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電源を入れると、真っ暗だった視界に、何本もの光の線が映し出された。
おぉ、3Dだ。
前方10メートル先(映像なので体感の話)の一点から、何本もの光の線が、私の横を掠めるように飛んでいく。
私は動いてないのだけれど、3D映像の威力なのか、なんだか凄いスピードで移動している気分になる。
しかしながら、横を向いても景色は変わらない。
ちょっと、不思議な感覚。
どんなに映像技術が発達しても、やっぱり偽者は偽者ね。
『ようこそ、ラブワールドへ。これからあなたにはもう一つの人生を歩んで頂きます』
なんて男の人の声で流れるナレーションを無視しながら、最新ゲーム技術にケチをつけていると、やっぱりさっきの光の線の演出は移動を表していたみたいで、私はどこかに到着したみたいだ。
そこは部屋だった。
6畳ほどの正方形の小さな部屋。
お洒落なコンクリートの壁が、なんとなくモダン。
私は壁際に立っているらしく、対面する壁には男の人が立っていた。
部屋も、男も、実写映像だ。
あるいはリアルなコンピューターグラフィック?
でも男の人は実写よね。
その人を私は知っていた。
有名タレントのモリモリさん68歳。
国は本気ね。予算かけてるわ~。
私が感心しているのもお構いなしに、モリモリさんは喋り始める。
「やぁ、ようこそラブワールドへ。
まずは簡単な説明をするよ。
君のつけているラブグラスは、ブレインリーダー、つまり脳波読み取り技術を使っているんだ」
んん?
簡単じゃないぞ。
何言ってるんだ。モリモリさん。
ラブグラスは、恐らくメガネ型ディスプレイの事で、えっと、えっと、何? 何だって?
私は良く理解していない。
でも、モリモリさんは話を続ける。
「つまりね、特別な操作は必要なく、君はこの世界で動けるんだ。
試してごらんよ。
そうだね……、まずは右手を目の前に移動してごらん」
「出来ません。どうすれば良いのか分かりません」
私は、ついリアルの世界で声に出すも、モリモリさんには届かない。
沈黙、およそ60秒。
「難しいかい?
慣れないうちは、君の現実世界の身体も動かすと良いよ。
そのうち慣れるから」
「はい……」
私はまたもリアル世界で届かない返事を返し、リアル私の右手を動かしてみる。
目の前に移動してみる。
すると、あらあら、何だ、これ?
マンガちっくな、いかにもアニメ絵な、右手が私の目の前に現れた。
モリモリさんは実写なのに、私の右手はアニメだ。マンガだ。
「うん。上手く出来たみたいだね」
モリモリさんは嬉しそうに頷き、ちょっとにやけながら話を続けた。
「自分の右手を見て驚いたかい?
この世界では実写はコンピュータキャラで、アバターはプレイヤーなんだよ。
だから、君の右手は偽者っぽいんだ」
へ~。分かりやすい。
でも、出会い系ネットゲームならばプレイやーが実写の方が都合が良いんじゃないのだろうか?
私が疑問に思うと、それに答えるようにモリモリさんは、
「顔が分からない。
これはネット恋愛の一つの醍醐味だからね。
あ、でも安心しておくれ。
不満に思う人もいるだろうから、写真からバーチャル表情を作る技術を導入予定さ。
希望者は顔だけ写真を使う事も出来るようになる予定なんだよ」
へ~。それは楽しみだ。
いやいや待てよ。
自分の顔を不特定多数に公開しながらゲームするのは嫌かもしれない。
人の顔は見たいけれど、私の顔を見せるのは嫌かもしれない。
私はアバターでゲームを続ける事を決意した。
「さて、それじゃ、君の名前を教えておくれよ。
本名じゃない、ゲームで使う名前だよ」
モリモリさんは、顔を横に向け、耳に手を当て、『聞こうとしてますよ』のジェスチャーをする。
しかし、私は、名前を教えない。
教え方が分からない。
「おっと、ゴメンよ。
君の身体は想うだけで動くけれど、言葉はリアルでも喋ってもらわないと駄目なんだ。
ブレインリーダーは、思っただけのことと、相手に伝えたかったことの区別が付かないからね。
ラブグラスにはマイクが装備されているから、回りや家族の目を気にせず、話しかけてみてよ」
やっぱりモリモリさんの説明は良く分からなかった。
なんとなく、怖いことを言っていた気もする。
この、メガネ。ラブグラスって、私の心まで読み取っちゃうの?
しかも、ネットゲームってことは、何らかの手段で、どこかと通信してるのよね。
最新技術は恐ろしいわ~。
けれど、なんとなく国がやるなら大丈夫かなと無根拠に信用してしまった。
あるいは呆めてしまった。
事件の調査のために『電話の盗聴』が合法になったとかなんとかってニュースを、おぼろげに覚えていた。
怖いことは深く考えずに、私は納得して理解した。
とりあえず、私がモリモリさんに名前を伝えるためには、ただただ声に出せば良いみたいだ。
「スーナ」
私の職業はナース。だから、仮想の私の名前はスーナにした。
「うん。シーマさんだね?
正解なら『はい』と、間違っていたら『いいえ』と言っておくれ」
モリモリさんは聞き間違っていた。
「スーナ!」
私はもう一度名前を言う。
「ゴメンよ。聞き取れなかった。
君はシーマさんだね?
正解なら『はい』と、間違っていたら『いいえ』と言っておくれ」
私は返答を間違ってしまった。
それにしても、このモリモリさんは、実は偽者で、所詮はコンピュータキャラなのだな。
全然空気を読んでくれない。
ちょっと、イラつきながら、私は答えた。
「いいえ!!」
「そうか。ゴメンよ。それじゃ、もう一度名前を教えておくれ」
「スーナ!!」
「うん。君はウーナさんだね? 正解なら……」
私はとてもとてもイラついた。
迫力ある3D映像やら、想うだけでキャラを動かせるゲームとか、なんか凄そうな最新技術も、音声認識は酷く貧弱だぁ!
モリモリさんの話を遮って、怒鳴りつけた。
「スーナって言ってるの! この、馬鹿チンが!」
一応断っておくと、普段の私はこんな暴言を吐いたり、急に怒鳴ったりはしない。と思う。
ただね、相手がコンピューターだと思うとね、ついね、強気になっちゃった。
「お、この声量。怒っちゃったかな。
ゴメンゴメン。
今のはマイクテストを兼ねた冗談だったんだ。
ちゃんと聞こえているよ、スーナさん」
「ふざけるな~!」
と私がもう一度怒鳴ってしまった事は、さておき、モリモリさんは次の話題に移った。
それは私のアバター作成だった。
タブレット端末を渡され、私はパーツを選んでいく。
身長は3種類、横幅も3種類、髪が50種類、輪郭が10種類、目が100種類、鼻が30種類、口も30種類、アクセサリー(メガネとかリボンとかヒゲとかなどなど)が300種類、洋服も300種類から選んでいく。
ちょっと、大変。
私は下部にあった『ランダム作成』ボタンをタッチし、タッチし、タッチし、ショートヘアーのカワイイ女の子が出てくるまでタッチした。
それから、口のパーツを優しそうな『微笑み3』に設定した。
決定ボタンをタッチし、モリモリさんにタブレットを返す。
モリモリさんは、タブレットと私を交互に見比べ、
「うん。そっくりだね」
と言った。
嘘つきだった。
私は、リアルの私は、セミロングパーマだ。
口もへの字で、いつも怒ってるみたいと言われるのが、ちょっとコンプレックス。
さっきのは予め決められた台詞で、この時の私の顔はまだ存在していないのだろう。
まぁ、どうでも良いことなのだけど……。
モリモリさんは、私の疑いの視線を無視して、次の話題。
「それじゃあ、スーナさんはどちらが良いかな。
地元の人と知り合う?
それとも、全国の人と知り合う?」
えっと、急に聞かれても……。
でも、遠くの人と知り合っても困るわよね。
私は深く考えず、直感で答えた。
「地元」
「そうか。地元希望なんだね。『はい』かい? 『いいえ』かい?」
「はい」
「それじゃ、次の質問だよ。
初期設定として、独身を望むかい?
それとも夫婦を望むのかい?」
えっと、えっと、急に聞かれてもね。困るのよ。
何気に大事な設定じゃないの?
うんと、どうしよう。
でも、ゲームだし。
どうせなら、冒険してみようかな。
私はやっぱり直感的に答える。
「夫婦」
「なるほど。夫婦を希望するんだね。
『はい』かい? 『いいえ』かい?」
「はい」
「それじゃあ、動く練習もかねて、こちらのアンケート用紙に記入してもらえるかい?」
モリモリさんはそう言って、ズボンのポケットから、机と椅子を取り出した。
机と椅子は、ポケットから出た瞬間は小さく、少しずつ大きくなって、ドスンと地面に落ちた。
3D映像で見る、その演出は面白かったので、アンコールしたかったのだけど、彼は、モリモリさんはきっと理解してくれない。
所詮はコンピュータキャラなのだ。
そして、『さっきのタブレット端末を使えばいいじゃん』はしていはいけないツッコミなのだろう。
きっと、製作者側も、さっきの演出をやってみたかったに違いない。
絶対にそうだ。
まぁ、そこは面白かったから、良いのだけれど。
注意深く机を見てみると、もう既にアンケート用紙は存在していた。
私は椅子に座り、アンケートの内容を確認してみる。
『相手に望む条件』で五項目。
全て選択式で、丸を記入するらしい。
・望む年齢――下限を10代に丸をつけ、上限を30代に丸をつけた。
・趣味――何でも良いに丸をつけた。
・ペットを望むか――どちらでも良いに丸をつけた。
・タバコは大丈夫か――絶対許さないに丸をつけた。
・希望年収――問わないに丸をつけた。
次に、私の情報を書き込む欄がある。
先程の『相手に望む条件』から年齢と年収を除いた3項目。
確かに登録する時に、年齢も登録したけれど、年収は登録していない。職業だけ。
やっぱり、このゲームはちょっと怖いゲームだと思った。
しかし、私が中断するかしないかを悩む暇もなく、こちらから『書き終わりました』なんて報告もしていないのに、モリモリさんは私が書き終わったことを認識し、こう言った。
「それじゃ、君の家まで転送するね。楽しいラブライフを!」
モリモリさんがグニャリと崩れる。
いや、壁も机もグニャリと崩れる。
視界に映る全ての物がグニャリと崩れる。
グニャリたちは、渦を巻いて小さく小さく丸まっていく。
そして、野球ボールぐらいの大きさまで小ささまで凝縮されると、パッと爆発した。
突然のことに、私はドキドキした。ビックリした。
私はログアウトしたら、メールしようと思う。
名前を聞く時の『冗談』は絶対に必要ないし、転送する時は準備が出来たか質問するべきだ。
気を取り直し、周りを見てみると、ここは門だった。
多分、門の先にある、二階建ての家が、私の家なのだろう。