第8話 魔法少女
戦闘、魔法、そしてギフトの訓練を続けて、準備期間終了まであと一週間となった。
一昨日、二人の武器・防具が全て揃ったので、昨日から戦闘の訓練は防具を身に着けた状態で行っている。流石に武器の方は訓練用の物だが。
それと防具に少しでも慣れるために、街を歩く時は防具を身に着けて行く様にしていた。
完全装備では恐れられるのではないかとも思ったが、護衛として戦闘用レイバーを連れ歩いている人は多く、恐れられるどころか目立ってすらいなかった。
琥珀色のウロコを持つ巨漢のサンド・リザードマン、ルリトラの存在そのものの方が注目されていたのではないだろうか。
魔法の方もだいぶ慣れて来た。成功させるまでが大変だったが、一度精霊召喚に成功してしまえば後は慣れである。
「でもギフトの方がなぁ」
俺は自分の周りを飛び回る青白い球――光の精霊をつつきながらぼやいた。光の精霊に実体は無いらしいが、指先に触れる感覚はふわふわしていて触り心地が良い。
強い衝撃を与えると破裂してしまうので注意が必要だが。
一応これでも魔法をコントロールする訓練の真っ最中である。
ギフト『無限バスルーム』の方は、以前より出せる水の量が増えたと思うのだが、ステータスカードが示すMPは微動だにしなかった。レベルも5のままである。
「どうされましたか?」
神殿に仕える下男が声を掛けて来た。
実は現在、MPを鍛えるために『無限バスルーム』から水を出し続けている。
今は洗面器ではなく樽を持ち込み、蛇口ではなくシャワーで上から樽の中に水を溜めて運び出す様にしていた。
彼等下男達はその樽を運ぶための手伝いだ。四人掛かりで樽を運んでくれている。
ちなみに出した水は水商人に売るのだ。普通では手に入らないレベルのきれいな水なので、相応の金額で買ってもらえていた。
最初は樽二つ分程度しか出せなかった水が、今では樽五つ分出せる様になっている。
それだけ成長しているのだと思いたいが、ステータスカードに全く変化が無いと言うのが俺を不安にさせていた。
「いや、なかなかレベルが上がらないなって思ってな。やっぱモンスターと戦ったりしないといけないのか?」
その言葉を聞いて顔を見合わせる下男達。その内の一人がおずおずと話し掛けてきた。
「あの、勇者様。カードの更新はしましたか?」
「……何それ?」
その後、下男から話を聞いて俺が大きな勘違いをしていた事が判明した。
このステータスカード。作った時のステータスが表示される物であって、レベルが上がれば自動的にリアルタイムで表示が変わる様な便利な代物ではないらしい。
つまり、今の状態を知るには新たにカードを更新する必要があるのだ。
ちなみに新たにカードを作ってもらうのは相応にお金が掛かるが、更新だけならば大した額にはならないらしい。
この国の貴族の間には、生まれた赤ん坊が外出出来る様になるとすぐにステータスカードを作り、誕生日を迎えるごとにカードを更新して成長を祝うと言う風習もあるそうだ。
その風習は、子供が成人するまで毎年続けられるらしい。
下男によると旅立ちの儀式の直前に更新をすると言う話だったので、俺は今は更新せずその日まで待つ事にした。
ルリトラを買ったり、オーダーメイドで防具を発注したりと、かなり金を掛けている自覚があった。
旅の準備に関しては手を抜く事が出来ないので、細かい所ではあるがせめてこう言う所では自重しておこうと思ったのである。
そしてホースの問題であるが、こちらは何とか解決の糸口が見えて来た。
執事さんの紹介でゴムを扱う職人に協力してもらい、似た様な物を試作してもらった。
しかし、流石に俺が知る日本のホースほどの頑丈さはなく水の勢いに負けて風船の様に膨らみ破裂してしまう。
ならば分厚くすれば良いのかとそちらも試してもらったが、残念ながらこの世界の技術ではゴムホースではなく、硬くて曲がらないゴムの筒にしかならなかった。
結局は職人の方から皮を使ってみてはどうかと言う提案を受ける事になる。
この世界の人達は、水など少量の液体を持ち歩く時は皮袋を使うらしい。旅人などは水と酒が入った二つの皮袋を持っているのが常識なのだそうだ。
結局、蛇口に取り付ける部分は少し厚めのゴムを、水を通すホースの部分は水袋の素材としては最も優れていると言われる海獣類の皮で使ってもらう事になった。
海獣類と言うのは、海に棲む巨大なモンスターの総称だ。水に臭いが移らず、丈夫で水漏れもしない。先日俺が買った水袋も同じ皮製の物らしい。
ただし、この聖王都ユピテル・ポリスでは手に入らない物なので別の国から輸入した物を使う事になるとの事。
お金が掛かるが、途中で破ける様な素材では意味が無い。これも必要な準備と言う事で俺は職人の勧めるまま海獣類の皮製のホースを作ってもらう事にした。
そして仲間の方は単純に見付かっていなかった。
この国に人材がいない訳ではない。むしろ、他の四人の所には大勢の仲間候補が殺到して選抜しなければならない様な状態になっているらしい。
それがどうして俺の所には来ないのかと言うと、まず男は撥ねている事と、女でも条件が厳し過ぎると言う二つの理由があった。
念のために言っておくが、条件が厳しいと言うのは一緒に混浴に入る話ではない。
初代聖王と同じ立場と言うのはこの国では非常に価値があるらしく、この条件を公開すればむしろ子種を欲しがるハンター達が乗り気になるのではないかと言う話だ。
そして俺の好みでもない。そもそも俺は仲間候補の者達に会ってすらいない。その辺の事は全て執事さんに任せているのだから。
では何の条件が厳しいのかと言うと、ルリトラと並んで戦える実力があるかどうかと言う非常に簡単な理由である。
実際にルリトラと戦わせてみても良いかどうかの判断は執事さんに一任しているのだが、未だに一人もここまで来た者はいなかった。
戦士以外はどうかと言うと、こちらは単純に人数が少ない。魔法と言うのは特殊な才能が必要なもの。
候補者全体の内、魔法が使えるのは二割がせいぜいと言ったところなのだ。しかもその二割の半分以上が神官魔法の使い手である。
攻撃的な魔法の使い手、魔法使いである王女がいかに希少であるかが分かると言うものだ。
「よし、今日はここまでにしておくか」
五つ目の樽が満杯になったところで、俺は下男達に終了を宣言した。
これを毎日繰り返しているおかげか、自分のMPが後何割ほど残っているのか自分でも分かる様になっていた。
MPは魔法や能力を使うと減っていき、五割を下回ると精神的な疲労を感じる様になる。そして三割を切ると肉体的な脱力感も感じる様になるのだ。
最初の頃は加減が効かずに使い過ぎて動けなくなってしまった。神官長さんによると、その時の残りMPは一割程度だったそうだ。
ちなみにMPをゼロまで使い切るのはほぼ不可能との事だ。大抵それまでに気絶してしまうのがオチらしい。
現在残っているのは五割強と言ったところだろうか。休憩をしたら次はルリトラとの戦闘訓練なので、ある程度余裕を持っていた方が良い。
ちなみにMPはぐっすり寝ると回復する。
消耗量によっては一晩では回復しないらしい。しかし毎晩余ったMPをギリギリまで使い石鹸の類を外に出して増やしているが、今のところは一晩で全快しない事は無かった。
翌日、何故か春乃さん達が神殿にやって来た。
彼女達の方も防具は既に届いているらしく、以前会った時の制服姿ではなく防具をきちんと装備した姿だ。
ハードーレザーアーマーは体型に合わせて作られているので、きっとすごい事になっているのだろう。
しかし春乃さんは鎧の上に羽織るサーコートとマントを、セーラさんは神官のローブを身に着けて相変わらず体型を見せない隙の無さである。
「春乃さんも魔法を習いに?」
「いえ、ちょっと避難を……」
「避難?」
妙な言葉が出て来た。一体何から避難するのだろうか。
「ええ、仲間に志願してくる人達から」
「なんでまた?」
仲間が見付からずに困っている身としては、どうして逃げるのかが理解出来ない。
「大勢の方達が来てくれたのですが、その、皆さんの目が……」
「目が?」
「その、いやらしくて……」
春乃さんはそう言って恥ずかしそうに目を伏せた。俺は思わず彼女達から視線を逸らす。
「あっ、冬夜君は良いんですよ。その、年頃の男の人がそう言う事を考えるのは普通だと思いますし。その仲間になりたいって言ってくる人達はちょっと違うんです」
春乃さんのフォローが心に痛い。以前、彼女達の胸元を見ていた視線も実は気付かれていたんじゃないだろうか。
俺は目を逸らしたまま問い掛ける。
「違う? どう言う風に」
「なんと言うか……別のいやらしさ? 私以外に何かを狙っている感じが。すいません。こんな事言っても分かりませんよね」
「……いや、何となく分かる」
彼女の話を聞いて俺は理解した。「初代聖王と同じ立場」を狙うのは女だけとは限らないのだ。彼女の周りに群がっていたのは、そう言う類の者達なのだろう。
例のハンター達の話を聞いていたおかげで理解出来た。
「良かった……」
俺の理解を得られた事で、春乃さんも若干ほっとした様子だ。
「こっちにまでは仲間になりたい人達が来ないと聞きましたので、私も旅立ちの儀式までこちらに避難しようと思ったんです」
「俺の場合は、条件に合わない人を執事さんに撥ねてもらってるだけだぞ」
「実は私も執事さんにお願いしてきました。誰も通さないで欲しいって」
「話は聞くけど断るって事か」
「はい……あの、それは良いんですけど、冬夜君」
「なんだ?」
「こっち向いてくれませんか? 見えない様に、ちゃんと隠してますから」
春乃さんが自分の方を見る様に言ってきた。見られるのも嫌だが、視線を逸らされたままと言うのも嫌らしい。
言われるままに俺は彼女の顔を見るが、極力視線を下に向けない様に注意する。
おのずと見詰め合う形になり、なんだか照れ臭い。
「あの、えと、もう一人の仲間を紹介しますね」
頬を紅く染めた春乃さんが、彼女の陰に隠れていた少女を前に出してきた。
ココア色の髪を肩まで伸ばした小柄な少女だ。背丈は俺や春乃さんの胸辺りまでだろうか。野暮ったいマントを羽織っているが、マントが少し大きい気がする。
「この子はリウムちゃんって言って、魔法使いなんですよ」
「リウムです。よろしく」
「ああ、よろしくリウムちゃん」
表情を変えずに短く挨拶をするリウム。クールな性格をしている様だ。
小さな子なので俺も思わず「ちゃん」を付けて呼んでしまったが、彼女は特に気にしていない様子だ。
「この子まだ十四才ですけど、優秀な魔法使いなんですよ」
そしてセーラさんも彼女の肩に手を置き、嬉しそうに話してくれた。
十四歳と言えば中学二年生だ。しかし、小柄な彼女は小学生ぐらいに見える。
無愛想なリウムちゃんに対し、春乃さんとセーラさんは実ににこやかだ。彼女が可愛くて仕方が無い様子である。小さな彼女は、二人の妹の様なポジションなのかも知れない。
その後、俺が日課である『無限バスルーム』からの水出しをしている間、春乃さんとセーラさんの二人はルリトラを相手に剣の稽古をする事になった。
俺は扉を開く位置を調整し、彼女達が稽古している姿が見える様にしている。
ちなみに王城にいる間は何人かの隊長格の騎士を相手に稽古していたらしいのだが、そのほとんどが自分の子や部下、時には自分自身を薦めて来ていたそうだ。
それが彼女達が神殿に避難する事になった最大の原因である事は言うまでもない。
「春乃さんって、元々剣道とかやってたのかな?」
「『キュードー』ならしてたって言ってた」
春乃さん達の稽古を見ながら呟いた俺の声に応えたのはリウムちゃんだった。
「弓道」か。確かに彼女には袴姿が似合う気がする。
珍しい物ばかりなので好奇心を刺激されたのか、リウムちゃんは『無限バスルーム』に入って興味深げに中の物を見ている。
「剣については素人だったのか、あれで」
ルリトラを相手に戦う彼女は、十数日前まで素人だったと言うのが信じられない動きをしていた。
セーラさんと一緒に戦っているが明らかに春乃さんの方が動きが良く、セーラさんはサポートに徹している様子だ。
「し、しかし、トウヤ様も負けていないと思いますよ?」
樽に水が溜まるのを待っていた下男がフォローしてくれる。
俺自身、最初の頃に比べてルリトラの動きにも付いて行ける様になっている自覚はあった。
俺には隠された素質があった――などと自惚れるつもりはない。
これはおそらく神官長さんの言っていた「光の女神の祝福、この世界で最も尊い加護」のおかげなのだろう。
神官であるセーラさんもそうなのだが、春乃さんは一見しておとなしそうなお嬢様の様な雰囲気がある。
そんな彼女が凛々しく剣を振るって巨漢のリザードマンと戦う姿は、なかなかにインパクトのある光景だ。
下心混じりに仲間を薦められ迷惑だったと言う隊長騎士との稽古も、稽古そのものは彼女達にとってプラスになっていたらしい。
と言うか、仲間を薦めていた隊長騎士達も、もしかしたらそう言う彼女の雰囲気が扱いやすそうだと感じたのではないだろうか。
もう一人の女性である中花律さんの方は、当代聖王の後継者である王子を仲間に誘う様なアクティブな人だと聞くので、余計にそう感じたのかも知れない。
「これは何?」
俺が春乃さん達を見ていると、『無限バスルーム』の中を見学していたリウムちゃんが声を掛けて来た。
『無限バスルーム』の中は一つの部屋であり、浴室と脱衣室を隔てる物はカーテン一枚しかない。
今はそのカーテンを開き、樽は脱衣場に置いてシャワーを使って水を溜め、俺はその隣に浴室のプラスチック製の椅子を持って来て座っている。
リウムちゃんはと言うと浴室の方で足が濡れるのも気にせず四つん這いになり、そこにある物を興味深げに見ていた。
今、彼女が手にしているのはシャンプーの入ったボトルだ。
「それはシャンプー。髪を洗うための石鹸だ」
「……液体が入ってるみたいだけど?」
顔の横でボトルを振り、中から聞こえてくる音を聞きながら彼女は問い返してくる。
その目はどこか俺を責める色があった。この世界に液状の石鹸は無いので、俺が嘘を吐いていると思っているのだろうか。
「いや、嘘じゃないから。ほら、貸してみろ。あと手を出せ」
訝しそうな目でシャンプーのボトルを手渡すリウムちゃん。俺は上のノズルを押して彼女の小さな手に少しシャンプーを出す。
するとリウムちゃんは驚いて目を丸くした。おそらくノズルの仕組みも理解していなかったのだろう。
そして俺は浴槽から少しお湯を汲み、彼女の手に掛ける。
「ほら、泡立ててみろ」
「……こう?」
言われるままに手を動かすとみるみる内に白い泡に包まれるリウムちゃんの手。
この世界の石鹸は、もっと原始的な物でこんなにきれいに泡立たない。水が溜まるのを待っている下男達も興味深げにその泡を見ている。
その泡を見詰める彼女の目がいつしか輝いていた。ずっと無表情だった彼女の年相応――いや、少し幼げな表情を見る事が出来た。
春乃さん達が可愛がるのも少し分かる気がする。
ちなみにここにある石鹸の類は全て特定のメーカーの物ではないオリジナルの物だった。
いや、もちろん俺も全てのメーカーの石鹸を知っている訳ではない。しかし、例えばこのシャンプーだがボトルの内容表示に「原材料・俺の魔力」と書いてあるのだ。
この件については既に神官長さんにも報告し相談してある。彼は、俺のMPを使って中の物を作ってるのならそうなのだろうと言っていた。
「って、食うなよ! それはクリームじゃないぞ!」
泡を見ていたリウムちゃんが小さく口を開けて手に近付けて行ったのを見て、俺は慌てて彼女を止めた。
すぐにお湯で泡を洗い流すと、再びリウムちゃんは責める様な目で見てくるが、先程と違って今度はその目が妙に子供っぽく見えて可愛らしい。
「どうかしたんですか?」
その時、訓練を終えた春乃さんとセーラさん達がやってきて『無限バスルーム』を覗き込んだ。ルリトラは湯気が苦手なので少し離れている。
「いや、リウムちゃんが石鹸の泡を口に入れようとしてな」
「えっ……すいません。リウムちゃん、それは食べ物じゃないのよ」
春乃さんがたしなめる様に言うと、リウムちゃんはしゅんと俯いてしまった。
その姿が落ち込んだ子犬の様だったので、俺も一応フォローしておく事にする。
「この世界の人から見ればクリームみたいに見えたんだろ、多分」
「それは……そうかも知れませんね。この世界石鹸自体が少なくて、使ってもあんまり泡立ちませんし」
王城ではこの世界の風呂に入っていたのだろう。春乃さんも思い当たる所がある様だ。
「それにしても、これがトウヤさんのギフトですか……」
入り口から中を覗き込むセーラさんは、樽の中に溜まっている水を見て驚いた様子だった。透明度の高さは折り紙付きなので、この世界の人間としては当然の反応だろう。
「ん、溜まったな。よし運び出してくれ」
「ハッ!」
下男達が水が溜まった樽を抱えて運び出して行く。これで五つ。今日の訓練は終了だ。
俺は立ち上がり、座っていた椅子を浴室の方に戻す。
樽が無くなりすっきりした『無限バスルーム』を見て、春乃さんは何やら言いたげにもじもじしている。
言いたい事は何となく分かる。彼女は今、激しい運動を終えてきたばかりで汗ばんでいる。
「あ、あの、冬夜君。こう言う事をお願いするのは、恥ずかしいんだけど……」
「言いたい事は分かるが、今から俺が言う事を聞けばもっと恥ずかしくなると思うぞ」
「えっ……?」
言質を取ってから例の条件の事を話せば、もしかしたら真面目な彼女は引っ込みが付かなくなって混浴してくれたかも知れない。淡い希望ではあるが。
ふとそんな事が頭を過ぎったが、俺はそれを良しとはしなかった。
混浴を目指すにしても、何と言うかそう言う騙し討ちの様な真似はしたくなかったのだ。
だから俺は、春乃さんが頼んでくるよりも先に条件について彼女に説明する、
「この風呂はな。俺が中に入ってないと使えないんだ。別にこっちの脱衣場でも良いけど」
「えっ? そ、それって一緒に……?」
「そう言う事」
途端に顔を真っ赤にする春乃さん。
頬が熱くなっている気がする。おそらく俺も彼女に負けじと顔を真っ赤にしているだろう。
「そ、その、すいません! やっぱり止めときます」
「そうしといた方が良い。俺も無理に誘おうとは思わないから」
俯く春乃さんは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。
王城に行った勇者達は、それぞれ別々になって行動しているので、互いに会って話す事はほとんどなかったそうだ。
俺から見ればこちらに召喚されてから知り合った春乃さんだが、他の三人と比べてそれなりに仲良くやれていると思う。
だが一緒に風呂に入るかどうかとなると、それとこれとは話が別だ。
俺自身は彼女の事を可愛い子だと思っている。一緒に混浴したいとも思っている。
しかし、彼女も年頃の少女なのだ。恥ずかしがって拒否するのは当然の反応であろう。
今回正直に話した事は、せめて好印象に繋がったと思いたい。
「私は構わない。異世界の風呂、興味深い」
「リウムちゃーん!?」
そこにリウムちゃんが爆弾を投下し、春乃さんが素っ頓狂な声を上げた。
大真面目な顔をして真剣である事が窺える。本当に混浴しても良いと思っている様だ。
これにはセーラさんも慌てて、春乃ちゃんと二人でリウムちゃんを説得し始める。
「あの、リウムちゃん。そう言うのはね、もっと仲良くなってからと言うとか……」
「仲良くないの?」
「そんな事ないよ! 冬夜君は友達だよ!」
「それなら一緒に」
「でも、それとこれとは別ーっ!」
両手でバツを作って大声を上げる春乃さん。これはこれで可愛いのだが、お嬢様タイプの彼女の意外な一面を見てしまった気がする。
見かねたセーラさんも助け船を出し、かみ砕くように説明してリウムちゃんを説得しようとする。
「リウムちゃん、ちゃんと考えてみて。あなたもトウヤ様も裸になって一緒にあの小さなお風呂に入るのよ? ほら、恥ずかしいでしょ?」
「別に」
「普通は恥ずかしいんです! すっごく恥ずかしいじゃないですか! やだっ、ドキドキしてきちゃったわ!」
しかしまったく通じなかった。と言うか、セーラさんは自分の想像で自分が恥ずかしくなっている様だ。この人は割と天然の気がある。
二人に大声を上げられても全く動じていないリウムちゃんの胆力も相当なものである。
と言うか、ここまで必死に否定されると流石に悲しくなってくるぞ俺も。やはり二人の胸元を見たのが不味かったのだろうか。
「もーっと仲良くならないとダメなの! 分かる?」
「分からない」
「分かって、お願い!」
「どうしてそこまで拒むの?」
必死に説得しようとする春乃さんに、リウムちゃんの方から首を傾げながら問い掛けた。
すると春乃さんは俺の顔を見て、再び顔を真っ赤にする。そしてもじもじし始めて先程の勢いは完全にどこかに行ってしまった。
「え~っと、言いにくい事なら席外した方が良いか?」
「そ、そんなことない! そんなことないから!」
俺が気を利かせて声を掛けると、春乃さんは大慌てで両手をブンブンと振って否定した。
そうしていると少しは落ち着いたのか、春乃さんはコホンと咳払いしてリウムちゃんの方に向き直り、今度は静かな声で彼女に話し掛ける。
「あのね、リウムちゃん。もう子供じゃないんだから、もっと自分を大切しないとダメ。そう言う事はお互いに信頼し合った人とするものなのよ」
「ハルノはトウヤを信頼してないの?」
「私は恥ずかしいの! 信用出来そうだけど、それとこれとは話は別!」
一応、信用はしてくれているらしい。ちょっと嬉しい。
「それにほら、まだ知り合ってすぐだし。リウムちゃんも冬夜君の事、信頼してるって言える程知らないでしょ?」
「…………」
俺と春乃さんの顔を交互に見ていたリウムちゃんは、やがて納得したのか春乃さんに向けてコクリと頷いた。
二人の側に立って見ていたセーラさんがほっと胸を撫で下ろし、俺の方を向いてぺこりと頭を下げる。
「すいませんでした、トウヤ様。お騒がせして……」
「いや、いいさ。それよりほら、これ持ってけ」
そう言って俺は、浴室にあった石鹸、シャンプー、リンス、コンディショナー、そして洗顔石鹸と全ての石鹸をセーラさんに手渡す。
「え? ですが、これは……」
「無くなってもMP使って戻せるんだよ。ここから出しても消えない事は確認済みだ。こっちの世界の石鹸とは比べ物にならない程良い石鹸だって事もな」
能力を確認する二日間の内にこちらの風呂についても調べたが、ハッキリ言って比べるのもおこがましいレベルだった。
実際、王城から来た春乃さんを見た時から思っていた事なのだが、彼女の髪の艶が初めて会った時よりも減っている気がしていたのだ。おそらく石鹸の質の差だろう。
そこで俺の『無限のバスルーム』から出てくる石鹸を使えば、最初の艶やかな黒髪に戻るのではないかと考えていたのだ。
「詳しい使い方は春乃さんが知ってるはずだ。リウムちゃんにも言ったけど、食べるなよ?」
俺は冗談混じりに言ったが、セーラさんはそちらは無視して大真面目に受け取っていた。
「あの、本当によろしいのですか? とても貴重な物なのでは?」
「それ程の物でも無いと思うんだが……まぁ、あんまり大っぴらにしないで自分達で使うだけに留めてくれれば」
「……分かりました。トウヤ様の信頼を裏切る様な真似は決していたしません」
「そこまで大したものじゃないと思うがなぁ」
ここまで大真面目な反応をされるとかえって恐縮してしまう。
冷静に考えると、彼女達に石鹸を渡すのは混浴出来る可能性を減らしてしまう行動だったかも知れない。
しかし現状すぐには混浴は出来そうにないし、きっとこれで良かったのだろう。
セーラさんが石鹸をもらった事を春乃さんに話すと、今度は三人に揃って頭を下げてくる。リウムちゃんも好奇心が主な理由だろうが、自主的にお礼を言って来た。
そんな彼女達の姿を見ながら俺は考える。
これで混浴のためだけに女性レイバーを買ったりしたら、彼女達に顔向けが出来ないなと。