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ラブワールド  作者: ササデササ
代理恋愛
53/64

彼はいつもそうだ。

「チワーッス」

 

 ドアの開放音と共に、後ろから聞きなれない声が聞こえた。

 珍しい声の主を予想しながら振り向けば、そこにいたのはやっぱりゴーダ君だった。

 苗字が郷田だからゴーダと呼んでくれ。

 なんて自己紹介は目立たないはずなのに、彼の名は直ぐに覚えた。


「先輩。剛士って名前なんッスよね? なんか、俺と先輩で、某アニメキャラみたいですね。ゴーダと剛士ですよ!!」


 そうやって、僕に懐いてきたからだ。

 懐いてきたのに、聞きなれない声と思ったのは、彼が幽霊部員だから。

 

「珍しいね。君が来るなんて」

 

「いやいや、実はちゃんと活動してますよ。ゲーム研究してますよ。知ってます? ラブワールド。3ヶ月ぐらい前から始めたんですけど、これが、超スゲーんです。まずゲーム初のブレインリーダーの性能たるや……」


 あ、長くなりそう。

 そう思った僕は、話に割り込む。


「いや、良いよ。体験したことはないけれど、それなりに調べたから」


「ソッスカ? 流石先輩ッスね。ゲームマスターだ」


「ううん。僕なんか全然さ。今回はちょっと訳ありでね。身内から相談受けたんだよ」


「へ~。確か、お姉さんいたんですよね? お姉さんからですか?」


 本当は父から相談を受けていた。

 母が姉の名義でゲームをするけれど、姉に反対されたから説得してくれと、メールが届いた。

 でも、説明するのはなんとも面倒臭いし、なにやら恥ずかしかったので、僕は適当に流した。


「うん、まぁ、そんな感じ」

 

「じゃ、オススメッスよ。いや、俺も出会い系に詳しくないですけど、国を通すわけですからね。安全なんじゃないッスか?」


 いやいや、家の家族は騙す気満々さ。ちっとも安全なんかじゃないんだよ。

 とは思うけれど、身内の恥は晒しにくい。

 でもこれは大事だぞ。

 母は少し天然だ。

 少し変化球で聞いてみるかな。


「それじゃ、ゴーダ君は安全に彼女できたの?」


「え?」

 

 と彼は少し困り顔。みるみる顔が赤くなる。


「秘密にしてくださいよ。今谷先輩とかに聞かれると、なんか面倒臭そうだから」


 嫉妬した時も、見下した時も、イラついた時も、とりあえず人を小馬鹿にする2年生のことだ。

 ゴーダ君は彼が苦手だった。

 僕は先輩だからそんなに被害は受けないけれど、彼は後輩受けの悪い2年生だった。


「うん。大丈夫。僕は口が堅いよ」


 ゴーダ君は鼻の頭をかく。

 言葉を捜しているのか、「えっとッスね。なんて言うかッスね」とモジモジしている。

 オタクっぽくない、プチイケメンでスポーツマンの彼は恋愛慣れしてると思ったけれど、やっぱりオタクなんだな。

 恋愛トークは苦手なのかもしれない。


「彼女、えっと、その、24歳なんですよ……」


 ゴーダ君は顔を真っ赤にして、手をモジモジして、とても恥ずかしそうだ。

 目もチラチラとあったりあわなかったり。僕を直視できないみたいだった。

 彼は18歳か19歳だよな。

 5つか6つ年上ってことか。

 う~ん。そういうもんかな。

 僕は9つ歳上の姉がいて、小学生の時の初恋の相手も姉の友達で、さして抵抗はないけれど、一般的な大学1年生からみると、5つか6つ年上って恥ずかしいのかな。

 あるいは、友達にからかわれたあとなのかな。

 僕は安心させるため、いたって平坦な声で、何にも気付いてない様子で、返事をする。 

 

「そうなんだ」


 ゴーダ君は驚いたように数度のまばたき。

 でも、今度はがっちり僕を直視していた。

 そして、怒涛のノロケが始まった。

 

「そうなんッスよ!

 それでね、年上なのに全然カワイイの。えっと、本当美人で、誰に似ているかな。ほら、あの、『シュワシュワお肌に変身』って化粧品のCMにでてた人! あの人に似てるんですよ!」


「そう」


「それでもやっぱり年上なんッスよね。まだ、付き合ってもないのに、というか付き合おうかどうしようかって話し合い中に、その、キ、キ、キス! してきたんですよ。あ、ゲームの話しですけど」


 そのぐらい、今時は中学生もするんじゃないの?

 そう思うのは思うんだけど、僕が知りたい事は、ゲーム内容なのだ。


「へ~。ラブワールドはキスとかできるんだ」


「え? 出来ないッスよ?」


「え?」


「あ、俺が言ったのか。いや、結局できなくてですね、顔がのめりこみました!」


 あはは、と彼は大笑い。

 僕も作り笑いじゃない、クスリ笑い。

 そして、彼のノロケはまだ続く。


「あ、そうそう。ゲームといえば、彼女料理ばっかやってて、あ、これ、コンプレックスをゲームで満たしてるんだな。とか思ったんですけど、いやいや、これがリアルでも超上手いッスよ!」


「ふ~ん」


「まだ、1回しか食ってないんですけどね!」


 あはは、と彼は大笑い。

 僕はさして面白くなかったから、作り笑い。

 

「ちなみに、彼女ナースッスよ! 誰もが1度は憧れる、白衣の天使!」


「へ~」


「まぁ、全然、実際、付き合ってみると実感ないんですけどね!」


 あはは、と彼は大笑い。

 僕はもう作り笑いも作らない。

 人のノロケを楽しそうに聞けるんだから、女の子って凄いなって思う。

 ちょっと、辛くなってきた。

 でも、彼は長々と1時間程ノロケ話を続けた。

 他に自慢させてくれる人がいなかったのかもしれない。


「さてと、そろそろ帰りますわ。バイトの時間なんで」


「そう」


「あ、これレポートです」


 ゴーダ君は作文用紙3枚を机に置く。


「ん? なにこれ?」


「いや~、この前、G棟で今谷先輩と鉢合わせしちゃって……。来ないのに在籍したいなら月1でレポート出せとかなんとか」


 部長の僕を差し置いて、変なルールが作られたみたいだ。

 というか、彼的には、遠まわしに顔を出せと言ったつもりなんだよな。きっと。

 レポート提出を選ぶなんて思ってもいないんだよな。きっと。

 まぁ、大した問題じゃないし、どっちにも問題があるし、やんわり注意しておくか。


「レポートは良いから、もっと顔だしなよ」


「あ、はい!」

 

 良い返事だけど、多分来ないよな~。

 ゴーダ君はいつもそうだ。

 まぁ、いいや。


 ゴーダ君が帰ったあと、僕はなんとなくレポートを読んでみる。

 ラブワールドについてだった。

 大体が、インターネットでの評判についてだった。

 アバターが作りにくいとか、ゲームとして遊べる部分がすくないとか、アカウント停止処分の判断が曖昧だとか、そんなことが書かれていた。

 大した情報はなかったけれど、2枚目の1文が気になる。 


『TANI式イヤホン装備のラブグラスは、評判悪し』  


 あ~、あれは危ないよな。

 もう手遅れかもしれないけれど、姉に注意を促そうと思った。

 ちょっと嫌な予感がする。




 数日後、姉からメールが届いた。

 どうやら母はラブワールドをやれるらしい。ちなみに、嫌な予感は当たっていて、実家のラブグラスはTANI式イヤホンなのだそうだ。

 火事とかには気をつけて、と返信した。


 さらに数日後、母からメールが届いた。

 大変よ! 大変なのよ! 誰とも出会えないの!

 そんな内容だった。

 僕に聞くなよ。

 と思うんだけど、父も姉も非協力的なのだろう。

 あるいはゲームなんて良く分からないか。

 実は僕もラブワールドに対して無知だった。

 インターネットで調べてもいまいちやったことのないゲームについては理解しがたく、結局ゴーダ君に電話をする羽目になった。 

   


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