第67話 色々と新情報
海に程近い家族サービスにも良さそうな宿でゆったり休もうと思っていたら、自称コスモスの船が入港してきたのを目撃してしまった。
「……ねぇ、コスモスって勇者に会いに行かなくて良いの?」
どうするべきかと考えた俺だったが、改めて考えてみると、彼に会いに行く理由など特に無い事に気付き、そのまま皆でお風呂に入って寝る事にした。
という訳で、今はロニの頭をわしゃわしゃと洗いつつ和んでいる。
普段はしっかり者の彼女だが、髪を洗っている時はとろんとした表情になって、その後はすっごく甘えてくれるのだ。
現実逃避と言うなかれ。そもそも彼とは、数える程しか接点が無い。「やろう、ぶっころしてやる!」と殴り込む程の恨みは無いし、「やあ、久しぶり」と旧交を温めるために会いに行く程親しくもない。
俺は『女神の勇者』で、向こうは『聖王の勇者』だが、それこそこの世界の極一部の人達の都合であり、わざわざそれに付き合って同郷人と争う理由にはならないのだ。
まぁ、オークションハウスの件があるので、俺がこの街にいる事はすぐに知られてしまうだろうが、向こうもわざわざ俺を探したりはしないだろう。多分。
「別に会いに行く理由もないからな。同郷と言っても召喚された時が初対面だし」
「ふ~ん」
湯船の縁に頬杖を突いていたクレナが、質問を投げ掛けてきた。
「じゃあ、向こうから会いに来たらどうするの?」
「ロニは可愛いな~」
「ト、トウヤさまっ!?」
「はい、誤魔化さない!」
俺は後ろからロニに抱き着いて誤魔化したが、クレナがすかさず手を伸ばして俺の頭にチョップを決めてきた。
「いや、好き好んで会いたくないけど、こそこそ隠れるのもシャクと言うか……」
「……複雑なのね」
「複雑なんだよ」
これが悪人であればこちらも毅然とした態度が取れるのだろうが、あのコスモスと言う男は、話に聞く限りでは「善人」なのだ。
勇者の使命に対し最も前向きな姿勢で臨んでいるのは、間違いなく彼だと思う。
続けてリウムちゃんの頭を洗っていると、クレナが神妙な面持ちで問い掛けてきた。
「……ねぇ、ついでに聞いても良いかしら。故郷の話」
「故郷の? 何を聞きたいんだ?」
「あなた……故郷に恋人とかいるの?」
「…………どこからそんな疑問が生えてきた?」
おそらくコスモスとは故郷でも知り合いじゃなかったと言う話からつながったのだろうが、どこから恋人の話が出て来たのやら。
ちなみに、彼女いない歴イコール年齢だった。言わせないでくれ、こんな事。
「だってトウヤ、慣れてる感じじゃない。女の子の頭洗うの」
「ああ、そう言う事か。慣れてるからな」
「やっぱり恋人が……」
「違う」
それは本当に違う。慣れているのは否定しないが。単に自分が話すような事ではなかっただけだ。
まぁ、別段隠す事ではない。聞かれたからには、話してしまう事にしよう。
「妹がいたんだよ。訳あってそう言うの一人じゃできなかった妹が」
するとリウムちゃんが振り返って「……過去形?」と問い掛けて来た。耳聡いな。
「三年前に、な。まだ生きてたら、今頃もっと必死に帰る方法探してるよ」
「そうだったんですか……」
そう言うロニは、涙ぐんで今にも泣き出しそうになっていた。
俺自身は、妹の件はショックが大きかったが、もう立ち直っているつもりなのだが。
ふと気が付くと、ラクティが何か言いたげな顔でこちらをじっと見ていた。
「どうした、ラクティ?」
「……いえ、やっぱりトウヤさんも光のお姉様の勇者召喚で召喚された人なんだなと」
「? どう言う事だ?」
「お姉様の魔法って、無理矢理召喚するものじゃないんです」
「……俺達は、有無を言わせず召喚されたが」
「違います。条件を満たしていなければ召喚されません」
「勇者の条件があるって事?」
興味を持ったのか、クレナも身を乗り出して割り込んで来た。そちらを見てみると、湯船の縁にたわわな果実がむにょんと乗り上げており、慌てて目を逸らす。
ロニぐらいまでなら妹の世話をしているような感覚でいられるのだが、クレナぐらいになるとそうもいかないのだ。最近は慣れてきたつもりだが、不意を突かれるとまだ弱い。
クレナは俺の態度に気付いたらしく、背中に視線が突き刺さる。こうなると逆に向こうからスキンシップをしてくるのがいつものパターンだ。
服を着てからならいくらでも受けて立つので、ここはスルーして話を進めよう。
「え~っと、ラクティ。その条件って言うのは何なんだ?」
「あ、はい。お姉様の条件は、元の世界に未練が無い。または少ない人だったはずです」
「未練……」
未練のある人を召喚するよりはマシ、ある意味親切なのだろうか。俺自身に当てはめて考えてみても、間違ってはいない気がする。春乃さんやコスモス達もそうなのだろうか。
そこで話は途切れ、俺はリウムちゃんの頭を洗うのに集中。シャワーで泡を流してやると、彼女は子犬のようにぷるぷると頭を振ってお湯を飛ばした。
続けてラクティを洗うのだが、勇者召喚の話を気にしているのか少ししょんぼりしている。そこで俺は、そのきれいな黒髪を優しく、心を込めて念入りに洗ってやった。
そして最後にクレナ。こちらも明らかに先程の事を気にしている。勇者召喚の話ではなく視線を逸らした事を。
「こら、洗いにくいぞ」
湯船で暖まった身体をこちらに預けてもたれ掛かってくるクレナ。濡れた髪からふわりと良い匂いが。下に視線を向けると湯着に押さえ付けられて強調された谷間が見える。
「あ、背中に当たってる」
「だから離れろって!」
気休めかも知れないが、湯着を着ていて本当に良かった。
その後もクレナは時折俺をからかおうとしつつも普通に洗われていた。しかし、お風呂から上がってからは攻守交代して俺のターン。
そのままクレナとイチャイチャと――とは行かず、途中からラクティ達も飛び込んで来てしっちゃかめっちゃかな状態になってしまった。
あまり楽しくない話だったので、皆で俺を元気付けようと思ったのかも知れない。
クレナと顔を見合わせ、揃って小さく笑みを浮かべながらやれやれと小さくため息をつく。ちょっと残念ではあるが、皆楽しそうだったので良しとしよう。
そして翌日、朝食を済ませた俺達は情報収集のために動き出した。集める情報は二つ、船の入手、或いは造船に関する情報と、水の女神の神殿に関する情報だ。
前者は船乗り、後者は漁師などに話を聞くため、二手に分かれる事になる。
船乗りは荒くれ者が多いそうなので、俺、ルリトラ、ラクティ、リウムちゃんのチームが。後者は残りのクレナ達のチームが担当する事になった。
非戦闘員であるラクティとクリッサを二手に分け、漁師の家族やお年寄りを相手にするクレナ側に、見た目が怖くない面々を集めたのである。
リウムちゃんは単に俺と一緒が良かったようだ。
俺も剣を腰に佩き、ルリトラも武装していれば、荒くれ者にも舐められる事は無いはずだ。ラクティは例のメイド服姿なので、従者として見られるだろう。
宿を完全に空ける事になるが、荷物は全て『無限バスルーム』の中なので問題は無い。
日暮れ前にはここに戻って来ると約束して出発する。
さて、ここで一つ問題です。
朝早いこの時間、船乗りと話したければ、どこに行くべきでしょうか。
これが意外と難しい。と言うのも、昨夜も深夜まで酒場の方から歌声が聞こえていた。あそこで騒いでいた船乗り達は、今頃夢の中だろう。
朝から出航する船に乗り込む船乗りもいるらしいが、そう言うのは早朝の内、夜明けとほぼ同時に出航してしまうそうなので、今から港に行っても遅い。
では、どこへ行けば船乗りに会えるのか。
「それじゃあ行くぞ、レイバー市場に」
そう、レイバー市場である。実は船乗りの多くは雇われたレイバーなのだ。
家を継げなかった漁師の子供などが、自分の船を手に入れるための資金稼ぎとして雇われ船員レイバーになる事が多いらしい。
船の事を聞くならば、船乗りの中でも実際に船を持っている人に聞くのが一番良い。つまり彼等が船員達を雇うレイバー市場に行くのが手っ取り早いと言う訳だ。
このネプトゥヌス・ポリスには高台・海辺エリアそれぞれにレイバー市場がある。
高台エリアには護衛や警備兵を求める人達のための、海辺エリアには船乗りを求める人達のための市場があるのだ。需要の違いによって分かれているのだろう。
俺達が向かうのは、もちろん海辺側の市場。商家が並ぶ大通りの一画にそれはあった。
淡いブルーの壁に、砕ける波のように白い斑点を散らした建物。ユピテルのレイバー市場と比べるとかなり小さい。ここに来るまでに見掛けた宿兼酒場ぐらいだろうか。
大きな船のレリーフが施された看板の下を潜って中に入ると、中にいた先客達の視線が一斉に俺達に突き刺さった。
ラクティが怯えて俺の後ろに隠れ、リウムちゃんは平然とした顔で隣に立っている。
中の様子は、たとえるならばお座敷席のある食堂と言ったところか。中は三分割されていて、両側が一段高く、中央が通路になっている。
両側にはテーブルが並べられており、いくつかは船乗りらしき者達が囲んで胡座をかいていた。ちらほらと女性の姿も見える。女船乗りもいるようだ。
値踏みするような視線に晒されるが、俺の後ろに立つルリトラの姿を見ると、皆首をすくめて下を向く。まぁ、彼の姿を見てケンカを売ろうと思う者はいないだろう。
そのまま中央の通路を進んで行くと、奥から職員らしき若い女性が近付いて来た。
着ているのは白地のセーラー服。そう言えば俺達の世界でも元は水兵服だったと聞いた事がある。どうやらこちらでは、レイバー市場職員の制服として使われているらしい。
きっと変態偉人フィークスの功績だろう。リボンの付いた白い帽子が可愛らしい。
「お客様、仕事の依頼でしょうか? それとも、レイバー志望でしょうか?」
「いや、仕事の依頼をしに来ている人に用があるんだ。船が欲しくてな」
俺の返事に周囲が一瞬騒めいた。船を手に入れれば当然それを動かすための船員も必要になる。仕事の種が来たとでも思っているのだろう。
現在レイバー市場にいた船長は二人。鉤爪半島と竜尾半島に囲まれた内海で活動している船長らしい。それぞれ漁船と交易船を持っているそうだ。
交易相手は、竜尾半島にあるアレスと言う国らしい。
その名を聞き、後ろに隠れて俺の腕を掴んでいたラクティの指に一瞬力が込められた。こっそり話を聞いてみると、昔何度もその名前を聞いた気がすると教えてくれた。
空いているテーブルに座って話を聞く事にする。
二人ともここに来た目的は、モンスターの襲撃で減ってしまった船員の補充だと笑っていた。ごく当たり前の事のように。船乗りの世界と言うのは厳しい世界のようだ。
「あなたが噂の勇者様……今日は、例の鎧は身に着けていないのですな」
俺の事を知っていたのは交易船の船長。自身も商人であるらしく、オークションハウスでの事を聞き及んでいたようだ。
「勇者サマの旅に使う船ねぇ、やっぱキャラックか? 頑丈だし、荷物を大量に詰める」
「バランスの良い船ですな。オススメです」
二人の船長が揃って勧めてきたのはキャラックと言う中型船。
ちなみに小型の船をキャラベル、大型の船をガレオンと言うらしい。交易商は、自分もいずれはガレオンが欲しいと笑っていた。
「小型のキャラベルはダメですか?」
「積載量が少ないですからねぇ。船員も少ないですから、長期航海もできますが」
「脆いから遠洋には向いてないな。デカブツに襲われたら一溜まりもないぞ」
この世界にはモンスターがいるため、船には耐久力も求められているようだ。キャラベルは主に近海で活動する漁船や交易船に使われているとの事。
「昨夜入港してきた『聖王の勇者』の船もキャラックですか?」
「あれはガレオンですな。おそらくヴェスタ・ポリスで造られた船でしょう」
ヴェスタは大陸東方にある国で、ワインが美味しい事で有名な国らしい。
漁師の親方が今朝方コスモスの船を見て来たらしいが、見事な装飾が施された優美な船だったとか。王女を連れているだけあって、相当金を掛けた船を持っているようだ。
しかし、俺の場合は普通の船乗り達とはちょっと事情が異なる。『無限バスルーム』を使えば、積載量の問題がクリアできてしまうのだ。
開いた扉はその場に固定なので、停泊するなどの工夫が必要になるだろうが、小型船の人数で中型船並の積載量にできると考えると無視できない。
「小型で頑丈な船と言うのはありませんか?」
「小型で頑丈ですか……流石にそう言うのはありませんねぇ」
「う~ん、一つだけ心当たりがあるな」
我ながら都合の良い質問だった。案の定交易商は首を捻っていたが、なんと漁師の親方の方は何やら心当たりがあるようだ。
「どこに行けば手に入るんですか?」
「ああ、待ってくれ。小型なのは確かなんだが、頑丈かどうかは分からねぇんだ。材質から違うらしいから、頑丈だとは思うんだが」
「えっと、それはどう言う……」
「新しい船を開発しようとしている水晶術師がいるんだよ」
その言葉に同じく水晶術師であるリウムちゃんがピクリと反応した。
彼女達水晶術師は、魔法の道具を作る事ができる。すなわち、この街に魔法の船を造ろうとしている人がいると言う事だろう。確かに興味深い話だ。
「詳しい話は、その人に聞いてみた方が良さそうですね」
「まぁ、そうなんだろうが……すんげぇ偏屈な爺さんだぞ?」
「構いません。教えてもらえませんか?」
いかにもそれっぽいじゃないか。この手の天才的な技術を持っている人に偏屈と言うか変わり者が多いと言うのは、多分偏見ではないと思う。
「そこまで言うなら……。その爺さんの名前はロンダランだ。住んでるのは――」
親方が住所を教えてくれる。どうやら海に程近い場所に住んでいるようだ。
それにしてもロンダラン、どこかで聞いたような名前だな。
「この前も光の神殿ともめてたらしいからな、あの爺さん」
思い出した。光の神殿の入り口でもめていた、爆発ヘアのマッドサイエンティストだ。
まさか、神官が倒れた実験と言うのはその魔法の船に関するものなのか。
あまり関わり合いになりたくない人物だが、件の魔法の船と言うのは気になる。
これは会いに行くしかなさそうだ。俺は二人に礼を言っていくばくかの情報料を渡し、ロンダランの研究所とやらに向かう事にした。




