ドンマイ!
あなたは見くびっている。
ついに、私を本気にさせてしまったわね……。
今更後悔しても遅いのよ!
出てきなさい!!
は~~~!!
ふ~~~!!
む~~~!!
……駄目か。
今日も、私は便秘です。
しかし、ゲーム内の私は便秘知らずのトイレ知らず。
便意をもよおさないのだ。
なんと理想的な身体なのだろう。
しかも、体重コントロールも必要ないのだ。
しかも、ゲーム時間で丸2日ぐらい食べなくても平気なのだ。
本当理想的な身体だわ。
でも、私がそのことを知ったのは、ゲームを始めて2週間後の土曜日のこと。
美紀にゲーム禁止と言われた時期を除いても、1週間後のこと。
今日の午前だった。
ぐ~。
ログインして、また学校で困ったフリをしようとしたとき、お腹がなった。
最初は、何の知識もなかったから空耳かと思った。
でも、スマートフォンに着信があったのだ。
ハート君からだった。
「ヤッホー。美紀ちゃん久しぶりだね。お腹すいちゃったみたいだよ。どうする? 僕の説明が必要かな?」
「え? あ~、あの音はお腹の音だったのね。そうね。説明して欲しいわね」
「オッケー。今行くね! もう着くね! 今、美紀ちゃんの上にいるよ!」
なんてメリーさんみたいなことを言いながら、ハート君は電話を切った。
それから、空から降ってきたハート君から、また無駄に長い説明を聞きながら、私は4つのステータスの存在を知った。
正直、半分ぐらいしか理解できた自信がない。
ともあれ、空腹については完璧だ。
実際にうどん屋さんに行って、食べてきた。
チュートリアルの報酬として、ご飯をおごってもらえたのだけど、私は2口しか食べられなかった。
パパにラブグラスを取り上げられてしまったのだ。
なんでも、うどんの状態がやたらとリアル、だったのだそうだ。
その割には、私も2口食べるのに苦労したけれど、パパも苦労していた。
このゲームで細かい作業は難しい。
沢山こぼれたけれど、お腹は満腹になった。
ちなみに、私が席を立つと、テーブルは綺麗になっていた。
パパは何かにつけて、「リアルだ! 凄い!」と言うけれど、全然リアルじゃないわよね。
思えば、美紀が生まれてから、パパはゲームをする時間が無くなってしまった。
だから、パパのゲームに対する感覚は2001年で止まっているのかもしれない。
ラブワールドはそんなにリアルじゃない、と私は思う。
その後、丁度現実でもお昼の時間だったので、そのままログアウトした。
日曜日。美紀と映画に行ってきた。
結婚した友達が増えるにつれ、親子で映画に行く機会が増えてくる娘。
あぁ、なんとあわれな娘なの。
大丈夫よ。もう少しだけ待っていてね。
月曜日、火曜日。
学校で困ったフリをするも、みんなが私を無視していく。
見たいドラマもあったので、2日とも30分程でログアウトしてしまった。
そして、水曜日、今日も学校で困ったフリをしようとしたとき、電話がなった。
ロンロンさからだ。
「ばんわ~」
「あ、はい。こんばんは」
「あ~、あのね、みんなと話したんだけど、敬語じゃなくて良いよ。無理強いはしないけどね」
あら、いけない。
気を使いすぎて、逆に気を使わせてしまったかしら。
「あら、そう~? じゃあ、遠慮しないわ」
「お、ノリ良いね。サッチャンは頑なに敬語を使うんだよね」
「サッチャンさんのガードは硬いの~」
生理用品のCMの替え歌を歌ってみた。
意味はないと思うし、反省もしていない。
「……なんか、タメ口だと、キャラが違うね?」
「あら、そうかしら? ゴメンなさいね。オホホホホ」
「いや、悪くはないよ。ねね、それよりさ、今日何かするの?」
「えぇ。これから、教頭先生の前で困ってみようかと思うのよ」
「え? 何それ?」
「ナンパ待ちよ。
困っていたら、白馬の王子様が迎えに来てくれるかもしれないでしょ?
だから、困ってみるの。
むす……、友達に『出会い』についてアドバイスもらったのよ」
「あはは。変なの。
じゃあ、私は見事に釣られたんだね。
女だったから、迷惑だったりしたかな?」
「ううん。お仕事については、本当に悩んでたのよ。助かったわ。それに友達が出来てうれしいわ」
「そっか」
「でも、ゴメンなさいね。騙したみたいになってしまって」
「良いよ~。出会い系だし、ね? それで、成果はあるの?」
「みんな無視するわ。こんなにか弱い女性が困ってるのに」
「まぁ、クレクレ君に見えるんだろうね。
私もナンパ待ちなんて、今の今まで思わなかったもん」
ちょっと私はショックだったけれど、『クレクレ君』の意味の方が気になった。
でも、聞けなかった。
ロンロンさんが、何かを思いついたからだ。
「……あっ!
そうだ。
ナンパ待ちじゃなくてさ、ナンパしない?
私、やってみたかったんだよね」
思えば、私もパパ以外の男性を知らない。
初めての彼氏と結婚して、そのまま30年近くも共にした。
私もナンパというものを、全く知らなかった。
私のナンパ知識と言えば、『へい、彼女。お茶しない?』の一言だけである。
こうして、私たちはナンパすることになった。
最初、私たちは競馬場でナンパをした。
ロンロンさんが言うには、今ラブワールドでもっとも人が集まる所なのだそうだ。
確かに、人は多かった。
まるで東京のスクランブル交差点みたい。
でもちょっと違う。
東京ではみんな器用にぶつからずに歩くスピードも緩めずに歩いていたけれど、ここでは沢山ぶつかっていた。
確かに、獲物は沢山いいるわ。
でも、私は疑問に思うのよね。
競馬場で出会いを意識する人っているのかしら?
いえ、私はギャンブルをしないから分からないから偏見なんでしょうけど、なんだか『真剣勝負なんだよ! 遊びじゃね~んだ! 色恋は邪魔だ!』みたいなイメージがあるのよね。
まぁ、美紀が若い頃は「どこにでもナンパする奴は生息する!」って愚痴っていたし、大丈夫よね。
うん。大丈夫よ。
そう自分に言い聞かせた。
ロンロンさんと私は品定め。
と言っても、アバターだから、良く分からない。
なんとなく、手間暇とお金がかけていそうな服装の人は分かるけれど、それだけ。
つまりは、服に興味があるか否かだけ。
「そんなことないよ。アバターは願望とか自己評価が映し出されているって。
例えば、ブックはリアルじゃメガネしてないんだよ。
なんか、インテリに憧れているんだって。
憧れるも何も、インテリだと思うんだけどね。頭良いし」
「へ~。そうなんだ」
「エルフは眠そうな目でしょ?
あいつ、みんなにおっとりしているって言われてるの意識してるんだろうし」
「キラーさんも何かあるの?」
「あ~、あれは分かんない。まぁ、何かあるんでしょ。
リアルと全然違うもん」
なんだか、4人は現実でも知り会いだと思うと、なんだろう、少し不思議に寂しくなる。
私は心の中で首を振って、寂しさを吹き飛ばす。
「ロンロンさんも何かあるの?」
「え~、分かんない?」
「うん」
「じゃあ、ヒント。私はB型です」
「……。ゴメンなさい。わからないわ」
「馬場ちゃんだよ! ほら、ABOBAの」
「あ~、なるほど」
血液型アイドルグループ、ABOBA。
その一員。
元気ハツラツショートヘアに大きな猫目。
個性的なゴスロリファッションが特徴的なB型アイドル、馬場 さやか。
彼女のコスプレだったのか。
言われてみれば、見えなくもないけれど、言われなくちゃ分からないわよ。
でも、私は言った。
「わぁ~。そっくりね~」
「でしょ? 本当はセーラー服じゃなくて、ゴスロリしたいんだけどね。ちと、高いんだ」
コスプレに照れているのか、代用品暴露に照れているのか、ロンロンさんは照れ笑い。
「まぁ、セーラー服もレアだから良いんだけどね。オープニングイベント限定品だよ」
「そうなんだ~。羨ましいわね~」
もう学生服には何の未練もないけれど、さらっと嘘をつきながら、私はターゲットを決めた。
ナチュラルなボサボサヘアー、つまりはセットしてなさそうな髪の、マンガの典型的な研究一筋の研究者のような髪の、男の子を見つけた。
なんとなく、若い頃のパパを思い出す。
わざわざ、そんな髪を選ぶ心理は、きっと現実ではキッチリしすぎて疲れてしまっているのだろう。
と私は自分の不安に言い訳した。
「私、決めたわ。あの、テレビ中継に釘付けのあの子に声をかけるわ」
「あの、スポーツマンっぽいの?」
「ううん」
「じゃあ、となりのチャラそうなの?」
「違うわ」
「え? ……、じゃあ、あの寝起きのお父さんみたいな髪の?」
「そうそう。その人よ」
「え~? あっ! 初めてだから、ハードル低そうなの選らんだの?」
「そんな失礼言ってしまっては、失礼よ~」
「……ミキちゃん。地味系好きなの?」
「そんなことないけれど、そうかもしれないわ」
彼が1人なので、私も1人で声をかけることにした。
ロンロンさんは会話が聞こえる距離で、知らない人のフリをしている。
私は深呼吸をして、いざ、勝負!
「へい。お兄さん。お茶しない?」
彼はチラっと私の顔を見て、靴に視線を落とし、そこから全身を見るようにしながら、もう一度私の顔へと視線を戻した。
そして、苦い顔。
「結構です。忙しいんで」
レースの中継をしているテレビへ顔を向けてしまった。
トボトボと元いた場所に戻る。
遅れて、ロンロンさんが戻ってきた。
「ドンマイ!」
「あっさり断られてしまったわ」
「まぁ、無視されなかっただけ良かったじゃん?
ありゃ、駄目だよ。昭和だよ。っていうか、マンガだよ。
私なら、無視するね」
ガーン。
と私は思った。
多分、顔もそんな顔をしていたのだろう。
ロンロンさんは直ぐにフォローしてくれる。
「なんてね。ウソウソ。
私はどんなナンパも無視してるんだけどね。
まだまだ、映画みたいな出会いに憧れてますから!」
「えぇ? ロンロンさんナンパされた事あるの?」
「そっちに興味持っちゃった? うん。まぁ、2、3回ね」
美紀もナンパされたことがある。
ロンロンさんもある。
そして、私はない。
そこに、きっと、深い意味なんてない。
多分、ない。
ううん。あっても良い。
私はパパのハートさえあれば、良いんだもん。
ふんだ。
「次私ね」
そう言って、ロンロンさんは特攻服を着た、リーゼントの子を指差した。
なにやら、ムチの素振りをしている。
あの人は騎手なのかしら?
「あら。あういうのがタイプなの?」
「う~ん。まぁね。
なんか喧嘩しそうじゃん?
喧嘩したら、看病が必要じゃん?
私、看病してみたいんだよね。
ロマンチックじゃない?」
話していると普通の子なのだけど、なんかロンロンさんには時々だけど少し危ない趣向が見え隠れしている気がするのは、私だけかしら。
でも、同姓にはきっと向かない。大丈夫。
私は気持ちよく送り出した。
「そう。頑張ってね!」
ロンロンさんの少し後ろを歩き、リーゼントを通り過ぎ、会話が聞こえそうな場所で待機した。
と、同時にロンロンさんが満面の笑みで声をかけた。
私が初めて聞く、甘えた声だった。
「あの~。もしかしてぇ~、レースに出るんですかぁ?」
「え?」
彼はロンロンさんに気がつくと、素振りを止めた。
「はい。出ます」
意外にも彼は敬語で答えた。
ロンロンさんは身体をクネクネしながら、攻撃を続ける。
「わぁ~。すっごぉ~い!! わたし~、まだなんですよね」
「そう」
ロンロンさんは、一瞬顔を歪ませるも、攻撃を続ける。
「あのぉ~、やりかたとかぁ~、教えてくれませんかぁ~?」
「いやです。公式ホームページを自分で読んでください」
彼は振り返った。
一瞬私と目が合う。
けれど、もちろん彼は私とロンロンさんが知りあいだなんて知る由もない。
特に気にせず、スタスタとどこかへ行ってしまった。
ロンロンさんは、まだ、作り物の笑みを崩していないが、眉毛がピクピクしている。
恥ずかしいだろうなぁ。
あんなぶりっ子姿を友達に見られて、しかも失敗しただなんて。
私は気にしてないわよ。
私にもそういう時代があったもの。
パパに沢山甘えたもの。
全然、大丈夫なんだから。
ただ、面白かっただけ。
「ドンマイ!」
「顔、にやけてるよ……」
「あら、ゴメンなさいね。これは、違うのよ」
そうして、私たちのナンパ計画は失敗した。
二戦目に移るほど、私たちの心は強くなかった。
「私、今度ナンパされたら無視しない。彼氏いるのって嘘つくことにした」
と言い残し、ロンロンさんはログアウトした。
私も『美紀やパパに見られてませんように』と願いながら、そのままログアウトした。
バッチリ見られていて、とても悲しい目で見られた。




