彼はいつもそうだ。
「チワーッス」
ドアの開放音と共に、後ろから聞きなれない声が聞こえた。
珍しい声の主を予想しながら振り向けば、そこにいたのはやっぱりゴーダ君だった。
苗字が郷田だからゴーダと呼んでくれ。
なんて自己紹介は目立たないはずなのに、彼の名は直ぐに覚えた。
「先輩。剛士って名前なんッスよね? なんか、俺と先輩で、某アニメキャラみたいですね。ゴーダと剛士ですよ!!」
そうやって、僕に懐いてきたからだ。
懐いてきたのに、聞きなれない声と思ったのは、彼が幽霊部員だから。
「珍しいね。君が来るなんて」
「いやいや、実はちゃんと活動してますよ。ゲーム研究してますよ。知ってます? ラブワールド。3ヶ月ぐらい前から始めたんですけど、これが、超スゲーんです。まずゲーム初のブレインリーダーの性能たるや……」
あ、長くなりそう。
そう思った僕は、話に割り込む。
「いや、良いよ。体験したことはないけれど、それなりに調べたから」
「ソッスカ? 流石先輩ッスね。ゲームマスターだ」
「ううん。僕なんか全然さ。今回はちょっと訳ありでね。身内から相談受けたんだよ」
「へ~。確か、お姉さんいたんですよね? お姉さんからですか?」
本当は父から相談を受けていた。
母が姉の名義でゲームをするけれど、姉に反対されたから説得してくれと、メールが届いた。
でも、説明するのはなんとも面倒臭いし、なにやら恥ずかしかったので、僕は適当に流した。
「うん、まぁ、そんな感じ」
「じゃ、オススメッスよ。いや、俺も出会い系に詳しくないですけど、国を通すわけですからね。安全なんじゃないッスか?」
いやいや、家の家族は騙す気満々さ。ちっとも安全なんかじゃないんだよ。
とは思うけれど、身内の恥は晒しにくい。
でもこれは大事だぞ。
母は少し天然だ。
少し変化球で聞いてみるかな。
「それじゃ、ゴーダ君は安全に彼女できたの?」
「え?」
と彼は少し困り顔。みるみる顔が赤くなる。
「秘密にしてくださいよ。今谷先輩とかに聞かれると、なんか面倒臭そうだから」
嫉妬した時も、見下した時も、イラついた時も、とりあえず人を小馬鹿にする2年生のことだ。
ゴーダ君は彼が苦手だった。
僕は先輩だからそんなに被害は受けないけれど、彼は後輩受けの悪い2年生だった。
「うん。大丈夫。僕は口が堅いよ」
ゴーダ君は鼻の頭をかく。
言葉を捜しているのか、「えっとッスね。なんて言うかッスね」とモジモジしている。
オタクっぽくない、プチイケメンでスポーツマンの彼は恋愛慣れしてると思ったけれど、やっぱりオタクなんだな。
恋愛トークは苦手なのかもしれない。
「彼女、えっと、その、24歳なんですよ……」
ゴーダ君は顔を真っ赤にして、手をモジモジして、とても恥ずかしそうだ。
目もチラチラとあったりあわなかったり。僕を直視できないみたいだった。
彼は18歳か19歳だよな。
5つか6つ年上ってことか。
う~ん。そういうもんかな。
僕は9つ歳上の姉がいて、小学生の時の初恋の相手も姉の友達で、さして抵抗はないけれど、一般的な大学1年生からみると、5つか6つ年上って恥ずかしいのかな。
あるいは、友達にからかわれたあとなのかな。
僕は安心させるため、いたって平坦な声で、何にも気付いてない様子で、返事をする。
「そうなんだ」
ゴーダ君は驚いたように数度のまばたき。
でも、今度はがっちり僕を直視していた。
そして、怒涛のノロケが始まった。
「そうなんッスよ!
それでね、年上なのに全然カワイイの。えっと、本当美人で、誰に似ているかな。ほら、あの、『シュワシュワお肌に変身』って化粧品のCMにでてた人! あの人に似てるんですよ!」
「そう」
「それでもやっぱり年上なんッスよね。まだ、付き合ってもないのに、というか付き合おうかどうしようかって話し合い中に、その、キ、キ、キス! してきたんですよ。あ、ゲームの話しですけど」
そのぐらい、今時は中学生もするんじゃないの?
そう思うのは思うんだけど、僕が知りたい事は、ゲーム内容なのだ。
「へ~。ラブワールドはキスとかできるんだ」
「え? 出来ないッスよ?」
「え?」
「あ、俺が言ったのか。いや、結局できなくてですね、顔がのめりこみました!」
あはは、と彼は大笑い。
僕も作り笑いじゃない、クスリ笑い。
そして、彼のノロケはまだ続く。
「あ、そうそう。ゲームといえば、彼女料理ばっかやってて、あ、これ、コンプレックスをゲームで満たしてるんだな。とか思ったんですけど、いやいや、これがリアルでも超上手いッスよ!」
「ふ~ん」
「まだ、1回しか食ってないんですけどね!」
あはは、と彼は大笑い。
僕はさして面白くなかったから、作り笑い。
「ちなみに、彼女ナースッスよ! 誰もが1度は憧れる、白衣の天使!」
「へ~」
「まぁ、全然、実際、付き合ってみると実感ないんですけどね!」
あはは、と彼は大笑い。
僕はもう作り笑いも作らない。
人のノロケを楽しそうに聞けるんだから、女の子って凄いなって思う。
ちょっと、辛くなってきた。
でも、彼は長々と1時間程ノロケ話を続けた。
他に自慢させてくれる人がいなかったのかもしれない。
「さてと、そろそろ帰りますわ。バイトの時間なんで」
「そう」
「あ、これレポートです」
ゴーダ君は作文用紙3枚を机に置く。
「ん? なにこれ?」
「いや~、この前、G棟で今谷先輩と鉢合わせしちゃって……。来ないのに在籍したいなら月1でレポート出せとかなんとか」
部長の僕を差し置いて、変なルールが作られたみたいだ。
というか、彼的には、遠まわしに顔を出せと言ったつもりなんだよな。きっと。
レポート提出を選ぶなんて思ってもいないんだよな。きっと。
まぁ、大した問題じゃないし、どっちにも問題があるし、やんわり注意しておくか。
「レポートは良いから、もっと顔だしなよ」
「あ、はい!」
良い返事だけど、多分来ないよな~。
ゴーダ君はいつもそうだ。
まぁ、いいや。
ゴーダ君が帰ったあと、僕はなんとなくレポートを読んでみる。
ラブワールドについてだった。
大体が、インターネットでの評判についてだった。
アバターが作りにくいとか、ゲームとして遊べる部分がすくないとか、アカウント停止処分の判断が曖昧だとか、そんなことが書かれていた。
大した情報はなかったけれど、2枚目の1文が気になる。
『TANI式イヤホン装備のラブグラスは、評判悪し』
あ~、あれは危ないよな。
もう手遅れかもしれないけれど、姉に注意を促そうと思った。
ちょっと嫌な予感がする。
数日後、姉からメールが届いた。
どうやら母はラブワールドをやれるらしい。ちなみに、嫌な予感は当たっていて、実家のラブグラスはTANI式イヤホンなのだそうだ。
火事とかには気をつけて、と返信した。
さらに数日後、母からメールが届いた。
大変よ! 大変なのよ! 誰とも出会えないの!
そんな内容だった。
僕に聞くなよ。
と思うんだけど、父も姉も非協力的なのだろう。
あるいはゲームなんて良く分からないか。
実は僕もラブワールドに対して無知だった。
インターネットで調べてもいまいちやったことのないゲームについては理解しがたく、結局ゴーダ君に電話をする羽目になった。




