はできますよ?
まだ、大学一年生でしょ? 年齢的に」
「まぁね。でもさ、今しかできない事が俺を呼んでいるのさ!」
「それが、ラブワールド?」
「そっ! 彼女なき青春は、もはや青冬だね。
いや、黒冬だね。
黒冬来航、日本人は大慌て!」
「ちょっと待って。
ちょっとあなたの言ってることが分からないわ」
「あ~、ゴメンゴメン。調子のった。
だからね、彼女いね~と、青春じゃね~ぜ! ってこと」
「そう」
彼は……、18歳で魅力的に見えた彼は、恋愛しやすい大学生と言う身分ながら、どうやら月額5000円のゲームに頼らなくちゃ彼女を作れないタイプらしい。
私は過大な期待をしないことにした。
先程の、若すぎる! 犯罪! がどうのと興奮していた私は、もういなくなっていた。
「それで、スーナは今日、何時まで遊べるの? あ、リアルの時間ね」
「23時かな」
「オーケー。じゃあ、遊ぼうよ。まず、財布の説明するね」
そう言われて、私はスマートフォンをポシェットにしまい、財布を取り出す。
「開けてみてよ」
とゴーダ君が言ったより、ちょっと早く、私は財布を開けてみた。
中身はなんていうか、財布と言うより名刺入れだった。
カードが一枚だけ入っている。
「ゲームの支払いはそのカードでするの。
そのカードが全所持金。
スマホのカードリーダーに差し込んでみて」
私はしまったスマートフォンを取り出し、言われたとおりにカードを差し込む。
『残額は5000円』と表示された。
「それが、初期資金ね。
リアルの毎月課金日に5000円支給されれるんだ」
「そうなの」
「もちろん、ゲーム内通過で、この世界でいくら頑張ってもリアルのお金は増えないし、減らないからね。
あ、ちなみに初期ハウスの家賃も月5000円」
「そう」
「なんか、から返事だな。理解してないでしょ?」
「うん。あんまり、良く分からないわ」
「まぁ、そうだよね。
でも、スーナは進歩してるよ!
だって、いつの間にか敬語じゃなくなってるじゃん!
妻として成長してるよ!」
それは、あんまり嬉しくないな。
まだ、ゴーダ君のことは夫婦ゴッコする特殊な友達としか見れてないし。
「でも、そうね。ちょっと打ち解けたのかもしれないわね」
「そうそう。そうだよ!」
ゴーダ君は嬉しそうに何度もジャンプしながら万歳した。
「ちなみに、今の自動アクション。
コマンドがあるんだけど、それは今度教えるね。
時間あんまりないし、次は腕時計ね」
「うん」
私は腕時計を取り出し、腕につける。
「デジタル式で、二つの時間が表示されていた。上には『21時30分』、下には『14時』と表示されている。
「上がリアル時間ね。下がゲーム内時間。
リアル1時間が、ゲームの4時間。って、もう14時か!」
「そうね。大変なの?」
「うん。お仕事に行こうよ」
「お仕事?」
「そう。お仕事。
俺がいない時、色々試すと思うんだけど、その時のためにまずはメインになるお仕事のやり方教えるよ」
彼は私の返事を待たずに、電話をする。
数秒後、クラクションが聞こえた。
「さぁ、おいで」
そう誘われて、外に出てみると、タクシーが来ていた。
ゴーダ君は乗り込み、手招きするので、私も乗り込む。
私は、何にも分かっていない。
不安だ。
「総合病院まで」
彼は実写の運転手にそう言った。
運転手は「了解です」と答え、車は動き出す。
その時気がついたのだけど、私の家は、私の家と、道と、トンネルしかない。
ご近所さんがない。
「変な家ね。ご近所さんがいないわ」
「あ、それね。
家は個人エリアなんだ。
それで、トンネルでエリア移動するの」
やっぱりゴーダ君の説明は分からない。
私はとてもとても不安だった。