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ラブワールド  作者: ササデササ
代理恋愛
51/64

おじさんじゃない!

 私は家の前にいた。

 この前、パパがゲームを終えたときには、部屋の中だったのに、私は家の前にいた。

 もしかしたらどこで終了しても、スタートはここなのかもしれない。

 さてっと、ここでも良いのだけど落ち着くために、家に入る。

 そして、パパの助言を思い出しながら……。

 腰に目をやる。

 ポシェットがあった。

 中を見てみると、スマートフォンがあった。

 起動してみる。

 そして、チュートリアルアプリを起動してみる。

 しかし、スマートフォンは何の反応も示さない。

 と思うこと3秒ほど。

 視界中央に変な生き物が現れた。

 ハートに目と口が書いてあり、手足が生えている。

 つまり、ハートが胴体であり顔なのだ。

 しかも、浮いている。

  

「ようこそ、美紀さん。ラブワールドへ。

 僕はハート君。よろしくね」


 ハート君はゆっくり落ちて、地面に着地した。

 そして、私に手を差し伸べる。

 きっと、握手を求めている。 


「こ、こんにちは」

 

 私はハート君とシェイクハンド。

 

 ハート君は人間じゃない。

 確か、マンガはプレイヤーだったはず。

 私は聞いてみた。

 ゲーム初心者の私でも、疑問に思ったのだ。

 いちいち、初心者に運営の人間がマンツーマンでレクチャーしてくれるのかと。


「あなたは、あなたの中身は人間なの?」


「おっと、その質問は想定内だ。

 ごめんよ。あれは嘘だ。

 と言うか、僕だけが特別なの。

 ほら、僕ってアプリじゃない?

 僕の姿は美紀さんにしか見えてないし、僕の声は美紀さんにしか聞こえない」


「そう。残念ね」


 と私は残念がるも、彼はマイペースに話を進める。


「まずは、ポシェットの初期装備の説明から始めるよ」

 

 それから、長い長い説明を受けた。

 ポシェットには財布と腕時計があること。

 財布は飾りだけど、中に初期資金があること。

 初期資金とはカードで、スマートフォンに食べさせること。

 基本、報酬はカードで支払われること。

 支払いはスマートフォンをレジの機械にかざすこと。

 腕時計はデジタル式で、ケースにあるボタンを押すごとに、現実時間とゲーム時間が切り替わること。


 時間的には30分ぐらいだったのだけど、黙って聞く説明は長く感じた。

 というか、一気に説明されても覚えられる自信がないわね……。

 当然のごとく、私の不安を無視して、ハート君は説明を続ける。


「さて、ここはマイホームエリアだよ。あなた専用の空間なんだ」


「へ~。そうなの」


「ここで出来る事は限られてるんだ。外に出る方法を説明するね」


 まだ続くのかしら。

 もう、本当に、限界よ。

 でもやっと家の外から出られるのだし、もう少し頑張ってみようかな。


「別のエリアに向かうには、タクシーを呼ばなくちゃいけないよ。

 電話帳に登録されているから、呼んでみてよ!」

 

 私は言われたとおりに、電話してみる。

 チュートリアルアプリを起動して、30分にして、やっと、初めてのアクション。

 やっと、能動的に動けた。


 プルルル、プルルル、ガチャ。

 

 2コールで、相手は出た。


「毎度ありがとうございます。ラブタクシーです。直ぐに向かいますね」


 ガチャ。

 すごく、一方的だった。

 私は一言も喋れなかった。 

 現実だったら、クレームを入れたかもしれない。


 しかし、その言葉通りに、タクシーは直ぐに来た。

 静かだった、マイホームエリアに車のエンジン音が聞こえてくるまで数秒。

 そのエンジン音が近づいてきて、クラクションを鳴らすまでも数秒。

 数秒+数秒で、もう着いたみたいだ。

 家の外に出てみると、タクシーがいた。

 ハート君が可愛らしく歩いて、タクシーに乗り込み、可愛らしく手招きする。

 私が中に乗り込むと、すかさず運転手さんは聞いてきた。

 


「どちらまで?」


「193984地へ」

 

 と答えたのはハート君だった。

 私にしかハート君は見えないはずだったのに、運転手さんは、了解しましたと答えてアクセルを踏んだ。

 私の家は空き地に囲まれていたのは知っていたけれど、空き地は山に囲まれていることにきがついた。

 そして、山を貫くようにトンネルがある。

 タクシーはトンネルへと侵入していった。 


 車の中でも、ハート君の説明は続いた。


「僕の声が聞こえるってことは、彼もコンピューター。

 見分け方はもう知っているよね?

 実写がコンピューターで、アバターが人間なんだよ」


「それ、さっきも説明されたわ」


「さて、193984って数字は登録番号で、初ログインが君より1人分先輩なんだ。

 ちなみに、君のIDは254932番だよ。

 え?

 連番じゃないのかって? 

 その通りさ!

 詳しい説明は省くよ。

 ゾロ目などのレア番号を作らないためとか、ゲーム暦をぼかすためとか、退会者の番号を再利用するためとか、色々あるんだけど、ようは大人の事情なのさ。

 って、説明しちゃったね!」


「ふ~ん。そうなの」

 私はそっけなく答えた。

 別に興味ないわね、と思ったし、なによりどうせこっちの言っていることを理解してくれないのだ。

 説明が長いのでイライラしていた。

 しかも、タクシーの電話は失礼だし、時々無視されるしで、ゲームだと理解していてもイライラしていた。


「それと、IDで行き先を指定できるのは僕だけなんだよ。本来は、招待状か、フレンド登録しないといけないんだ」


「ふ~ん。そうなの」

 

「お、着いたみたいだよ」

 

 トンネルを抜けると、そこは我が家だった。

 はて?

 と思っていると、タクシーは止まる。

 ハート君は私を飛び越え、タクシーから降りた。

 そして、また手招きする。

 なるほど。

 その空間は、その家は、我が家と似ているようで、というか全く同じなのだろうけれど、表札だけが違った。

 酔い倒れの家とある。

 変な名前。


「これ、押して押して」

 

 とハート君はインターホンを指差していた。

 押してみると……。

 何の反応もなかった。

  

「あちゃ~。留守みたいだね」


 そう言って、ハート君はタクシーに乗り込み、手招きする。

 私はなんだか疲れてきた。

 このまま終了しようと思ったけれど、まだ誰も帰ってきてないみたいだし、もう少し頑張ろう。

 でも、タクシーに乗り込み、ハート君の説明を聞くと、ちょっと後悔した。

 

「実は、知ってたんだけどね。酔い倒れさんがログインしてないって。でも、決まりなんだよね。1人分先輩を紹介するのが。ほら、IDの説明のために、的な?」


「はぁ。そうですか!」


「今度は安心してよ。ちゃんと家にいる人の所だから」


 まったく、IDの説明なんていらないから最初からそうしてくれれば良かったのに。

 イライライライラするけれど、私は我慢した。

 私はこのゲームを楽しもうなんて思っていない。

 すべては、孫のためなのだ。

 美紀の恋人を探すためなのだ。


 


 2軒目のお宅訪問は、エンドエルフさんの家だった。

 子供っぽいネーミング。

 それとも、ネットゲームでは普通なのかしら?

 そう思いながら、インターホンを押してみると、ハート君の言う通り、今度はちゃんと在宅だった。


「は~い?」


 若い女性の声だった。

 それよりも、ハート君に言われるがままにインターホンを押したは良いけれど、私は心の準備をしていなかった。


「あの、こんにちは。ハート君に連れられてやってきました」


 となんだか変な挨拶。

 でも、話は通じたみたいだ。


「はいはい。チュートリアルね」


 出てきたのは、男だった。

 金髪ロンゲに、後ろ前のつばつき帽子。

 パッチリお目目は眠たそう。

 

「あの、こんにちは」


「名刺交換でしょ?」


「え?」


「あ、まだ話し進んでない? 良いよ。待つよ。暇だしね」


 やっぱり、声は女みたいなひとだった。

 でも、確か、私がアバターを作った時には、性別を選べなかった。

 出会い系ゲームだから、当然といえば当然かもしれないけれど、性別は嘘をつけないのだろう。

 つまり、この人は男なのだ。


 その後、


「おい! 金はどうした?」


 とずっと無口だったタクシー運転手が怒り出し、


「おっと、忘れてた。支払い方法を説明するね」

 

 とすっとぼけた口調のハート君の説明を聞き、タクシーに向かう。


「あ、支払いの説明? あの小芝居イラつくよね」

 

 と言うエンドエルフさんに強く相槌を打ちつつ、支払いを済ませた。

 10円という驚きの安さだった。


「さて、それじゃあ、名刺交換の説明をするかな」


 とハート君の5分ぐらいの説明を受けたのち、私はエンドエルフさんと名刺交換をした。


「聞く側の時も長く感じたけど、待たされる側の時はもっと長く感じるね。絶対、このゲームの開発者はゲーマじゃないよ」


 とエンドエルフさんは苦笑いしていた。

 待たされても、怒らず苦笑いできるエンドエルフさんは、良い人のように思えたけれど、


「うは。おばさんじゃん」


 と失礼な発言。

 言われた時、腹は立たなかったけれど、よくよく考えればその名刺は美紀のもので、つまり美紀がおばさん呼ばわりされたのだ。

 ムカッとしつつ、名刺を見てみると、エンドエルフさんは52歳だった。

 あなたの方がおじさんじゃない! 

 と思いつつも、私は平謝りするのだった。


「ゴメンなさい。お待たせしてしまって」


「良いよ。ハート君が悪いんだし。なんて言うか、このゲームには致命的な欠陥があるよね。バグだよね。

 あ、それより、次は仕事だろうから頑張って!」


 そう言って、エンドエルフさんは家に入っていった。

 やっぱり良い人かもしれない。

 おじさんに失言はつきものだ。

 社会人経験のない私はおじさんとの接触が少ない人生だったけれど、出来うる限りのおじさんを思い出しながら、父や義父や親戚や恩師を思い出しながら、自分を納得させた。

 うん。エンドエルフさんは良い人に違いない。

 そして、ハート君のまだまだ続く長い説明を聞いた。

 人の家の前で、10分も。

 主にお仕事の説明だった。

 それならば、仕事場で説明すれば良いのに。

 初心者の私も思うのだった。 

 このゲームには、致命的な欠陥がある。

 そう思いながら、ゲームを終了した。

 お仕事をする気力は残っていなかったし、流石にそろそろ2人も帰ってくるだろう。


 でも、美紀とパパは、私を無視してご飯を食べ終わった後だった。

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