逃げてしまった
「ヤッホー。お待たせ~!」
今日でミーナさんとお菓子交換を始めて3日目になるが、いつでも元気な人だった。
「待ってないッスよ」
と俺は言うのだが、結構待った。
スーナとのことについてしっかり考えようと思ったはずなのに、ミーナさんには仮夫がいるはずなのに、俺は浮かれていた。
自覚はないが、俺はネガティブなのかもしれない。根が暗いのかもしれない。
いやいや、待てよ。
あるいは俺は根が明るいから同属を求めてるのかもしれない。
昔から、明るい人に弱かった。
思えば、元彼女たち3人とも『押し』が強かった。
「今日はなんと、ケーキなのだ! 凄いでしょ? レベルアップしたんだよ。私、レベル上げるの早くない?」
「Sランク連発ッスか? スーナもそうなんですよ」
「ううん。私は廃人かな。思ってたよりはまっちゃったみたい」
「あはは。俺も、そっちです。大体Bランク」
「じゃあ、私の勝ちだねっ! 大体Aランク、時々Bランクだよ」
「お、凄いじゃないッスか」
「いや、Bランクばっかって、ゴーダ君がゲーム下手なんじゃない?」
「ひ、否定はしないです」
俺は濃厚なゲーマーだが、オフゲーではまったのは、じっくり構えるゲームばかりだ。
シューティングとか、落ち物パズルとか、格闘ゲームとか、アクションゲームとか、なんとかクリアできるレベルの下手さだ。
それでも、母親に言わせるならば、恵まれているのだそうだ。
初期型家庭用ゲームには、イージーモードなんてなかった物も多かったのだそうな。
「それじゃ、どうする? 私は今日も暇だけど」
「俺も、暇ッス」
実は嘘だ。
昨日までは本当に暇だったが、今日は嘘だ。
落しちゃいけない、必修科目が待っていた。
でも、1日ぐらい休んでも大丈夫。
俺は今日サボる事を決めた。
さて、ミーナさんも割りと時間があるらしく、いつもお菓子を交換した後、1時間ぐらい遊べる。
俺はここ数日、この1時間が楽しみでしかたなかった。
今日は、カラオケで歌った。
スーナさんは相変わらず歌が上手かった。
「ゴーダ君もなかなかだよっ」
と少し上から目線なのも、なんだか、良い。
あれ?
俺もしかしてMなのかな、と不安になる。
でも違う。
毒気がないんだ。この人には。
それも、キャラなのかもしれないけれど、あるいは俺の恋は盲目補正なのかもしれない。
あれ?
恋?
今、俺、恋って思った?
違うだろ。
タイプなだけ。
これは、恋じゃない。……よな?
「ゴーダ君は反社会的な歌がすきなんだね」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……。この、グループの歌って、嫌われ者の応援歌にも聞こえるんですよね。だから、結構~不良だけじゃなくオタクにも人気あるんですよ」
「ふ~ん。ゴーダ君オタクだもんねっ!」
「まぁ、否定はしないですけど」
2人きりのカラオケは、点数的に連戦連敗でミーナさんに一度も勝てなかったのだけが、それでも、とても楽しかった。
そして……。
今日はちょっと違った。
1時間遊んだあとも、ミーナさんがログアウトしないのだ。
「今日は、ちょっと遅くても大丈夫なんだ」
「良かった。遊べるんですね」
俺たちはそのままダーツバーに向かった。
ダーツするためじゃない。
何か、相談したい事があるらしい。
カウンターに座ると、NPCがこちらをちらちらと見る。注文を待っているのだろう。
未成年の俺は、残念ながら、ゲーム内でも酒を飲めない。だから、ミルクを頼んだ。ちょっとかっこ悪い。
ミーナさんはソルティドックを頼んでいた。
「私、犬派だからね」
との事だった。
未成年の俺には理解できなかったが、多分成年の人にも理解できないタイプの人なのだろう。
「ところで、相談って、どうしたんですか?」
「私、おじいちゃん……。えっと、イチローと別れようかと思ってるの」
「え? 何でですか? 仲良さそうだったのに」
「私はね、別に別れたくないんだ。でもね、イチローが、別れたいって」
「ミーナさん魅力的なのに、何が気に入らないんですかね」
「本当? 本当にそう思う?」
悲しいのか、頬の筋肉がピクピクと動く。アバターでそこまで再現するこのゲームにも驚いたが、俺はしっとりミーナさんに驚いていた。
気付けば、ミーナさんはしっとりとした喋り方になっていた。いつものカラカラとした元気は無くなっていた。
「思いますよ!」
俺ははっきりと答えた。
ミーナさんは魅力的だ。
いつも明るくて、周りを元気にしてくれて、そういう人は魅力的だ。
「じゃあ、別れたら、もらってくれる?」
心臓が握りつぶされたかのように小さくなって、爆発したかのように大きくなった。激しい1ドッキリをした。
「離婚後の結婚は2ヶ月の制限掛かりますよ……」
でも、俺は、やんわりと逃げた。
「そっか。そうだよね……」
そのまま、俺たちは殆ど会話なく10分ほど過ごし、ログアウトした。
それ以来、俺たちはお菓子の交換だけの毎日になってしまった。
ミーナさんいわく、ゲームに少し飽きたのだと言っていた。
でも、もしかしたら、俺が傷付けたのかもしれない。
俺の勘違いなんかじゃなくて、ミーナさんは俺に気があったのかもしれない。
それを受け止められなかった。
反射的に逃げてしまった。
何故だろう……。
俺はその答えを、知っている気がした。
13年10月24日、初稿の時点で、小説情報を見ましたら、ここまでで66666文字でした。
めでたそうなぞろ目なのに、僕はキリスト教じゃないのに、なんだか不吉な気がしないでもないです。




