若いよ。旦那様。
「チュース」
彼は英語を喋った。
でも、私の知らない単語だ。
確かに、看護学校に入学する時に受験勉強はしたし、今だって、つたない英語を使うときはあるけれど、知らない単語だった。
っていうか、英語じゃね~し。
ちゃんとした日本語喋りやがれ!
私がイライラして返事が遅れていると、彼は待ちきれなかったらしい。
「あれ~? どうしちゃったの? 俺に見とれちゃたか~い? リラックスだよ、リーラーックス。プリティガール」
今度は、日本語と英語ね。と思いつつ、いやいや私は挨拶を返した。
「こんにちは」
「いや~、いやいや、今は21時ぐらいっしょ? 夜だけどね」
彼はそう言って、腕時計を見る。
「お、ゲーム内じゃ12時じゃん! キミ、すごぃね~。実はビギナー装った経験者なんじゃん?」
「あの、ごめんなさい。あなたの言ってることが理解できないわ」
「あれ~あれあれぇ。ノー問題。そのうち、慣れちゃうよ~」
「私、ゲーム始めたばかりなんですよ。質問できるのはあなただけなんです。あの、その、ゴメンなさい。……離婚ってどうすれば良いのですか?」
私は出会って数秒で、この人は無理と思った。
友達とか、患者さんとかなら余裕で許容範囲かもしれない。
お医者さんや同僚だったら、ギリギリ許容範囲かもしれない。
でも、恋人としては無理。
だって、何言ってるかわかんないんだもん。
彼は手をバタつかせ、
「待って! 落ち着いて!! 今の無理してたの。
本当は、大学生なのに高額のネットゲームするぐらい、オタクなんだよ」
「そうですか。それで、離婚はどうすれば?」
「オタクも駄目? 普通に喋るよ」
「初対面にタメ口なのに『ちゃんと』ですか?」
「そこは譲れない。変身願望っていうのかな。
でも、今なら言葉は分かるよね。なんちゃってチャラ男語より」
「えぇ、まぁ……」
「じゃあさ、もう少し試してみなよ。
離婚って大変なんだよ。
二ヶ月は再婚できないし。
財産分与……、で損するの俺だけか」
「えっと、離婚にはシステム的に制約がかかるということですね」
「そうそう。
家も強制売却されて、二人とも初期ハウスになっちゃうし。
って、俺も君も初期ハウスだけど」
「やっぱり独身から始めればよかった!!!」
私は彼を怒鳴りつけ、
「分かりました。もうちょっと、我慢します」
「うん。それが良い」
話している間に、彼はキッチンにいた私の間近まで迫ってきていた。
だけど、わざわざ靴置き場まで戻った。
「えっと、スーナさんだっけ。早速やり直そうよ」
「はぁ」
「ただいま!」
あ、何をやり直すかと思えば、数秒で離婚危機になった夫婦生活を、一からやり直すらしい。
「おかえりなさい。あなた」
うわぁ。
仮想夫婦、夫婦ゴッコでも、ちょっと、照れるのね。この台詞。
いや、ゴッコだから、照れるのか。
私たちの間に、愛はないのだから。
「う~ん。あなたも良いけど、名前で呼んで欲しいな。憧れなんだ」
彼はそう言って、ポケットからスマートフォンを取り出し、なにやら操作をする。
「名刺、渡すね」と言っていた。
私は彼が何をやっているのか興味を持ってしまって、彼に近づく。
ちょうど、ソファー地帯まで歩を進めたとき、彼の名刺取り出し作業は終わってしまったらしい。
紙媒体の名刺を、私に差し出してきた。
「あ、あの、ありがとうございます」
別に嬉しくはないのだけど、礼儀として、形だけのお礼を言う。
そして、名刺を見てみると、最初に私が答えたアンケートに似ている内容が書いてあった。
名前――ゴーダ
職業――大学生
年齢――18歳
ペット――どちらでも良い
タバコ――吸わない
若っ!!
未成年じゃないの。
え、大丈夫? 私、大丈夫?
えっとえっと、犯罪じゃないよね。18歳からプレイできるゲームなんだから、私悪くないよね。
付き合ってもキスとかしなければ、犯罪じゃないのかな。
え、え、え、え、え~!!
離婚寸前まで、見損なったゴーダさんの評価が、私の中でグングンと上がっていく。
彼氏いない暦もう直ぐ3年の私に、18歳は反則だ。
私は、駄目な女だった。
この時、私は、そもそも、これはゲームないの仮想の関係だって事も忘れていた。
「紙媒体の名刺だと嘘をつけないんだ。
これから、いろんな人と出会うと思うから、騙そうとする人とかもね。
だから絶対に紙媒体で名刺を貰った方が良いよ」
とか、
「スーナのスマートフォンに差し込む所あるんだ。
カードリーダーみたいな。
なくなっちゃうから、カード食べラーって俺は読んでるけど。
とにかく、そこカードを差し込むとデータ化されるよ」
とか、
彼はなにやら説明してくれていたが、私はドキドキしてあんまりよく聞いていなかった。