もう黙って!
ナンパしたり、困ったフリをしながら、数日を過ごした。
私は無視されることに慣れつつあった。
そして、金曜日。
集会の日。
人通りの少ない12番倉庫に、私はやってきた。
倉庫にいたのはロンロンさんだけだった。
なにやら、鞭を持っていて、素振りをしている。
エア乗馬。
この前の一件で興味を持ったのかしら。
などと考えていると、ロンロンさんは私に気がついた。
「ヤッホー。ミキちゃん」
私も挨拶を返す。
「ヤッホー」
これが私の人生で初のヤッホーだ。
ふつう、使わないわよね?
「あれから、どう? 何か出会いはあった?」
「全然ないわ。5回ナンパして5回無視されて、12回困ったフリして12回無視されたわ」
「あらら……」
「ロンロンさんは、お変わりあったみたいね。騎手を初めたの?」
「ううん。鞭だけ~。馬はね、かなり高いんだ」
「そう。いくらぐらいなの?」
「20万円だよ! 無理だよね~」
「20万円なら安いじゃない。馬でしょ?」
ロンロンさんは、ちょっとムッとした顔をした。
「高いよ! だって、私、1回の仕事で3000円ぐらいしか稼げないもん」
あ、そうか。これはゲームの話なのよね。
家賃が5000円。うどんが100円。タクシーが10円、そして私の給料300円の世界での話なのよ。
「やっぱ、高いわね~」
「でしょ?」
何故か、ロンロンさんは勝ち誇った顔をした。
エス娘は、負けず嫌い。
きっと、そういうものなのだろう。
「ヤッホー。ミキさん。ロンロン」
エンドエルフさんの声が聞こえたので、振り向けば、そこにはブックさんもいた。
「ヤッホー。エルフ。ブック」
ロンロンさんにつづいて、私も挨拶。
「ヤッホー」
これで、人生2回目のヤッホー。
まぁブック君は言わなさそう、と思う。
彼のことを全く知らないのだけど、なんとなくそう思う。
しかし、私の予想に反してブック君は「やほ……」とぼそりと言った。
エンドエルフさんはキョロキョロして、ロンロンさんに尋ねた。
「あれ? キラーはまだ来てないの?」
「うん。珍しいよね~」
それを聞いて、ブック君はスマホを取り出し何かを確認する。
「ログインはしてる……」
それを聞いて、ロンロンさんもスマホで何かを確認した。
「そうなの? あ、本当だ」
なんて3人の会話を聞きながら、私は特に何も発言せず、こっそり『キラーこそヤッホー何てキャラじゃないわよね』と思っていた。
エンドエルフさんは私に質問。
「どう? ミキさん。ラブワールドには慣れた?」
「えぇ。まぁ。失敗続きですけど、無視されることには慣れてきたわね」
「無視されるの? 何それ?」
「あら。ロンロンさんから聞いてない?」
「あ、駄目~! この前の、あれは、秘密ね」
「……秘密にされると、気になる」
「良いの!」
そうこう話しているうちに、時間は過ぎ、集合時間の21時の10分前。
1人の少女が現れた。
「あの~。こんばんは」
そう言って、倉庫の入り口の端に申し訳なさそうに立つ少女。
黒のロングヘアーと大きな赤いリボンが、印象的だった。
彼女が誰なのか、私はある程度予想できた。
「ヤッホー。サッチャン」
とロンロンさんの言葉を聞き、それは確信に変わった。
彼女がサッチャンさんだ。
「ヤッホー」
「やほ……」
エンドエルフさんとブック君も挨拶。
だから、私も「ヤッホー」
「はい。こんばんは」
サッチャンさんは、もう1度こんばんは。
「違う違う。うちらのニュールール! 挨拶はヤッホーね」
「あら~。そんなの聞いてなかったわ」
「え? この前、言わなかったっけ? ほら、敬語は自由。挨拶はヤッホーって。心の壁を壊そうってことになったんだよ」
「私が聞いたのは、敬語の話だけよ~」
「そうだっけ? そうだったかな~。まぁ、そうなんだろうね」
ロンロンさんは、ちょっと拗ねていた。
あれだ。
この人は否定されるの大嫌い系だ。
ちょっと、面倒な人だなぁと思った。
「私も聞いてません」
「んじゃ、今言った! そういうわけで、ヤッホー!」
サッチャンさんは、恥ずかしいのか、助けを求めるようにエンドエルフさんを見た。
エンドエルフさんは、多分その視線の意味に気がついてない。
「ヤッホー」
と笑顔で挨拶していた。
結局、サッチャンさんはそれはもうとても恥ずかしそうに「ヤッホー」した。
ロンロンさんは、そんなサッチャンさんの挨拶を受け取って、嬉しそうに「ヤッホー」を返していた。
その時、サッチャンさんの後から人影が出てきた。
キラーだ。
彼はサッチャンさんをジロジロ見ながら、倉庫に入ってくる。
「ウッ-スー」
「挨拶はヤッホーでしょ!」
なんてロンロンさんの注意に、キラーは気だるそうに答えた。
「あ~、はいはい。ヤホーヤホー」
そして、また始まるヤッホー返し。
私、エンドエルフさん、ブック君、サッチャンさんの4人分。
今日は、やたらとヤッホー率の高い日だなぁ。
まさか、60歳を目前にしてこんな日がやってくるなんて思わなかったわ。
それにしても、元気なヤッホーは私とロンロンさんとエンドエルフさんの3人。
内気なヤッホーがサッチャンさんとブック君で、嫌々ヤッホーのキラーで3人。
半分の人間が歓迎していないルールのように思えた。
キラーはサッチャンさんを見たまま、というか睨んだまま、私たちの輪に合流した。
そして、嫌味。
「あいつ誰だっけ? 先週来なかった奴だから、忘れちゃったわ」
「あの、ゴメンなさい」
「良いじゃない! うちはリアル優先がモットーなの!!」
ロンロンさんはキラーに注意。
もちろん、って表現をするほどキラーについて詳しくないけど、やっぱりもちろん、納得するキラーではなかった。
睨む対象をロンロンさんに変えながら、声を低くして、静かにドスをきかせる。
「勝手に決めんなよ。創設者は俺ら3人だろ~が」
3人ってことは、多分、キラーとエンドエルフさんとブック君のことよね。
ロンロンさんも現実の知り合いでも途中参加なのね~。
なんて、私はハラハラしながらも余計な事を考えていた。
「ウルサイ! ちゃんと、他の人の了解取ったもん!」
ね~、とロンロンさんは私を見てくるけれど、私は何も聞いてない。
でも、ゲームより現実優先。
これ、絶対、大事。
「そうね~」
「おい。新入りのくせに意見するのか!」
わぉ。
怒りの矛先が私に向いたようね。
さっきは静かに怒っていたのに、今は激しく怒っている。
私はオロオロした。
「違うのよ」
違わないけど。
「あのね、つまりはね……」
駄目だ。言葉が出てこないわ。
「はっきりしろよな! おい!」
「やめなよ。ね? 落ちつこう」
エンドエルフさんが、私とキラーの間に割って入って仲裁してくれた。
「あぁ!?」
「自分で言ってたんじゃない? みんなで協力するグループにしたいって」
「お、おう」
ホッ。
キラーは振り返って私たちに背中を向けながら言った。
「興奮しちまった。悪かったな」とか、「もっともだよな。リアルあってのゲームだ。俺はスケジュールの調整しているけど、それを強要するつもりはないだ」とか、「俺が言うのもなんだけど、ここは上下関係作るつもりね~から」とか、全然説得力のない言葉を吐いていた。
でも、多分、行動はともなってなくても、感情がともなってなくても、理想はその言葉通りなのだろう。
その気持ちは、分からないでもない。
優しく褒めて美紀を育てようと思っていたのに、気がつけば怒ってばっかりだったのよね~。
そう、分かっていても、感情はともわないことってある。
私はキラーが好きじゃないと思った。
そして……。
「ったく。これだから、子供は」
せっかく場が丸く収まりかけていたのに、ロンロンさんは蒸し返した。
あれね。
この人は、最後に自分が勝ってないと駄目なのね。
非常に面倒臭い人だわ。
だから、負け戦のナンパ失敗談を秘密にしたかったのにね。
基本的にあなたの味方だけれど、キラーじゃなくてあなたに言うわ。
いえ、言えないけれど思うわ。
お願いだから、もう黙って!
だけれども、私の心配は杞憂に終わる。
キラーは、なんとあのキラーが、と言っても私はキラーをよく知らないけれど、何てくだりはもう必要ないけれど、とにかく、あのキラーが謝ったのだ。
「あぁ。悪かったよ。ちっ」
舌打ち付ではあったけれどもね。
「分かれば良いのよ!」
この2人は現実でも知り合いなのだ。
もしかしたら、私が何もしなくても、この形に収まったのかも知れない。
いえ、私は静観するつもりだったのに、巻き込まれたのだけれど。
サッチャンさんはまだ入り口にいて、「ゴメンなさい」と何度も頭を下げていた。
もしかしたら、ずっとそうしていたのかもしれない。
「……どうでも良いけど、キラーはなんで遅かったの?」
そして、気がつけば、ブック君は呑気に壁とキャッチボールをしていた。
もう話は終わったと思ったのか、自分の興味ある話題に強引にシフトする。
「ん? おぉ。馬見てきた」
「え? 買うの?」
真っ先に食いついたのはロンロンさんだった。
「買えね~よ」
「だよね~」
そして、買えないと分かると露骨に興味を失っていた。
「でも、裏技見つけてきた」
「裏技? マジで! 何それ?」
今度はエンドエルフさんが食いついた。
裏技、に興味を示すなんてゲーマーなのかしら。
元ゲーマーなパパも「チート」が軽く口癖なのよね。
なんて、私は特に興味を持ってなかったけれど、キラーは答える。
「6人までで、共同馬主になれるんだってよ」
あれ~。
そういうの、裏技って言うのかしらね?
でも、私はゲームをしないし、そういうものなのかもしれないわね。
なんて、私はやっぱり特に興味を持たなかったけれど、ロンロンさんの興味復活。
「嘘?」
「マジ」
「じゃあ、えっと、20割る6で……」
「いや、ちょっと割り高の24万」
「じゃあ、えっと、1人4万!」
「おぉ。これなら、買えそうじゃないか?」
「あるよ! 私、4万持ってる! ねぇ、買おうよ! 絶対、買おうよ!!」
「……僕もある」
「僕もギリギリあるかな」
「俺も、あるんだ」
私はないから黙っている。多分、サッチャンさんも同じなのだろう。
「凄いね。これでもう16万円だね。でも、メンバー集めるの大変じゃない? 4万も結構大金だよ」
「エルフは初心者だからよ。4万ならもってるって」
「そっか」
「って言うか、メンバーはここにいるじゃね~か」
キラーはそう言って、指をさしながら数えていく。
ロンロンさん、エンドエルフさん、ブック君、そして、私、サッチャンさん、キラー。
「な? 丁度6人じゃん」
「いやいやいやいや、むりむりむりむり」
私は慌てて拒絶した。
サッチャンさんは、可愛らしく首をブンブンふっていた。
「私、今5300円しかないわよ」
「お、思ってたより少ね~な。ほぼ、初期資金じゃんか。お前、この1週間なにしてたんだよ」
「ナンパしてたわ。だから、お腹がすいたときしか働かないのよ」
「そう……だな。そうだった。ガチ組みだったな」
「あの……。私30円ぐらいしかないです」
サッチャンさんは、ビックリするぐらいお金を持っていなかった。
「知ってるつーの。ニートなのも知ってて誘ってんの。黙って、受け入れろや!」
へ~。
サッチャンさんはニートなのね。
このゲームでも、ニートはお仕事できないのかしら。
「そうだね~。うちら仲間だしね! 私、7万ぐらい出せるよ」
「ゴメン。僕は4万ギリギリしか持ってないんだ」
「……僕は4万しか出さない」
「俺が8万持ってる。これで、いくらだ?」
「……23万」
「あと、1万だな。みんなで働けば直ぐだべ」
「うん。次の仕事タイムで届きそうだね!」
「やったー! うち、欲しかったんだ。半分諦めてたんだよ」
勝手に……、勝手に話が進んでいくわ。
ちょっと、待って。
「やっぱり駄目よ。そんな大金おごってもらえないわ」
「あの、私も、無理です。ゴメンなさい!」
「うるせ~な! 黙ってメンバーに入れば良いべや!!」
「そうだよ。遠慮しないでさ」
キラーとロンロンさんは入れ入れと言ってくれるけれど、私とサッチャンさんは拒否し続けた。
「はいはい。ちょっとタイム。みんな集合~!」
と、エンドエルフさんがキャッチボールをしていたブック君の所で叫んだ。
私たちは集まろうとする。
「あ、ミキさんとサッチャンはあっちー」
現実の知り合いだけでの話し合いらしい。
数分後。
ニヤニヤしながら、キラーは言った。
「6人いなくちゃ登録できないんだよ。お前ら、名前貸してくれや」
はっはん。
嘘ね。
分かりやすい、嘘ね。
でも、おごられるのも悪いけれど、断り続けるのも悪い気がしてきた。
私は4人の気持ちに甘えて、騙されることにした。
サッチャンさんも同様らしい。
こうして、私は5000円だけ出して馬主になってしまった。
みんなの気持ちは凄くうれしかった。
でも、ちょっと迷惑にも思った。
正直あんまり興味ないのよ。
多分、あんまり乗馬することはないだろう。
そうそう。
最後に、ログアウトする時、サッチャンさんと名刺交換とフレンド登録をした。
名前ーサッチャン。
年齢ー20歳。
凄く若かった。
これは、頑なに敬語を崩そうとしないのも分かるわ。
確か、キラーが30代で、ロンロンさんとブック君が40代で、エンドエルフさんが50代。
20歳から見れば、もうおじさんおばさんばかりよね。
私だけ、20代だけどほぼ三十路の29歳。
と言うか、操作しているのは55歳だしね。




