怪しくなんかないよね?
さて、本当に何をすれば良いものか。
私は人間観察から、スマートフォン観察へと行動を変えた。
おじいさんのお腹の音を聞いたからかもしれないし、気付かないうちに届いたメールに期待したからかもしれない。
メールはもちろん届いてなんかいなかった。
私はふてくされながら、ステータスを確認してみた。
出かける前に腹ごしらえもしてきたし、ログインしてからそんなに時間もたってないので、特に問題はなかった。
他にもアプリは色々あるけれど、知らないアプリを起動するのは怖かった。
あ、これなら分かる。
料理レシピアプリを起動した。
カレーと目玉焼きだけだった。
そして、ふと思う。
あいつが帰ってきたら、肉じゃがを作ろう。
このままスキル屋さんに向かっても良かったのだけれど、初心者用肉じゃがが存在するのか、存在してもレベル1から作れるのか不安だったし、確認しにお店まで行くのも億劫だったので、私は卵を大量に買い込み帰宅した。
目玉焼きでレベルを上げるのだ。
何故カレーじゃないかと言うと、安いからだ。
あと、毎日カレーより、毎日目玉焼きの方が、私の価値観的に抵抗なく受け入れられるからだ。
いくつかは食べてみて、殆どは冷蔵庫に保存した。
いずれ朝になると仕事に出かけ、直ぐに帰宅し目玉焼きを作る。
5時間ほどゲームをしていると、ゲーム内の私は疲労で倒れてしまったので、今日はこの辺で終わる事にした。
こうして、三連休初めは独りで過ごした。
私は料理レベルを一つ上げる以外、変化はなかった。
三連休二日目。
私は今日もお昼頃にログインした。
おじいさんに会うためだ。
私が行った時には、もう、おじいさんは例のベンチに座っていた。
「こんにちは」
「やぁ。こんにちはですじゃ」
私たちは普通の挨拶をする。
すると、突然、
「ヤッホー」
知らない女の人に後ろから声を掛けられた。
振り返るとそこにいたのは、なんとなくボーイッシュな印象を受ける人だった。
つば付き帽子を前後逆に被ってるせいかもしれない。
「彼女は、この世界の妻ですじゃ。名前はミーナですじゃ」
おじいさんはまだ名乗ってすらいないのに、先に妻の簡単な自己紹介をしてくれた。
「どうもこんにちは。私はスーナです」
「ミーナだよ。よろしくね」
「そういえば、私も名乗っておりませんな。イチローと申しますじゃ」
それにしても、なんとも歳の差カップル。
アバターの見た目だけで判断するならば、50ぐらい離れていそうだ。
それよりも私にとって大事なのは、妻がいるということは、おじいさんはナンパ目的じゃなかったのだ。
ちょっと、一安心。
「どうですかな? スーナさんは目的は見つかりましたかな?」
「えぇ。料理を頑張ろうかなと思います」
「なるほどなるほどですじゃ」
「ミーナも料理レベル上げ中だよ。やっと3になったの」
「凄いですね。私、昨日頑張ったけれどレベル2でした」
「大丈夫だよ。3までは結構簡単に上がるみたい。
レベル2になってから、目玉焼き30個も作れば良いかな」
「じゃあ、あとちょっとで上がるのかしら」
「あれ? あれあれ? もしかして、自分のスキルレベルの見かた分からないの?」
「えぇ」
「えっとね、ステータスアプリを起動するでしょ。それから、コマンド『スキル呼び出し』で見れるよ」
「そうなんですか。ご親切にありがとうございます」
……。
沈黙。
多分、私がステータスアプリを起動し、コマンドを唱えるのを待ってくれている。
「ゴメンなさい。ちょっと、人前でコマンドを唱えるのには抵抗があるんです。後で確認してみますね」
「そうですな。俺も恥ずかしいですじゃ」
「おじいちゃん。俺、使ったよ。今度のご飯代はおじいちゃん持ちね」
「やっべ。じゃなくて、これは一本とられましたな」
何やら、ロールプレイに罰金制度があるらしい。
思ったよりも厳しい世界だな~。
イチローさんはロールプレイが崩れた事を誤魔化すかのように一度咳払いをし、ある提案をしてきた。
「さて、これから私たちは、ボーリングで遊ぶのですが、良かったらご一緒いかがですかじゃ?」
「はい。是非、ご一緒させてください」
もう警戒していなかった私は、ご一緒する事にした。
悪い人ではなさそうだし、歳下の仮想奥さんまでいるのだ。
何より、この時の私は、暇だった。




