第6話 勇者コスモス(下)
混浴が出来る女性レイバーを求めて来たと言うのに変な展開になってきた。
確認のためにもう少し詳しく話を聞いてみると、やはり湿気に弱いサンド・リザードマンと言う種族は風呂に入る風習自体が無いらしい。
風呂に入れようとしたらむしろ嫌がるだろうと言われてしまった。
「確認しますが、犯罪者レイバーではないのですな?」
「え? ええ、ええ! もちろんでございますとも! むしろ非常に真面目な性格で、今も少しでも稼ごうとここで下働きを!」
執事さんが問い掛けると、商人は両手を何かを揉む様にすり合わせてながら売り込みを始める。揉み手をする人を実際に見るのは初めてだ。
「戦闘レイバーの窓口で労働レイバーを売ろうとして良いんですか?」
「窓口はあくまで目的に応じて分けてあるだけですから。実際は市場全体で一つの店ですし、レイバーは全体で一元管理してますので。あ、犯罪者レイバーは別扱いですよ」
俺が確認すると商人は大袈裟な身振りで大丈夫だと太鼓判を押す。
その商人の目は、何としてもそのリザードマンを売ろうと燃えていた。その様子を見て俺は何か問題のあるレイバーなのだろうかと逆に不安になってしまう。
「他に何か問題はありませんか?」
「亜人レイバーと言うのは能力的には便利なのですが、誓約魔法が掛けられていないと不安に思う人も多くて」
誓約魔法、初めて聞く名前だ。俺が執事さんの方に視線を向けると、彼も心得たものですぐに説明を補足してくれる。
「神官魔法の一種ですな。その魔法を掛けられると額に誓約紋が浮かび上がり、悪事を働こうとすると激痛が走る様になります」
「ひでぇ魔法だな」
「そうですか?」
俺が正直な感想を言うと、執事さんは真顔で問い返してきた。
最初は人権意識の違いかと思ったが、彼の次の言葉を聞いて、俺は自分の考えが誤りだったと悟る事になる。
「誓約魔法があるから、犯罪者レイバーとして労役を果たすだけで許されるのです。それがなければ死刑ですよ?」
「……なるほど」
その説明を聞くと納得せざるを得なかった。
考えてみればそうだ。犯罪を犯してレイバーになった者を、そう言う枷も無しに側に置くなんて怖くて出来ない。
誓約魔法があるから死刑を減じてレイバーにすると言う労役刑に処す事が出来るし、雇う側も安心して雇う事が出来る。
と言っても、犯罪者レイバーの行き先は大抵が国の鉱山等で個人が雇う事はほとんど無いらしいが。
一見酷い魔法の様だが、その実態は犯罪者の命を救う魔法。それが誓約魔法なのだ。
レイバーになる亜人は大抵が犯罪者らしいので、そのリザードマンが犯罪者でなくても、誓約魔法が掛かっていない亜人と言うだけで不安に思う人が多いのだろう。
「ちなみに戦闘は?」
「部族の戦士だったって話ですから出来ると思います。今回は早急にまとまった金が欲しいとの事だったので臨時雇いの戦闘レイバーではなく労働レイバーで登録したとか」
「ふむ。トウヤ様、いかがいたしますか? 本来の目的を考えれば、ここは断るのも手ですが、二人以上買うと言う手もございますが」
執事さんが問い掛けて来た。
俺の本音を言えば女性の戦闘レイバーが欲しいのだが、このリザードマンのレイバーが俺の言う「混浴しなくて済む男の仲間」の条件を満たしている事は確かだ。
だが、これを断って「やっぱり女見せてください」と言うのは、ちょっと勇気がいる。
「分かった。労働レイバーの窓口に行けば良いのかな?」
「いえいえ、すぐにこちらに連れて来ますので!」
結局俺は亜人を見てみたいと言う好奇心に負けて、その変わり種のリザードマンに会ってみる事にした。
執事さんと商人に白い目で見られるのが怖かった訳ではない。断じてない。
しかし、春乃さんとセーラさんに知られるのが怖かったと言う面があった事は認めておく。
商人の話によると本人が承諾すれば労働レイバーとして登録している者を戦闘レイバーとして雇う事は問題無いらしい。
人手が足りない時などは、そうやってガタイの良い労働レイバーも集めて兵力にする事は珍しい話ではないそうだ。
もしかしたら向こうから戦闘レイバーは嫌だと言ってくるかも知れない。そんな事を考えながら俺はリザードマンが連れて来られるのを待った。
「臨時雇いで無いのならば、戦闘レイバーとして雇われるのは全く問題無い」
ところが部屋に連れて来られたリザードマンは、開口一番こんな事を言い出した。
俺は召喚魔法の影響で俺に理解出来る言葉に翻訳された状態で聞いているためかも知れないが、意外と流暢である。
身長は二メートル近いだろうか。いや、この世界だと二ストゥートか。かなり大柄な体格でがっしりした筋肉質である。
あごの下、胸板、そして腹など正面部分は蛇腹で、それ以外は琥珀色のウロコに覆われている。保護色だろうか。砂漠の中では目立たなそうな色だ。
少々前傾姿勢だが、上半身の体格は人間のもの。下半身は骨格からして異なるらしい。俺はその足を見て二足歩行する恐竜の下半身、或いはカンガルーの様だと感じた。
顔はトカゲそのもの。小さな牙が並んだ大きな口を持ち、縦に長い瞳孔を持つ朱色の瞳で俺達を見据えている。
目元は縁取る様に黒くなっていて、その模様は古代エジプトの王の目を彷彿とされた。正に砂漠のリザードマンだ。
服は上半身は何も着ておらず腰から下を隠すだけの前掛けのみ。説明を聞いてみるとリザードマンの部族衣装らしい。
部屋に入って来たリザードマンは、片膝を立てて俺の前に跪いている。昨日聖王の前でやった事を、今度は俺がやられていた。
「何か質問があればどうぞ」
商人が促してくる。何とかこの話をまとめたいのだろう。
「あー、それじゃ金が必要な理由を聞かせてくれるか? 悪い目的じゃない事を確認しておきたい」
亜人を見ると言う目的以外では一番気になっていた部分だ。
商人の話によると、自分を売りに来る亜人と言う時点でかなり変わり種である。しかもその自分ではすぐに使う事が出来ない金を何に使うかも謎だった。
「……水だ」
「水?」
「我々の群が住む土地は、雨が全く降らない時期がある」
その言葉を聞いた俺は、乾季と雨季があるサバンナを思い浮かべた。
「そのため我々はため池を作って乾季を乗り越えるのだが、今年は大きなモンスターが暴れてため池を壊してしまったのだ」
湿気が苦手だと聞いていたが、だからと言って全く水がなくても大丈夫と言う訳ではないらしい。
「そのモンスターは?」
「我々の手で退治した。しかし流れ出てしまった水は戻って来ない」
「なるほど、それで水を」
「商人に、俺を売った金で買えるだけの水を仲間の下に運んでもらえるよう頼んである」
俺が商人の方を見ると、商人は「労働レイバーの窓口担当者とのそう言う契約をしたようです」と言ってきた。
流石に緊急事態と言う事で、前払いと言う形で建て替えて既に水を送っているらしい。
ちなみに自分で自分を売りに来たレイバーの場合、売った金をどう扱うかは本人に委ねられるそうだ。
そのまま本人が雇われた先に持って行く場合もあるし、本人が望むのならばどこかに届ける事も出来る。無論、手数料は取られてしまうが。
「しかし、貴方の群がどれほどの規模かは存じませんが、貴方一人を売った金で買える水だけで皆を救えるのですかな?」
執事が問い掛けると、リザードマンは沈痛な面持ちで首を横に振った。
「無理だろう。だが、何もしないよりは良い。少なくとも全滅は免れる」
「それ程の覚悟がおありですか……トウヤ様」
執事さんが俺の方に向き直った。彼を買うかどうか決めろと言う事だろう。
「頼む、俺を買ってくれ!」
リザードマンは俺に向かって深々と頭を下げてきた。
ハッキリ言おう。能力的にも性格的にもこの人は当たりだと思う。
強靱な肉体を持つサンド・リザードマンの中でもかなり大柄で体格も良い部族の戦士、性格はこの通り真面目なタイプ。
これを誓約紋が無いと言うだけで誰も買わないとは、そんなに亜人のイメージは悪いのかと疑問を抱いてしまう。
だが、俺が欲しいのは混浴が出来る女のレイバーだ。亜人だとしてもケモミミの女性が欲しい。ウロコでも人魚とかラミアとかならアリかも知れない。
俺が求めているのは、決してゴツいトカゲ男ではないのだ。
しかし、だがしかし――
こいつの群、俺の『無限バスルーム』で助けられるかも知れない。
――俺は、自分の力で彼の群を助けられる可能性に気付いてしまった。
俺の『無限バスルーム』は、いつでもどこでも風呂に入る事が出来る。
MPが許す限りいくらでもお湯を出す事が出来るのだが、水を出す事もできるのだ。
いくら湿気を嫌い風呂に入らないサンド・リザートマンと言えども、そこから出てくる水まで拒んだりしないだろう。
つまり、俺が行けば群を助けられるのだ。
ずっと水タンクになってくれと言われれば流石に断って逃げていただろうが、今そこにある危機を乗り越えるまでと言う条件ならば、許容範囲ではないかと思わなくもない。
俺が求めているのは混浴が出来る女性のレイバーだ。美少女だ。美女だ。ムチムチだ。決してこんなガチムチのリザードマンではない。
「分かった。買おう」
だが、目の前にいる困っている人。しかも自分ならば助けられる。自分でなければ助けられそうにない人を見捨てて「女をくれ」と言える程の勇気を俺は持ち合わせていなかった。
「感謝する……!」
俺の言葉を聞いてハッと顔を上げたリザードマンは、今度は床に口付けする様な勢いで再び深々と頭を下げた。
「おぉ! それではすぐに契約を! 前払いと言う形で水を送りましたので値下げには応じられませんが」
ちゃっかりと付け足す商人。値下げしない事についてもこちらに異存は無い。これは旅立ちの準備の一環なので、どうせ払うのは俺ではない。
嬉しそうな様子で契約書を用意する商人を横目に、俺は頭を下げたままのリザードマンに声を掛けた。
「そう言えば名前を聞いてなかったな。俺は冬夜だ。お前は?」
するとリザードマンは顔を上げ、俺の顔を真っ直ぐに見詰めながら答えた。
「俺の名はルリトラ。トラノオ族の戦士……でした。よろしくお願いします」
そう名乗る彼の琥珀色のウロコに覆われた尻尾には、黒い縞模様が付いていた。
「では、次は女性のレイバーを」
「いや、もう良いや」
「……よろしいのですか?」
ルリトラを購入した俺は、そのまま彼と執事さんの二人を連れてレイバー市場の出口に向かっていた。
一人しか購入してはいけないと言う訳でもないので、あの後更に執事さんに進められるままに女のレイバーも購入すると言う方法もあった。
しかし、どうもそう言う気分にはなれなかったのだ。柄にもなく良い事をした後で、じゃあ次は混浴するための女をくださいと言う気分には。
市場を出ると周囲がやけに騒がしくなっていた。
馬車の所に行き、見張りをしていた兵士に話を聞いてみると、悪徳高利貸しの一味はかなり手広く不法レイバーを取り扱っていたらしい。
それを知ったコスモスと王女は王城から応援を呼び、なんと王城の騎士団が出動する事態に発展してしまったそうだ。
勇者と王女が呼んだため、呼ばれた側も手を抜けなかったのだろう。
「やぁ、君も無事に仲間を見付けられたみたいだね」
突然背後から声を掛けられたので振り返って見ると、そこにはコスモスの姿があった。
王女と兵を連れているのは先程と同じなのだが、今は更にもう一人少女が増えている。
その少女の背丈は王女より少し低いぐらいだ。王女の身長もコスモスの肩辺りまでで決して背が高い訳ではないのでかなり小柄な方だろう。
ちなみにコスモスの身長はかなり高い方だ。
王女がきっちり整えられた亜麻色の髪をしているのに対し、少女は透き通る様な金色のストレートヘアだった。日の光を浴びて煌めく美しい髪である。
服装は着飾った王女に比べて、金髪の少女は非常に地味だ。しかし二人を並べてみても少女は決して王女に見劣りしない。
どちらもきれい系な顔立ちであるが、どちらか片方を選べと言われれば聖王家の権威を恐れない限り十中八九が少女の方を選ぶのではないか。そう思わせるレベルの美少女だった。
「あれ? その耳……」
その時俺は、彼女の髪から覗く耳がやけに長く尖っている事に気付いた。
「気付いたかい? そう、彼女はエルフなのさ」
「はい。ワタシは魔王復活の兆しを報せるため、エルフの森から来ました」
なんと、その少女は人間ではなくエルフらしい。
美しいエルフの少女を仲間に出来るとは実に羨ましい話だ。
これには俺だけではなくルリトラと執事さんも揃って驚きの表情を浮かべる。
俺は本物のエルフが目の前にいると言う驚きだったが、ルリトラ達二人の驚きは少々毛色が違うようだ。
「エルフが森から出てくるとは……!」
「珍しいのか?」
「珍しいなんてものではありません。そもそもエルフ達は目的がなければ自分たちのテリトリーである森から一歩も出る事は無いと言われているのですから」
執事さんの説明によると、エルフと言う種族は森の外に出る事がほとんど無い種族らしい。
そしてエルフが森を出る時は、何か大きな異変が起きる時だと言われている。この少女の様に森の外にいる者達に警戒を促すために森を出るのだ。
そのため地域によってはエルフを不吉な使者として恐れる風潮もあるそうだ。
流石にただ事ではないと、執事さんも慌てた様子で王女付きの兵に問い掛ける。
「何故エルフがレイバー市場にいたのだ」
「それが魔王復活の兆しについて聖王陛下に報せに来たそうなのですが、この街に入った直後に捕まってしまったとか」
なんとこのエルフの少女、例の高利貸しの一味に捕まりレイバーにされて今まで囚われていたらしい。
「まぁ、いいじゃないか。こうして勇者である僕に出会えたんだ。これを運命を言わずして何と言うんだい?」
「勇者様を助けるのがワタシの使命! 貴方の戦い、お手伝いさせてください!」
「ああ、共に戦おう!」
「勇者様、私も共に戦いますわ!」
その一方で盛り上がるコスモスと王女とエルフの三人。
「…………」
その光景を見ながら、美しいエルフを仲間にして羨ましいと思っていた俺の気持ちはいつの間にか霧散していた。
このエルフの少女は、魔王と戦う勇者に協力するために森を出て来たらしい。
捕まって囚われていた様だが、勇者コスモスの手で助け出されたのは、正に運命と言っても良いだろう。彼は勇者として魔王と戦う気満々なのだから。
『無限バスルーム』などと言うおよそ戦闘には向かない能力に目覚め、魔王との戦いは他の勇者に任せようと考えている俺としては、助けたのがコスモスの方で本当に良かったと思う。
「それじゃ、俺達は先に帰るとするか」
「よろしいのですか?」
「勇者コスモス様と王女殿下、それに騎士団も来ているので問題ないでしょう」
真面目なルリトラが俺に問い掛けて来たが、それには俺ではなく執事さんがヒゲをいじりながら答えてくれた。
「コスモスさん、がんばれよー」
「応援ありがとぅ!」
三人で盛り上がりながらも、俺の棒読み気味な応援の声にきっちり応えるコスモス。
きっと俺は彼の様な勇者にはなれないだろう。魔王と戦うと言う事を彼の様に楽観的に、そして勇敢に受け止める事は出来ない。
『無限弾丸』の様な戦闘向けの強い能力に目覚めていれば、俺もあんな風になれたのだろうか。そんな風に考えなくもない。
「トウヤ様?」
「ん、何でもない」
心配そうに声を掛けて来たルリトラに、俺は小さく笑みを浮かべて返した。
だが、そんな俺の『無限バスルーム』だからこそ救える人達もいるのだ。俺は、俺の道を進んで行けばいい。
俺はルリトラと執事さんを伴い、コスモスに背を向けて馬車に乗り込んだ。
「次の仲間はきっと……!」
それでも混浴は絶対に諦めないと心に誓いながら。