注射レベルが上がったよ。でも、私にとっては重要じゃないの。
ラブグラスを装着し、スイッチを入れると、やっぱり光の線が走る演出から始まった。
だけれども、数秒後に私が到着したのは、マイホームの入り口だった。
「お、こんばんは」
どこからともなく、ゴーダ君の声が聞こえてきた。
「うん。こんばんは? あれ? どこ?」
辺りを懸命に探してみる。
でも、ゴーダ君の姿は見当たらない。
「あ~。夫婦は自動パーティだから。
もちろん離脱もできるし、自動解除の設定も出来るんだけどね」
「つまり?」
「俺はどこでもスーナと会話できるの。
で、今ショッピングエリアにいるよ。バイト中」
そう言われて、時間を見てみれば、リアル21時、ゲーム内12時だった。
「ってか、終わった所だから、直ぐ帰るよ」
「あ、待って。私もお仕事したい。私がそっちに行くわ」
「そっか。分かった。じゃあ、病院前で待ち合わせしよう」
でも、私はショッピングエリアへの行き方が分からない。
タクシーに乗るのは知っているけれど、タクシーの呼び方を知らない。
「どうやって、タクシーを呼ぶの?」
「あ、そっか。そっか。ゴメンね。教えてなかったや」
そう謝る所が、いえ、謝ってくれる所が、空君とは違う。
空君はいつも『マニュアル読めよ』とうるさかった。
「あのね、普通に電話するの。
電話帳にも登録されてるよ。
『タクシー』でね」
「うん。ありがとう」
そうして、私はショッピングエリアへと向かった。
病院で合流し、今度は81人に注射をすることに成功し、つまりはまたSランクを取る事ができて、私は注射レベル2に上がった。
「やっぱり凄いじゃん」
と、やっぱりゴーダ君はおおげさに褒めてくれる。
「ありがとう」
素直にお礼を言う私は、仕事中の私しかいないはずだったのに、今日だけで5回はゴーダ君にありがとうを言っている。
「それじゃ、どうしようか?」
時刻はリアル21時30分。ゲーム内で14時。
私は、友達相手でも恋人相手でも仮想夫相手でも、とりあえず相手に聞いてしまう癖がある。
とりわけ、普段から強い欲求に支配されないのだ。
のんべんくらりと生きているのだと自覚している。
だから、今日、早くログインしたくて、アキコの電話を切ったのも、ちょっと普通じゃない私。
「買い物しよう。
俺もさ、レシピと食材持っているけれど、ってか見たかな。
補充したよ。家の冷蔵庫に」
「ううん。見てない。家に入らないで、来ちゃった」
「まぁ、後でのお楽しみで。
とりあえず買い物しよう。
……スーナの手料理食べたいよ」
流石歳下。
ナチュラルに甘えてくるわね。
「良いよ。味はしないだろうけど」
「いいのいいの。気分気分」
「でも、料理の仕方も分からないよ。あ、もちろんゲームの話ね」
これは本当。
一応一人暮らしだし、自炊派なので、それなりに料理は出来るつもり。
もしかしたら、自称かもしれないけれど……。
一人にしか食べてもらった事はない。
彼には、空君には、評判が良くなかった。
でも、彼がグルメ過ぎるのだと私は思っている。
考え事をしながら、ゴーダ君の説明を聞いていた私は、ちゃんと話を聞いていた自信がないので、確認のために復唱してみる。
「えっと、私は目玉焼きしか作れないのね?」
「そうそう」
「でも、料理スキル1から初心者カレーが作れるのね?」
「うん」
「ゴーダ君はカレーが食べたいのね?」
「そう。夢だったんだ」
「だから、カレーのレシピを買いにレシピ屋さんに、食材を買いにスーパーに行くのね?」
「そそ、そういうこと。
ちょっと変な人だよね。
俺、こんなに確認されたの初めてだよ。
天然ッスな。スーナは」
笑えない、親父ギャグ。
でも怒れない、私の不手際。
「ゴメンゴメン。ちょっと、本当に私は、リアルの私は料理が出来るのだろうか考えながら聞いていたから、不安だったの」
「そんな事考える時点で、やっぱり天然だよ」
ゴーダ君は、大げさにお腹を抱えて笑った。
恐らく、噂の、自動アクションを使った。
それでも、ちょっぴり腹が立つだけで、どちらかというと照れくさかった。




