これは不倫になるのかしら?
私はラブグラスの電源を入れた。
もう見慣れた光の演出、少し見慣れてない増築したばかりのマイホーム。
そして、いつもなら、聞き慣れたはずのゴーダ君の声が聞こえてくるはずなのだけれど、今日はない。
まだ正午だし、平日だし、まぁおかしくはないのだけれど、寂しい。
なんて必要のない『しんみり』を味わっていると、スマートフォンが鳴った。
ゴーダ君が、リアル世界からメールを送ってきたらしい。
『ゴメン。
っていうか早いね。もしかして、今日休み?
言うの忘れてたけれど、今日から学校の友達と温泉旅行なんだ。
ほら、平日だと安いから』
私は返信する。
『そうだよ。今日から三連休だよ。
旅行は何泊なの?』
直ぐに返信は帰ってくる。
『二泊三日。せっかく休みなのにね。一緒できないとちょっと寂しいね』
ナチュラル攻撃キタ。
私は体感温度を上げながら返信する。
『私も寂しい。
帰ってきたらいっぱい遊ぼうね』
うわぁ。送るんじゃなかった。
返信直後からの後悔。
私たちは仮想夫婦ではあるけれど、恋人でもなんでもないのだ。
でも、いくら待っても返信は帰ってこなかった。
薄情な奴め。
しかたなしに、私はご飯を食べてから、仕事に向かった。
今日も余裕のSランク。
1300円を稼いだ。
さて、どうしましょうか。
ナチュラル甘えを見せるゴーダ君は、さりげなくいつもリードしてくれていた事を、私は知った。
何をしていいのか、全く分からない。
分からないから、適当に歩き、適当なベンチを見つけ、座った。
流れ行く人たちを考えながら、さっきのゴーダ君との会話をリプレイ。
もう、認めざるを得ない。
こりゃ~、芽生え始めの恋だ。
参ったな。
「参りましたな」
ドキッとした。
私の頭の声が、ラブグラスの誤作動で声に出たのかと思った。
でも違う。
白髪としわで装飾されたおじいちゃんアバターが話しかけてきたのだ。
「どうも」
恐らく私に声をかけたのだと思う。
とりあえず、挨拶。
私が会話に入ってきたと認識したのか、おじいさんはもう一度言う。
「参りましたな。全く、何をして良いのか分からないですな」
うさんくさい喋り方。
多分、実年齢はおじいさんじゃないのだろうなと思った。
ロールプレイってやつだ。
「何に参ったのですか?」
多分、この質問をしなくちゃ私は解放されない気がしたので、聞いてみた。
「普通のゲームですと、目標が常に設定されているものですのじゃが、このゲームは全くない。
何をして良いのか、分からないのですじゃ」
「私も。私もそれで悩んでいたんですよ」
「なるほどなるほど。お互い、ビギナーですな」
おじいさんは私を見つめた。
私も見つめ返す。
すると気が付いた。
同じ人を見つめ続けていると、頭の上に名前が表示された。
彼はイチローさんだった。
「ワシは、このゲームのお仕事しか知らんのですが、お前さんはどうなのですじゃ?」
「私も似たようなものですよ」
ステータスのこと。知っているお店の場所と内容。増築のこと。
私は知っている情報を、出来るだけ伝えた。
おじいさんは、「ほー」とか、「なるほどですじゃ」とか、頷きながら熱心に聴いてくれた。
丁度私の引き出しがなくなってきた頃、おじいさんのお腹が鳴った。
「それでは、私は早速はんばーがーを食べてきますじゃ」
そう言って、立ち上がる。
「はい。お気をつけて」
一期一会。これでお別れなんだと思った。
でも、おじいさんは少し歩いて、振り返った。
「明日のお昼も暇でしたら、またここでお会いしませんか? ですじゃ」
ゴーダ君は今日も明日も明後日もいない。
ゴーダ君のいないラブワールドは私にはちょっと退屈。
おじいさんも悪い人じゃなさそう。
断る理由は得になかった。
「はい。構いませんよ」
「良かった!! ……ゴホン。ですじゃ」
そう言って、おじいさんは今度こそ立ち去った。
私はこの時になって気が付く。
あれ、もしかして、私ナンパされた?
断ったほうが良かったのかな。
そうは思っても、もうおじいさんの姿は見えなかった。




