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ラブワールド  作者: ササデササ
代理恋愛
57/64

もう黙って!

 ナンパしたり、困ったフリをしながら、数日を過ごした。

 私は無視されることに慣れつつあった。

 そして、金曜日。

 集会の日。

 人通りの少ない12番倉庫に、私はやってきた。

 倉庫にいたのはロンロンさんだけだった。

 なにやら、鞭を持っていて、素振りをしている。

 エア乗馬。

 この前の一件で興味を持ったのかしら。

 などと考えていると、ロンロンさんは私に気がついた。

 

「ヤッホー。ミキちゃん」


 私も挨拶を返す。


「ヤッホー」

 

 これが私の人生で初のヤッホーだ。

 ふつう、使わないわよね?


「あれから、どう? 何か出会いはあった?」


「全然ないわ。5回ナンパして5回無視されて、12回困ったフリして12回無視されたわ」


「あらら……」


「ロンロンさんは、お変わりあったみたいね。騎手を初めたの?」


「ううん。鞭だけ~。馬はね、かなり高いんだ」


「そう。いくらぐらいなの?」


「20万円だよ! 無理だよね~」


「20万円なら安いじゃない。馬でしょ?」


 ロンロンさんは、ちょっとムッとした顔をした。


「高いよ! だって、私、1回の仕事で3000円ぐらいしか稼げないもん」


 あ、そうか。これはゲームの話なのよね。

 家賃が5000円。うどんが100円。タクシーが10円、そして私の給料300円の世界での話なのよ。


「やっぱ、高いわね~」


「でしょ?」


 何故か、ロンロンさんは勝ち誇った顔をした。

 エス娘は、負けず嫌い。

 きっと、そういうものなのだろう。


「ヤッホー。ミキさん。ロンロン」

 

 エンドエルフさんの声が聞こえたので、振り向けば、そこにはブックさんもいた。

 

「ヤッホー。エルフ。ブック」


 ロンロンさんにつづいて、私も挨拶。


「ヤッホー」

 

 これで、人生2回目のヤッホー。

 まぁブック君は言わなさそう、と思う。

 彼のことを全く知らないのだけど、なんとなくそう思う。

 しかし、私の予想に反してブック君は「やほ……」とぼそりと言った。


 エンドエルフさんはキョロキョロして、ロンロンさんに尋ねた。


「あれ? キラーはまだ来てないの?」


「うん。珍しいよね~」


 それを聞いて、ブック君はスマホを取り出し何かを確認する。


「ログインはしてる……」


 それを聞いて、ロンロンさんもスマホで何かを確認した。


「そうなの? あ、本当だ」


 なんて3人の会話を聞きながら、私は特に何も発言せず、こっそり『キラーこそヤッホー何てキャラじゃないわよね』と思っていた。


 エンドエルフさんは私に質問。


「どう? ミキさん。ラブワールドには慣れた?」

 

「えぇ。まぁ。失敗続きですけど、無視されることには慣れてきたわね」


「無視されるの? 何それ?」


「あら。ロンロンさんから聞いてない?」


「あ、駄目~! この前の、あれは、秘密ね」


「……秘密にされると、気になる」


「良いの!」


 そうこう話しているうちに、時間は過ぎ、集合時間の21時の10分前。

 1人の少女が現れた。

 

「あの~。こんばんは」


 そう言って、倉庫の入り口の端に申し訳なさそうに立つ少女。

 黒のロングヘアーと大きな赤いリボンが、印象的だった。

 彼女が誰なのか、私はある程度予想できた。


「ヤッホー。サッチャン」

  

 とロンロンさんの言葉を聞き、それは確信に変わった。

 彼女がサッチャンさんだ。


「ヤッホー」

「やほ……」


 エンドエルフさんとブック君も挨拶。

 だから、私も「ヤッホー」


「はい。こんばんは」


 サッチャンさんは、もう1度こんばんは。


「違う違う。うちらのニュールール! 挨拶はヤッホーね」


「あら~。そんなの聞いてなかったわ」


「え? この前、言わなかったっけ? ほら、敬語は自由。挨拶はヤッホーって。心の壁を壊そうってことになったんだよ」


「私が聞いたのは、敬語の話だけよ~」


「そうだっけ? そうだったかな~。まぁ、そうなんだろうね」


 ロンロンさんは、ちょっと拗ねていた。

 あれだ。

 この人は否定されるの大嫌い系だ。

 ちょっと、面倒な人だなぁと思った。


「私も聞いてません」


「んじゃ、今言った! そういうわけで、ヤッホー!」


 サッチャンさんは、恥ずかしいのか、助けを求めるようにエンドエルフさんを見た。

 エンドエルフさんは、多分その視線の意味に気がついてない。


「ヤッホー」

 

 と笑顔で挨拶していた。

 結局、サッチャンさんはそれはもうとても恥ずかしそうに「ヤッホー」した。

 ロンロンさんは、そんなサッチャンさんの挨拶を受け取って、嬉しそうに「ヤッホー」を返していた。

 その時、サッチャンさんの後から人影が出てきた。

 キラーだ。

 彼はサッチャンさんをジロジロ見ながら、倉庫に入ってくる。


「ウッ-スー」

 

「挨拶はヤッホーでしょ!」


 なんてロンロンさんの注意に、キラーは気だるそうに答えた。


「あ~、はいはい。ヤホーヤホー」


 そして、また始まるヤッホー返し。

 私、エンドエルフさん、ブック君、サッチャンさんの4人分。

 今日は、やたらとヤッホー率の高い日だなぁ。

 まさか、60歳を目前にしてこんな日がやってくるなんて思わなかったわ。

 それにしても、元気なヤッホーは私とロンロンさんとエンドエルフさんの3人。

 内気なヤッホーがサッチャンさんとブック君で、嫌々ヤッホーのキラーで3人。

 半分の人間が歓迎していないルールのように思えた。

 

 キラーはサッチャンさんを見たまま、というか睨んだまま、私たちの輪に合流した。

 そして、嫌味。

 

「あいつ誰だっけ? 先週来なかった奴だから、忘れちゃったわ」


「あの、ゴメンなさい」


「良いじゃない! うちはリアル優先がモットーなの!!」


 ロンロンさんはキラーに注意。

 もちろん、って表現をするほどキラーについて詳しくないけど、やっぱりもちろん、納得するキラーではなかった。

 睨む対象をロンロンさんに変えながら、声を低くして、静かにドスをきかせる。


「勝手に決めんなよ。創設者は俺ら3人だろ~が」


 3人ってことは、多分、キラーとエンドエルフさんとブック君のことよね。

 ロンロンさんも現実の知り合いでも途中参加なのね~。

 なんて、私はハラハラしながらも余計な事を考えていた。


「ウルサイ! ちゃんと、他の人の了解取ったもん!」


 ね~、とロンロンさんは私を見てくるけれど、私は何も聞いてない。

 でも、ゲームより現実優先。

 これ、絶対、大事。


「そうね~」


「おい。新入りのくせに意見するのか!」


 わぉ。

 怒りの矛先が私に向いたようね。

 さっきは静かに怒っていたのに、今は激しく怒っている。

 私はオロオロした。

 

「違うのよ」


 違わないけど。


「あのね、つまりはね……」


 駄目だ。言葉が出てこないわ。


「はっきりしろよな! おい!」


「やめなよ。ね? 落ちつこう」


 エンドエルフさんが、私とキラーの間に割って入って仲裁してくれた。


「あぁ!?」


「自分で言ってたんじゃない? みんなで協力するグループにしたいって」

 

「お、おう」


 ホッ。

 キラーは振り返って私たちに背中を向けながら言った。

「興奮しちまった。悪かったな」とか、「もっともだよな。リアルあってのゲームだ。俺はスケジュールの調整しているけど、それを強要するつもりはないだ」とか、「俺が言うのもなんだけど、ここは上下関係作るつもりね~から」とか、全然説得力のない言葉を吐いていた。


 でも、多分、行動はともなってなくても、感情がともなってなくても、理想はその言葉通りなのだろう。


 その気持ちは、分からないでもない。


 優しく褒めて美紀を育てようと思っていたのに、気がつけば怒ってばっかりだったのよね~。


 そう、分かっていても、感情はともわないことってある。

 私はキラーが好きじゃないと思った。 

 そして……。


「ったく。これだから、子供は」


 せっかく場が丸く収まりかけていたのに、ロンロンさんは蒸し返した。

 あれね。

 この人は、最後に自分が勝ってないと駄目なのね。

 非常に面倒臭い人だわ。

 だから、負け戦のナンパ失敗談を秘密にしたかったのにね。

 基本的にあなたの味方だけれど、キラーじゃなくてあなたに言うわ。

 いえ、言えないけれど思うわ。


 お願いだから、もう黙って!


 だけれども、私の心配は杞憂に終わる。

 キラーは、なんとあのキラーが、と言っても私はキラーをよく知らないけれど、何てくだりはもう必要ないけれど、とにかく、あのキラーが謝ったのだ。


「あぁ。悪かったよ。ちっ」


 舌打ち付ではあったけれどもね。


「分かれば良いのよ!」


 この2人は現実でも知り合いなのだ。

 もしかしたら、私が何もしなくても、この形に収まったのかも知れない。

 いえ、私は静観するつもりだったのに、巻き込まれたのだけれど。

 サッチャンさんはまだ入り口にいて、「ゴメンなさい」と何度も頭を下げていた。

 もしかしたら、ずっとそうしていたのかもしれない。 


「……どうでも良いけど、キラーはなんで遅かったの?」


 そして、気がつけば、ブック君は呑気に壁とキャッチボールをしていた。

 もう話は終わったと思ったのか、自分の興味ある話題に強引にシフトする。


「ん? おぉ。馬見てきた」


「え? 買うの?」

 

 真っ先に食いついたのはロンロンさんだった。


「買えね~よ」


「だよね~」


 そして、買えないと分かると露骨に興味を失っていた。


「でも、裏技見つけてきた」


「裏技? マジで! 何それ?」


 今度はエンドエルフさんが食いついた。

 裏技、に興味を示すなんてゲーマーなのかしら。

 元ゲーマーなパパも「チート」が軽く口癖なのよね。

 なんて、私は特に興味を持ってなかったけれど、キラーは答える。

 

「6人までで、共同馬主になれるんだってよ」


 あれ~。

 そういうの、裏技って言うのかしらね?

 でも、私はゲームをしないし、そういうものなのかもしれないわね。

 なんて、私はやっぱり特に興味を持たなかったけれど、ロンロンさんの興味復活。

 

「嘘?」


「マジ」


「じゃあ、えっと、20割る6で……」


「いや、ちょっと割り高の24万」


「じゃあ、えっと、1人4万!」


「おぉ。これなら、買えそうじゃないか?」


「あるよ! 私、4万持ってる! ねぇ、買おうよ! 絶対、買おうよ!!」


「……僕もある」


「僕もギリギリあるかな」


「俺も、あるんだ」


 私はないから黙っている。多分、サッチャンさんも同じなのだろう。


「凄いね。これでもう16万円だね。でも、メンバー集めるの大変じゃない? 4万も結構大金だよ」


「エルフは初心者だからよ。4万ならもってるって」


「そっか」


「って言うか、メンバーはここにいるじゃね~か」


 キラーはそう言って、指をさしながら数えていく。

 ロンロンさん、エンドエルフさん、ブック君、そして、私、サッチャンさん、キラー。


「な? 丁度6人じゃん」


「いやいやいやいや、むりむりむりむり」


 私は慌てて拒絶した。

 サッチャンさんは、可愛らしく首をブンブンふっていた。


「私、今5300円しかないわよ」


「お、思ってたより少ね~な。ほぼ、初期資金じゃんか。お前、この1週間なにしてたんだよ」


「ナンパしてたわ。だから、お腹がすいたときしか働かないのよ」


「そう……だな。そうだった。ガチ組みだったな」


「あの……。私30円ぐらいしかないです」


 サッチャンさんは、ビックリするぐらいお金を持っていなかった。

 

「知ってるつーの。ニートなのも知ってて誘ってんの。黙って、受け入れろや!」


 へ~。

 サッチャンさんはニートなのね。

 このゲームでも、ニートはお仕事できないのかしら。


「そうだね~。うちら仲間だしね! 私、7万ぐらい出せるよ」


「ゴメン。僕は4万ギリギリしか持ってないんだ」


「……僕は4万しか出さない」


「俺が8万持ってる。これで、いくらだ?」


「……23万」


「あと、1万だな。みんなで働けば直ぐだべ」


「うん。次の仕事タイムで届きそうだね!」


「やったー! うち、欲しかったんだ。半分諦めてたんだよ」


 勝手に……、勝手に話が進んでいくわ。

 ちょっと、待って。


「やっぱり駄目よ。そんな大金おごってもらえないわ」


「あの、私も、無理です。ゴメンなさい!」


「うるせ~な! 黙ってメンバーに入れば良いべや!!」


「そうだよ。遠慮しないでさ」


 キラーとロンロンさんは入れ入れと言ってくれるけれど、私とサッチャンさんは拒否し続けた。


「はいはい。ちょっとタイム。みんな集合~!」


 と、エンドエルフさんがキャッチボールをしていたブック君の所で叫んだ。


 私たちは集まろうとする。


「あ、ミキさんとサッチャンはあっちー」


 現実の知り合いだけでの話し合いらしい。

 数分後。

 ニヤニヤしながら、キラーは言った。


「6人いなくちゃ登録できないんだよ。お前ら、名前貸してくれや」


 はっはん。

 嘘ね。

 分かりやすい、嘘ね。

 でも、おごられるのも悪いけれど、断り続けるのも悪い気がしてきた。

 私は4人の気持ちに甘えて、騙されることにした。

 サッチャンさんも同様らしい。

 

 こうして、私は5000円だけ出して馬主になってしまった。

 みんなの気持ちは凄くうれしかった。

 でも、ちょっと迷惑にも思った。

 正直あんまり興味ないのよ。

 多分、あんまり乗馬することはないだろう。

 

 そうそう。

 最後に、ログアウトする時、サッチャンさんと名刺交換とフレンド登録をした。




 名前ーサッチャン。

 年齢ー20歳。



 

 凄く若かった。

 これは、頑なに敬語を崩そうとしないのも分かるわ。

 確か、キラーが30代で、ロンロンさんとブック君が40代で、エンドエルフさんが50代。

 20歳から見れば、もうおじさんおばさんばかりよね。

 私だけ、20代だけどほぼ三十路の29歳。 

 と言うか、操作しているのは55歳だしね。 

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