第72話 大乱闘・ヤドカリ津波
「迎え撃つぞ! 撒き餌を引き上げろ! ラクティ達は『無限バスルーム』の中へ!」
矢継ぎ早に指示を出している内にノーチラス貝の大群が近付いてくる。
このままでは取り囲まれてしまうので、『無限バスルーム』の扉を開き、その前に俺が立ち塞がることで強引に安全地帯を造り上げる。
マークが撒き餌入りのケースを海から引き上げて来たので、『無限バスルーム』内のラクティとクリッサに預けて片付けてもらう。
水着のクレナには扉から魔法で援護してもらい、俺が扉付近で敵が近付かないように護衛。完全装備であるルリトラとマークの二人には、存分に暴れてもらうとしよう。
リウムちゃんは、いつの間にか『飛翔盤』を持ち出して宙に浮いている。空中から援護をしてくれるようだ。こちらは自由に動いてもらえばいいだろう。
ロニには素材回収を頼んでいたが、この状況ではそんな余裕があるかどうか。
ここはクレナを守ってもらおうかと考えて振り返ると、『無限バスルーム』の中でクレナとロニが大急ぎで鎧を身に着けている真っ最中だった。
クレナは例の翡翠の竜鱗を使ったスケイルメイル、ロニはレッドリザードのレザーアーマーだけを水着の上に着ている。
上半身が鎧、下半身が水着と言う姿。と言ってもロニはホットパンツタイプ、クレナはしっかりパレオを巻いているが、これはこれで心ときめくものがあった。
「見てないで集中!」
「お、おう!」
更に二人は頑丈なそうな脛まで覆うブーツを履いていた。ノーチラス貝のサイズを考えると、足下の防御は重要だろう。
ロニはいつものダガーではなく、両手にピッケルのような武器を持ってやる気満々である。これならルリトラ達と一緒に暴れてもらっても大丈夫そうだ。
後で聞いてみたところ、ピッケルは武器ではなく、貝を捕るための道具だったらしい。
そうこうしている内にノーチラス貝が上陸し始めた。やはり多いな。
上陸した群は、真っ直ぐにこちらに向かっている。ロンダラン製の撒き餌、海から出してもまだ効果があるのかも知れない。
百匹では終わらないかも知れない。それほど強い敵ではないとは言え、数が多過ぎる。
「あ、あの、トウヤさん! がんばってください!」
ラクティの心配そうな声を背に、俺は雲霞の如く迫り来る大群に向き直る。
これは想定外の厳しい戦いになりそうだ。俺は『三日月』の柄をぐっと握り直し、敵を迎え撃つべく身構えた。
「ゥオオオォォォッ!!」
真っ先に飛び出したのはルリトラ。咆吼を上げながらグレイブを振るい、まとめて数匹のノーチラス貝を吹き飛ばす。
グレイブが閃めく度、景気良くノーチラス貝が宙を舞う。
敵も負けじと突出してきたルリトラを取り囲もうとするが、ルリトラはグレイブだけでなく尻尾も勢いよく振るい、更に蹴りも交えて敵を寄せ付けない。
「こんにゃろ! 潰れろ!」
その後に続くのはマーク。柄だけでも自分の身長よりも長い、ドラゴンの巨大な臼歯を使ったハンマーを振り回して次々にノーチラス貝達を叩き潰して行く。
小柄だが強靱な筋肉を持っていると言うケトルトらしい戦い振りである。
流石にルリトラのように大群を一人で相手取ると言うのはできないようだが、ルリトラのサポートとしては十分過ぎるぐらいだった。
そして空中のリウムちゃんは、次から次へと押し寄せてくるノーチラス貝の数を減らすべく、周りの敵に対して水晶術師らしく攻撃を仕掛けてくれている。
「……降り注げ、『光の雨』……」
彼女がマントの中からビー玉のような物をバラ蒔くと、それが光弾となってノーチラス貝の群に降り注いでいく。
それは強靱な貝殻を撃ち抜くほどの威力は無いようだが、数があるため貝から覗く本体にも命中していく。かなり大雑把だが、それだけ広範囲に渡って攻撃していた。
集団を相手取れる巨漢のルリトラに、小さな身体で上手く立ち回るマーク。それに広範囲攻撃でこちらへの圧力を弱めてくれているリウムちゃん。
外側の戦いについては、三人に任せてしまっても問題はないだろう。
「おっと!」
一匹のノーチラス貝が俺の脚目掛けて鋏を伸ばして来た。咄嗟にそれをかわして、鋏ではなく本体の方に『三日月』を叩き込む。
いつの間にかルリトラ達から逃れたノーチラス貝がこちらに近付いてきていた。
その姿は、直径一ストゥートはありそうな大きなオウム貝を被ったヤドカリ。当然ヤドカリの方も貝に合わせた大きさである。
鋏の切れ味はともかく、挟まれたら痛いでは済まなさそうだ。カサカサと蠢く無数の足を見ていると背筋がぞわぞわしてくる。
攻撃性は非常に高いようで、こちらを威嚇しながら隙あらば鋏で攻撃してくる。
しかし、貝の強靱さを考えれば、それはこちらにとってもチャンスと言えた。
「せいっ!」
ロニなどは、突き出された鋏の攻撃をピッケルで器用に払い落とし、時折キックを食らわせ転がしている。
転がったノーチラス貝はすぐには起き上がれず、ジタバタしていた。
俺はその隙を逃さず『三日月』を振り下ろす。時には貝ごと粉砕してノーチラス貝を倒していった。
ロニほど器用ではないが、『三日月』があれば、こんな芸当も可能となるのだ。
「トウヤ! ロニ! 次は右よ! 『砂塵の鎖』!」
そしてクレナのサポートも有難い。
彼女が剣を砂浜に突き立て、精霊魔法で大地の精霊に干渉すると、砂がノーチラス貝達に絡みつき、身動きができないようにしてしまう。
一体や二体ではない。魔法の効果範囲にいるノーチラス貝全てをである。その隙を逃さず俺とロニでノーチラス貝を片付けて行くのだ。
上手くクレナが足止めしてくれているおかげで、内側も安定した戦いができていた。
それにしても、数が多い。分かっていたが、想像以上に多い。
しばらく戦い続けたが、ノーチラス貝の群は一向に数を減らしていなかった。
ルリトラの方も、グレイブが一閃するごとに景気よく数匹のノーチラス貝が宙を舞っている。あちらも合わせれば倒した数はもう百どころか二百は下らないだろう。
俺も含め、皆疲れを隠せない。ルリトラですら肩で息をしている。
リウムちゃんも範囲攻撃魔法は既に弾切れらしく、銀の串を巨大化させて叩き込む晶術『銀の槍』による攻撃に切り替えている。
貝殻を撃ち抜くだけの威力はあるのだが、元々単体攻撃用の魔法のため攻撃範囲が狭くて効率はお世辞にも良いとは言えないようだ。
「ロンダランの撒き餌、もしかして海から出しても効果が続いているのか……?」
「臭いが原因なら、その可能性はあるわね……」
『無限バスルーム』の扉を閉めてしまうか。いや、いつ効果が切れるか分からない。再び開けた時にまたノーチラス貝の大群がやってきたら大変だ。
お風呂場に入れて換気扇を回すか。いや、下手にお風呂場に臭いが残って、それが身体に移ったりするのは嫌だ。
「あの、トウヤさん。あの撒き餌、燃やしちゃったらどうでしょう?」
『無限バスルーム』の中からラクティがおずおずと声を掛けてきた。
俺達の視線が集まると、ラクティは扉の陰に引っ込んでしまう。扉だけ見えている状態だから、傍目には彼女が虚空に消えているように見えるな。
それはともかく、燃やすと言うのは良い手かも知れない。元を断てば撒き餌の効果も無くなるだろう。
「ラクティ! クリッサ!」
「は、はい!」
急に声を掛けられて、クリッサがしっぽをピンと立てて返事をする。
「あの撒き餌を厨房に持って行って燃やしてくれ! 『神火』で!」
「お姉様の火ですか!?」
素っ頓狂な声を上げるラクティ。何を驚いている。やるならとことんである。
と言うか、仮に臭いが原因だったとして、多少臭いが変わったぐらいでは効果が消えないかも知れないのだ。普通に焼いたぐらいでは臭いが強くなる可能性だって考えられる。
ならば「灰塵に帰す」まで燃やし尽くす。これしかないだろう。
「急いでくれ! このままだと全員力尽きる!」
「わ、分かりました!」
大声で急かすと、二人は撒き餌の入ったケースを抱えて家の中に入って行った。
神火と言っても部屋中を焼き尽くすようなことは無いだろう。多分。
夢の中で会う炎の女神の、割と大雑把っぽい笑顔を思い出すと不安になるが、ここは彼女の常識ではなく良識を信じよう。きっと可愛い妹を傷付けることはないはずだ。
まだまだ寄ってくるノーチラス貝本体を『三日月』で唐竹割りにしていると、一瞬の脱力感の後、家の中に入ったはずのラクティが走って戻ってきた。
「トウヤさん! やりました! 一瞬で灰も残さず消えました!」
「もうですか!? すごいですね、神火!!」
思わず声を裏返らせるロニ。クレナも呆然とした表情をしている。
うん、それが調理用コンロに付いている件については一旦忘れよう。
それよりも、皆そろそろ限界が近い。時間を掛けず、ここで一気に勝負を決める。
「ルリトラ! 三人とも一旦戻って来い!」
まずはルリトラ達三人を呼び戻す。声を掛けると、ルリトラはすぐさま足下のノーチラス貝を蹴散らしながら戻って来た。
後ろに続くマークはフラフラだ。やはり限界が近かったらしい。
ノーチラス貝の群は、それを追撃しようとするが、リウムちゃんが放った『銀の槍』がそれを食い止める。
よし、合流できた。次は俺の番だ。
「女神様好みの派手な一発行くぞ! 詠唱時間を稼いでくれ!」
皆もそれで察してくれたようで、扉を背にする俺の周りを円陣を組んで守ってくれる。
夢の中で行われている女神達による魔法の授業。言葉が聞こえないため理解するにも限界があるが、それでもハッキリと分かることがいくつかある。
その内の一つが「炎の女神は派手好き」だと言うこと。ファッションとかそう言う話ではなく、華々しい攻撃魔法が大好きなのである、彼女は。
ただし教えてくれる魔法はその分複雑で、覚えられたのは今のところ一つのみ。
だが、今はそれで十分過ぎる。
「炎よ! 華よ! 舞い踊れ! 紅き饗宴を女神に捧ぐ! 『火焔舞踏』!!」
周囲から炎が噴き上がり、俺達を除く周囲一帯を轟音と共に埋め尽くす。
燃え盛る炎は、正に紅き饗宴。俺の身長よりも高く噴き上げる炎に囲まれた光景は、まるで真っ赤な花畑のようだった。そうか、これが詠唱にある「華」か。
肌がチリチリするような熱気に、俺も含めて皆が腕で顔を庇う。
そして炎が燃え尽きる頃にはノーチラス貝の群は一匹残らず動かなくなっていた。
「終わった……のか?」
ルリトラが周囲の様子を窺いながら呟く。
ノーチラス貝の貝殻は炎にも強いが、中身の本体はそうではない。
たとえ貝殻の中に身を隠そうとも、そのまま蒸し焼きだ。辺りから良い匂いが漂っているのは気のせいではないだろう。
「終わったみたいね……トウヤ、大丈夫?」
「MPごっそり持ってかれたけど、なんとか」
「それなら休んでいてください。貝の回収は私達が」
へたり込むほどではないが、疲労感が凄い。魔法の威力も凄いが、消費も大きいな。
そんな俺を見かねたのか、ロニ達がノーチラス貝の回収を申し出てくれる。ここは彼女の厚意に甘えるとしよう。
「貝も砂も熱いだろうから気を付けて……」
「はい! それじゃ……ッ!?」
笑顔で返事をした彼女の表情が、海の方に視線を向けたところで引きつった。
何事かと俺も海の方を見てみると、そこにはつい先程見たような波飛沫が近付いて来ていた。ノーチラス貝の大群だ。更におかわりが来たか。
「撒き餌の効果は切れてるはずにゃなのに……」
「……既に流れてた臭いじゃにゃいか?」
クリッサの呟きに、マークがぼやくように応える。
「……多分、あれで最後。後続はない」
そこにリウムちゃんが空から降りて来た。手に持った小さな望遠鏡で偵察してくれたようだ。あの群が正真正銘最後の増援らしい。
「もう一戦、ですな」
「……いや、引き付けろ。もう一発大魔法を使うぞ」
覚えた魔法は『火焔舞踏』だけではない。今度は光の大魔法を食らわせてやる。
「大丈夫なのですか?」
「MPはまだある」
見たところルリトラはまだ戦えるだろうが、他の面々が怪しい。俺は疲れるだろうが、それだけだ。ならばここは躊躇せずに使うべきだろう。
皆で武器を構え、上陸する大群を待ち構える。
そろそろ詠唱を開始するべきか。『三日月』を地面に突き立て身構えると――
「ちょっと待てウェイト! そこまでだモンスター共!!」
――聞き覚えのある声が辺りに響き渡った。
同時に無数の銃声が響き、ノーチラス貝に穴を開けて行く。
そう、声の主は勇者コスモス。彼は『無限弾丸』の二丁拳銃を構え、海岸沿いの土手の上に立っていた。
「……なんて格好してるんだ」
着ているのはブーメランパンツ型の水着のみである。
「ハハハ! 僕が来たからにはもう大丈夫さ!」
「どうしてここに?」
「誰かを助けるのに理由がいるのかい?」
キランと白い歯が煌めいた、ような錯覚を覚えた。本気で言ってそうなのがこの男のある意味凄いところである。
彼の後ろには、フランチェリス王女を始めとする仲間達の姿がある。親衛隊も含めて全員水着姿で武器を持った二十人近い水着軍団である。
どうしてここにいるのかは分からないが、こちらを助ける意志はあるようだ。
「さぁ、行くよ! トゥッ!」
「お、おい! ちょっと待――」
「うわっちゃぉぅ!?」
止めようとしたが間に合わなかった。威勢良く砂浜に駆け下りたコスモスは、直後珍妙な声を上げて飛び上がる。
『火焔舞踏』で熱せられた砂に素足で下りれば、そりゃ熱いはずだ。
あ、王女達がいそいそとブーツを履いている。コスモスもエルフのフォーリィに魔法で治療をしてもらってブーツを履くようだ。
しかし、こうなると効果範囲の広い大魔法は使えないな。ここはコスモス達に手伝ってもらった方が良さそうだ。
「コスモス! 貝よりも本体の方が脆い! 鋏で足元を狙ってくるぞ、気を付けろ!」
「アドバイス、ありがとぅ! さぁ、ショウタイムだッ!!」
念のためアドバイスをすると、コスモスは素直にお礼を言ってから二丁拳銃を手にモンスターの大群に向けて駆け出した。
やはり、ブーメランパンツ一丁にブーツだけを履いた格好で。
活動報告にて、3月25日発売に先駆けてキャラクターデザインラフを先行公開しております!
是非ご覧ください!




