第5話 勇者コスモス(上)
異世界から召喚された五人の勇者の内の一人、コスモス。本名は西沢秋桜。
どんな理由で町中で戦っているのかは分からないが、流石にこれを見過ごすのは問題がありそうな気がする。
「執事さん、向こうに近付けるか?」
「難しいですな。幸いあちらに王女殿下付きの馬車がありますので、あちらから兵を一人回して頂ければ、我々は徒歩で近付く事が出来ますが」
「他に兵がいるのに一人で戦ってるのかよ、あいつ……。分かった、それで行こう」
まず執事さんが御者台から降りて王女の馬車に近付き、兵を一人連れて戻って来る。
その間に俺は馬車の中に用意していた神殿から借りた護身用の武器と盾を身に着けた。
武器は警棒の様な小さなメイス。町中でも使える殺傷力の低いタイプだ。盾の方はスモールシールドである。念のためにダガーを一本腰に差しておく。
一応、人を撲殺出来そうな大きさのメイスもあるのだが、コスモスが戦っている相手はどう見てもチンピラの様な風体なのでそれは馬車の中に置いておく事にした。
執事さんが連れて来た兵に馬車を任せ俺達二人はコスモスが戦っている場所へと急ぐ。
辺りには馬車は俺が乗っていた物と王女が乗っていた物しかないが、その代わりに人力車が何台かあった。
この世界では馬は軍馬の側面を持つため、馬車より人力車がメジャーらしい。
それ以外は全て人、人、人。大勢の野次馬達である。
執事さんが兵から聞いた話によると、コスモスと王女が買い物のために馬車に乗って移動中だったそうだ。
ところが移動中にチンピラ達が町娘を拐かそうとしている場面に遭遇し、それを止めるためにコスモスが飛び出して行ったとの事。
それを聞いた俺も、それならば助太刀しても問題なさそうだと考えた。
「トウヤ様、あちらをご覧ください」
「ん?」
執事さんが指差す先には、やけに派手な服装をした太った男が声を荒げていた。
近付いて耳を澄ませてみると「早く片付けろ!」などと叫んでいる。どうやらコスモスと戦っているチンピラ達の雇い主らしい。
「勇者って顔知られてない?」
「旅立ちの儀式までは、広く知れ渡ると言う事は無いでしょうな」
つまり太った男は、相手が勇者である事を知らずに部下を戦わせていると言う事だ。
「執事さん、これ持ってて」
「ハッ」
警棒メイスを執事さんに預け、俺はダガーを抜いて太った男の背後に近付き。肩越しに腕を回して首筋にナイフを突き付けた。
「はーい、俺そこで戦ってる勇者の知り合いなんだけど、ちょーっと事情を聞かせてくれないかなー?」
「なっ!?」
突然の出来事に太った男が声を上げて暴れようとするが、首筋をチクチクするとすぐにおとなしくなった。
周りにいた二人のチンピラが剣を抜いて襲い掛かってきたが、執事さんが預けていた警棒メイスで軽くあしらってくれる。本当に何者なんだ、この変態紳士は。
「フィニーッシュ!」
「あれ?」
雇い主を押さえたのでチンピラ達をおとなしくさせようと思ったが、どうやら少し遅かったらしい。
コスモスの方を見てみると、ポーズを付けながら最後のチンピラに向けて連射で弾丸を叩き込んでいるところだった。
何を撃っているのかは分からないが、あれは明らかに致命傷じゃないだろうか。
「お見事です、勇者様っ!」
撃たれた男が倒れると、少し離れた所で見ていた王女が兵と共にコスモスに近付いた。
「いやいや、これから敵のボスを……って、あれ?」
そう言ってコスモスはこちらを見て、ようやく俺達の存在に気付いた様だ。王女も俺達の方を見て目を丸くしている。
「とりあえず、身柄を取り押さえておいたんだが……ロープか何かない?」
「そ、そうですね」
王女が目配せをすると兵の一人がロープを持って近付いて来たので、その兵と協力して男を縛り上げる。ちなみに王女の護衛だからか女性の兵士だった。
「トウヤ様」
「おう」
ダガーを鞘に仕舞うと、執事さんが警棒メイスを返してきた。俺がそれを受け取ると、執事さんは王女の方に向き直る。
「王女殿下、お怪我はございませんか?」
「ええ、勇者様のおかげで傷一つありません。そなたらの助太刀にも感謝します」
「もったいないお言葉です」
そしてコスモスはと言うと、近くでへたり込んでいる少女に近付いて声を掛けていた。彼女が拐かされようとしていたのだろう。
王女相手にはどんな風に話せば良いか分からないので、俺はコスモスの方に声を掛ける。
「コスモスさん、一体何があったんだ?」
「ん? ああ、この子が攫われそうになっていたんでね。思わず飛び出しちゃったよ。詳しい事情はこれから聞くところさ」
「……は?」
俺は思わず振り返って取り押さえた男の方を見た。それはつまり、事情を聞いてみると実は誤解だった可能性もあると言う事だ。
少女から詳しく話を聞いてみると太った男は金貸しで、少女の両親は借金を返せなくなり、借金の形として少女が連れて行こうとしていたそうだ。
少女をレイバーにするつもりだったのだろう。
それだけならどっちが悪いかは微妙なところだが、太った男は以前から悪い噂のある金貸しだったらしい。
「悪徳高利貸しってヤツだね」
「法定金利とかあんのか?」
ちなみに、その手の法律はこの世界には無いらしい。どう判断されるかはケースバイケースだそうだ。
今回の場合は、王女がコスモスの方が正しいと認めたため、俺が高利貸しを取り押さえたのも、コスモスがチンピラを射殺したのもセーフと言う事になる。
「それにしても妙ですな」
話を聞き終えた執事さんは、不思議そうな顔をして首を傾げた。
「何か変なのか?」
「ええ、レイバー市場と言うのは聖王都ユピテル・ポリスと聖王陛下の名の下で運営する由緒正しいものなのですが……」
コスモスと何故か王女も揃って驚きの声を上げていたが、既にその辺の話を聞いていた俺はスルーして執事さんの話を聞く。
「借金が原因でレイバーになる者がいないとは申しませんが、それは正式な手続きを経てからの話なのです」
「これから手続きする手筈だったとか?」
「無理ですな。借金が原因でレイバーになるのは、借金をした者が生きている限り本人のみです。これは国法でも定められております」
少女の場合は元々は両親の借金であり、尋ねてみると、彼女の両親はどちらも生きているとの事。つまりレイバーにされるのは両親の方で少女ではないと言う事だ。
「レイバー市場の中に、不法にレイバーにされた者もいるかも知れないって事か?」
「……無いとは言えません」
「許せない!」
俺達の会話を聞いてコスモスが勢い良く立ち上がった。
「レイバーって要するにドレイじゃないか! 人の自由を奪って無理矢理働かせるなんて!」
「その通りですわ、勇者様!」
しかも王女まで騒ぎ出した。先程レイバー市場の話を聞いて驚いていた事といい、彼女は箱入り娘なのか世間知らずなところがあるらしい。
王女に対して下手に反論すると不敬だと言われるかも知れないので、俺はコスモスを相手に話をする事にする。
「コスモスさん、落ち着け。俺も話を聞いたが、俺達がイメージする様なドレイじゃない! この世界における雇用契約の一種だ!」
「しかし自由を……!」
「だから俺達が考えてるようなのじゃないって。神殿で働いてた人達覚えてるか? 武器とか注文に行った時の工房の人達覚えてるか? あいつらも全員レイバーなんだぞ」
「城にもおりますな。と言うか、兵の多くは雇われたレイバーですぞ」
そう言って執事さんが高利貸しを縛り上げた女性兵士に視線を向けると、彼女もそれに気付いて俺達に向けてぺこりと頭を下げた。
するとコスモスは何やらショックを受けた様子でよろめいた。
「そんな……この世界が悪人だらけだったなんて……!」
「人の話聞けよ、オイ」
どうやら変な方向に勘違いしたらしい。
このままでは埒が明かないと判断した俺は、執事さんに頼んで王女の方に説明してもらう事にした。
二人は仲間になっているらしいので、彼女を納得させ、彼女にコスモスを説得してもらった方が良いだろう。
結局、王女の方は普段からレイバー達と接していた事に気付いたためすぐに納得してくれたが、コスモスの方は説得するのに一時間近く掛かってしまった。
勇者相手に自分の親が悪人だと誤解されるのは辛いのだろう。コスモスを説得する王女の必死振りは相当なものだった。
想像以上に時間が掛かったため、俺達は攫われそうになっていた少女の両親が経営していると言う酒場に移動して、軽く食事を済ませている。
その間に執事さんは兵の一人に命じて王城に連絡を取っていた。不正の疑いがあるので、今回の一件について報告したのだろう。
「レイバー制度については……面白くないが、ひとまず理解した」
「まぁ、金での売買については引っ掛かる部分もあるな」
そう言って頷き合う俺とコスモス。この辺りの反応については、やはり現代の地球を生きる日本人と言う事なのだろうか。同じ様な反応である。
「だが、いたいけな少女を無理矢理レイバーにしようとするのは許せない!」
「不正だからな。俺も丁度レイバー市場に行くところだったから、そう言う話を聞くとちょっと考えさせられる」
すると俺の言葉を聞いたコスモスが首を傾げながら尋ねてきた。
「レイバー市場には何をしに?」
「あ、亜人の戦闘レイバーを探しに」
悪い事ではないのだが、女性のレイバーを探しているなどと言うと怒り出すのが目に見えていたので、俺はもう一つの目的を挙げて誤魔化しておいた。
結局コスモスと王女はこの不正レイバーの問題について調べる気になったらしく、俺達は一緒にレイバー市場に向かう事になった。
彼等と一緒にいるとまた問題に巻き込まれてしまいそうなので、市場に到着した俺達は入り口で別れてそこからは別行動を取る事にする。
捕らえた高利貸しの情報も得ていたので、コスモス達は兵を引き連れて彼がレイバーを卸していたと言う店へと向かって行った。
悪徳高利貸しの一味から不正にレイバーにされた人達を助け出す勇者の役目は彼等に任せる事にしよう。
と言う訳で、気を取り直して俺はレイバー市場の方に視線を向けた。そこは店と言うよりも大きなコロシアムの様な外見をしている。
中にはステージがあり、そこでは定期的にレイバーのオークションも行われているらしい。
そのステージを囲む円形の建物の中に目的に合わせた窓口がいくつもあって、目的に応じた窓口に行き、そこでレイバーを購入するのだ。
「戦闘レイバーの窓口はあちらの様です」
「それじゃ行ってみるか」
カーブを描く廊下を進んでいくと、交差した剣の看板が掛かった扉に辿り着いた。この部屋に戦闘レイバーの窓口がある。
扉をノックしてから開けて中に入ってみると、やけに愛想が良い商人が出迎えてくれた。
そのにこやかな表情が胡散臭く見えるのは、レイバーを扱っている商人に対する俺の先入観のせいだろうか。
俺はきょろきょろと部屋の中を見回してみる。細部を見るとインテリアなどがファンタジーだが、どこか役所の様な雰囲気のある部屋だ。
さほど大きい部屋ではなく、レイバーらしき者の姿はない。
「レイバーはここにいないんですか?」
相手が赤の他人の商人と言う事で、少し丁寧な言葉で喋る。
「ここの警備をしている者か、あちらにいる者ならすぐに呼べますが。他の者は……」
尋ねてみると、そんな返事が返ってきた。やはりここにレイバー達が待機している訳ではないらしい。
商人が視線を向けたのは窓の向こうに見える大きな建物だ。と言ってもレイバー市場程の大きさではないが。
「あの建物は?」
「罰としてレイバーになった犯罪者や、借金の形としてレイバーになった者達が待機している建物です」
先程の攫われそうになっていた少女も、コスモスが阻止しなければあそこに連れて行かれたのかも知れない。
「登録してるレイバー、皆がここにいる訳じゃないんですね」
「オークションの時以外は大体こうですね。いつ客が来るか分からないのに待機させていたら食費も掛かりますし」
「なるほど。特に戦闘レイバーは」
「ええ、普段は外で稼いでますから」
そう言いつつ商人は紙の束が入った底の浅い箱を持って来て、テーブルの上にそれを置くと俺達に座るよう促した。
その紙は和紙に近い物だった。この世界では割と普及している物らしい。俺と同じ召喚された勇者だったと言う初代聖王からもたらされたのかも知れない。
俺は言われた通りに席に着いたが、執事さんは座らず俺の隣で直立の姿勢だ。それに対して商人は何も言わなかった。これが執事として当然の対応なのだろう。
「どの様な戦闘レイバーをお求めですか?」
「亜人の戦闘レイバーはおられますかな?」
要望を聞いてきた商人の問いには執事さんが答えた。
俺が彼に視線を向けると「数が少ないでしょうから、先に済ませてしまいましょう」と言ってくる。
俺の真の目的は女性の戦闘レイバーだが、ケモミミの女性と言うのもいるのなら見てみたいので何も言わずに任せる事にした。
「亜人の戦闘レイバーはちょっと……」
商人は言葉を濁した。執事さんの予想通り、いやそれ以上と言ったところだろうか。
「やっぱり少ないんですか?」
「レイバー全体で見てもほとんどいませんねぇ」
「戦闘以外でも……数自体が少ないのか」
「レイバーになる亜人と言うのは、人間を襲って逆に捕まった犯罪者レイバーぐらいでして。そう言うのは戦闘レイバーにはならないんですよ」
「危険だから?」
「それもありますが、戦闘レイバーは臨時で雇われる時以外はほぼ自由に行動出来るので」
「ああ、罰にならないのか」
俺達のイメージするドレイと違って、この世界のレイバーはそこまで自由を束縛されている訳ではない。だからこそ、犯罪者の罰としては不適格な部分があるようだ。
何より、人間を襲った犯罪者レイバーを仲間にする気にはなれない。
ちなみに、あの高利貸しが雇っていたチンピラ達は彼に雇われていた戦闘レイバーだ。
男の周りにいた射殺されなかった二人だが、悪徳高利貸しに手を貸していたと言う事で、捕らえられた後は犯罪者レイバーに落とされるらしい。
「そう言う人達は、大抵労働レイバーですね。比較的過酷な仕事に従事させる」
「亜人が見付かるかもって言ってたくせに……」
「可能性は、あくまで可能性ですぞ」
ジト目で見る俺に対し、平然とした態度を崩さない執事さん。おそらく彼は、この事を最初から知っていたと思われる。
「と言う訳で、次は人間の戦闘レイバーを拝見するといたしましょうか。女性のリストを見せていただけますかな?」
亜人のレイバーは諦めたのか、執事さんは早々に話を進める。
商人は言われるままにリストの中から女性レイバーの物を選んでいたが、そこでふと動きを止めて、何かを思い出す様に天井を見上げた。
「ああ、そう言えば……」
「どうかしましたか?」
「戦闘レイバーではなく労働レイバーなのですが、一人変わり種の亜人レイバーがいますよ」
「変わり種?」
俺はその言葉に食い付いた。
「リザードマンなんですが、金目当てに自分を売りに来たんです。過酷な労働でも何でもやるから高く買って欲しいって」
「なんだそりゃ?」
金が欲しいと言うところまでは理解出来る。だがそのために自分を売ってどうするのだろうか。売った金が手に入ったところで自分では使えないではないか。
興味を持って俺は、商人に尋ねてみる。
「リザードマンってのは風呂に入りますか?」
「えっと、それは沼種か砂漠種かって事ですか? それなら砂漠種ですよ。サンド・リザードマンのオスです」
言った後で自分でも変な質問だと思ったが、商人はそうは受け取らなかったらしい。聞き慣れない単語が混じった答えが返ってきた。
リザードマンは何となくトカゲ人間だと言う事はイメージ出来るのだが、その二つの種がどう違うのかが俺には分からない。
俺が答えられずにいると、商人は売り込むためか更に詳しい説明をしてくれた。
リザードマンと言うのは群で行動するのだが、その生息地の違いによって沼種と砂漠種の二種類に分かれるそうだ。
沼種と言うのは沼の様な湿地帯を住み処にする者達で、川辺を住み処にするタイプも沼種に含まれるらしい。
そして砂漠種と言うのは逆に砂漠の様な乾燥した地帯に住んでいるそうだ。
それぞれの地域に適応しており、沼種は泳ぎが得意で、砂漠種は過酷な環境で生きていけるだけの強靱な肉体を持っているとの事。
「砂漠種のリザードマンは湿気が多いところを苦手としているので風呂には入りませんが、水浴びぐらいはいたしますので不潔と言う事はありませんよ。いかがですか?」
「そ、そうか……」
身を乗り出して売り込んでくる商人に、思わずたじろぐ俺。
一つ分かったのは、そのサンド・リザードマンのオスと言うのが、風呂に入れなくても問題が無い戦闘レイバーと言う条件を満たしていると言う事であった。